寒いところで待ちぼうけ

サンサーラ本編:第


転生したカミュの師となる氷河のお話。

性表現(一氷)あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。

◆第二部 ⑱◆

 どうしても言うのか。
 それを。

「よりによって、今この状況で言うことか?」
 抗議に氷河の腰を揺さぶれば、ぶるっと氷河は全身を震わせて、こんな状況でなければお前は言わせる隙もくれなかった、と呻くように言った。

 よくわかっているじゃないか、と一輝は自嘲気味に口元を歪めた。

 あんな強張った表情で来られては、聞いて楽しい話ではないのは明白だ。大人しく聞いてやるようなバカはいない。

 そのつもりであったのに───いつもと違う氷河の様子に、つい油断した。

 どれだけ記憶を遡っても、あんな氷河を一輝は知らない。
 あんな……まるで、心がきちんとここにあるかのような、氷河は。

 一輝との行為は、それが肉体的にどれほど深く交わっていようと、氷河はいつも心ここにあらずだった。身体と心が乖離していた、とも言える。
 いかせてくれ、と甘く懇願されたとて、一輝、と名を呼ばれたとて、それは変わらない。
 本来なら、甘い感情を共有して為されるはずの交わりは、たいてい一輝に「つきあう」形で始まり、氷河の方から持ち出される場合はいつも何かしら言い訳が用意されていた。
 苦しさからほんのひと時逃れるための逃避行動であったり、戦いで昂った情動を発散するための代替行為であったり、単に拒むのも億劫になっただけの惰性であったり……酔った勢いであったり。二人でする行為というよりは、いつも自己完結、そんな割り切りは感じられた。実際、「身体だけでいいなら」と予防線を張られてもいた。
 ただ、完全に身体と心が乖離している人間など居はしない。肌を合わせると情も移る。氷河のような、情の深い人間ならなおさら。
 長い年月の中、徹頭徹尾、ビジネスライクに身体だけの付き合いだったとは言い難い。自己完結が自己完結でなくなるような甘い余韻を共有したこともあれば、いくらか心ある触れ合いに逸脱したことも一度や二度ではない。
 だがしかし、「逸脱」は「逸脱」でしかない。
 氷河は心の大部分をどの瞬間も必ずカミュと過ごした過去の時間に残していて、彼の心が全部ここにある、と感じたことは一度もない。

 一度もなかったそれが───初めて訪れたとあっては、油断もする。

 一輝は、は、と乾いた笑いをひとつもらし、氷河の肩を押しやって、彼と二つに身を分けた。
 己の身体の内側から去りゆく熱い質量に、ん、と顏を顰めた氷河の腕を引いて胸に抱きながら共にベッドへ倒れ込み、一輝は天を仰いだ。
 身体は滞留する熱を持て余してまだ昂ぶっていたが、だからと言って、氷河の覚悟を聞いた今、そのまま衝動に身を任せてなし崩し、というわけにもいかなかった。

「……聖域を離れてどうするつもりだ」
「カミュを連れてシベリアへ戻る。ここに居てはカミュは聖闘士にはなれない」
「できるのか?今でもカミュにやすやすと動揺させられているお前に」
「もう動揺はしない」
 氷河の瞳に迷いはない。いや、迷いはあるのだろう。だが、全ての迷いを捻じ伏せてでも、そうせねばならない、という、強い意志が一輝を見下ろす青い瞳の奥で静かに燃えている。
 こうなったら氷河を止める術は、多分もうない。

 ただ、あれほど言わせまいと抵抗していたわりに、聞いてしまった今、意外にも心は平らかだ。

 わかっていたことだ。
 幼いカミュが聖域にやってきた時から、いつかはこうなると。
 わかっていて、それでも手を離せなかったのは、折れてしまいそうな繊細で儚げな心を、冷たい相貌に閉じ込めて立っている姿があまりに痛々しく、黙って見ていられなかったからだ。

 ──────否、それも違う。
 この期に及んで、そんな欺瞞で自分をごまかしても滑稽なだけだ。

 日々育ってゆくカミュと、カミュを前に葛藤している氷河を目の当たりにして、一輝自身もずっと考えていた。

 俺はなぜ、氷河でなければならなかったのか。
 なぜ、氷河にこだわったのか。

 あまりに危うすぎて放っておけなかったからか?
 違う。
 折れそうに見えることと、折れてしまうことは似て非なるものだ。
 父への憎しみに堕ちた一輝に比して、同じ事実を知っていてなお、従容として運命を受け入れ、凛とした美しさを失わずに立っていたあの白鳥は、誰かの手がなければ生きていけないほど弱くはなかった。
 俺に初めて、コイツにはかなわない、と思わせたのは氷河だ。俺は誰よりそのしなやかな強さを知っていた。
 だというのに俺は、氷河が斃れ伏しもしないうちから、勝手に手を差し伸べたのだ。
 お前は危うい、お前には俺が必要だと言いながら、その実、必要としていたのは俺の方ではないのか。

 頑なに『カミュ』を忘れようとしない氷河に苛立ちを感じながら、そのくせ手放せないでいたのは───

 自分も同じ聖地を心に持っていたからだ。


 うだるように絡みつく熱波の島で、目の前で喪われた命。
 最後に手に触れた柔らかなブロンド。

 もう何年も意図して封印してきた記憶が一輝を揺さぶる。

 氷河とその少女を重ねたことはない。むしろその少女は弟の方へ似ていた。
 だが、氷河といて、一度も彼女の死が頭を過ぎらなかったかと言えば嘘になる。
 思い出すことも、名を呼ぶことも封印してしまった自分と、死者の名を呼んで涙し、諦め悪く在りし日の影を追い求める氷河は、喪失に深く傷ついているという意味で本質的には同じだった。
 氷河の抱えた喪失感も罪悪感も葛藤も、全ては一輝の中にも同じように存在していたのだ。
 それらの感傷を惰弱なものとして断じていながら、己自身がそれを捨てきれていないことが認め難く、そのことへの苛立ちは、同じように感傷を抱えたまま生きている氷河に全てぶつけられていた。
『死者は決して帰らない』
『もういない人間のことをいつまでも考えるのはよせ』
 今にして思えば、氷河に言った言葉は全て自分自身に跳ね返って、いつも一輝自身をも叱咤していたのだ。


 一輝、と腕の中で氷河が身じろぎをして、肘をついて身体を起こした。
「今までのこと……悪かった。俺は長い間……お前に……」
 言葉を探しかねて、今日初めて青い瞳が、悔いる色を濃くして左右に揺れた。
 磨き抜かれた玻璃のように美しい青が揺れる様は、まるで海波のようだ。
 氷河の整った見てくれそのものに心が動かされたことは一度もないが、この瞳だけは別だ。純度の高い透明な水のようなブルーは、いつも、少年の日に、喪失に打ちのめされて眺めた海を思い起こさせ、一輝の心を少なからず波立たせる。

 やめろ、と煩わしげに一輝は首を振った。

「何も言うな。俺とお前の間に、そんなものは必要ないと言っただろう」
 先ほどと同じ拒絶の言葉だが、声の調子で、拒絶の意味合いが変わったことに気づいたのだろう。氷河は、一輝、と言って酷く声を震わせた。

 違う、そうじゃない。
 俺をあんまり買いかぶるな。
 我が弟でもあるまいし、俺はそんなにお人好しでもなければ優しいわけでもない。

 お前に何も言わせないのは、お前が後ろめたく思わなければならないほど、一方的な献身を捧げたわけではないことを俺が知っているからだ。
 お前の傍にいることで俺自身も救われていた、傷の舐め合いのような関係であったことを、ただ、悟らせてこなかっただけだ。お前にも、そして───俺自身にも。

 今ごろになって自覚するとは。

 だが、自覚したかどうかはこの際関係がなかった。
 長らく自分自身にすら触れさせないほど奥深く封印した心の内側だ。自覚したからと言って、氷河の後ろめたさを減じるためにそれを説明してやるつもりはさらさらなかった。
 氷河が頑なであるのと同じに、一輝にも譲れない線があるのだ。
 それを口にするのは未だに一輝にとっては禁忌だ。自覚したそばからまたすぐに封印してしまいたくなるほどの。
 だからこそ、長い間、その苦い痛みを伴う記憶は聖地として守られていた。
 己の聖地は自分自身すら踏み入るのを許さぬほどに守っておきながら、一方で、氷河の聖地には遠慮なく切り込んで、それを忘れろとは───全くフェアではなかった。
 俺の方こそ悪かった、と言いたいところだが、そう言っても氷河には何のことかわからないだろう。説明する気がない以上、氷河にだけ詫びさせる道理はない。

「それで?」と一輝は努めて温度のない声を出した。
 痛みを伴う記憶を封じた傷からは意識を逸らしていたかった。弱い人間だと笑われてもいい。克服の仕方は人それぞれだ。氷河は後生大事にそれを抱えて生きる選択をした。俺は封じる選択をした。それだけだ。相手の選択を間違っていると批判する権利は誰にもない。

「いつ発つつもりなんだ」
 氷河の背を押したも同然の問いだ。
 つい先刻まで拒絶して言わせようともしなかったのだ。そんな風に物わかり良くあっさり背を押されては、肩透かしを食らったのだろう、氷河の瞳が虚を衝かれたように何度も瞬いた。
 それには構わず一輝は重ねて、いつだ、と問う。
 氷河はしばらく沈黙し、やがて、観念したように一輝を見て、「……無人の宮があと一つ減ったら」と答えた。
「明日か、おい……!」
「そういうことになる」
 予想以上に急な話に、さすがに一輝の声が呆れと驚きとで大きくなる。
「……っまえなあ!!確か、カミュを弟子に取った時も、俺は長いこと蚊帳の外だったじゃないか!どうしてお前はそう……」
 がばりと勢いよく起き上がり、性急すぎる別れの宣告に一言言おうとした一輝の背に、不意に氷河の腕が回され、胸に顔が押し当てられた。
「だから!だから、今回はお前に最初に言おうと思ったんだ!お前がなかなか言わせてくれないから……肝心のカミュにもまだ……言えていない。荷造りだってできないままだ」
 お前を蔑ろにしているわけじゃない、と一輝の胸に額を押し当てて俯く金色の頭に、続くはずだった言葉は音となることなく一輝の喉奥で消えた。

 お前はバカだ、氷河。
 俺はお前の淡白さにも冷たさにも慣れている。最後まで蔑ろにしてくれれば、お前に関わった俺がバカだった、と愛想も尽きただろうものを。
 そんな声を出されては、ほろ苦さが長く後を引くだけだ。

 このバカが、と呻くように呟いて、一輝は氷河の髪に指を差し入れてその頭を撫でる。
「……もう、ここへは戻らないつもりなんだな、お前は」
「……………ああ」
「宝瓶宮はどうする。また無人になるぞ」
「すぐに新しい『アクエリアス』が戻る」
「どうだかな。あの腑抜けたガキがそう簡単にものになるものか。案外とすぐにお前が戻ってくる羽目になるんじゃないのか」
「いや。それはない。俺がもう『アクエリアス』を纏うことはないだろう」
 なに、と一輝の眉間に皺が寄った。
 つられて氷河も眉根を寄せながら、「俺はアクエリアスを返上する」と言った。
「……女神は何と」
 受けた衝撃を隠して、渋く顏を歪ませたまま一輝はそう問うた。氷河は、黙って首を振る。
 当然だ。
 女神が認めるはずがない。そんなことをする意味も理由もない。
 仮に明日また再び聖戦が起こるとしたら、氷河は聖衣を返上していようといまいと、アクエリアスを纏わざるを得ないだろう。聖戦が起こらないまでも、黄金聖闘士の力が必要な場面は少なくない。氷河は唯一の凍気使いなのだからなおさらだ。
 聖域に一切何の力も貸せない、というわけでもない限りは、そう宣言することにそれほどの意味はない。女神が困っているのを知っていて、俺はもうアクエリアスではないから知らない、と言える氷河でもないだろう。

 ただその言葉で、氷河がどれほどの覚悟でシベリア行きを決めたのかは伝わった。
『アクエリアス』を纏うことは氷河にとっては特別だ。
 長い時を共に戦ってきた。
 青銅聖衣以上の長いつきあいとなって、もちろん一輝も己の聖衣には(それを「己の」聖衣だと思えるほどに)愛着は感じているが、一輝が感じている愛着と氷河が聖衣に感じている重みはまた別だろう。
 翻るマントを風に靡かせて宝瓶宮に立つ水瓶聖衣姿の氷河は、仲間たちですら迂闊に声がかけられぬほど厳粛さに包まれていた。
 纏うことも、手放すと決めることも簡単ではなかったことは理解できる。

「一輝……聖域を……後のことを頼む」
 慣れぬ宮住まいの居心地が悪く、聖域外に出てばかりいた自分に、お前、宮の守護は!と目を吊り上げていたというのに、氷河はそう言った。
 氷河の重い覚悟に応える言葉などあろうはずがない。返事をする代わりに、一輝は氷河の肩を叩く。俺に任せろ、も、お前に託す、も言葉などなしに固く結ばれた絆で伝え合ってきた。
 甘い関係を築くには互いに不器用過ぎた。
 だが、長く背を預け合って来た信頼が崩れることはこの先もきっとない。

 一輝の声なき答えに氷河の纏う空気が安堵に緩んで───緩んだからか、くしゅ、と小さなくしゃみが氷河の口から漏れた。
 それで二人同時に気づく。
 中途半端に交わりを中断したせいで、二人ともほとんど何も纏わぬ姿のままだ。そんな格好で、小難しい顔で二人して眉間に皺寄せて真剣なやりとりをしていたのかと思えば滑稽で笑いが込み上げる。
 冷えたな、と言いながら一輝が笑うと、笑うな、と言って氷河も笑った。

「するか?続き」
 そうすれば熱くなれる、とやや茶化して言ったのは、返ってくるのは否定だと信じていたからだ。氷河はきっと、いや、やめておこう、と首を振ると思っていた。一輝自身ももうさほど欲求は切迫していない。
 だが、氷河は身を起こして言った。
「そうだな。したい。お前と」
「…………正気か?」
 氷河は笑った。
「お前が聞いておいて正気か、とはひどい。俺の正直な気持ちを言ったまでだ。別に無理にとは言わない。……お前のその判断は正しい」
 変なことを言って悪かった、と、立ち上がろうとする氷河の腕を一輝は掴んで止めた。
 肩越しに振り返って、今度は氷河が問う。
「…………正気か?」
 ふ、と一輝は笑った。
「だと思うか?」
 探り合いの視線が絡まる。
 先に動いた方が負けだ。
 対峙しているかのような静寂と緊張感が一輝を昂揚させている。

 だが静寂は長くなかった。
 高まる情動を抑えきれずに、一輝は掴んだままだった氷河の腕を引いた。が、同時に氷河の空いた腕が一輝の首へ巻きつけられていた。
 引き寄せられるように唇を合わせ、は、と息継ぎに零した吐息は同じ熱で繋がれていた。




「……ん……っ、く、一輝……っ」
 抗議の色を滲ませて、青の瞳が一輝を見上げる。
 言わんとすることは理解しているが、一輝は氷河の狭間に埋めた己の指をゆるゆると動かすだけだ。ほんの数刻前に一度一輝を受け入れたそこはもう十分柔らかく濡れているというのに。
 氷河の雄はもうはち切れんばかりに反り、とろとろと透明な雫を零している。
「もういいだろう……っ!俺は限界だ……っ」
「いきたいなら気にせずいけばいい。出せばすっきりする」
 違う、と抗議する瞳は、悦楽に耐えて潤んでいる。潤む青はますます海に似ている。閉じてしまえ、そんなもの、と一輝は抽送させていた指をくいと折り曲げた。
 途端にその瞳は閉じられて、ああ、と白い喉が上を向く。
 雫となって喉仏を滑り落ちる汗に舌を這わせると、くそ、と呻くような声が上から降ってきた。
「繋がりたいんだ、おまえと」
 こんな風に焦らして、わざと強請るように仕向けたのは初めてではない。
 簡単に屈服したがらない氷河だが、それでも時折は、焦れるあまりに「趣味の悪い真似をするな!いいからさっさとこいよ!」と怒りながら強請ったものだ。
 だが、今のはそれとは違う。
 お前を理解したい、と聞こえた。

 だからお前はバカなんだ、氷河。
 俺を理解なぞさせてやるものか。
 お前がそんなに器用な性質ではないことは知っている。シベリアへ行くと決めたのなら、カミュのこと以外背負う必要はない。

「一輝……っ!」
 抗議に再び瞳を開いて、氷河が一輝の腕を掴んだ。
「慌てるな。何も、しないとは言っていない。お前があんまり早いとその後で俺がきついんだ。お前がぎゅうぎゅう締め付けて来るからな。一度出してくれると俺が助かる」
 な、と氷河が顏を赤くして口ごもる。
 知らなかったか。
 知らなかったのだろうな。

 一輝は氷河の雄を包むように濡れた指を絡ませた。ビク、と跳ねた身体を宥めるように抱いて、上下にゆるゆると扱き上げる。氷河の抗議はもうない。お前の都合など知るか、と一蹴するかと思ったが、「きつい」思いをさせてはならないと思ったか、顏を隠すように片腕をあてて、直接的な刺激に唇を固く結んで大人しく耐えている。
 お前は本当に絶望的にバカだ。
 何度目かしれない「バカ」を一輝は心の裡でやさしく発音する。

 執着を捨て、プライドを捨て、拘りを捨て、己の弱さを認めてみれば───残ったのはただ、愛おしさだけだ。


「……気が変わった」
「……え…っ?」
 氷河を極みへ押し上げようとしていた手淫を不意にやめ、一輝は氷河の両膝を抱えた。濡れてひくつく秘所に己の猛りを押し当てて、氷河に何か言わせる隙も与えずに一輝はそのまま深く貫いた。
「っ……あ……っ……おまえ……!」
 話が違う、とやっぱり抗議に見上げる氷河を、深い抜き挿しで黙らせて、一輝は彼の身体を強く揺さぶり続ける。
 肉を打つ音と、粘着質な水音が響く合間に、氷河の喘ぎが混じる。
「……っん、あ、」
 一輝が深く挿入するたびに氷河の睫毛が細かく震え眦に涙が滲む。待ち望んだ交合に腹の間で擦れる氷河の雄が歓喜の雫を零している。
 もう限界だ、という言葉通り、氷河はいくらも堪えることができずに、全身を戦慄かせて白濁を散らした。同時に、一輝を温かく包む肉襞が締め付けを増して、痛みにも似た快楽に、く、と一輝も息を吐く。
 はっはっと乱れた息を吐きながら、氷河が一輝の背へ腕を回し、このバカ、と甘く囁いた。
「一輝……俺は……お前が……」
 その先は言わせなかった。
 氷河の唇を塞いでおいて、再び一輝は氷河の身体を揺さぶって、言葉を嬌声へと変えてしまう。
 一度くらいは言わせてみたいと切望した言葉だが、今はもうどんな言葉も欲していなかった。
 あ、あ、と揺さぶられるリズムに合わせて漏れる甘い声と、抱き締めるように柔らかく一輝の背へ回された腕、それで十分だった。

 言葉にはしない。させない。それが俺の、聖域を離れると決めたお前への餞だ。