アイザックの事故から聖戦までを原作沿いの流れの中で個人的解釈により大いに捏造
第一部カミュ氷/第二部ミロ氷
改稿前の2011年初出作品
◆第一部 11◆
火時計に火がともっている。
双児宮の火が今消えた。
階段を上る足音が聞こえてくる。
天蠍宮の入り口に姿を現した友の頬は微かに光っている。
数刻前、下りる時に通った時同様、カミュの体からは青白い燐気が発せられている。
それは冷たく燃え滾り、全てのものを拒絶している。
カミュはミロの方を一瞥もしない。
とても声などかけられない。
カミュ。
だめだったのか。
お前の望んだ結末にはならなかったのか。
ばかなやつ。
「葬る」と断言したじゃないか。
ならば、お前は目的を達したはずだ。
そんな絶望に濡れた顔をするのはおかしいじゃないか。
その絶望はなんだ。
氷河を失ったことに対しての嘆きか。
いや、やっぱり、お前、死ぬつもりだったんだろ。
氷河が、自分を超えて、その先へ行くことを望んでいたんだ。
だから、氷河が向かってこなかったことに絶望したんだ。
違うか、カミュ。
**
また一つ火が消える。
氷河が、ふらふらした足取りで階段を上っていく。
その後ろ姿を見送って、ミロは天を仰ぐ。
カミュ、話が違うじゃないか。
あの坊やはお前が言うような、聖闘士に向かないひ弱な存在なんかじゃない。
ちゃんと立派に戦士じゃないか。
カミュから、何度も何度も弟子の自慢を聞かされてきた。
だが、カミュから聞く氷河の印象は、弱々しく、脆く、はかない存在だった。
自分が対峙してみて、あまりの違いに驚く。
戦闘能力は、さすがにカミュの教え子だ。
だが、戦闘能力よりも、その精神力に目を瞠った。
アンタレスを受けてさえ、あんなふうに前へ進む力に。
あの、瞳の奥で燃える強い意志の炎。
カミュにはあれが見えないのか。
カミュの目には、あの坊やは、未だ庇護の必要な幼子に見えているのか。
それとも、氷河、君の方が変わったのか。
カミュの庇護の元にいたときの、弱く、脆い存在から。
ここへ来て、何かを学んだのか。
カミュのしたことは無意味ではなかったのか。
だが、その強い瞳も、ただ一度、カミュの名を出したときのみ、泣き出しそうに揺らめいた。
そうか。
と気づく。
死をも乗り越えてまで進もうとしているのは、この先にカミュがいるからか。
その強さはカミュの元へ辿り着かんがためか。
君も、カミュと同じなのか。
ミロは決意していたのに。
カミュと氷河を戦わせないために、絶対に自分が氷河を殺す、と。
だが、死に瀕してもカミュを求める氷河の姿に揺らいだ。
二人の絆は自分にはとても断ち切れない。
君を殺していいのは俺じゃない。
ならば、行け。
今の君なら、カミュが望む結末をもたらすことができる。
カミュは絶対に手を抜かない。
それがあいつを、あいつたらしめている誇りだから。
全力のあいつを超えて見せろ。
君ならできる。
カミュに、もう二度とあんな絶望的な顔をさせるな。
ばかだな、カミュ。
ばかだな、氷河。
ほかに道はなかったのか。
お前たち、ほんとうに、ばかだ。
お前たちを止めない俺も、同じだ。
**
今、十一番目の火が消えた。
火時計の火はもう残り一つ。
宝瓶宮にふわりふわりと雪が舞っている。
白く美しいその花は、倒れ伏したカミュに降り積もる。
肩に、背に、髪に、優しく。
優しく。
「せんせい!見た?今の!おれ、はじめて凍気だせたよ!」
幼き日の氷河がカミュに飛びついてくる。
「よーし。よくやったぞ、氷河!」
氷河を抱き上げ、その髪にキスをする。
「せんせい、おれ、間違ってなかった?これであってた?」
ああ、氷河。
お前は全然間違ってなかった。
ちゃんとわたしの教えたとおりにできていたよ。
「やったな、氷河!」
アイザックが自分のことのように喜んで、同じように飛びついてくる。
アイザック。
わたしは良き師であったか。
氷河。
お前の命はまだ続いているか。
生きてきたこの命に意味はあったか。
わたしの全てはお前に受け継がれたか。
氷河。
今ならお前に告げても赦されるだろうか。
お前を愛している。
わが命、すべてをかけて。
(第一部・Fin)