アイザックの事故から聖戦までを原作沿いの流れの中で個人的解釈により大いに捏造
第一部カミュ氷/第二部ミロ氷
改稿前の2011年初出作品
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。
◆第二部 10◆
妙に空気が重い。
ミロは敏感に感じ取っている。
はっきりとした気配はまだだ。
だが、晴れ渡った空の色に妙な禍々しさが混じり、空気は幽かに腐臭を放っている。
氷河はまだ感じてはいないだろう。
ミロの、黄金聖闘士としての本能が、それが近いことを告げている。
どういう形で聖戦がはじまるかはわからない。
だが、どういう形であれ十二宮は危ない。
天蠍宮から後は無人の宮が続く。天蠍宮は、女神神殿へ続く、最後の砦だ。
自分は、命に代えてもここを死守する使命を帯びている。
氷河をシベリアか、あるいは日本へ帰らせる時が来たのかもしれない。
氷河に、『使命を全うして死ね』と告げたが、だからと言って、わざわざ必要もないのに戦いの中に置くつもりは毛頭なかった。
危険から遠ざけておきたいという思いはもちろんあった。
だが、それ以上に、氷河が居ては自分の戦いの邪魔になる、と思った。
全くの足手まといか、といえばそうではないだろう。既に、対等とは言わないまでも、ミロとの実力差はそう大きくはない。
だから、氷河の方に問題はない。
問題があるとすればミロの気持ちの方だった。
ほんの一瞬も気を抜けない緊迫した状況の中にあっても、自分は、多分、氷河を気にせずにはいられないだろう、という気がした。
万が一、女神と氷河、どちらかしか庇えないような状況に陥ったとしたら。
もちろんミロは女神を選択する。
だが、例え一瞬たりとも迷わないか、と言われれば、自信がない。
だから、戦いの中においては、氷河を近づけたくない。
はっきり言うと、ここに居られては邪魔だった。
それは、カミュが、あんなに愛していた氷河に対して、一片の曇りもなく全力で対峙したのと同じで、ミロをミロたらしめている黄金聖闘士としての誇りが、彼にそう思わせていた。
「氷河。包帯の時間だぞ」
日課になっている、寝る前の儀式だ。
傷はもうかなり塞がっている。
だが、氷河が『傷が塞がるまでの間だけ』十二宮に留まる、と言った以上、包帯を巻かずにすませることは、別れを意味する。
そのため、なんとなく、きっかけのないままずるずると続いてしまっていた。
氷河をベッドへと腰かけさせ、後ろから包帯を巻きなおしてやる。
両目を塞いで巻こうとすると、氷河の手がミロの腕をつかみ、制止した。
「……?どうした」
「いい」
「疲れているのか」
「そうじゃない……」
「じゃ、気分じゃない……?」
そう言いながら、背後から氷河を抱きしめ、耳にふっと息をかける。氷河が少し身をよじる。
「そういうわけでもなく……」
「?なんだ、はっきり言え」
「……意味が、ないんだ」
「??どういうことだ」
ミロが唇を寄せている氷河の耳が赤い。その耳を甘噛みする。
「なんだ。早く言わないか」
「……っ。目を塞いでいても、間違えようがないんだ。あなたとカミュは違いすぎるから……」
「つまり、だから嫌だ、というわけか」
「……そうじゃない……」
氷河の声が消え入りそうに小さく、耳がますます赤い。
ようやくミロも気づく。気づくが、本人の口から聞きたい。
「俺はカミュとは違って鈍いからな。はっきり言われないとわからない」
「……だから……あなたをカミュの代わりだと思ったことはない」
「うん。それで?」
「あの……だから……だから……もう、言わせるなよ!」
「何をだ」
氷河は俯き、黙り込んでしまう。
これ以上苛めたら、臍を曲げるかな、とチラリと思った瞬間、氷河が振り向き、勢いよくミロの唇に自分のそれを押し当ててきた。
おい。ずるいぞ。言わずにすませるつもりか。
……でも、君からキスしてくれたのは初めてだ。許してやってもいい。
「下手だな。勢いさえあればいいってもんじゃないぞ。俺を誘いたいなら、もっと……」
そう言いながら、今度はミロの方から唇を重ねた。少し冷たい氷河の唇に、そっと、何度も口づける。唇を吸い、舐めあげ、ミロを求めるように薄く開かれた唇を舌先で割って、さらにその奥へと侵入させる。熱い氷河の舌を探り当てると、それは、おずおずと、柔らかく絡みついてきた。少し、ぎこちなく、たどたどしくミロの舌に応える。
重ね合わせた唇の間で、氷河の甘い吐息が漏れ、その指先はすがるものを求めてミロの髪を探る。
たまらなく扇情的だ。
ミロは荒々しく氷河の体をシーツへと押し付け、さらに深く口腔を犯しはじめた。
「あっ……んっ……んっ……」
最奥までミロ自身を収めて、氷河はひっきりなしに嬌声をあげている。ミロが動くたび、切なげに眉根を寄せ、だが、誘うようにミロの髪に指先を絡める。
ずっと、ミロの愛撫に反応することが罪悪であるかのように、声を押し殺して耐えていたのに、今日は素直に、ミロの動きひとつひとつに可愛い声をあげる。
たまらない。
君をどうにかしてしまいそうだ。
「氷河……上に……」
ミロは繋がったまま、ぐるりと体を反転させ、自分の体の上に氷河を乗せた。
「自分で動いてみせろ」
「……っ……や……むり……ああっ……」
羞恥で顔を赤らめ、その瞳はうるんでいる。
そんな顔をしたってだめだ。
誘ってるようにしか見えないぞ。
ミロは、促すように下から何度か突き上げる。自重で結合が深くなり、氷河の喉から高い悲鳴が漏れる。
「あっああーっ。んっんん、や、いやだ、コレ、いや、くるし……」
「自分で動かないといつまでも苦しいままだぞ」
目尻に涙をにじませる氷河の腰を宥めるように軽く揺さぶってやる。
氷河は、ミロの動きに呼応してかすれた声を上げ、そのうちに自分からミロに腰を押し付けはじめた。
「名前を呼べよ、氷河」
「ミロ……」
「もっと」
「ミロ……っ……んん……ミロ……」
ミロは自分の上で動く氷河の白い肌に指を這わせる。
氷河の肌に星空のように無数についた傷痕。その中にあってもひときわ大きく輝く赤色巨星。
爪でなぞるようにひっかく。
俺のだ。
君だけが持つ俺の星。
綺麗な肌だが、これだけは消えずに残るといい。
「あっ……ああっ……ミロ……も……だめだ……」
氷河の体が震え始める。
ミロは上体を起こし、氷河の背を支えてやる。
氷河はミロの首筋にすがり、その名を呼びながら絶頂を迎えた。
蕩けた顔でぐったりとミロに寄りかかってくる氷河をつながったまま組み敷き、今度はミロの猛りのままに氷河を追い詰める。
「や、ちょ……待っ……」
「待てない」
「うぁ……っ……ああーっ」
「目を閉じるな、氷河。俺を見ろ」
「んっ……はぁっ……あぁっ……」
言われるまま、とろん、としたうるんだ瞳で見上げてくる氷河が愛おしく、ミロは氷河の最奥に叩きつけるように自身を何度も押し込む。
氷河の内襞が熱く絡み、ミロのものに纏わりつくように蠢いてくる。
「んぁ……あ……ミロ……やぁ……また……」
氷河はもうだめ、と言うように、ふるふると首を振って、誘うように唇を開く。
その可愛い泣き声ごと飲み込むように、深く口づけ、ミロも律動を早める。
「ん……んん……んー!」
喉の奥で高く泣いて、氷河の中が激しく収縮し、ミロも氷河の中に熱い滾りを注ぎ込んだ。
名前を呼んですがる氷河が愛おしく、ミロは満足するまで何度も求めた。
自分の名前も、こんなふうに呼ばれると甘い響きがあるのだと初めて知った。
「ミロ……」
「ん?」
気怠さに包まれ、ぐったりと抱いたミロの腕の中で、眠っていると思っていた氷河から声があがった。
「どうした」
「……うん……」
自分で呼びかけておいて、躊躇うように黙り込む。
ミロは氷河の髪を弄びながら、黙ってその先を待つ。
「……おれ……シベリアへ帰ろうと思う」
「そうか」
ミロはふうっと大きくため息をついた。
自分が言い出すつもりだったが、いざ、氷河の方から言われてしまうと、少し、傷ついたような気持ちになった。
「多分、おれ、もう大丈夫。……一度、シベリアへ帰って、弔いをしたい」
「そうか」
「あの……明日、発とうと思うんだ」
「……そうか」
そうか。
もうお別れか。
「……あの……ミロ?」
氷河の肩に鼻先をくっつけるように顔を伏せたミロの頭を、氷河は撫でた。
いつもと逆だ。
だが、一瞬だった。
「あっ……ん……ちょっと……!」
ミロが氷河の首筋に舌を這わせ、また上にのしかかってくる。
「な……もう、おれ、無理……!」
「俺は無理じゃない」
「信じられない!……ちょっ……や……だめだって……ミロ!」
「抵抗する元気があるなら大丈夫だ」
「どういう理屈だよ……あっ……ミロ……」
抵抗はそこまでだった。
あとは、また甘い吐息と、氷河の、ミロの名を呼ぶ声だけが部屋に響いていた。