寒いところで待ちぼうけ

旧・手のひらの花(初出版)

アイザックの事故から聖戦までを原作沿いの流れの中で個人的解釈により大いに捏造
第一部カミュ氷/第二部ミロ氷
改稿前の2011年初出作品

(前ブログではありがたいことに一番読んでいただいた作品になります。しかし、再燃後ほとんど初めて書いた作品のため、何もかもが拙すぎ、そして厨二病が前面に出過ぎていて、読んでいる方も恥ずかしくなってしまう要注意作品となっております。リクエストにより再録しますができれば読後は記憶からアナザーディメンション……!)
第一部01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11
第二部01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11

◆第一部 01◆

 頬に小さな白い花が降りてきた。六花だ。
 美しい六角形の結晶は、カミュが手にとっても溶けずに美しいままその姿をとどめている。
 外気温があまりにも低すぎるためだ。
 ああ、帰って来たな、と思う。
 自分の母国も、聖闘士としての本拠地もともに温暖な気候であるのに、この暴力的なまでの冷気の中に身を置くと、そこに故郷を感じる。
 シベリアで生活している方が長いせいかもしれないし、自分を待っている者がいるせいかもしれない。

 カミュは、今年、何度目になるかわからない聖域からの呼び出しから戻ってきたところだった。
 以前は、数か月に一度、聖闘士の養成状況を報告する程度だったのに、ここのところ頻繁に勅命が下され、シベリアを離れざるを得ないことが多い。勅命の内容も、あまり楽しいものではなく、昏い時代の襲来を思わせ、幾分気鬱になる。今は、待つものがいる、この氷の大地こそがカミュの心の拠り所だった。

 しかし、今日はそれも違った。
 家の戸口が見えるところまで近づいて、カミュは違和感に気づく。明かりが灯っていない。
 二人とも揃って自主練にでも出かけたのだろうか、といぶかしく思いつつ、念のため、家へと足を踏み入れ、一つ一つ部屋を確認していく。弟子達の姿はなく、全てのものが冷え冷えと冷たい表情を返す。
 あたりはすっかり暗く、気温もかなり下がっている。
 今まで出かけた時、帰ってきて二人の姿が見えなかったことがあっただろうか。多分、なかったはずだ、一度も。と思い至り、カミュの身の裡に不安が広がる。何かあったのだろうか。どちらかが怪我でもしたか。それとも。
「アイザック!!氷河!!」
 普段、訓練に使用している領域を声をはりあげて探して歩く。
 しかし、応える声はなく、生物の気配すら感じられない夜の氷原が広がるばかりだ。二人の小宇宙のかけらでも感じられないかと、精神を研ぎ澄ませながら、歩みを進める。
 ふと、氷河のことを思い出した。そういえば、こんな風に幼い氷河を探して歩いたことがあった。彼はあの時、母の眠る海域に赴いていたのではなかったか。まさか、とは思いながらもそちらに足を向けた。

 幽かな月明かりだけを頼りに、目印となるもののない氷原を、ただひたすら、記憶と勘を頼りに走ると、遠くに何か光を反射するものが見えた。走りよると反射しているのは見覚えのあるロザリオ。
「氷河!」
 駆けよりながら、あたりの様子を確認し、カミュは瞬時に何が起こったかを悟った。
 氷原に明らかに人知を超える力で穿たれた穴。そこへ続く二組の足跡。そして、さらに離れたところに広がる別の穴の横で倒れ伏している氷河……それだけ。穴から出てきた足跡は見当たらない。
 どういういきさつでかはわからない。が、おそらく二人の性格を考えれば容易に想像はついた。
 氷河は少し前から目覚ましい進歩を見せ、その拳に相当の破壊力を身に着けはじめていた。
 彼が、ここシベリアへ来たいきさつを思うと、自分のその進歩に気持ちが逸ったのは無理もない。師の留守を狙って、彼が母親に会いに潜ったことは容易に知れた。
 だが、まだ未熟な力だ。
 なんらかのアクシデントに巻き込まれ、それをアイザックが助けに行ったのだ。元の穴からは戻れなかったのだろう。流された先の氷を割って氷河だけが戻った。そして、アイザックはどちらの穴からも、まだ出てきてはいない。
「アイザック!!!」
 声を限りに愛弟子の名を呼ぶ。さらに別の個所から出てきているとは思えなかった。アイザックが無事でいるなら、氷河を一人、こんなところに倒れたままにしておくはずもない。
 氷河は濡れた衣服が既に凍り付き、全く意識がない。早く温めてやらねば、非常に危険な状態だった。
 だが、アイザックがまだこの氷の下にいるとしたら、果たして「危険な状態」ですんでいるとは到底思えない。夜の海に潜ることは自分の命も危険にさらす。しかし、カミュの心に迷いはなかった。
「氷河……少しだけ、がまんしていてくれ」
 そう言って、自分が着ていた外套で氷河をつつみこむと、カミュは氷の海に飛び込んだ。

 夜の海は昏い。アイザックの小宇宙が少しでも感じられないかと、必死に深く潜る。
 潮流がときおり変わり、自分も流されそうになる。
 はるか遠くに氷河の母が眠るという船が幽鬼のようにゆらめいている。船のどこかへでもひっかかってくれていないかと必死に探索を行うがその姿は見えない。
 船がひっかかっている岩肌のさらに奥、海溝の最も奥深いところへまでもカミュは潜っていった。
 名前も知らない発光する生物がふわりふわりとカミュのまわりを漂っている。
 月明かりさえも届かない暗闇の中、その天佑のような光を頼りにアイザックの痕跡はないかと必死に目をこらし続けた。
 だが、カミュの願いもむなしく、昏く冷たい海は沈黙を返すだけだった。
 息が続く限り潜り続け、諦めきれない気持ちのまま、悄然としてカミュは陸に戻った。
 氷河の元へ戻ると、さきほどよりさらに顔色が悪くなっているようだった。
 この上、氷河までも失いたくはなかった。カミュは氷河を外套で包んだまま抱き上げ、家へと急いだ。