転生したカミュの師となる氷河のお話。
◆第一部 ⑤◆
あのバカ、やっぱり来ないじゃないか。
3日に一度は会いに来いって言ったのに、もう一週間だ。
本当に乗り込んで行って、ガキの前で修羅場を演じて見せてやろうか。
一輝はまた苛々と煙草をふかした。
元々、淡白なヤツではある。
会っている間は、互いに歩み寄る術を覚えて、少しは距離が近づいたのではないかと思えるのだが、こうして長い間会わなくても平気なところを見ると、結局、まだ一方通行のままなのかと虚しくなる。
しかし、ここのところ氷河は変わった。
聖闘士養成場にもよく姿を見せ、カミュだけではなく、ほかの訓練生たちからも慕われているようだ。
紫龍や星矢に比べて、決して面倒見のいい性質ではないのに、カミュをきっかけに氷河の世界は外へ開けた。
それを長年望んでいたくせに、いざ、そうなってみると、心がざわざわするとは───人の心はままならないものだ。
短くなった煙草を灰皿に落とし、一輝はすぐにまた次を取り出す。
「……それに火をつけるなら帰る」
氷河の声がドアのあたりから聞こえた。部屋に充満している煙で姿に気づかなかった。
「来たのか」
「お前が来いって言ったんだろ」
「俺は3日に一度って言ったが」
「3日だろ。まだ」
「もう7日目だ」
「そうだったかな。お前、意外と細かいな」
一輝は脱力しそうになる。
イライラしていた自分がバカみたいだ。コイツに振り回されている。でも、忘れずに会いに来たことに安堵している自分がいて、それもまた腹立たしい。
「窓あけろ。こんな部屋、入りたくない」
氷河がドアの外で腕組みをしている。
一輝は素直に灰皿を片付け、窓を開けて新鮮な空気を入れた。夜の風は少し冷たいがそれすらも心地よく感じるほど、部屋の空気は濁っていた。
「お前、なんで約束破るんだ」
「先に約束を違えたのはお前だろうが。俺だって途中までは吸ってなかった。吸わせたくないならもっと早く来い」
「そんなことを言ったって……獅子宮、遠い。途中で絶対星矢達に会うから恥ずかしいしさ……」
「それを今まで何年も宝瓶宮まで通っていた俺に言うのか?」
「ほんと、お前よくあんなの我慢できたな。俺は無理」
自分の努力を「無理」の一言で片づけられて、さすがに一輝も頭に血が上る。まだ部屋に入ろうとしない氷河の腕を強引に引いて胸に抱いた。
「何故俺がそうしたかわからんのか」
真剣な一輝の声色に氷河はしばらく黙った。
やがて、悪かった、と言うと、顔を上げ、一輝に唇を重ねてきた。
逃がさないように、首の後ろを押さえつけ、一輝は深く口づける。
煙草の味が苦手なのだろう、氷河は少し顔をしかめ、逃げようとする。が、一輝はそれを許さず、思う存分口腔を犯した。氷河の中の欲に火がつくまで何度も。
唇を離した時、荒い息をつきながら氷河が言った。
「……今日は、この間みたいなのナシだからな」
「この間……?なんでだ」
「あの後、起きられなくて恥かいた」
「それは俺のせいか?」
「お前のせいだ。俺は死ぬほど恥ずかしい目にあった。もう二度とごめんだ」
「知るか。俺は宝瓶宮まで送って行っただろうが。あとは自己責任だ。そもそもあの日はお前が初めに、もう一回と俺を、」
氷河は、言うな、と慌てて一輝の口を手で塞ぐ。尖った表情だが頬が赤い。
「……わかった。ガキが起きないうちに、自力で帰れる程度、だな(そんな加減がうまいぐあいにできるものか)」
一輝はため息をついて、氷河を抱き上げた。
「ちょ、何を恥ずかしいことをするんだ!自分で行くから!」
「無駄な体力を使わせないためだ。嫌ならもう少しウエイトをつけるんだな」
お前どれだけギリギリまで俺の体力を搾取しようとしてるんだ、と呆れる氷河に、一輝は搾れるだけ搾り取る、と笑った。
**
「じゃ、帰る」
「ああ」
身支度を整えて氷河がベッドから離れる。
無意識に煙草の箱を探すしぐさをしたのを氷河が見咎めて、視線が尖る。
わかった、わかったから早く行け、と追い払うしぐさをすると、氷河はまた戻ってきた。
「宝瓶宮まで送っていけよ」
「何言ってんだ」
「一人で星矢達の視線に晒されるの恥ずかしいんだよ。責任とってお前も来い」
そう言って氷河は一輝を無理矢理立ち上がらせた。一輝は慌てて靴をひっかける。
お前はバカか。
二人の方が絶対に何倍も恥ずかしいに決まってる。
それでも───もう少し一緒にいたいのだと言われているようで、抱えていた苛立ちは甘い疼きに変わる。
明るい月が傾いている。
鈍く光るブロンドを追って、一輝も同じペースで歩いて行く。
「……ガキはどんな感じなんだ」
「ガキって言うな。そりゃもう、すごいに決まっている。頭の回転も速いし、勘もいい。多分、あっという間に黄金聖闘士になれるだろうな」
「黄金聖闘士にって……じゃお前はどうするんだ」
「どうって……アクエリアスは元々カミュのものだからそうなったら返すだけだ。俺はそうだな……シベリアに帰るのもいい」
氷河はそうあっさりと言い放ったが、一輝の眉間には深い皺が寄る。
ちょっと待て。
お前、やっぱりカミュと『カミュ』を混同していないか。
『元々』ってなんだ。
『返す』ってなんだ。
咎めたら、また言葉の綾だと言い抜けるのだろう。だが、何度も続けば、言葉の綾ですむようなものでもない。潜在意識下で混同しているから、言葉として発露しているのではないのか。
氷河は、幼いカミュが成長して、黄金聖衣をまとう姿を想像しているのだろう。うっとりと夢見るような表情をしている。黙り込んだ一輝の渋い表情には気づかないようだ。「一輝も養成場に顔を出してみれば?」などと能天気に提案してくる。
「俺は『先生』役には向かないし、第一面倒だ」
「俺だって全然向いてないって!」
「確かにお前は向いてなさそうだな。どの面下げて教えてるのかと思うとおかしい。ちゃんと先生できてるのか」
「できてないんだよな……それが。いつもカミュに呆れられている。カミュは賢いから、表面上は俺をたててくれてるけど、内心、ダメな人だなって思われていると思う」
「ガキに舐められてどうすんだ。俺が締めてやろうか」
「やめろって。いいんだ、俺がダメなのは事実だ。カミュはしっかりしている。黙っていたって俺など簡単に越えて、」
「おい」
こうまで重なればもう黙って聞いてはいられなかった。
一輝は氷河の腕をひいて立ち止まらせると、その頬を強く叩いた。
「本当に師として失格だ、お前。そんないい加減な気持ちで子どもを教えるのはやめろ。黄金聖闘士はそんな軽い存在か?黙っていても勝手になれるような?お前の師はそうやってお前を育てたのか?放っておいても簡単に自分を超えられると?今のお前がやっているのはただの師弟ごっこだ。お前の気持ちの救済のために子どもを利用するな。お前に教えられて、あいつは不幸だ」
怒気の滲む一輝の言葉を、氷河は張られた頬に手をやって黙って聞いていた。
反論も言い訳も氷河からは返らない。
やがて、氷河は一輝の胸にトン、と額をぶつけるように俯いた。
「……お前って変な奴。ガキだガキだって邪険にしているわりにカミュのことをちゃんと考えているんだな」
俺はお前のそういうところが、と氷河が言いかけた時、うんざりしたような星矢の声が階段上から降ってきた。
「おーい。お二人さん、痴話げんかだか、いちゃついてるんだか知らないけど、通るならさっさと通ってくれよー」
まだ人馬宮前だったのである。
氷河は慌てて一輝の体を押し戻し、星矢を見ない様にして足早に宮を駆け抜けて行く。
お前は宝瓶宮に帰りゃすむけど、俺は帰りも星矢に会うんだぞ。一輝はため息をついて、ニヤニヤ笑って手を振る星矢に別れを告げ、その背を追う。
星矢の姿が見えないところまで来ると、氷河は歩みを止めた。
まだ磨羯宮の中だ。
「ここまででいい」
相変わらず宝瓶宮への敷居は高い。
今さら押し問答するつもりもないため、肩をすくめて、じゃあな、と背を向けようとした一輝を氷河が腕をとって引き留めた。
「あのさ……悪いけど、俺やっぱり獅子宮まで行くはよしとく」
宝瓶宮には来るな、獅子宮にも行かない、お前ときたら本当に、と言葉にはしないものの、一輝の表情で言いたいことはわかったのだろう、氷河は、違う、そうじゃない、と首を振った。
「別にお前がどうこうってわけじゃない。……さっきの……目が覚めた。お前の言うとおりだ。俺は本当にいい加減な『先生』だった。こんなのじゃだめだ。ちゃんと先生をしてやらないと……だから、夜だからってこんなに長い時間、頻繁に宮を抜ける時間はもう作れないと思う」
一輝は思わず唸りそうになった。
俺は墓穴を掘ったのか。
氷河は浮かれた腑抜けのままにさせておいて、指導者としての自覚なんかさせるんじゃなかった。(しかし、大人の分別がそれもさせないのだ)
だが、顏を顰めた一輝の返事を待たずに、なおも氷河は続けた。
「だから……お前が来いよ。宝瓶宮はまずいけど……こ、ここは?隣の宮くらいなら、俺も抜ける時間を作る」
一輝は思わず氷河の顔を見た。
暗闇でもはっきりとわかるほど朱に染まっている。
氷河の方から、この関係を維持させるための提案があるのは初めてだ。
ほとんど無理矢理、一輝の方から一方的に始めた関係だ。
手を離せば逃げて行くから、いつだって、強い力で押さえつけるように引き止め続け……このところ手を離しても逃げなくなってはいたが、それでも、どうかするとしごくあっさりとなかったことにされる程度の思い入れしか氷河の方にはないと思っていた。
堪らず、抱きしめて唇を塞ぐ。大人しく腕の中に収まっていた氷河だったが、一輝が離れると、照れ隠しだろうか、「キスしていいとは言ってない」と憎まれ口を叩いた。
「お前、本当にちゃんと抜けてくるんだろうな」
「…………多分。絶対、とは言い切れないから来るのはお前の気が向いたときだけでいい。あまり長く俺を待つ必要もない。俺に余裕があれば下りてくるようにする、と思う」
偶然頼りのずいぶんと心許ない待ち合わせだ。
しかも氷河が約束を守るかどうかはあやしいと来ている。
延々と待ちぼうけを食らわされている自分の姿が容易に思い浮かび、甘く疼きかけていた胸は諦観のため息へと変わった。
**
「おはようございます」
いつもどおり、カミュが起きた時には氷河は既にキッチンで朝食の支度をしていた。
カミュも横に立ってそれを手伝う。
もともと器用で几帳面なカミュは、なんでも覚えるのが早かった。料理も、氷河がひととおり教え込むと、あっという間に師よりも上手になったほどだ。
カミュは師の指示を待つことなく手際よく動き、食卓を整えて行く。
慌ただしく動くキッチンで、氷河と肩がぶつかった瞬間、ふと過ぎった違和感にカミュは思わず師を振り返った。
なんだろ、この香り。
……もしかして……煙草?
「先生は煙草を吸うのですか?」
「えっ」
氷河は動揺した様子で唇に手をやり、それから、遅れて、ああ、髪か、と手を髪にやった。
「よくわかったな。……そんなに匂うか」
「匂うってほどではないですが……」
「わたしが吸うわけではない。吸う人と……ちょっと会っていただけだ」
会っていたって……こんな朝早く(それとも昨日の夜遅く?)に?匂いがうつるほど?
そう思って、カミュは問いかけるような視線を師に向けたが、師はそれ以上の説明を拒み、目を逸らしてさあ、朝食にするぞ、と言った。
二人で静かに食卓を囲む。
カミュは以前から疑問に思っていたことを思いきって訊ねた。
「先生は……俺が何をしても驚きませんね」
「?驚くような何かをしたか?」
「最初に凍気を作り出して見せた時とか……養成場でミロと組手をしている時も、まるでできて当然みたいでした。それに、些細なことですが、俺の言動は、たいてい、子どもらしくないと他の大人には驚かれることが多いのですが、先生はあまり何も言いません」
氷河はしばらく黙った。
氷河の青い瞳が瞬きもせずにカミュを見る。そんなふうに長い間見つめられるのは初めてで、カミュは、変なことを言ったかな、とドキドキした。
「そうだな……いや、ちゃんと驚いていた。わたしは、顔に出ない性質なんだ」
……嘘だ。
先生ほど考えてることがわかりやすい大人に出会ったことがないくらいなのに。証拠に、はぐらかした気まずさをごまかすように俯く耳がほんのり赤い。
だが、氷河はそれ以上答えるつもりはないようだ。
悔しい。
どうやら、自分は、師にとって『特別』なようなのに、氷河は触れてはならない部分をたくさん持っていて、カミュがそこへ近づくたびに、それ以上踏み込むなと遠ざけるのだ。
ちょっと頼りないところがあるひとなのに、こういうところは頑なで、カミュは思い通りにならないことにイライラする。
氷河は会話はこれで終わりとばかりにカミュに笑いかけ、さあ、今日は私も養成場まで行くぞ、と先に立ち上がった。
**
二人が養成場に顔を出すと、訓練生に混ざって、ひときわ背の高い人物がいた。
「紫龍!」
氷河が声をあげるとその人物は振り向いた。
「氷河。お前も来たのか」
「ああ。今日は……?」
「たまには、うちの弟子たちも混ぜてもらおうかと思ってな」
紫龍のところには、氷河が押し付けたのも含め、なんだかんだで三人の弟子がいる。彼は教えることが合ってるようで、うち一人はもうすぐ青銅聖闘士になれそうなところまで来ている。
訓練生たちに指導していた邪武が近づいてきて言った。
「黄金聖闘士が二人そろうとは珍しいな。ちょっとこいつ等に手本を見せてやれよ。せっかく二人とも聖衣姿なんだし。……ホラ、みんなキラキラした目で見てるぞ」
確かに子どもたちは期待に満ちた目で紫龍と氷河を見上げている。黄金聖闘士というだけで既に彼らには手の届かない遠い存在だというのに、この聖域にはまだ半分しかその黄金聖闘士は揃っていないのだ。邪武の言うとおり、二人が並ぶ姿を見るのは皆初めてなのだった。
二人は目を見合わせ、くすりと悪戯っぽく笑うと、目配せし合った。
「よし、やるか」
「油断して怪我するなよ」
「お前こそ」
氷河が闘技場の周囲にフリージングコフィンで透明な氷の壁を張り巡らせ、訓練生たちはその外へと陣取った。
みんな、普段の訓練を忘れ、楽しい見世物を見るように、興奮して騒いでいる。
邪武が、コラッ見世物とは違うからな!黄金聖闘士の動きをよく見とけよ!と怒鳴っている。
カミュもミロと並んで座った。
ドキドキした。
黄金聖闘士同士の戦いを初めて見られる、ということもそうだが、あの、ちょっとドジな師が、あんな強そうな人と戦って大丈夫なのか、という些か失礼な理由で。
みんなの前で失敗して恥をかかなきゃいいけど、と保護者のような気持ちだった。
カミュの心配は全く杞憂だった。
「廬山昇竜覇!」
「オーロラエクスキューション!」
二人の戦いは、見る者を圧倒させた。
氷河が施した氷の壁は衝撃波で何度も揺れた。(のに、ひびひとつ入らなかったことにも全員驚いた)めまぐるしく攻守が入れ替わり、あまりの速さに、何が起こっているのか、ついていけないものもいたほどだ。
カミュは氷河の姿に心底魅せられた。
あれが……あの、ちょっとぼんやりした、あのひと?
氷河の技はすべてが美しく、完成された芸術のようだった。
それにその動きときたら、まるで舞でも見ているかのように軽やかだ。氷河は黄金聖闘士にしては華奢すぎるのではないかと常日頃思っていたが、戦いの場においては少年のようなあの体格も俊敏に動くためのアドバンテージとなっていることにカミュは初めて気づいた。
俺も、あんなふうになりたい。
はじめて、本気で師を師として心の底から尊敬した。
二人はほとんど互角の戦いを見せ、決着がつかないまま、どちらからともなく静かにその動きを止めた。
いつの間にか邪武の横に、一人の男が立っていた。黄金聖衣をまとっている。
カミュはその横顔に見覚えがあることに気づく。
……確か、「一輝」だ。
「おもしろいことやってるじゃないか」
「一輝か。……珍しいな、お前がくるなんて」
「来いと言われたんでな」
「?誰にだよ」
一輝は声を出さずに、顎で闘技場の方向を指した。
カミュの胸に黒いものが広がる。
氷河と決まったわけじゃない。あそこには紫龍もいる。
でもなんとなく嫌だ。
闘技場では、紫龍が天秤座の剣を抜き、一閃させて氷の壁を崩したところだ。あの衝撃波に耐えた壁が一瞬で、と訓練生からどよめきが上がっている。
氷河がこちらに向かって歩いてくる。訓練生たちは、もう物も言えずに憧れの眼差しで遠巻きに見つめているのみだ。
氷河の歩く軌跡がまるでキラキラと光を放っているかのように輝いて見える。蒼い燐気をまとう立ち姿はこの世のものとは思えないほど美しい。
カミュは誇らしげな気持ちで、立ち上がった。
あれが、俺の先生だ。
あの、最高に強くて、美しいひとが。おれの。
先生、と声をあげようとした瞬間、氷河がこちらを見て、パッと顔を輝かせた。
「一輝!来たのか」
カミュの心は途端にずしりと重くなった。
一輝がカミュの横を通り過ぎて氷河の方へ近づく。
その瞬間、カミュの鼻腔を覚えのある香りがくすぐった。
……煙草……?
カミュはハッとした。
コイツ、だ。
聖域で煙草を吸う人間なんてほとんどいない。氷河が会っていた人物というのはコイツに違いない。
どうして?
前に一度、宝瓶宮にコイツが来たとき、先生は一瞬怯んで、それから迷惑そうにドアから押し出していたのに。
明らかに、コイツが苦手だ、という表情を見せていたのに。
氷河の闘う姿を見て、高揚していた気持ちが急速に重く黒く塗り込められていく。
「ずいぶん遅いスピードで戦っていたじゃないか」
「何言ってんだ。本気を出したら、訓練生に何も見えるわけないだろう。それじゃ意味ないじゃないか」
あれで本気のスピードじゃないということに皆一様に衝撃を受けた。
が、カミュはそれとは別の部分で、もっと衝撃を受けていて、それどころではない。
圧倒的なオーラを放つ二人が黄金聖衣を纏って立ち並ぶ姿は───あまりにも眩しい。
それだけではない。二人の間に流れる空気が、互いを信頼しきっていて、こうやって、幾多もの戦いをくぐりぬけてきたに違いないと思わせる絆のようなものがありありと感じられる。
まるで別世界だ。
自分と、師との間には、とてつもなく大きな壁が存在する。
悔しくて認めたくないが、一輝とも。
彼が動くとビリビリと空気が震えるほどの威圧感を感じて体が竦んだ。
これが、黄金聖闘士の力なのか。
悔しい。
訓練生たちは相当に刺激を受けたようだった。
その後に続けて行った組手はいつも以上に熱が入っていた。三人の黄金聖闘士は(三人も揃うなどないことだぞ!と、多分訓練生よりも邪武が一番興奮していた)それを闘技場の端から眺めて、時折、指導に近づいて行ってやる。
「一輝、お前さ、せっかく来たんだから、双子を見てやれよ」
「双子?なんでだ」
「なんでって……打撃系の技はほかの奴らでも教えられるけど、精神系の技はお前じゃないと教えられないだろ」
ああ……そういえば、と一輝は一瞬遠くに思いを馳せ、だが、あえて反論する。
「双子だからと言って、あれができるとは限らない」
「でも、カミュは俺に会う前にもう凍気を生み出していた。……俺が混同しているわけじゃなく、既にそうだった、という、事実だ、これは。多分、向き、不向きは多かれ少なかれあるんだ。双子ができるかどうか試す価値はある」
双子、か、と一輝はそちらを見やる。
カミュと同じ年頃のうりふたつの容姿。
カミュ同様に子どもらしさが微塵もない理知的な瞳をしている生真面目そうな方が多分サガで、サガの相手をしていながら不測の事態は起こらないかとやんちゃな瞳で周囲に幾度となく視線をやっているのが多分カノンだ。
全く同じ遺伝子を持っているのに『兄』と『弟』にカテゴライズされてしまうとこうも気質が変わってしまうのか、それとも、魂に刻まれた何かが───ああ、氷河ではないが、混同するな、というのはこれは確かに難しい。
ぐいぐいと肩を押しやる氷河に負けて、苦笑を浮かべながら、一輝は同じ容姿をした二人へと歩み寄って行く。
「おい、カミュ!真面目にやれよ!」
ミロと組手をしているカミュは、心ここに非ずだった。
闘技場の端で、何ごとか会話を交わしている黄金聖闘士達が気になって仕方がない。
一輝の肩に触れている氷河の手に心がざわめいて、とても目の前のミロに集中などできやしない。
ミロが怪訝な顔でカミュに近づいてきた。
「なんだよ。お前なんかおかしいぞ。何かあるわけ?」
カミュの視線の先を見て、氷河を見つけ、ミロは首を傾げる。
「お前の先生のこと見てんの?氷河かっこよかったよなー。最高にクールで痺れた!あー俺も早く色々技とか使えるようになりたい。……なんだよ。そういうことが言いたいんじゃないわけ?」
無反応なカミュに、ミロはもう一度視線を探る。
「レオの人……?あの人もなんかカッコいいよな。男の中の男って感じで。あの人、黄金聖闘士の中でも段違いに強いらしいぜ。最強だって言ってた」
最強……強いのか、あいつ。
でも、聖闘士は失格だ。
体が資本なのに、煙草を吸うなんて、意識が低い。それにいくら強くても不遜な態度でいるところが気に入らない。
あんなヤツ、先生に近づいてほしくない。
「ミロ、俺、早く、もっともっと強くなりたい。先生のところまで早く辿り着きたい」
「うん。俺もだよ。……だから、ぼーっとしてないでやろうよ」
カミュはようやく氷河と一輝から視線を離して、ミロに向き直った。
見ていろ、すぐに強くなってみせる。