アイザックの事故から聖戦までを原作沿いの流れの中で個人的解釈により大いに捏造
第一部カミュ氷/第二部ミロ氷
改稿前の2011年初出作品
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。
◆第一部 07◆
「立て!氷河!まだ倒れるな!」
カミュの厳しい叱責の声が飛ぶ。
氷河は、遠のきそうな意識をなんとか止め、反射的に左へ跳んだ。
その瞬間、氷河が立っていた大地が砕ける。
後ろだ。
振り向きざま、凍気の塊を放つ。
手ごたえはない。どこだ。
足元がふらつき、一瞬、反応が遅れた。
上か。
カミュの姿を視認したと同時に、こめかみに衝撃を受け、氷河の意識は飛び、その体はふわりと宙を舞った。
跳躍から着地したカミュは、失神して雪の中に埋もれた氷河に近づくと、その体を軽々と背に抱え上げる。
今日はもう三度目だ。さすがにこれ以上は無理だろう、と訓練を切り上げ、帰途につくことにする。
また、やりすぎてしまったようだ。
限界まで抑圧した感情は、箍が外れた時の爆発力も大きい。
視線が絡み、指先が触れ、声を聞くだけで、二人は容易く高まった。この関係が長くは続かないことを予感しているカミュだけではなく、氷河の方もカミュに呼応するように、遠慮がちに、だが同じだけ強く求めてきた。
二人を結びつける罪の意識はいまだそこに存在し、しかし、それとは裏腹に、二人でいることに倒錯的な悦びを感じてもいる。
だが、訓練においてはカミュは一層の厳しさを見せた。氷河ももちろん甘えを見せない。
氷河の力は十分についている。こうして拳を合わせていても、黄金聖闘士たる自分の息があがる程度には。
それでも、教えても教えても教えたりない。
それは「氷河を聖闘士にしたくない」のと同じ理由だ。
聖闘士にしたくないのに強くあれ、とは一見矛盾しているように見えて、根っこは共通している。
氷河を死なせたくないのだ。
それは氷河を愛おしく思う気持ちからくるものだったのは確かだが、それとともに、アイザックへの贖罪としての色も含んでいた。
アイザックが命を懸けて救ったものを、どうして無為に散らすような真似ができるだろう。
もう、目の前にいないアイザックに、師としてしてやれることは、精いっぱい氷河の命をつなぐことだけだ。
カミュはまだアイザックの師であることをやめていない。
氷河を自分自身の贖罪の道具にしている自覚はある。
その能力を超えて、求めすぎていることも。
客観的に見ても、既に氷河は聖闘士として立派にやっていけるだけの力を持っている。
結局、一番氷河の足を引っ張っているのは、この自分かもしれない、とカミュはため息をついた。
こめかみに冷やりとした感触を覚え、氷河は目を開けた。
見慣れた天井が目に入る。
冷たい感触はカミュの指だ。それを確かめるように、氷河は自らの手を重ね合わせて、師を見上げた。
「すみません……また、俺、気を失ったんですね?」
意識のない氷河を膝に抱いたまま、ソファで本を読んでいたカミュは、パタリと本を閉じた。
「気がついたのか。ああ……急に起き上がらない方がいい。もう少しこうしておきなさい」
体を起こそうとするのを止められ、再びカミュの膝に頭をのせる。髪を梳き、こめかみをなでるカミュの冷たい指先が心地いい。
この家から一歩外に出ると、二人は師弟以外の何物でもない。
だが、ひとたび、戸を開け、一歩踏み込むと、途端に空気が微妙に解け、緩み、甘さを増す。
アイザックの痕跡が残る場所で傷を舐めあうような甘い交わり。
外界とこの家の内部を隔てる扉は、そのまま、二人の関係が切り替わる結界の入り口だ。
そして、今は、結界の内にある。
カミュはそっと屈みこむと、氷河の額にキスをおとした。
氷河が下からカミュの髪を弱くひっぱり、カミュの唇が離れていこうとするのに抗う。カミュは微苦笑して今度は唇にキスを降らせる。
自分の罪の意識を贖うために、氷河に必要以上につらい訓練を課していることが後ろめたく、こうして訓練を離れると、カミュは反動で氷河にいっそう甘く優しくしてしまう。
「お前がこんなにキスが好きだとは知らなかったな」
氷河は、ちょっと拗ねたように視線を逸らす。
「キスが好きなわけじゃありません」
「そんな可愛い顔で拗ねるな。また無理をさせたくなるだろう」
カミュがそう言うと、氷河の頬にさっと朱が差した。そんな初心な反応を返すところがまた可愛い。
氷河がゆっくりと身を起こした。カミュは、自分の拳が当たったこめかみを撫で、確認するように労わった。
「めまいは?ふらふらしたりはしないか?」
「大丈夫です。もうへいき」
隣へ座ろうとした氷河を、カミュは優しく抱き寄せ、自分の膝の上へ向かいあうように座らせる。
額と額をこつんとぶつけあわせ、氷河の両頬をはさみこんで問うた。
「氷河……聖闘士になりたいか?」
「なりたいです」
「本心か?今のお前なら、もう母の遺体を引き揚げることは可能だぞ。聖闘士になる必要なんかないだろう」
「でも……それでも、俺、なりたいです。先生に少しでも近づきたい」
「そうか」
「それに、ここでやめたら、だって……アイザックが……」
「アイザックのために、か」
そう言われてはカミュはそれ以上何も言えない。
「では、氷河。私は、お前を聖闘士にするよう、聖域へ申請をしよう」
「ほんとですか?」
単純に喜びの表情を見せる氷河にカミュの懸念はますます深まる。戦場を知らないまるきり子どもの反応だ。
「ほんとうだ。後で手紙を書いておく」
氷河はカミュの複雑な心情には気づかず、嬉しそうにカミュに抱きついてくる。
カミュはそんな氷河を力いっぱい抱き締めて、その髪にキスをする。
この命は自分の腕の中にある。
今はまだ。
窓の外からほのかに光がさしている。
月明かりかな、と氷河はそちらに目をやって、月明かりにしては鮮やかに彩られていることに気づく。
「せんせ……オーロラ……」
カミュもチラリとそちらに目をやり、それから苦笑した。
「外が気になるとは、ずいぶん、余裕があるな」
そういって、氷河の白い肌に再び唇をよせた。少しばかり強く吸い上げる。
「……んっ……」
氷河は手の甲で口を押さえ、声を殺す。
「氷河、抑えなくていい。ここには私とお前しかいない」
そう言って、やんわりとその手を掴まれる。
そのあなたに聞かれるのが恥ずかしい、とは言い出せず、ただ首を左右に振って応えた。そもそも、窓の外を見たのは、カミュと視線を合わせるのが恥ずかしくて、背けていたからだ。余裕なんかあるはずがない。
カミュが触れているところ全てが、燃えるように熱い。大好きな人に触れられているというだけで、身も世もなく感じてしまう自分が恥ずかしくていたたまれない。
身を震わせて、声を殺す氷河の姿がカミュにはいじらしく、さらにもっと追い詰めたくなる。
カミュは、氷河の両足を大きく開かせ、その中心へと頭をしずめた。
カミュの意図に気づき、氷河が抵抗する。
「やっ……いやです、それはだめです……」
そういえば、いつもここで抵抗するな、と思い、カミュは先に問うた。
「感じるくせに、なぜだめなんだ?……ここをこうされるの、好きだろう?」
「あっ……や……」
「ほら、ちゃんと感じる」
「……だ、だって……そんなとこ……せんせいが……よごれるから……」
なんだ、そんなことを気にしていたのか、とカミュは笑って、愛撫を再開させた。
「大丈夫、お前はどこもかしこも可愛いよ」
「んんっ……あ、ああ……やっ……」
カミュの舌と指で、容赦なく責め立てられ、氷河は声を殺すこともできず、快楽に翻弄される。
目を開くと、まだ鮮やかな光の帯が微かに見える。
いつか、こうして、アイザックと同じ光景を見た。
お前の瞳の色は綺麗だと言ってくれた。
氷河は、カミュに気づかれないよう、首にかけたロザリオをそっと握りしめた。