寒いところで待ちぼうけ

サンサーラ本編:第


転生したカミュの師となる氷河のお話。

性表現(一氷)あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。

◆第二部 ①◆

 カミュが氷河の元へ来て2年近くたった。
 氷河は、何度も失敗を繰り返しながら、ようやくカミュと「師弟」としてのほどよい距離感を保てるようになった。
 最たる変化は「叱る」ことができるようになったということだった。もっとも、あまり叱られるようなことをしない、そつのないカミュなので、氷河が叱るようなことはめったにはなかったが、それでも「叱る」というのは氷河にとっては大きな変化だった。
 混同している自覚は全くなかったのだが、氷河にとってカミュは『カミュ』だったので、どれだけその必要にせまられていても困ったように笑うか、せいぜい、窘めることしかできなかった。
 しかし、今は、必要に迫られれば、叱咤することもできる。
 カミュが成長するのと同じく、氷河も少しずつ師として成長していた。

**

「カミュ、背が伸びたなあ。もう、そこに届くようになったのか」
 昼食後に、キッチンで二人で後片付けをしながら、不意に氷河はまじまじとカミュを見た。
 食器棚の最上段に収納することになっているグラスを、カミュがひょいと背伸びして並べたことに気づいたのだ。
 カミュがここへ来た当初は、その段の物の出し入れはいつも氷河の役割だった。しかし……気づいてみれば、もう当分、収納する時に氷河が手を出すことはなくなっている。
「先生……遅いです、気づくの。何か月も前から、届いてます」
「そ、そうか。カミュはわたしより高くなるかもしれないな」
 氷河は東洋の血が入っているせいか、身長はさほど伸びなかった。標準よりはもちろん高いが、聖闘士としてはそう大柄な方ではない。カミュはまだ10歳だというのに、既にその氷河の肩くらいまで伸びている。成長期に入れば、あっという間に追い越されそうだった。
「だったら嬉しいです。早く先生に近づきたい」
「慌てなくても、わたしなどあっという間に追い越してしまうよ」
「……追い越せるなんて思っていません。近づきたいだけです」
「?同じことだろう?」
「全然違います」
 ふうん、と氷河はわかったようなわからなかったような曖昧な返事をした。
 それから、少し、躊躇いがちにおずおずと言った。
「そんなに向上心があるなら……俺以外の聖闘士の指導もたまには受けてみれば、幅も広がると思う……んだが……例えば紫龍とか……い、一輝とか」
 カミュの動きが一瞬止まる。
 しかし、すぐに食器を片づけるのを再開しながらさらりと言う。
「先生以外の聖闘士の指導だって受けているじゃないですか。養成場では色んな先生がいます。紫龍さんにも指導を受けたことがありますよ」
 わざと一輝の名は無視する。氷河が言い淀んだことで、むしろそちらを言いたかったのだ、ということはわかっていても。
 カミュに巧みにかわされて、案の定、氷河はしどろもどろになり始めた。
「そ、それはまあそうなんだが。ええと……まあ、紫龍に指導を受けるのは本当に役に立つと思うんだが……一輝も悪くないというか……ほ、ほら、あいつの拳は炎の拳だから。凍気がどこまで通用するか試すのにちょうどいいと思う」
 なるほど。今日はそう来たか。
 日によって理由は違う。
 一輝が暇そうにしているから。
 一輝は実戦経験が一番豊富だから。
 一輝なら本気でいくら凍気をぶつけても死なないから。
 ……etc。
 とにかく、氷河はしつこいくらいに一輝の名を持ち出して、どうにかカミュと一輝を近づけさせようとしているようだった。カミュはそのたびにさりげなくかわしてきたのだが、氷河の諦めは悪かった。
 カミュは表情を変えず、氷河に気づかれない様に心の裡だけでため息をつく。
 アイツに教えを乞うなどまっぴらごめんだ。
 先生、おかしい。
 なんでアイツにそこまでこだわるのか。例え、アイツのこと何とも思っていなくとも、ここまでこだわられたらどんな奴だって不審に思う。
「俺の凍気などまだまだだから試すだけ無駄です。先生の凍気を凌ぐほどになれば、あの人の胸を借りたいと思います」
 カミュの柔らかいがきっぱりした返事に、氷河の方は、あ、ああ、と中途半端な声で答えざるをえなかった。
 俺の凍気を凌ぐほどって……そこまでになったなら誰の指導も受ける必要なんかない。
 嫌です、と全否定されたなら、ほかに言いようがあるが、じゃあ、いずれ、とこんなふうに肯定されたなら、氷河にはそれ以上踏み込めない。
 つまりはカミュは一輝の指導を受けるつもりがない、んだな。やっぱり。

 カミュはどうしたわけか、一輝に少しも懐かない。
 もともと、誰にでも懐くわけではない。むやみやたらと笑顔を振りまくタイプでもない。
 人見知りなのかといえばそうでもなく、要は他者と自分との一線を濃く引いているだけのようだった。
 年齢にしては穏やかな話し方に、同年代の訓練生たちからの信頼も篤く、その礼儀正しい態度のおかげで年長者からもかわいがられていた。
 星矢達、黄金聖闘士に対しても、一定の尊敬の念を持って接している。
 しかし、一輝に対しては、表面上は同じようにふるまっているように見えるが、その実、ほんのこれっぽっちも心を許していないのが見て取れる。
 氷河としては、単純に、カミュが一輝を気に入ってくれたら、隠れてこそこそ会う必要がなくなるかな、と考えているのだが、現状では、とても無理な相談のようだった。カミュは、何か一輝を誤解しているに違いない、と思い、氷河はことあるごとに一輝のよいところを話題に出すのだが、一輝を褒めれば褒めるほど、カミュはますます頑なになっていった。

 カミュはさっさと後片付けを終えて、宝瓶宮の中庭へ出て、さあ、先生やりましょう、と氷河を呼ぶ。
 今日のもどうやら失敗に終わったようだ。

**


 深夜、氷河は慎重に気配を消して、宝瓶宮を抜ける。
 カミュは最近では訓練の厳しさにもすっかり慣れ、眠りにつく時間が遅くなってきている。加えて、氷河には寝たと見せかけておいて、実はベッドの中で本を読んでいることも多い。
 見つからずに宝瓶宮を抜け出すのは至難の業だ。
 ちょっと一輝のところに行ってくる、と、堂々と抜け出すわけにはいかない……んだろうな、やっぱり。


「悪い。遅くなった」
 守護するもののない磨羯宮の中へ足を踏み入れる。
 もう何度もここへ来た。
 一輝に強く言われて、定期的に会う約束をさせられ、自分自身の心を制御しかねていた氷河は半ば流されるようにそれを受け入れたのだ。
 いつものように、室内に取り残されていたソファへだらしなく座っていた一輝の隣へ膝をかかえるように座る。
 氷河は背中を一輝の肩へもたれさせ、持ってきた本や、その日の訓練日誌を開く。
 一輝は、特に何か言うでなく、ページをめくる氷河の体を背後から抱きしめるように腕をまわして、肩に顎をのせ、氷河が読んでいる内容に時折自分も目を通す。
 触れ合っているところから、互いの体温が伝わる。
 夜の静寂に、ページをめくる音だけが響き、背中越しに脈打つ鼓動を感じる。
 それだけのことなのに、氷河の中で、あの、切迫した焦りのような、張り詰めた感じはいくらか和らいだ。
 最初は、俺は一体何をやっているんだろう、とカミュに集中しきっていない自分に罪悪感と嫌悪感を抱いていたが、一輝が言ったとおり、不思議と、こうやってカミュ以外のことを考える時間を作っている方が、落ち着いた気持ちでカミュに向き合うことができた。

 一輝は後ろから抱きしめたまま、氷河の腕をゆっくりと撫でている。
 氷河は視線は手元の文字に走らせながら、ほんの少し、一輝の方へ頭を傾けて言った。
「カミュがさあ……お前の話すると機嫌悪いんだよな」
「ああ。俺のこと嫌いなんだろ」
「でも、カミュは理由もないのに他人のこと嫌ったりする子じゃない。お前、俺が見ていないところで虐めたりしてないだろな」
「ガキ相手にそんなことするわけないだろ。何かしようにも、そもそも俺は宝瓶宮には全然近寄っていないだろうが。養成場で遠目に会うくらいだろ」
「だったら何故なんだ。せっかく、俺が毎日、歯が浮くなーと思いながらもお前のこと褒めてやってんのに……。いいかげん心にもないこと言うのも疲れた」
「お前……そんなつまらん小細工をしていたのか……」
 そりゃあ、『大好きな先生』がほかの奴のことばっかりしゃべってたら余計に反発もするだろう。
 鈍感なこいつにそんな微妙な心の機微がわかるはずもないか。カミュの方がよほど精神年齢が高いほどだ。
「カミュには俺を避ける理由があるんだ。頼むからお前はもう何もするな。お前がフォローすればするほどこじれる一方だ」
「……どういう意味だ。カミュがお前を避ける理由ってなんだよ。お前やっぱり陰で何か……」
 見当違いの勘繰りを入れる氷河の頭を小突いて黙らせる。

 その理由には、氷河はもちろん、本人もまだ気づいてはいないようだ。
 気づかないからこそ苛々と焦れているのがわかる。
 名前が付けられない感情ほどやっかいなものはない。
 あの幼いながらに理知的な瞳が、自分の感情を持て余して揺れている様子は少々同情を誘うのだが、本人が理屈で説明できるほど自覚していないものを、わざわざ教えてやることもない。一輝にできるのは、せいぜい姿を見せないようにして、なるべくカミュの中の想いを育てない様にすることくらいだ。下手に刺激して、嫉妬と共に想いまで育てる手伝いをしたんじゃ馬鹿らしい。


「俺といる時にほかの奴の話をするとは……」
 一輝はそう言って、氷河の耳を甘噛みした。
「……ん……っ」
 氷河が身をよじって逃れる。
「ほかの奴って……子どもじゃないか」
「ほかの奴はほかの奴だろ。たまにしか会わない貴重な時間に、そいつのために本読むのを許してるんだから、話くらいするのやめろ」
「なんだ、妬いてるのか」
 一輝が黙りこんだので、アレ、ほんとに本気で妬いてるのか、と思わず氷河は振り向いた。
 一輝はすかさずその唇を捉えて口づける。最初からいきなり深く侵入され、氷河は思わず本を取り落とした。氷河の腕を自分の肩へ誘導して、さらに深く口づける。濡れた音とともに舌を吸い上げて離れると、氷河は上気した顔で本を拾い上げながら一輝を睨んだ。
「コレ、明日までに読んでおきたいんだ。今日はナシだからな」
「好きに読め。俺も好きにする」
 再び本を読み始めた氷河の服の裾から、手をさしいれて直接なめらかな肌にふれ、耳を甘噛みしながら、胸の先端を指先で弄ぶ。
 氷河は、一輝の行為を無視して、声をあげることもなく、黙々とページをめくっていたが、やがてページをめくる手が次第に遅くなりはじめた。集中が切れたように、視線が何度も同じ個所を往復し始め、ついにはページをめくる手も止まった。
 一輝は氷河のうなじに唇を押し当てたまま、静かに氷河の手から本を取り上げサイドテーブルの上に乗せると、その体をソファへと押し倒した。
「俺と会ってるときはほかの奴の話をするな」
 もう一度念を押すように言う一輝の頭を引き寄せながら氷河は笑った。
「だから相手は子どもじゃないか。お前の方がよっぽど子どもみたいだぞ」
 バカだな、氷河。
 子どもは成長するんだ。いつまでも子どもでいるわけじゃない。
 気づいていないから教えてやらないが。
 一輝は再び、深く氷河に口づけた。氷河は今度は自分から唇を開いてそれに応える。
 会ったからといって毎度交わるわけでもない。本当に気分が乗らない時の氷河はそもそも触れさせもしない。
 会っている時間もそう長くないから、気まぐれに甘い交わりをもったところで、いつも、前後の駆け引きを楽しむような余裕もない、極むためだけの味気ない交わりになる。
 今もまた、熱い吐息をついて、こいよ、と性急に一輝の前をくつろげさせようとする氷河に、一輝は苦笑した。
 拒絶されていた時期からすれば考えられない事態だが、こうなってみればみたで、即物的すぎてつまらないと感じるのだから人間は欲深い。
「どうした、はやく、」
「少しは俺にも楽しませろ」
 氷河のシャツのボタンを下まで外して、一輝は滑らかな肌に指を滑らせる。いくつもの傷痕が白い肌を蹂躙しているのが残念だが、最も大きな左胸の傷痕は自分が刻んだのだと思えばなぜかいつもその光景は一輝を高めるのだ。
「……趣味が悪いぞ」
 傷痕を辿る唇に、それを刻まれた時のことを思い出したのか、氷河が厭わしげに呻いた。違いない、と喉奥で笑って、一輝は外気に晒されて既にピンと尖っている胸の先端を唇に含む。愛咬を繰り返し、コリコリとした塊を舌で押しつぶすように舐める。
 氷河は片腕で己の顏を覆って、一輝の髪を緩く掴んで、身体を震わせている。
「……それは……ぁ……いい、から……っ」
「楽しませろ、と言っただろ」
「…ッ…ん……おい……おい、一輝……ッ」
 妙に切迫した声が抗議するのに、顏を上げれば、朱に染まった顏が怒ったようにこちらを見下ろしていた。一輝の下肢に熱く固い昂りが触れている。布越しにつ、と撫でれば、あぅ、と氷河がまた焦りの声を漏らした。
「もう……?やけに早すぎないか」
「おま、おまえがさっきからずっと触るから……っ!だから、はやく、と、」
 クールに愛撫を受け流していたように見えて、その実、ひっそりと切迫する熱を身の裡に育てていたとは。
 お前はこれだから狡い。
 即物的すぎてつまらないと感じた性急な求めが、真実、切迫した欲求によってもたらされたものだと知れば途端に一輝の中の熱も急速に育つ。
「知らんぞ、そんなに煽って」
 氷河の下肢へ手をやって、やや乱暴な仕草でウエストへ手をかけて膝まで引き下ろす。張り詰めた雄を手のひらに包んで緩く扱けば、氷河は、ア、と背をしならせてのけぞった。
 ぬるぬるとまとわりつく透明な雫に滑りを借りて、一輝は己の指を氷河の引き締まった双丘の奥所へぬるりと進める。
「……く…っぁ…」
 眉間に深い皺を刻んではいるが、氷河が耐えているのは苦悶というより、強い悦楽だ。証拠に、一輝が指を抜き挿しする度に氷河の白い喉が震えて、誘うような淫靡な喘ぎが漏れる。
 吐息とともに緩やかに高まる極みの欲求を、氷河は額に汗を浮かべて耐えていたが、そのうちにじれったくなったのか、一輝の背へ回してきつく縋っていた指をするりと下ろして、煽るように一輝の臀部を掴んで引き寄せた。
 些細なことで意地を張り合っていた少年期の名残なのか、組み敷かれていても、最終的には全てを一輝に委ねることになろうとも、時折思い出したかのように(今日のように切迫している時は特に)、氷河はこうして、主導権を主張してみせるのだ。
「キツそうだぞ、まだ」
「……いい……から…っ」
「言い出したら聞かんな、お前は」
 氷河を退けて自分のペースに持ち込むことは容易いが、だが、自分にとって都合の良い己のペースよりも、困った困ったと頭を抱えながら氷河のペースで振り回されている方が楽しいのだから、とかく人間の感情はやっかいだ。
 指を抜き、既に固く反り返っていた自分の雄をあてがい、一輝は氷河の腰を掴んでぐっと身を沈めた。
 さんざん自分で煽ったくせに、全く「いい」どころではなかったようで、指とは比べ物にならない熱い質量に強引に押し開かれて、氷河の身体が強張り、く、と苦悶の呻きが漏れた。だが、腹の間で脈打つ氷河の雄をゆるゆると揺すってやれば、強張らせていた四肢は次第に力が抜け、深い交合を求めて一輝へ絡みつく。
 自宮でないせいか、衣服を全て取り去って、裸の肌を触れ合わせて、ということはしない。氷河も一輝もほとんどまだ着衣のまま、という日常性を残しながら、卑猥な水音を響かせて粘膜どうしを触れ合わせている、この非日常的な状況は酷く倒錯的だ。着衣に自由な動きを奪われた交わりはもどかしさを呼ぶのだが、それすらもこの空間では二人をいつも以上に高めさせるに過ぎない。
「……あ…っ…は……」
 一輝が奥を穿つ度に堪えきれない吐息を控え目に漏らす氷河は、感じたら負けだとでも思っていた節があるあの頃から変わらない。だからいつも、彼が纏い、鎧い隠しているものを剥いでやりたい荒々しい衝動に襲われ、一輝は激しく責め立てるような抽挿で氷河を追い詰める。
「あ、あ、あああっ」
 繋がる前からすぐにでも達してしまいそうな風情を見せていた氷河は、いくらもその責め立てを耐え切ることができずにびくびくと全身を震わせて果てた。
 だが、一輝はきつい締め付けを増す肉襞に少し顏を顰めただけで、変わらず氷河の身体を揺さぶり続ける。
「や、一輝……!やめ、おれ、ああ……っ!」
 もはや声を押さえる理性も失って、潤んだ瞳で抗議する氷河へ、こちらも深い突き入れで抗議とする。
「俺がまだだ」
「そ、んな、んあっ……や、やすませてくれても、」
「この状態で休めとかお前はバカか」
「ん、ん、ああっ」
 抗議の合間にも上がる嬌声は酷く甘い。案の定、いくらもしないうちに、二人の腹の間で濡れた氷河の雄はまた固く反り始めた。
「休むか?」
 笑い含みで聞いた一輝の声に、覚えておけよ、と言いたげな青の瞳がチラと釘を刺し、だがそれもすぐにまた、アアという吐息へと変わっていった。