転生したカミュの師となる氷河のお話。
◆第一部 ②◆
その夜のことだ。
カミュの部屋を、自分の隣の空き部屋に作ってやった氷河は、カミュが眠っていることを確認してそっと宝瓶宮を抜けた。
ほとんど小走りになりながら石段を下りてゆき、主のない磨羯宮を抜け、人馬宮へと辿り着く。
「あれ、氷河。こんな遅くにどこへ行」
星矢が全てを言い終えないうちに、氷河は星矢の身体に飛び込みでもするかのような勢いで抱きついた。
驚いたのは星矢だ。突然のことに氷河の身体を受け止め損ねて、二人、床の上に転がってしまったのを顔を顰めながらイテテテと声をあげる。
「ちょ、ちょっと、氷河!?何だよ、どうしたんだよ、一体」
ぎゅうぎゅうと首を絞めんばかりの力で抱きついてくる氷河の肩を押しやろうとする。が、氷河は自分より僅かばかり体格がいいので、本気で抱きつかれたら振りほどけない。氷河が落ち着いて離れてくれるのを待つしかない。
「何かあったのか?……それにしたって珍しいじゃないか、俺のとこにくるなんて。いつもは素通りだろ」
ちょっと拗ねた気持ちでそう言えば、氷河はただ左右に首を振った。
星矢の上へ圧し掛かるように乗った氷河の身体が、痙攣するように震えている。
……泣いているのか……?
いよいよ様子が尋常じゃない。
氷河がこんなふうに感情を乱すのを星矢は初めて見た。
聖戦を耐え抜き、多くの愛する者を喪ってなお、氷河はいつも星矢達の前では平然としていた。
もっと俺達を頼ってくれ、と焦れる反面、弱さを見せたくない彼の気持ちも痛いほどわかり、何と声をかけたものかわからない。
そのうちに、下の宮の住人が、やたらめったら宝瓶宮へ通い詰めるようになってからは、自分達を頼ってもらえないのは寂しいが、やつ当たりだろうが喧嘩だろうがなんでもいい、少なくとも一人は、氷河の感情をそのまま受け取れる人間がいるのかと思えば安堵したものだ。
「あのさ……おせっかいかもしれないけど、呼んできてやろうか?お前をこのまま連れて行ってやるのでもいいけど」
自分相手では、声を殺して涙するのが精いっぱいの様子だ。
誰を、かに言及せず、星矢がそう問うてみれば、だがしかし、氷河はやはり首を左右に振った。
うーん、これは俺はお手上げだ。氷河の宥め方なんか俺は知らない。
とりあえず、その背をトントンと叩いてやる。もっとずっと早くにこうやって弱さを見せてくれてもよかったんだけどな、と思いながら。
氷河は長いことそうしていた。
やがて、氷河は大きく深呼吸をしたかと思うと、ようやく星矢の身体を解放させた。離れる瞬間に、こっそりと掌底で頬を拭っているのを星矢は気づかぬふりで視線を逸らした。
「悪い、取り乱した」
「や、それは別にいいんだけど」
「今日俺は、」
「うん」
「女神に呼ばれたんだ」
ああ、と星矢はようやく遅まきながら合点した。
「もしかしてもうカミュに会ったのか」
「!なぜそれを……!」
「なぜって……」
星矢が連れて来た、からだ。
正確に言えば連れて来たのは女神だが、ここのところずっと女神の護衛についているのが星矢だから氷河より早くそれを知っただけだ。
だが、女神がカミュを聖域へ連れて来たのは今日の午後のことだ。女神がまさかそんなにも性急に氷河に引き合わせたとは夢にも思わず、答えを知っていたにも関わらずずいぶん理解が遅れてしまった。
聖戦後、何年も女神は探し続けていた。
聖闘士の素質のあるものをどんどん探しましょう、そう言って星矢を連れて出ておきながら、小宇宙の片鱗らしきものに目覚めかけている子どもを見つけても、何故か素通りすることも多かった。
単なる候補者を見つけようとしているのではないのだ、もっとずっと具体的な目的をもって、己らの神は、世界中に生まれ落ちた命のひとつひとつを確認して歩いている。そして何を(誰を)探しているのかを俺は知っているような気がする。
薄々気づいてはいたが、言葉にしてしまえば、起こるはずの奇跡が消えてしまうような気もしていて、だから、凍気を操る赤毛の子どもを発見して聖域に連れ帰ってきた今となっても、それをはっきりと女神に訊ねてみたことはない。
訊ねはしなかったが、ただ、顔に出ていたのだろう。
女神は石段をゆっくりと上りながら、星矢を見やることなく、「私には人間の命に干渉する力はないのです。だから、この子が『そう』であるかどうかは私にもわからないのです」とのみ言った。
歯切れの悪い物言いに、やはりこれは神である彼女ですら、言葉にしてしまえば消えてしまうと感じてしまう類の稀なる奇跡───そう、これは確かに奇跡だ───なのだ、ということを思い知らされる。
新しい環境にまだ馴染めもしない子どもを早々に氷河に引き合わせた女神は、奇跡が儚く消えてしまう前に、とでも思ったのだろうか。
「俺はカミュを預かることになったんだ」
そう星矢に告げる氷河の声は万感の思いが滲んで震えている。
よかったな、ともがんばれ、とも、大丈夫か、とも、星矢は言えない。何年も氷河が背負ったものを見つづけてきて、それが、そんな簡単な言葉で片付けていいようなものではないことをよく知っているからだ。
代わりに氷河の肩をやさしく叩く。
「だったらこれを機に、聖闘士養成場にも顏を出すようにしてみればいい。邪武がぼやいてた。お前が全然来ないってな。行けば……きっともっとびっくりする」
「……それはもしやほかにも……」
「自分の目で確かめてみれば。あ、でも……氷河、もしかして、カミュを預かるって……シベリアへ帰るつもりか?」
星矢のもっともな疑問に、だが、氷河はその選択肢をこれっぽっちも考えていなかっただろう、一瞬目を瞠り、そして、盛大に言葉を詰まらせた。
激しい逡巡と葛藤がありありと見て取れる。
酷なことを訊いてしまったのか、と氷河の動揺ぶりに星矢の胸も痛い。
「……俺はお前にここに居て欲しいけど。ここでの養成が無理じゃないなら」
「そ、うだな。……無理ではない……と、思うが。確かに俺も我が師もシベリアで育ったのだからそうするのが筋だが……」
「だけど、お前まで抜けると十二宮はずいぶん手薄になる。だってまだ半分以上が無人なんだぜ」
こうやって必死で引き止めるくらいなら氷河にシベリアの存在を思い出させなければよかったのに、俺のバカ、と自分を詰りながら、行くなよ、と星矢は氷河の背を抱いた。
そうだな、としばらく逡巡して、やがて、氷河は、
「確かに聖域の護りはまだ十分とは言えない。しばらくはここで養成することになると思う」
と、自分に言い聞かせるようにそう言った。
氷河の声にはどこか安堵の色が混じっている。
星矢の引き止めが功を奏したのは、氷河がきっとそれを望んでいたからだ。シベリア行きをきっぱりと決めていたなら、誰も氷河を止められないことを知っている。きっとまだ、突然のことに気持ちの整理がつけられないでいるのだろう。
よかった、安心した、と星矢は心からそう言って頷いた。
「こんな夜更けに悪かったな。おかげで少し落ち着いた」
氷河は少しバツが悪そうに星矢から離れてそう言った。
「もう帰るのか?下まで下りなくていいのか?」
「……いや。今日はやめておく。アイツには黙っててくれ」
「俺はいいけど……言わないつもりか?バレたらうるさそうだぜ」
「わかっている。自分で言いたいだけだ」
「OK……でも口止め料は高いぜ。何しろ日々利息が加算する雪だるま式。早いとこ言った方がいいと思うぜ?」
そう言って星矢はニッと笑った。
氷河は、それは怖い、なるべく早く精算する、と笑って、元来た道を戻って行く。
その背を見送って、星矢は、なんだか波乱の予感がする、と息をついた。
**
「今日は養成場に行ってみようと思う」
「養成場?ですか?」
「そうだ。君と同じくらいの子どもがたくさんいるはずだ。考えてみたんだが、これから午前中は、君は養成場に通って基礎を学ぶといい。午後はわたしとここで専門的なことをやってみよう」
「はい……」
返事をしたものの、カミュは落胆する。
養成場がどれほどのレベルかしらないが他の子どもと同列に扱って欲しくはなかった。
俺の能力は「同じくらいの子ども」と比較にはならないはずなんだけど。
そういえば、女神が凍気使いだと説明したにも関わらず、この人は一度もその能力を見せてくれって言わない。誰しもが驚くあの異能を知れば、基礎を学べなんて言うはずないのに。
まあいいか。
今日の午後、見せてやったらきっとびっくりするはずだからそれまでの辛抱だ。
カミュは、先に立って歩き出した氷河の後を、ほんの少し不満顔でついて行く。
氷河はカミュを振り返ることなく、どんどん階段を下りて行き、そして途中、少し考えるような素振りをした後、脇道へ逸れた。
「……?下まで下りるのに、十二宮全部通らなくていいんですか?」
「ああ……いや、通ってもいいのだが……まあ、今日はこちらを通る。内緒の抜け道だ」
氷河の視線が不審に揺れ動いている。
十二宮を全部通れない理由でもあるのか。
カミュはそれを敏感に察した。
やっぱり少し変なひとだ。それに謎も多い。
しばらく歩いて養成場に辿り着く。
氷河は、カミュに養成場に行こう、と言って連れてきたくせに、いざそこへ着くと、カミュのことなど存在を忘れてしまったかのようにそわそわし始めた。どうやら、先に着いている訓練生の顔を一人一人見て確認しているようだ。
誰か、探している相手でもいるのか?
そう思って、じっと観察していると、氷河は一人の少年を見るなり、動きを止め、みるみるうちに瞳の縁に涙をせりあがらせた。
カミュはギョッとしてそれを見た。
えっ、なに、この人!?
氷河の視線を追って、カミュも視線の先にいる少年を見やる。
自分と同じくらいの体格だ。年もきっと同じくらいだろう。
氷河と同じような輝くブロンドだが、こちらは豊かな巻き毛だ。とても楽しそうに、大人相手に組手をしている。相手をしている大人は額に汗しているのに比して、少年の方は手加減をしているのが見てとれる。
氷河は、しばらくそれを見つめ、感情を抑えるように二度三度と肩で息をした後、その組手をしている相手にカミュを伴って近寄った。
「邪武、今日からこの子も混ぜてやってくれ」
「氷河!珍しいな、こんなところまで下りてくるとは。……その子はまさか……」
「ああ。今日から俺が訓練する」
「そうか……よかったな」
邪武と呼ばれた相手が力強く氷河の肩を叩いた。
カミュは何がどう『まさか』で『よかった』のかよくわからなかったが、黙って成り行きを見守る。
巻き毛の少年が邪武の後ろから興味津々といった表情でカミュを見た。
氷河はそれを見下ろし、邪武に問うた。
「ミロは……ミロでいいのか?いつからここに?」
「ミロでいい。数か月くらい前かな。実は今日はまだ来てないけど双子も最近加わってる」
「そうだったのか……こんなに近くにいたのに俺は知らなかった……」
氷河はそう言うと屈みこんで、ミロと呼ばれた少年の頭を撫でた。
「君は動きがとてもよかった。すぐにこの邪武が叶わなくなるくらい強くなるぞ」
「ほんと!?」
ミロはパッと顔を輝かせ、邪武は調子に乗らせるなよ、コイツただでさえ……と呻いた。
カミュはなんとなく面白くない。
俺のこと、『とてもいい聖闘士になれる』って言ったくせに。誰にでも同じことを言うなんて、ただの社交辞令だったのか。
氷河はカミュのそんな心情に気づかず、その背をそっとミロの方へ押しやる。
「この子はカミュと言う。今日から訓練に入る。君の方がここでは先輩だから色々と教えてやってくれ。……君たちはきっと気が合うと思う」
カミュは氷河の言ったことが気に入らなかった。
同じ年頃の子どもを先輩と仰ぐことも、勝手に気が合うと断言されたことも、何もかも。
先生、俺のことを全然わかっていない。
しかし、ミロは屈託なく、よろしく、とその手を差し伸べてくる。それを拒否するのは負けた気がするので、カミュは大人しく握手に応じた。
氷河は、では、昼ごろに迎えにくる、と言い置いてさっさと去っていく。
邪武がさっそく、じゃあ、二人で組手してみろ、と言うものだから仕方なくカミュは構えた。
一撃で沈めてやる、こんなヤツ。先生が見ていないのが残念だけど。
ミロの方は、上機嫌だ。
「俺、子どもとやるの初めてだ」
「お前だって子どものくせに何を言っているんだ。子どもならほかにもたくさんいるじゃないか」
養成場にいる者の年齢はさまざまだが、二人は一番と言っていいほど幼い部類に入る。だが、少ないながらもチラホラと同年代らしき子どもはいて、とりわけ子どもが珍しいというほどでもない。
「いるけど、アイツら弱いもん。相手にならない。双子はちょっとは強そうだったけど、たいてい二人で組むから俺の相手はいつも大人だったんだ」
つまり、自分は別格で強いと言いたいらしい。
「口げんかをしたいわけじゃないなら、さっさとかかってくれば。……本気で」
カミュが煽ると、ミロは獣のような俊敏さで、一気にカミュの懐へ飛び込んで拳を繰り出してきた。カミュはそれを後ろへスッと一歩だけ引いて紙一重で避ける。
「……あれっ。これ当たらなかったの、お前がはじめてだ」
ミロの目が途端にきらきらとした輝きを増す。
「あの程度で?よほど愚鈍なのしかいないんだな、ここは」
「……お前、いいこちゃんに見えるのに結構言うな」
ニヤ、とミロが笑いながら、次の拳を繰り出す。軽やかに避けておいて、カミュもミロへ向かって拳を突き出す。
互いに次々に拳を合わせ、だが、どちらも決定的な一撃がなかなか与えられない。
最初はしぶしぶ相手をしていたカミュだったが、決着がつかないことにだんだんむきになり始め、さらに時間がたつにつれ、ミロの次の一手は何か考えることが楽しく思えるようになっていた。
ミロと同じく、カミュも同じ年代の子どもで、これほど対等に渡り合える相手に初めて出会ったのだ。
「お前、強いな」
休憩をはさんで数時間ほど組手をして、決着がつかないまま昼になった時、荒い息のままミロがそう言った。
「……お前もまあまあだな」
「はは、それだけ息を上げておいてまあまあかよ。……なあ、さっきの黄金聖衣のひと、お前の先生?」
「一応そうみたいだ」
「いいなー。黄金聖闘士が先生かー」
「お前は?」
「俺はまだ特定の先生がいない。だからすごく退屈。時々、黄金聖闘士の星矢さんとか紫龍さんが見てくれる時はいいけど」
そういうこともあるのか、とカミュは不思議に思った。
ミロのように特別な力があるからといって、黄金聖闘士に師事できるとは限らないようだ。では、自分が氷河に預けられているのは、女神が言った「凍気使いにしか凍気使いは育てられない」せいだろうか。
「あのひと、ものすごく綺麗だったな。いいなー。俺もあのひとに習いたい。だめなのかな」
「……あのひとは氷の聖闘士だから。俺も……ホラ」
カミュはとっておきの秘密を見せるかのように、手のひらの上に小さく氷の塊を出現させてみせる。ミロはそれを驚いた顔で見つめ、それからチェッと舌打ちをした。
「ざーんねん!さすがにそういうのは俺はできないな。……でもさ、時々は会いに行ってもいい?俺、あのひと気にいっちゃった」
すぐには返事ができなかった。
宝瓶宮では居候の身だ。
ミロが来ていいかどうか勝手に許可できるわけがないというのもあるが───それ以上に、師を取られるような気がして嫌だったせいだ。
ちょっと変わった、不思議なひとで、正直、期待外れだったのは確かだけど、でも、こうして他の人間が気に入った、と言うのを聞くと、俺の先生なんだから、という気持ちになるから不思議だ。
カミュが返事をしないでいると、ちょうどそこへ氷河が姿を現した。
「カミュ、どうだった?」
氷河は柔らかくカミュに笑いかけてくる。
ミロに言われるまで、氷河の外見を気に留めてもいなかったが、こうして見ると───確かに、ちょっと見ないくらいの綺麗なひとだ。
女性的な柔らかな美しさとは違う。かといって、男性的な凛々しさでもない。
両者を兼ね備えているというより、そのどちらでもない、華やかではないのに何故か目を奪われる、繊細な美しい姿かたちをしている。
「別に……普通でした」
思わず見惚れてしまった照れ隠しにことさら淡白にカミュがそう答えると、横からミロが元気よく付け加えた。
「すっごく楽しかった!コイツ、めちゃくちゃ強いよ!」
氷河は笑って二人の頭を撫でた。
「そうか。二人が大きくなるのが楽しみだなあ」
「ほんと?……あの!ええと……名前……」
「ああ、氷河だ」
「ええと、氷河、俺もカミュと一緒に習いたい。だめかな?」
氷河はおかしそうにクスクスと笑った。ミロもカミュも、柔らかく解けたその笑顔にドキリとする。
「君を教えるのは楽しそうだな。午前中はなるべくわたしもここへ顔を出すことにしよう」
「そうじゃなくて……俺も宝瓶宮で一緒に修行したい」
「宝瓶宮で?」
氷河は少し困った顔をした。
カミュはなぜかドキドキした。
氷河が、いいよ、じゃあ君も一緒に、と言ったらどうしよう。いけないわけじゃないけど、自分にそれを決める権利はないけど、でも。
しかし、氷河はそうは言わなかった。
「君が目指すべきは氷の聖闘士ではないから……わたしはそこまでは教えられない。君は速さを身につけるといい。星矢に後で言っておこう」
「ええ~っ……俺も氷の聖闘士になってみたいのに~」
ミロが明らかにがっかりして氷河の手を引いて駄々をこねる。氷河は困った顔をしているのに、どこか楽しそうに、ミロの手を握った。
「やっぱり温かいな、君の手は。……君はもしかして寒がりだろう」
「えっ……うん。寒いところ超苦手」
「じゃあ、氷の聖闘士は無理かな。シベリアで特訓とか耐えられそうか?」
「うー……じゃあさ!たまに宝瓶宮に遊びに行くのはいい??」
「ちゃんと訓練するなら、な」
氷河は笑ってミロの頭に手をやり、カミュに、目線で行くぞ、と告げた。
カミュは少し安堵し、そして、優越感で誇らしげに氷河の後をついて行った。
**
午後からは主に、凍気をつかった訓練になった。
カミュの予想に反して、氷河は、カミュの作り出した凍気の塊を見ても、少しも驚かなかった。
まるで、そのくらいはできて当たり前、という反応に、少し落ち込む。
この技を見て驚かなかった人間は誰もいなかったのに。
自分はすごいことができるのだと思っていたのに、このひとの前だと、そんなプライドがことごとく折れる。
その上、カミュは氷河が作り出した本物の凍気に触れて、ひどく驚いた。
まるでそこだけ到来したかのようなすさまじい冬の嵐を身に浴びて、自分とのあまりの差に少々落ち込む羽目になった。
「わたしを超えていける」などと氷河は軽々しく言っていたが、師の域に辿り着くまでには何年も何年もかかりそうで、その道のりの長さに途方に暮れる。
こんなに、ちょっとぼんやりしたおかしなひとなのに、やっぱり腐っても黄金聖闘士なんだ、とマジマジと己の顔を見るカミュに、氷河は怪訝そうに小首をかしげた。
「どうかしたか?」
「いえ、先生って、本当はすごい人だったんだなあって思って……」
微妙に失礼なカミュのセリフだったが、氷河の顔はさっと赤くなった。
「あ、あなたには遠く及びません」
何故か敬語だ。
へんなひと。
でも、俺は、結構、このひとが好きかもしれない。