お話と言えるほど体裁は整っていないネタ集のようなもの
(基本的には雑記です)
潜入捜査官ミロ妄想。ミロ氷ベースの氷河総受風味。
設定の性質上、反社会的行為に関する記述が多数表現しますが、それらの行為を肯定する意図は全くありません。
◆潜入捜査官ミロ ④◆
カノンはどうやら動き始めたようだ。
カミュやほかの幹部をしょっちゅう部屋に呼んでいて、自分自身も頻繁に出かけて行く。
行き先は屋台のラーメン屋であったり、高級娼館であったり、外国車を扱うディーラーであったり、と様々で、傍目にはふらふらと遊び歩いているように見えるのだが、ミロの調べではラーメン屋の親父はラーメンのおまけに白い粉を売りさばく売人であったし、娼館の掃除夫は埠頭にいくつも倉庫を所有する海運会社の役員で、その海運会社の筆頭株主はカノンが所有する会社の一つであったりした。カノンが即金で購入したBMWは数日後、何と引き替えにしたのか、その掃除夫が乗り回していたことまで調べはついている。何かが進行しているのは確実だった。
ミロは、それらすべてをデータ化して己の属す本来の組織へと情報を送る。
あれから氷河とは一度も口をきいていない。
故意に避けられでもしているのか、その姿をちらりとも見かけない。
なんだかんだあって、そして、ある日。
ミロは一人カノンの部屋へ呼ばれる。
「やっと段取りが調ってな」
新型ドラッグを捌く手はずが完璧についたのだ、という。
取引相手は、この手の規制が緩いことで有名な某国の組織。
〇〇埠頭第2突堤。〇×海運所有の倉庫の一つにおいて、今夜0時。
初めての取引相手のため、カノンも直接臨場する、という。
ついにきたか、とミロの血が沸き立つ。
うまく行けば今夜一気に叩ける。
まだ国内では法規制されていないドラッグだが、取引相手が国外にあるとなれば、モノが何であれ密輸でひっぱれる。
薬物の取締法違反容疑で引っ張るより拘禁期間は短くなるかもしれないが、逮捕の瞬間大立ち回りでも見せてくれれば幸い、傷害に公務執行妨害、この際駐車違反だっていい、余罪全部くっつけてできるだけ長い期間、奴を娑婆から遠ざける。
幹部連中もまとめて引っ張ることができれば、カノンが娑婆に戻った時には組織はすっかり弱体化しているはずだ。
だが、今夜とは性急な話だ。
今すぐこの情報を送っても、大々的な大捕り物をするに足る配備を敷くための時間はギリギリのラインだ。できれば当局とは細かい作戦打ち合わせをしておきたいところだが、その時間もないだろう。
どう動くべきか、頭の中でめまぐるしく計算しているミロへ、カノンがぐっと身を乗り出す。
「ミロ、俺の車はお前が運転しろ」
「……わたしが」
「そう、お前だ」
護衛につくことは今までもあった。だが、せいぜい遠巻きに見張りに立つ程度で、カノンと常に行動を共にする運転手を任されたことはまだない。
「ちょっと腹を下していてな。すぐ戻る」「アニキィ、またっすか!」
そんなやりとりで下っ端連中を煙に巻いて、取引現場から刻々と変化する状況を当局に知らせ続けて来た。
カノンの目をごまかすのは、頭の足らない下っ端を騙すようにはいかない。
だが、千載一遇のチャンスだ。どれほどリスキーでも何か方法を考えなければならない。
ミロは頷く。
よし、とカノンもミロの従順な態度に満足げだ。
ミロが部屋を辞去しようとすると、カノンが思い出したように言った。
「ああ、忘れるところだった。今夜は氷河も連れて行く。そのつもりでいてくれ」
「……氷河を?」
ミロの知る限り、不法取引の現場にカノンが氷河を同行させたことはまだない。
今夜は初めての事ばかりが起こる。何かとてつもなく厭な感じだ。
「氷河がいては足手まといと存じますが。何のために彼が必要です?」
愚問、とばかりにカノンは呆れたような声を出す。
「お前は試着もせずに服を買うのか?」
「……」
「デモンストレーションがいるだろう。効果もわからない粉にポンと何億も積むお人好しがいると思うか。デモを見せてやるのが良心的な商売人ってものだろう」
つまりまた氷河にアレを。
良心的な商売人が聞いて呆れる。
しかしもうこれ以上好き勝手にはさせない、お前は今夜で終わりだ、カノン。
ミロは、真意とは裏腹に、わかりました、と慇懃に頭を下げて部屋を後にする。
深夜、久しぶりの大きな取引に組織は奇妙な高揚と緊迫感に包まれていた。
「揃っているか」
仕立てのよい三つ揃いのスーツを着込んで、髪を後ろへ撫でつけて現れたカノンはまるで映画俳優のようだ。
だが、機嫌よく口元に携えた笑みが、柔らかさではなく凄みを彼に添えているあたり、堅気ではない空気が色濃く漂っている。
一同が揃っていることを確認して、カノンは煙草を取り出した。すぐそばに控えていたカミュが、そつなく彼に火を差し出す。ふーっと長く紫煙をくゆらして、カノンは言った。
「お前達全員電話を出せ。あとは時計。装飾品、身につけているものは洋服以外全部だ」
何が始まったのか顔を見合わせる一同に、早くしろ!とカノンの叱責が飛ぶ。
慌てて皆、懐から携帯を取り出し、これでもか、と己の力を誇示するためにじゃらじゃらとつけていた光り物をその場へと落とす。
一番の下っ端がそれを全部拾って歩けば、カノンの前にはちょっとした金属の山ができた。
くわえ煙草のカノンが一人一人の全身を睨めつけるように見回して行く。コツコツと音を響かせていたカノンの革靴はミロの前でぴたりと止まった。
長い腕が伸びて、ミロの豪奢な金色の巻き毛を耳元のところでかきあげる。
「忘れているぞ、ミロ」
耳に赤い貴石のピアスが光っているのを抜け目なくカノンが指摘した。
「……失礼を」
留め具を外してミロはそれを床に放る。
カノンが何を警戒しているかは明らかだった。
発信器だ。
まだ内通者の存在は忘れられてはいなかったのだ。
カノンの後をついて、カミュが一人一人、さらに念入りにボディチェックを施していく。
流石にそううまく事は運ばない、か。
通信手段(ピアスもそのひとつだった。見抜かれたわけではなかろうが、カノンの嗅覚には舌を巻く)を取り上げられてミロは今夜最も危険な集団の中に丸裸で放り込まれたも同然だ。
あとひとつ、奥歯に仕込んだ発信器の存在だけは発見を免れたようだが、こちらはいよいよの最終手段。
複雑な通信ができるものではない。
「作戦順調」か「トラブル発生」、あるいは緊急事態のSOSか。歯を噛み合わせる音の組み合わせでその程度の伝達に使えるのみ。
極めて厳しい状況だ。だがもう後戻りはできない。
ボディチェックが終わったところで、カノンが指さした何人かにカミュが拳銃を渡していく。
何も渡されずに、俺は、と不安げな顔を見せた者もいたが、カノンは歯牙にもかけない。
不用意に引き金を引くような臆病者に銃を持たせない賢さが、極道者の中にあって、彼と他の、一線を画する部分だ。いっそ、全員に派手にドンパチさせるような単純な暴力主義者であれば、もっとずっと検挙は楽だったのだが。
「せいぜい撃たれないように避けることだな。万一撃たれてもここへは戻るな」
親切にも(?)付け足されたカミュの忠告にも異論など唱えるものは一人もない。
ミロは与えられた、手にずっしりと重いそれを確認した。
S&WのM29だ。
44口径で装弾数は6。使用弾薬は44マグナム弾。
元々かなりの威力を誇る銃だが、さらに殺傷能力を高めるために銃身が改造されている。
警察組織では通常リボルバーを使用する。改造されているとはいえ、扱い慣れた重みがミロの手にはよく馴染む。
ミロはちらりと隣に立つ男の手を見た。
細身のオートマチック拳銃だ。
これだけの組織となれば同一の銃を多数用意するのは簡単なことだ。だから、銃の種類が統一されていないのも計算ずく、ということになる。
まずい事態が起こった時に、同じ種類の銃ばかり使われているよりは、バラバラの方が足がつきにくくなる。現行犯で押さえない限り銃の不法所持でも引っ張ることも出来そうにない。よく見ればご丁寧にシリアルナンバーも削ってある。
カミュの発案か、カノンの発案か、いずれにしてもやっかいなほどに頭が切れる。
ミロは隣の男に小声で言った。
「おい、そっちと代えてくれ。重いのは好かん」
カミュがチラリとこちらに視線を向けたのでヒヤリとしたが、特に問題視された様子はなかった。隣の男も特にこだわりはなかったようで、二人は手にした銃を交換する。
ミロは手の中の銃身に目をやった。
ベレッタ92。9ミリ口径。
使うような事態にならなければいいが、もしも。
もしも今夜ミロが必要になるとしたら、決してマグナム弾が撃てるような処刑用の銃ではない。
比較的扱いやすく装填の手間が少なくてすむ連射向きの銃だ。
ミロはマガジンを確認する。装弾数15発。
頭にその数字を叩き込んで、それをスーツの内側へ仕込んだホルスターへとしまった。
「行くぞ」
カノンの号令で、皆、一斉に車へと乗り込む。
カノンはミロへとキーを放り投げる。
「俺の愛車だ。傷をつけるなよ」
ステレオタイプに箱型ベンツでふんぞり返っているのかと思えば、以外にもカノンの愛車はスポーツタイプだった。自分でもハンドルを握るのが好きなのかもしれない。
闇に溶け込む漆黒のマセラティ。いや、日の光の下で見れば、深海のブルーを思わせる品のよい藍色なのかもしれなかった。
悔しいがセンスはいい。
深く沈むシートへ乗り込み、ハンドルを握れば、ゆっくりとカノンが助手席へと乗り込む。
一斉に出発した車列だが、同時に移動したのではあまりに目立つ。どの車も目的地までは別のルートを通ることになっている。
氷河はカミュの車に向かっているところを視界の端でミロは捉えていた。
やはり行くのか。今夜ばかりはミロが守ってやれるとは限らない。どんな扱いを受けるのか知っているだろうに、カミュはやはり無表情で淡々と氷河をエスコートしている。
隣のカノンはミロにルートを指示しながら、上機嫌で窓の外の景色を眺めている。尾行がついていないことを確認するためなのだろう、時に同じルートを行きつ戻りつ、カノンの指示は行先の知るミロでさえ、どこへ向かおうとしているのかわかりにくいものだった。
時折コール音が鳴る彼自身の電話で、ああ、とか、わかった、とかどこかとやりとりをしている。
海岸線を右手に見てマセラティを走らせながらハンドルを握るミロの横顔をカノンがじっと見つめる。
「ミロよ。お前はこの世界が好きか」
大嫌いだ、反吐が出る。
「俺はな、嫌いだ」
答えなかったミロの代わりに、カノンが独り言のように言う。その答えにミロはおや、と思った。表情に出たのか、カノンが笑う。
「お前は考えていることがわかりやすくていけない。俺がこの世界を嫌いだとおかしいか?」
「……いえ」
「嘘と裏切りと化かし合いばかり、心の安まる時もない。どこにいたって孤独だ」
自業自得だ。人生は自分の選択の結果で決まる。
光ある道を進むも闇の中を進むも己次第。
孤独だと言うならそれはお前自身が招いた業だ。
心のうちで断罪したミロを、カノンがまたくすりと笑った。
「……普通はここで、『そんなことはありません。わたしの忠義は本物です』くらいは言うものだがな」
言ったところで嘘だと笑うくせにカノンはそう言った。今更、下手な演技を見せてやるよりはマシかとミロは沈黙を貫く。
「特に裏切りはいけない。あれは心底傷つく」
お前が傷つくようなタマか。傷つけた人間のことは棚に上げて何を言っている。笑わせやがる、と、ミロはチラリとカノンの方へ視線を流した。
カノンは流れゆく車窓の景色へ視線を注いでいた。
黒いタールのような海が、闇と同化して不気味に広がっている。波のない、のっぺりとした海面を見つめるカノンの横顔は───真実、寂しげだった。
窓硝子に映ったカノンの瞳とふと目が合う。
眼光鋭く、抜け目ないその瞳は、今は道に迷う子どものようだった。
───これも計算のうちだとしたら恐れ入る。
今更彼の中に人間味を発見したところで動揺はしない。だが、彼に対する印象が少し変わったのは確かだった。
そして埠頭。
林立する巨大コンテナと廃墟のような倉庫群。
ひとり、またひとりとどこからか男たちが集まってくる。ラーメン屋の親父も娼館の掃除夫の顔もある。
時計を取り上げられたのは通信手段を奪われたのと同じだけ痛かった、とミロは思う。
取引開始は0時だ。その予定で捜査の配備も敷かれているはずだ。
今は一体何時なのか。0時で点滅信号へと変わる、埠頭へ続く交差点はまだ通常に動いていた。
順調、と捉えていいのか。
カノンとその取引相手が金とドラッグの詰まったケースを交換した瞬間に一気に捜査員がなだれ込む手筈になっていた。
カノンの指示で複雑に行きつ戻りつさせられながら埠頭へと辿りついたため、その姿はチラリとでも確認する余裕はなかったが、きっと、この闇に紛れて警官隊が配備されているはず。
ミロの存在は末端の捜査員には知られていない。
カノンの逮捕を見届けた後、一度、「組織の人間として逮捕されておいて」拘留されている間に、警察官としての身分を取り戻すのが、最も安全な離脱方法だ。
だが、言うは易し。
うまくカノン逮捕と運べばいいが、そこに至るまでに自分の命が保っているか怪しいものだ。きっと、今日の捜査員は、抵抗する者は射殺もやむなし、という指示を受けているはずだ。混乱の中、カノンに怪しまれないように行動しているミロが捜査員に撃たれない保証はどこにもない。
ばかりか、カノンがうまく逃げおおせたならば、ミロの立場はさらに危険になる。潜入捜査は続行だ。
だが、取引の日時が警察に漏れていたとなれば、カノンは裏切り者をそのままにはしておかないだろう。どうあっても犯人を探し出すはず。
すべてが予定通りに首尾よく運んだとしても、ミロの生存確率は五分と五分。この世界に入った時から命の覚悟はできている。ただ、無駄死にはしたくない。
どうせなら首尾よくことが運ぶ方に賭けたいものだ、とミロは思う。
カノンは集まった男たちの顔を見回す。
「カミュと氷河がまだだな……」
カノンの指摘通り、その二人の姿がない。
ミロの気持ちとしては、どうせならカミュが氷河を連れて逃げたのであればいい、という願い半分、残りは、早く全員が揃わねば取引の、ひいては捜査の予定が狂う、という焦りが半分だった。
捜査官としてのミロの立場と、ミロ個人としての感情は対極にありながら同時に存在していて、それは、ミロにとってはどちらも真実だった。
カノンは特に苛立っている様子はなく、鷹揚に煙草をふかし続けている。
取引時間が迫っている。
相手を待たせるのも、カノンの流儀のひとつかもしれないが、初めての相手をあまり待たせると信用に関わる。取引自体が流れるとなると、また捜査は振り出しに戻る。
トラブル発生、その信号を送らねばならんか、とミロが眉をひそめていた時、埠頭に一台の車が滑り込んできた。
流線型のボディ。シルバーのシトロエン。
一見地味な車の、ド派手なガルウィングを跳ね上げて、緋色の髪の男がゆっくりと降り立つ。
寄り添うように立つ陰はブロンドの少年だ。
ミロの方を見もしない。
緊張しているのか、表情は硬い。
「揃ったな」
くわえていた煙草を、カノンが人差し指と親指で摘んで投げ捨てた。
カミュが近寄って、一言、二言、カノンと言葉を交わす。
頷いて、カノンがゆっくりと歩き出す。迷路のように並ぶ倉庫の隙間を縫って奥へ、奥へと。
「さあ、ビジネスの時間だ」
ぽっかりと開かれた扉。
見張りの下っ端を残して、男たちは薄暗く、埃っぽい空間に吸い込まれていく。
その時、ミロを強烈な違和感が刺した。
〇〇埠頭第3突堤。△△海運第4倉庫。
開かれた扉の上部に書かれた消えかかった文字。
違う。
取引現場はここじゃない。
カノンが間違ったのか?否、カノンに限ってそんなミスはない。そういう意味では信頼のおける男だ。
ならば何のための寄り道だ……?
先頭を行くカノンがゆっくりと振り返る。
「……と、言いたいところだが」
ミロの後ろで、ガシャン、という金属音が響いて扉が閉じられた。
暗闇で、カノンの声が響く。
「その前にまずユダを探しておこう。どうやらこの先はイヌが何匹もうろうろしているようだ」
やられた。
完全にこちらの動きは読まれていた。
───トラブル発生。
いや、もっと深刻な事態か。
SOSの信号を打ったところで、末端の捜査官の命ひとつ、簡単に切り捨てられることは知っている。ミロひとり助けるためには警察は動くまい。
だが、切迫した事態を伝えねば、配備されている警官の命が危ない。
ミロがSOSの信号を打つと同時に、扉の向こう、どこか遠くの方で、パン、パン、という乾いた銃声が響いた。
続いて、ガガガ、という応戦する火器の音。
カノンが密やかに笑う。
「気の早い奴がいるのはどこも一緒らしいな。もう花火が上がった」
ミロのこめかみを一筋の汗が伝い降りた。