お話と言えるほど体裁は整っていないネタ集のようなもの
(基本的には雑記です)
潜入捜査官ミロ妄想。ミロ氷ベースの氷河総受風味。
設定の性質上、反社会的行為に関する記述が多数表現しますが、それらの行為を肯定する意図は全くありません。
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。
◆潜入捜査官ミロ ⑩◆
多分、同じ熱が二人を繋いでいた。
夕暮れの遊歩道。
ぴったりと繋ぎ合わされた手のひら。
ミロの親指の腹が氷河の手の甲を、指の上をゆっくりと擽るように往復する。
たったそれだけのことをもう愛撫のようだと感じるのは、彼の指がよほど巧みなのか、それとも自分が過剰に反応しているのかはわからない。
ただ、繋ぎ合わせたままの指がするりするりと氷河の薄い皮膚の上を動くたびに、ぞく、と背が疼いて、ある種の熱が熾きる。
こんなところで。
手を繋いだだけで。
いくらなんでも敏感に過ぎる己の身体に羞恥を感じずに済んだのは、氷河に火を点したミロの指にも同じだけの熱が込められていると感じたせいだ。
だから、仮暮らしの小屋まで辿り着いて、扉が閉まりきる前に飢えた獣もかくや、の勢いでがむしゃらに重ね合された唇はどちらが先に求めた結果であるのかははっきりとしない。
でも、強さで言うなら、自分の方がずっとずっと強く求めていたはずだ、と氷河は思う。
腕の中、真っ赤に濡れた身体が、みるみる間に冷たくなっていくのが怖かった。
記憶は曖昧だ。
誰かがミロ、と叫んでいた。
押さえても押さえても噴き出てくる赤いものが氷河の手を温かく濡らすくせに、抱いた身体はそれと反比例してどんどん冷たくなっていく。そのうちに、どくどくと流れ出る命の勢いが弱まって、健康的に灼けた肌からは完全に色は抜けた。
こちらへ、と誰かの腕がミロの身体を奪おうとするのを、氷河は、いやだ、連れていかせない、と獣のように激しく牙を向いて威嚇して退けた。
氷河、と叱る声へも、いやだ、と首を振り、冷たくなったミロの身体を護るように覆いかぶさって、氷河は世界の全てを拒絶していた。
「しっかりしないか!それでは助かるものも助からない!」
恐ろしい怒気を孕んだ声と同時に、頬に激しい衝撃があって、一瞬、真紅に染まっていた世界は真っ白に消えた。
師に頬を張られたのだ(初めてのことだ)という認識は、じわじわと遅れてやってきた。
痛みと共に現実世界の知覚を取り戻して、見たことがないほど険しい顏をしているカミュの向こう側に、救急隊の制服を着た人間が控えていることに氷河は初めて気が付いた。
怪我人をこちらへ、と伸ばされる腕に、状況を正確に認識してそれでもなお、いやだ、と叫びそうになる氷河の強張った指を、カミュがひとつひとつ解いてミロの身体は彼らへと委ねられた。
まるで自分自身を奪われたような喪失感だけを空っぽとなった腕に残して。
以来、ずっと凍えたままだった腕に熱を取り戻そうとするかのように、氷河は強くミロの身体に縋りつく。
夢でないことを確信するには、そうせずにはいられなかった。
背が押し付けられた入り口の木戸の向こうで、鼻先で扉を閉められてしまって不満げに行ったり来たりしているベルーガの足音ももうその耳には届いてはいない。
口づけが生んだ甘い疼きに自分を明け渡し、木戸についた背がずるずると落ちていくのを、氷河の足の間に差し入れられたミロの膝が支えていた。
既に硬く膨らんでいた雄の塊をぐ、と男の膝が刺激して、あ、とようやく氷河は我に返って目を開いた。
間近で蒼の瞳が弧を描いて笑っていた。
下半身に集まっていた熱が、途端に頬に耳に上って、氷河は狼狽える。
「ミロ、あの……」
どうした、と火照った耳朶を唇に含まれて、ああ、とまた氷河の背がずるりと下がる。
「耳が弱いな、君は」
笑いを帯びた声が鼓膜を震わせて、違う、と氷河は首を振る。
特別にそこが弱いと感じたことは一度もない。
なのに、嘘だな、と耳元で囁かれたら、立っていられないほどの疼きを下腹部に感じて膝が震えてしまう。
カチャ、という金属が触れ合う音がして、ミロの手が氷河のジーンズのベルトへかけられた。
「ミ、ミロ……」
薄い木戸隔てた向こうは屋外で。
夕陽射しこむ窓にはカーテンすら引いていない。
だというのに、ジ、とジッパーを下ろす指の動きに、期待感でそれはますます質量を増して膨らんでしまう。
密着しているミロの下半身が同じ熱を持っているのが救いだが、それでも、彼の指によって前を寛げられた瞬間、窮屈そうに押さえつけられていた昂りが檻から解放されて天を向いたことに堪らなく羞恥を感じて氷河は息を吐いた。
ミロの長い指が上向いた雄茎を柔く包み込んだことで、吐息は喘ぎへと変わる。
既に溢れている蜜がミロの指を濡らして、上下に揺すられるたびにくちゅくちゅと音を響かせる。
「や……っ…あぅ……ミ…ロ……」
抗議を乗せたつもりの声は途中でびっくりするほど淫らに媚びて、ふ、と耳元で笑う声に羞恥と疼きが同時に起きる。
「……ふ…あ…んんっ……」
一定のリズムで揺すられるたびにずるずると落ちていく背に氷河は慌ててミロの首に腕を回して身体を支えた。
ミロの唇が耳朶を弄び、甘噛みをして、そしてまた、荒く息つくことしかできない唇へ口づけを落とす。
翻弄される欲に、ただ、腰が砕けないように己を保つだけで氷河は必死だ。
もうだめだ、と首を振った時、己の熱い昂りに指よりももっと熱いものが触れて氷河は驚いて背を反らせた。
気づけば、いつの間にかミロは己のジーンズの前も寛げていて、同じように昂る熱塊を氷河のそれと一緒に手の中へ包んでいた。
「あ……」
固く張りつめた雄々しい隆起を目にして、思わず酷く物欲しげな声が漏れて慌てて氷河は唇を噛んだが、噛んだ拍子にごくりと喉が音を立てて却って羞恥は増した。
からかうように口元を綻ばせてミロが煽るように、二本の雄を同時に揺すりたてる。
「あ……あぅっ」
どうする、と問いたげに、蒼い瞳が見下ろしているのを、氷河は薄らと生理的な涙を滲ませて見上げた。
「だって、あなたはまだ……っ」
怪我人じゃないか、という弱々しい拒絶は、指の輪をきゅ、と縮められたことで喉奥に消えた。
そうだな、怪我人だ、とくすりと笑ったミロが氷河の汗ばんだ額に口づける。
「君が駄目だというならよしておこう」
「……っ」
ここまでしておいて突然に梯子を外すのは狡い。
男なら、はち切れんばかりに脈打って蜜を漏らす雄がそのままでは後戻りできないことなど知っているだろうに。
でも、きっぱりと拒絶できない自分はもっと狡い。
氷河の葛藤をミロが少し意地悪く笑って眺めている。
恨みがましく見上げても、口づけで軽くいなされて、また、ぬるぬると熱い刺激で下半身を包みこまれ、さらには、蜜で濡れた指が双丘の間まで忍んで襞をなぞるように戯れては去る。
「ミ、ロ……!」
息も絶え絶えに、彼の髪を緩く掴んで切迫感を伝えれば、応えるように手のひらを上下に揺すられて、ああ、と氷河は髪を振って乱れた。
直接押し付けられたミロの雄芯が熱くどくどくと波打つのを感じて、氷河は背筋を震わせる。
もう耐えられなかった。
理性も建前も気遣いも、込み上げる欲望の前にはすべて掻き消えて、気づけば、いきたい、ミロ、と強く腰を押し付けて強請っていた。
心配しなくともいかせてやるさ、とミロが手淫の速度を速めるのに、氷河は、違う、と首を振って懇願した。
あなたが欲しいんだ、と言う声はほとんど泣き声だった。
可愛いことをいう、と細められた男の瞳は笑ってはいたが、からかいではなく愛しさで満ちている。
ミロの指が氷河を解放したことに、安堵と失望が同時におきて、氷河は荒く息をついた。
性器だけを擦り合わせていた格好から、ミロが氷河のジーンズを下ろすように手をかけた。
だが、濡れたジーンズはぴったりと氷河の下半身を包み込んでいて、器用に動く彼の指でも簡単には脱がせることができない。氷河はもどかしさに焦れて、おかしいほど必死に自らウエストを下へと引いた。
その間にまたミロの指が、途中まで剥き出しとなった氷河の双丘の間へつぷりと埋められて、ああ、と氷河は喉を晒して喘ぐ。
「……ん……っあ……んん……っ」
今度は戯れではなく、ぬるつく指で押し広げるように襞を押されて、氷河の膝ががくがくと笑う。
結局、すぐに立っていられなくなって、両腕をミロの首へ回したものだから、ジーンズは膝のところへ下りただけで足は抜けないままだ。
まだるっこしいな、と笑ったミロが、氷河の大腿を割り開いていた片足でそれを乱暴に押し下げたので、氷河はようやく片足を重い生地から抜くことができた。
抜いた片足は地へ戻る前にミロによって抱え上げられて、曝け出された秘所に、熱く脈打つ塊が押し当てられた。
心臓のようにどくどくと脈打つ熱さが氷河の若い肉をぐっと押し広げて穿たれる。
「ああ……ああ……!」
待ち望んだ刺激は、きつい摩擦と圧迫感を凌駕して、感じたことのないほどの深い充足感と悦びを氷河にもたらして全身を激しく疼かせた。
陶酔しきった喘ぎが唇から漏れ、漏れたかと思うと、限界まで張り詰めていた氷河の雄芯は、びゅ、と白い蜜を散らせて弾けた。
あっさりと訪れてしまったわりに、その絶頂感はあまりに強く、苦しいほどの多幸感に苛まれて氷河の瞳に涙が滲む。ミロが身じろぎをした拍子に、それは目の縁から零れ、それが呼び水になったかのように後から後から涙が溢れていく。
「……ミロ、待っ……俺っ」
ほとんどしゃくりあげるようにようようそう言えば、ミロは、白濁に濡れた氷河の雄を手のひらで包んで苦笑しながら、氷河の耳を噛んだ。
「この状態で待てとは君も酷なことを言う。可愛い君の頼みでも、」
さすがに聞けないな、と耳を弄んだ唇が愛しげに笑い、氷河を支えていたもうひとつの足をも抱え上げた。
「え……あっ……ああっ」
両足を抱え上げられて、氷河の体を支えているのは木戸についた背と、ミロの首に回した自分の腕だけ。不安定な姿勢に焦る声はぐっと突き上げられたことで嬌声へと変わった。
「ああ……っミ……ロ……ッ……ミロ……ああ……っ」
戸に押し付けるように下から何度も激しく突き上げられて、極みの余韻冷めやらぬ身体はまたさらなる高みへと押し上げられてしまう。
昂ぶった神経は制御を失って、壊れた蛇口のように涙は溢れるばかり。
自分の意志で閉じることもできなくなった唇から、唾液と共にああ、うう、と酷くだらしない喘ぎ声が零れていく。
自重で沈む身体がミロの楔を深く呑みこんで、彼の熱を余すことなく氷河は体奥で感じていた。
達したはずの雄芯がまた熱を持って上向き、穿たれるたびにそれは極みへ向けて切なく震える。
いくらもしないうちに、またすぐに限界はやってきた。
穿つ男の唇から余裕の笑みが消え、すっきりと通った鼻梁に、つ、と一筋汗が流れたのを合図に、ひときわ強く激しい突き上げが続いたかと思うと、く、と短い声がミロの唇から漏れた。
熱いものがじわ、と氷河の体奥を満たす感覚に、氷河はまた、あ、あ、と切なく体を震わせて熱を迸らせる。
抑え込んでいたものを急激に開放したかのような強い疾走感に、はっはっと激しく息を乱し、さすがに二人はずるずると床の上へと体勢を崩した。
汗ばんだ額を合わせて、二人はチラリと自分たちの状況へ目をやって、それから、はは、と同時に照れ笑いを漏らした。
初心者同士でもここまでは、と思えるほどにずいぶん性急で切羽詰まった交わりだった。
氷河の片足にはまだジーンズが引っかかったまま。靴すら脱いでいない。
ミロに至っては前を寛げただけ。
参ったな、と苦笑している彼の方にも、氷河に見せていたほどには余裕などなかったのだろうか。
答えを探すより先に、氷河の視線に気づいたミロが視線を遮るように口づけをしたものだから、またすぐに思考はどこかへ行ってしまう。
「ん……ふっ……うん……」
柔らかく唇を食んでいただけの口づけは、次第に深められて、一度火照った身体はまた簡単に熱を熾す。
温かな腕が背を抱くのに安堵して、ミロ、と氷河は再び彼に自分を委ねる。
**
「シャワーを、」
浴びた方がいいと思う、と氷河は、ミロの胸を押して離れた。
「傷口に海水を浴びたままでは良くない……ような」
かなり今さらだけど、と氷河は暗闇で頬を染めた。
まだ二人は扉から一歩内側に入っただけだ。
交わる度に纏うものは一枚ずつ剥いでいったから、ミロが痛々しい包帯の残る体躯に肌蹴たシャツを引っかけているほかはもう全裸に等しいのだが。
窓から射しこんでいた夕陽はいつの間にか消え、代わりに星が瞬いている。
明かりもつけずに、触れているところから伝わる熱と息づかいだけを縁に二人はただ、抱き合っていた。
どれだけ触れていても、満足することはなかった。
絶頂を迎えるたびに甘い充足感が包み込むのに、だが、同時に、もっと触れていたいという切望感が次々に湧き上がって、結局、勢いにまかせたまま、今が何時なのかすらわからない。
ひと時も離れがたかったが、だが、ようやく、シャワーを浴びるという口実を持ち出して、氷河は自分の貪欲さに封をしたのだ。ミロが怪我をしている、という事実がなければきっとこのままずるずると怠惰な本能に流されていたに違いない。
もう一度、と求められては離れる自信がなかったから、返事がある前に暗闇をいいことにするりと氷河は膝と腕でミロの傍から離れた。
だが、壁際にある明かりのスイッチをつけるために立ち上がろうとして、氷河はまるで腰が言うことをきかないことに気づいた。
……?
何が起こったのかわからず、え、と氷河は茫然とへたりこむ。
甘く四肢に纏わりつく痺れに、そういうことか、となんとなく理解はしたが、ますます事態は飲み込めない。回数だけなら、もっとしつこく氷河を責め苛む奴など山ほどいたというのに。
怪訝に氷河?と呼んで、近寄ってきた足音が手探りでスイッチを押して、その眩しさに氷河はパチパチと何度も瞬きをした。
「どうかしたのか?…………ああ」
ミロはすぐに事態を飲み込んだのだろう。にやりと唇の端を悪戯っぽく上げて、氷河のそばに膝を着く。
「そりゃあれだけ激しければ腰も抜ける」
だけど怪我人のあなたは平気なのに、とそれが恥ずかしいような悔しいような気がして氷河は視線を避けて横を向いた。
「シャワーはどっちだ?」
問うておいて、ミロはすぐに自分で答えを得たのだろう。何部屋もあるような豪邸なんかではない。キッチンの横に見えている扉をみつけて、よ、とミロは氷河の肩と膝裏へ腕を差し入れてそのまま抱き上げた。
「ちょ、いやっ……歩ける、からっ」
「立ち上がれもしないのに?」
「……も、もうちょっとしたら、歩ける」
「それまでその格好で転がっているのか?」
「だ、だから、あなたがシャワーを浴びている間にはなんとかなるって」
「いや?君も一緒がいい。君を置いてひとりシャワーへ立つのはどうも落ち着かない。正直、痛恨のミスだった」
「……?ミスって何が……あ」
ハッと顏を跳ね上げてミロを見上げれば、やっぱりな、という表情で彼は頷いていた。
「あの日、メールを見たんだな?」
「……ごめん」
あの日というのは、氷河がミロの後をつけた日だ。
ミロがシャワーを浴びている間に、消されたデータを復元したのだ。全てを見る必要はなかった。メールの宛先、たったそれだけの情報で求めていた答えは得た。
驚きはなかった。
ミロが警察の人間なのではないかという疑いはもっとずっと早い段階から氷河の中にあったからだ。
最初に違和感を覚えたのは、彼に初めて抱かれた時だ。
やさしすぎる、と。
躾をしてやれ、と命じたカノンの目が厳しく光っている手前、乱暴に氷河を押さえつけてはいたが、氷河の体を傷つけまいと加減していることが、触れられてる氷河にはありありとわかった。
ばかりか、彼はまともな性行為にはつきものの甘い快楽を氷河に与えようとしている気配すら見せた。
違う。それでは「罰」にならない。
「躾けられて」いるはずの氷河の方がハラハラするほど、それはやさしく、彼の指に心地よく陶酔していることをカノンに悟られないように、嫌がって抵抗して見せるのが苦しかったほどだ。
ありえない。こんな気遣いをされたのは潜入以来初めての出来事だ。
───これは、真っ当に生きてきたひとの手だ。
直感がそう告げていた。
カノンの護衛について歩いているミロは、やさしさも甘さも微塵も感じさせない鋭く厳しい眼光を放っていて、まさに極道者の(それもちょっと筋金入りの)空気を纏っていた。
容赦なく破落戸の腕を折ったのを目の当たりにしたことも、何があったのか返り血を浴びて帰ってきたことも。
その肚の座りようは日陰に生きる人間たちからも一目置かれていて、だからこそカノンもふらりと組織に飛び込んできたミロを気に入って重用していたのだ。
だが、それでも、ただの極道者とは決定的に違う何かがミロにはあった。
どこが、かはうまく言えなかったが、触れて初めてわかった気がする。
暴力と自己愛の支配する世界、彼らにとって性行為とは「自分の」欲望を満たすための行為でしかなく、相手はそのための道具だ。道具がどう感じているか気にするやつなどいない。
ある意味で、彼らのそのエゴイズムは氷河にとって有利に働いた、とも言える。
心さえ殺してしまえば、氷河の上で腰を振っている惚けた男どもから情報を抜くのは容易いことだった。誰も「氷河」を見ていないのだから。
情報を引き出すための性行為で氷河自身が達したことはほとんどなかった。
こんなもの、どこが楽しいんだ。
そう軽蔑していたから心を殺すことも簡単だった。
綺麗な顔をしているのに可哀想に不感症なんだな。そんな風に同情を寄せたヤツもいた。
そうか、俺は不感症なのか。ならば、なおさら好都合。こんな身体、いくらだって利用してやる。
誰も彼も、氷河自身でさえ、利用するためにそれはあった。
その方法で情報を得てくることをカミュが好ましく思っていないことに気づいてはいたが、事実、氷河が得てきた情報は実に有用だったから、氷河は師の眉間に寄せられた皺には気づかぬ振りでいくらでも男たちに身を任せたし、それをつらいと感じたことはなかった。
ただ、肝心のカノンだけは他の男たちのようには簡単ではなかった。
カノンは自分自身の欲を吐き出すよりも、氷河が我を失って獣欲に堕ちるのを酷く悦んだ。恐ろしく巧みな性戯で「不感症」のはずの氷河の快楽を次々に引き出し、乱れ、喘ぐ姿を冷たい瞳で見下ろす。
どろりと吐き出された浅ましい欲の塊を、目を細めて低く笑っていたカノンの内側で何が起きていたのか、氷河には今もってなおわからない。
同じ空間にいるだけで常に急所を掴まれているような恐怖があるのに、自分を保っていられる時間が少ない中で彼から情報を盗もうと試みるのは並大抵のことではない。
喉がつぶれるほど喘がされ、容赦なく躰を揺さぶられながら、カノンの無意識の視線の動きを読み、かかってきた電話の発信元を盗み見、耳を澄ませて会話の内容を拾うのは、酷くつらく、神経の磨り減る時間だった。
だが、別格で異質ではあったが、カノンが氷河を道具としか見ていない点ではほかの男たちと同じだ。
───ミロの手は、そのいずれとも違っていた。
近いものを探すとしたら、カミュだ。
潜入捜査官になるよりも前の。
厳しい訓練を「よく耐えたな」と微笑んで頭を撫でてくれた、怪我をすれば「大丈夫か」と労わってくれた、あの手の温かさに少し似ている。
カノンが「警察の犬」を探していることと、それは自ずと結びついた。
きっと、このひとだ。
彼の魂にしみついた正義が温かな手に隠しきれず滲んでいるのに違いない。
確かめるために、メールを見た。
見て……見るのではなかった、と、酷く落ち込んだ。
潜入捜査官としては、それは今後の行動原理を決定づけるために確かに必要な情報だった。
だが、氷河個人としては───
あなたが俺に構うのは警察官だから、なんだな、ミロ。
自堕落に誰彼かまわず身体を委ねる俺を更生させようとした?
それとも、任務の都合上、利用する必要があった?
どこかで、もしかしたら、と。
もしかしたら、何か特別な感情がそこにあるのでは、と期待を捨て切れていなかった。いなかった、ということをその瞬間に思い知らされて初めて───初めて氷河はミロに対する自分の気持ちを自覚した。
こんなに心を奪われるまで気づかないなんて俺はとんでもないバカだ。そして……潜入失格だ。
抉られるような心の痛みを抱えて、それでも、氷河は盗み見たメールの内容を誰にも話さなかった。
どんな些細な情報一つ、報告しもらしたことはない師に対しても。
ただ、カミュは何かを気づいていたようだった。
誰が潜入なのかに触れず、氷河は訴えたことがある。
「いっそサツと手を組んで共闘としてはだめなのですか」と。
カミュの答えはノーだ。
カノンは警察という組織に異常な執着と憎悪を見せているようだ。だから、我々にとって共闘は却ってリスクを背負うだけでメリットはない。
反論の余地もないカミュの説明を、氷河は覆すだけの材料を持っていない。
自分たちはミロを盾に動きやすくなったわけだが、孤闘しているミロはきっと誰よりも死のリスクを背負っている。俺は……俺は一体どうしたらいい。
氷河の葛藤を知っているかのようにカミュは言った。
「もし、警察の潜入をお前が撃たねばならない事態に陥ったら」
氷河はハッとカミュを見る。
「絶対に躊躇うことなく撃て。急所を外そうなどと考えるな」
「……カミュ……!」
「下手に庇えば全員の命が危険だ」
「でも、」
「もしもそいつを救いたいなら、カノンには撃たせるな。お前がやるんだ、氷河。撃ち手が明確なこと、撃つタイミングが読めることがきっと助けになる。撃つ瞬間のアクションがそいつによく見えるように利き腕を高く掲げることだな。それ以外の小細工はしてはならない」
「そ、んな……ほかに何か手はないのですか……」
「何もない。撃ち手の動きに反応できぬような奴なら遅かれ早かれいずれ死ぬ。……お前のすべきことは警察の潜入を助けることではない。覚悟を決めなければお前自身の命が危ない」
カミュは正しい。
わかっていて、返事ができないでいる氷河の頭をカミュは少しだけやさしい表情となって撫でた。
大丈夫、信じなさい、と。
自分の言うことを、なのか、ミロを、なのかはわからなかったが、どのみち結果は同じだ。
師を、ミロを信じて氷河はミロに向かって引き金を引いた。
だが、ミロに狙いを定めて撃った弾丸は彼を逸れ、まるで無関係だったはずの弾丸が彼を貫いた。
ほかにどうすれば彼を傷つけずにすんだのか。
感情を全部殺してしまえばよかったのか。だが、その感情こそが自分を動かす原動力でもあったのだ。
答えは今もわからない。
ミロは、どこで油断したかわかってすっきりした、と少し愉快げに肩を揺らして笑っている。
氷河がごめんと言ったきり、何も言えないでいるうちに、結局、抱き上げられたことへの抗議は有耶無耶に、そのままバスルームへと連れ去られてしまう。
抱えた氷河にレトロな蛇口をひねらせて、そのままぬるい湯を浴びようとしたミロに氷河は驚いた。
「ミロ、包帯が濡れる」
「このままでいい」
「だけど、」
「いいんだ」
有無を言わさぬ強い声だ。
氷河は、でも、と既に少し濡れてしまった白い包帯を見つめる。
きっと、ここで包帯を外して氷河に傷口を見られるのは都合が悪いのだ。それほど酷いのか、もしかしたら無理をして傷口が開きでもした自覚があるのか。
表情に出たのか、ミロが、そうじゃない、と氷河の額にコツリと自分の額をぶつけた。
「外すのはいいが同じように巻き直す自信がないだけだ。どこで巻き直したのか、誰が巻き直したのか、詮索されるのはごめんだ」
「……濡れていたって不審に思われる」
「戻るまでに乾けば問題ない」
やっぱり戻らなければならないんだな、とか、乾くまでは少なくとも一緒にいられるのか、とか、それも全部きっと顔に出た。
ミロは少し困ったように笑って、今度は唇を氷河の額に押し当てる。
氷河を宥めるように肌を柔く唇で食んで何度も口づけを繰り返すが、ミロは決して「戻らないよ」とは言わないのだ。
私情に流されていい立場ではないのに困らせてしまったことを恥じて、氷河はもう大丈夫だから、と俯きがちに彼の胸を押して床へと足をつけた。
気怠い余韻は残っているがもう支えがなければ立てないほどでもない。
「……戻るのは明日の朝?」
いずれ聞かねばならないのだ。
ミロがいつそれを切り出すのか怯えているよりも「終わる時」を知っていた方が楽だ。
そう思って氷河は問うた。
そうだな、そうすべきだ、とミロはまた少し困ったように笑った。
朝っていうのは何時まで?夜が明けてすぐだって「朝」だけど、正午を越えなければもしかしたら「朝」と言えるかもしれない。人によっては日が昇っている限りは「朝」と呼ぶかも。
本当はそんな子どもじみた屁理屈が喉元まで出かかっていたが、全部飲み込んで、氷河は、それまでに乾くかな、と早口で言った。
「包帯は乾くかもしれないけど、ジーンズの方はどうだろう。海水で濡れたから洗った方がいいと思うけど、えーと、ミロ、ジーンズどこで脱いだっけ。早く洗っておかないと朝までには乾かないかもしれないし、あ、どうしよう、着替え、洗っている間の着替えがないや。俺のじゃ小さいだろうし、バスローブくらいしか、」
油断すると瞳が潤みそうだったから、不自然なほどに早口で次々に言葉を探しながら、あたふたと背を向けた氷河をふわりと背後からミロが抱いた。
濡れたうなじへ唇が触れて、きつく吸い上げるのに、氷河は、あ、と身体を震わせた。
「このままずっと二人でいるか」
耳元で囁かれて氷河の背が疼く。
ずっと、二人で。
命のやりとりのない世界で、やさしい景色を見て、おいしいものを食べて、笑って……?
それはなんと甘美な誘惑なのだろう。
だが、そうやって言葉にして突きつけられると、そこに迷う余地など微塵もないことに氷河は気づく。
氷河には(そしてきっとミロにも)まだやらなければならないことが確かにあって、それはどんな誘惑にも絶対に揺らぐことはない。
氷河はだめだ、と首を強く横に振った。
背後で、ふ、と笑う気配がして、「いいこだ」とミロの唇が氷河の耳を含んで甘く噛む。
「……あ……あ……っ」
何度も繰り返される愛咬に、びくびくと氷河の身体は跳ね、その芯はまた熱を持って上向き始める。
「ミロ……」
キスを強請って氷河が体を反転させたのと同じタイミングでミロの手が顎にかけられて口づけられる。
「ん……っ……」
雨のように降り注ぐシャワーの水音は、熱をもった二つの吐息と混じり合って、長く音を響かせていた。
**
夜の色が薄らぎ始めた。
気もそぞろに閉めたせいで、ほんの少し開いたままのカーテンの隙間から、瑠璃色の空が窓の向こうにのぞいている。
水平線に太陽が顔を出せば、それはあっという間に夜を蹴散らして、鬱陶しいほど爽やかな光で別れの時だということを主張するのだ。
は、と氷河がこっそりついたため息がミロの長い睫毛を揺らした。
「どうした」
パチリと切れ長の瞳が開いて、氷河の心臓が音を立てる。
「ごめん、起こした」
「いや、起きていた」
やさしい嘘だ。
最前まで鍛えられた筋肉で覆われた厚い胸は定期的に上下して、健やかな寝息までたてていたのを長くそれを見つめていた氷河は知っている。
氷河の頭を乗せていた腕の輪がきゅと狭められて、氷河の身体はミロの裸の胸へ強く押しつけられる。
何度も何度も求め合って、それはまだほんの少しの火照りを残して男の汗の匂いを漂わせている。
「眠れなかったのか」
ミロの手がゆっくりと氷河の髪を梳く。
「いや、眠った」
こちらもやさしい嘘で返す。
しばらくの間、何も言わず、二人はただ抱き合っていた。
そうしている間にも夜はどんどん去っていく。
「……覚えられるか?」
氷河の額を何度か唇で愛撫しながら、ミロは数字を告げた。
電話番号だ。
頷いて氷河は口の中で小さく復唱した。
「登録はしないでいてくれ。メモも駄目だ。電源は入っていない時の方が多いかも知れない」
二人を繋ぐ唯一の手段だというのにずいぶんと心許ない。それでも、これきり終わりではないという約束は今はずいぶん救いだ。
気恥ずかしさと嬉しさを隠すように、氷河はミロの胸に唇を押し当てた。
ちゅ、と吸うと、くすぐったいぞ、とミロが身体を揺らす。悪戯心がむくむくとわいてきて、氷河は今度は強く吸い上げた。
引き締まった胸筋の上に小さな所有印が刻まれる。
「……おイタがすぎるな」
こら、と鼻を指で弾かれて、自分は好き勝手にいくつも刻んだくせに、と氷河は抗議する。
「君と俺とじゃ事情が違うんだがな」
苦笑して、ちらとミロが流した視線で氷河は気づいた。
そうか。戻れば包帯交換が待っているんだ。
他人に見られてしまう、と氷河はかあっと熱を頬に上らせた。
ミロはくつくつと笑っている。
「却って不良患者がベッドを抜け出した言い訳がしやすくなった、と考えるとしよう」
消えないだろうか、と指の先で擦ってみたりもしたが、ミロが擽ったがるばかりでどうにもならない。
柄にもないことはもう二度とするまい、と熱を持った頬に誓うのだが、だが、ほんの少しだけ、消えないといい、という思いもチラとかすめ、何を女々しいことを、と氷河は慌ててその考えを頭の外へ押しやった。
「ミロ……何か食べる?」
気恥ずかしさを逸らすために意味なく会話の道筋を変えたつもりであったが、言葉にした途端、氷河は昨日から何も食べていないことに気づいた。
自分はいいとしてミロまで……!
信じられない……!病院を抜け出してまで訪ねてきてくれた人をもてなすどころか、まるきり食事をするという概念が頭から抜け落ちていた。
その「訪ねてきてくれた人」がそもそも氷河を一時も放してくれなかったのが最大の原因なのだが、それにしたって。
ミロはやはり、いらない、君の方がいい、と氷河の腰を抱き寄せて、うなじへ顔を埋めて口づけを繰り返すのだが……
「わーっ!?」
「……今度は何だ」
「ベルーガ!!忘れていた!!」
氷河は慌てて跳ね起きた。
人間は自分の意志だからいいとしても、閉め出したままのベルーガの存在をすっかりと忘れて世話をしていないままだ。
これにはさすがのミロも氷河の身体を放し、そうか、俺も忘れていた、と頭をかく。
氷河はベッドから飛び降りて、身につけるものを探してうろうろと歩き回った。
その拍子に、とろ、と内腿を温かい粘液が伝い下りて、あ、あ、と氷河は声を失う。
上体を起き上がらせたミロが、目の毒だな、と唇の端を上げたのをタオルを投げて遮って、氷河は部屋を出た。
「ベルーガ……?」
身繕いをして餌皿を抱えて扉を開ければ、東の空はもう夜の色をすっかりと失っていた。朝靄が辺りを白く包んでいて肌を刺す空気の冷たさに氷河は腕をシャツの上から擦りながら小屋の周りを見回した。
いつもはベッドの足元で一緒に眠らせてやっているのだ。閉め出されたままで夜を過ごして、さぞかし心細かっただろうと探し回れば、小屋の裏手で白い毛並みがくるりと丸くなっているのを氷河は発見した。
「ごめん、ベルーガ」
声をかけて近寄れば、片耳だけがピクリと反応したが、ベルーガは丸くなって鼻を自分の毛並みに突っ込んだままだ。
「……ごめん」
もう一度言えば、白犬は少しだけ顔を上げて、上目遣いでじとりと氷河を見た。
中に入れてくれ、と大騒ぎしなかったのは賢いが、代わりに盛大に拗ねているのだ。
氷河はベルーガの頭を撫でた。
「悪かった。お前を忘れていたわけじゃないんだ。(忘れていたわけだが)」
許してくれ、と氷河はいつもより少し多めに盛った餌皿を掲げて見せた。
ベルーガはまだ抗議に白目をのぞかせていたが、食欲には勝てなかったようで、顔は拗ねたまま尻尾だけがふるふると揺れた。
地面の上に餌皿を置くと、ようやくベルーガは立ち上がって氷河の顔をぺろぺろと舐めた。
本当にごめん、と氷河は白い毛並みをぎゅっと抱き締めた。
と、カサ、と指先に乾いたものが触れた。
「……?お前、何をくっつけているんだ……?」
見れば、ベルーガの赤い首輪に何かが挟まっているのだ。
つまみ上げて、それが小さく折り畳まれた白い紙片だということに気づいて、氷河の心臓がドッと跳ねた。
自然に挟まるようなものではない。誰かがそれをした、のだ。
誰が。いつ。どこで。
ベルーガは昨日、海へと入った。
乾いている、ということは、昨夜、ここへ戻ってきてからこの時間までの間に誰かが……?
「……お前、ずっとここにいたか……?吠えなかった、よ、な……?」
どれほど夢中になっていても、不審な吠え声を聞き逃すほど氷河もミロも世界を遮断してはいなかった、と思う。自分の方は怪しいかもしれないが、特別な訓練を受けた二人が揃って聞き逃した、ということはあるまい。
ベルーガは氷河の問いに答えるはずもなく、はぐはぐと目の前の餌皿に鼻先を夢中で突っ込んでいる。
氷河は、ゴクリと息を飲んで、おそるおそる紙片を開いた。
走り書きの乱れた文字が並んでいる。
『危険』
『その男には近づくな』
『まだ終わりではない』
氷河の全身は心臓そのものになったかのように、ドッドッと激しく脈打つ。
「ベルーガ……!お前、本当に一体誰と会ったんだ!?どうして吠えない!?」
紙片を持つ指先がわなわなと震え、氷河は穴が開くほど並んだ文字を見つめる。
「氷河……?」
戻りが遅いと思ったのか、ミロが扉から顔を出した。氷河はハッとして、慌ててジーンズのポケットに紙片を突っ込んだ。
「……どうした」
目が合うなり、ミロは真剣な表情となって氷河へと近寄った。
なんでもない、と氷河は首を振る。
「少し寒いと思っていたところだ。……あなたもそんな格好では風邪を引く」
ミロはジーンズを穿いただけで、上には何も羽織っていない。
「俺は平気だが、君の方がよほど顔色が悪いように見えるが」
深い蒼の瞳が不審げに氷河の瞳をのぞき込む。
一瞬、ミロに紙片を見せるべきかと迷ったが、ミロの体躯に巻かれた包帯の白がそれを止めさせた。
信用していないから、ではない。
もう巻き込むわけにはいかないからだ。
これは氷河の問題だ。
大丈夫、本当に何でもないから、と氷河はミロの背を小屋の内側へ向かって押した。
「俺たちも何か腹にいれなきゃ。顔色が悪く見えるとしたらきっと腹が減りすぎているせいだ」
ミロの視線がつむじの辺りにじっと注がれているのを感じて、氷河は表情を読まれないようにぐいぐいと背を押す振りで顔を隠した。
「氷河、」
ミロの声にさらなる追及の色が乗った時だ。ぐーきゅるるるると大きな音を立てて氷河の腹が鳴った。
一瞬の沈黙の後に、ミロが吹き出す。
「すごい音が鳴ったな!」
「だ、だから何か食べようって、」
氷河が頬を赤くした途端、ミロの腹の虫もぐう、と鳴る。
おや、とミロは腹に手をやって、それから二人は顔を見合わせて同時に笑い出した。
自分の方がよほど笑っているくせに、ミロは氷河の腰を引き寄せながら、こら、笑うな、とさらに笑う。
「飲まず食わずで運動だけすれば腹も減る」
そう言いながらもミロは氷河の唇に己の唇を軽く触れ合わせながら、もう一度運動でもいいが、と悪戯っぽくそれを吸った。
とんだけが人もあったものだ、と彼の背を小屋の内側へ入れておいて、氷河はもう一度、背後を振り返る。
白く霞む靄の中、誰かの気配がありはしないかと神経を研ぎ澄ませたが、凪いだ海の波音が聞こえるばかり。
氷河はポケットの上から紙片を撫でた。カサとやはりそれは乾いた音を響かせる。
彼は生きている。
これは───アイザックの字だ。
ミロを追って氷河の姿は戸の内側へと消える。
ベルーガの丸い瞳はじっと靄の向こうを見つめていた。
(第一章・完 そして第二章へ……?)