復活設定かつ、中身入れ替わりパラレル
同じ設定でもそれぞれの話は独立しています。
カミュ氷大前提によるシュラ氷。
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。
◆カミュ⇔シュラ編 ③◆
頭のどこかで、留まれ、という警鐘は響いてはいた。
だが、シュラがいくら自制しようとも、『カミュの身体』が氷河の吐息に、微かな汗の香りに、吸い付くような若い肌に既に熱を上げていてもう止めようがない。
身体の中から突き上げるような衝動のままに、寝衣をたくし上げ、下衣を引きおろし、まだそれが氷河の四肢にまとわりつくように引っかかっているうちから湯上りにしっとりと火照る瑞々しい肌へ唇を寄せる。
性急な愛撫に、緋色の髪に閉じ込められた体が微かに怯えを滲ませた。
「…カ…ミュ……?」
「お前はどこが感じる?どうされるのが好きだ?」
「そんなこと…っているのに…」
知らないから聞いている。
制御できぬ熱に支配されてはいても、その性急さで少年を傷つけてはならぬ、という歯止めがきく程度の理性はまだ残されていた。
きめ細かな白い肌は若さゆえか、それとも彼が混血のせいか。均整のとれた、だが、まだ発達途中の薄い身体は熟す前の青い果実のようだ。シュラの指に、唇に、次第に色づき熟れ始める果実は、少しでも加減を間違えば簡単に傷ついてしまいそうな繊細さを秘めていた。
馴染んだカミュの指の、いつもと異なる動きを戸惑ってか、薄く開かれた青い瞳が時折シュラを見上げる。
「こうされるのは好きか?」
シュラの愛撫に固く尖る胸の蕾を親指の腹で擦ると、氷河は唇を噛んでふるふると首を振った。だが、否定の動きとは裏腹に指の間に挟んでコリコリと抓むと噛んだ氷河の唇が切なげに戦慄く。
与えられる快楽を、羞恥のためか己の矜持との葛藤のためか、必死に堪える様は却って男の衝動を誘う。
シュラは固くしこる胸の蕾を唇で挟んだ。
「───っ……ぁ」
尖らせた舌先でつつくと、鼻に抜ける甘い吐息が唇から微かに漏れる。
胸への愛撫を繰り返すシュラの髪に氷河の指が絡められる。声は殺していても、指先が雄弁に彼の感じている快楽を伝えているのをいじらしいと思い、思った瞬間にシュラは自分の感情の動きに戸惑い、眉を顰めた。
今の感情はなんだ。俺はただ、流されてこの状況に身を置いているだけだ。
そこに俺自身の感情はどんな種類のものもない。
自らの内奥に目を背け、シュラは目の前で赤く色づく固く尖った蕾に柔らかく歯をあてがう。
「っ!」
氷河の背がしなり、白い喉がごくりと上下に動く。咬まれるのは好きなようだ。
何度も甘噛みを繰り返してやれば、既に硬く張りつめていた氷河の昂ぶりから透明な蜜が腹の上へと零れ落ちた。蜜を指先に掬い取って、ぬるつく手のひらで宥めるように少年の昂ぶりを緩く揺すってやれば、シーツの上で金の髪が踊るようにうねった。
氷河の身体の横へ片手をついて、シュラが下へずり下がろうとすれば、慌てたように氷河の手がシュラの肩へ置かれた。
「や、だ、だめです、カミュ…そんなとこっ」
氷河の制止の声より早くシュラの舌は氷河の臍の周りをぐるりと舐めていた。同時に、耳に入った言葉の意味がシュラの脳髄に達する。
そんなとこ?臍がか?
愛撫する部位としてさほど焦るほどのところでもないはずだが、俺の常識は世間とずれているのか?というシュラの心の中の疑問と時を同じくして、
氷河の方も「…あっ?」と拍子抜けしたような怪訝な声を出した。
……………ああ。
なるほど、シュラが身を屈めたものだから、もう既に硬く張りつめたものへ、もっと直截的な刺激を与えられると誤解して制止したわけだ。カミュなら、少年の言葉にしない求めを酌んで過たずそれを与えてやるのだろう、きっと。
チラリと見上げた少年は右腕で自分の顏を隠すように覆っている。だが耳が真っ赤だ。
制止したくらいなのだから、そこを口に含まれたのではないことを安堵すればいいものを、そんなに赤くなるとは、つまりは制止は言葉通りの意味ではなかったのだろう。
傷つけてはならじ、という戒律は逸脱するつもりがないにもかかわらず、それとは矛盾して、泣かせてみたいという衝動が湧き上がる。
今なら、氷河が赤くなって怒り出すまで構い倒しているミロの気持ちが少しわかる気がした。
「駄目なのか?臍が?」
「そ、そうです…」
「なぜ?」
「なぜって……あの、か、感じません、別に」
「感じるところでなければ触れては駄目だとは、ずいぶん性急なことだ」
「そっ…そういうわけではっ…」
「だがこうして欲しいのだろう?」
シュラのぬめる手がまた少年の昂ぶりを擦る。
「……ぁっ!」
「達かせて欲しいか?手と口ではどちらがいい?」
「カ…ミュ……!」
わかっていて直截な言葉で耳を犯すシュラを、流石に氷河の青い瞳が恨めしげに睨む。
シュラは手の輪を緩めたり締めたりを繰り返し、氷河の答えを待つ。
シュラの二の腕あたりに置かれた氷河の手が切なげに震えて、押し寄せる快楽の波が解放されぬもどかしさに焦れる腰が時折揺らめく。
氷河の眉が一瞬、泣き出しそうに歪められ、これは陥落したな、とシュラはその唇から懇願が漏れるのを待った。が、噛んだ唇が開くことのないまま、潤んだ青い瞳は、意外にもキッと怒ったようにシュラを見返した。そして、シュラの手淫から逃れるように腕をついて半身を起こす。
赤い顔で息を弾ませて、氷河はシュラの肩へ手をかけた。
「今日のカミュ、意地悪です」
下から窺うような視線に、気づかれたのかと腹を据えれば、氷河はシュラの肩に置いた手に力を込めてその身体をベッドの上へと倒した。
先ほどとは逆に氷河の影がシュラの身体の上へと落ちる。
「カミュがその気なら……俺だって」
『俺だって』??俺だって、何だ?
不意に下肢にもたらされた熱く湿った感触が掠めた疑問の答えだった。
ふわふわとうぶ毛のように柔らかな金糸がシュラの腰骨のあたりをくすぐっている。半ば勃ちあがりかけていたシュラの昂ぶりを氷河が口に含んだのだ。
チラリとシュラを見上げる視線が、まだ少し怒っている。
反撃、したつもりらしい。
………………………困った。
怒って反撃するのが可愛いと。
今のは、はっきりと「自分の」感情だった。
最初から完全に人のもので、将来も手に入れようとは絶対に思わないだろうが。
それとこれとは全く別物なんだな、と妙なところで感心する余裕がシュラにはあった。
それというのも……
下手だな、オイ!
濡れた粘膜に包まれた刺激とちゅぷちゅぷと響く淫猥な水音には、それだけで男の質量を増す効果があったが、だが、拙い舌の動きでは極みにいたるまでの快楽には到底足りない。どころか腰骨に当たる柔らかな金髪が、くすぐったく、ともすればそちらに気を削がれてしまう。
だが、拙いなりに一生懸命首を振って、己を感じさせようとしている姿はどうにもいじましく、シュラの胸をじんわりと疼かせた。
まずいな。
カミュの身体に同調しているせいか、どうもコイツが可愛く思えて困る。
努めて即物的に扱わねば、うっかり本当に心が動きそうだ。
シュラは揺れている氷河の額に手をやり金糸に指を挿し入れた。掴んで動きを止めさせる。
「もういい」
顏を上げた氷河の唇が濡れて光っている。咥えていた男を放しただけで、シュラが見たこともないほどの物欲しげな表情を見せたのがずいぶんと卑猥だ。
シュラは氷河の腕を引いて、己も身を起こし、向かい合うように抱いた。
「後はこっちだ」
双丘を割り開くように両手をかけると氷河の耳が赤く染まった。だが、はい、と答える声は掠れて期待に打ち震えるように艶めいていた。
「濡らせ」
唇の前へシュラが指を差し出すと、素直に氷河はそれを口に含んだ。
唾液で濡れた指をシュラは秘所へとあてがう。
「……ン……!」
指を沈める瞬間、身体を強張らせて氷河の腕がシュラの首へと回されたが、その反応とは裏腹に柔らかな肉はすんなりと根元までシュラの指を飲み込んだ。侵入は柔らかに受け止めたくせに根元まで埋め込んだ指に若い肉はきつく絡みつく。
「よく……馴らされている」
思わず素直な感想が口をついて出たのを聞きとがめ、ア、と切なげな吐息をもらしていた氷河の首が、聞きたくないとばかりに左右に振られる。
だが、その抵抗も僅かだった。長い指がぐるりと撹拌するように襞を撫ぜると氷河は内腿を震わせてシュラへしがみついてきた。
「…っ……や……ぁっ……カ、ミュ…」
シュラの耳元で抑えた声が非難とも懇願ともつかぬ色を放つ。シュラの支えた白い背がしっとりと汗ばみ、うなじへ金の髪が貼りついて艶めかしく誘う。
胎内に埋めた指を増やし、くちゅくちゅと掻き回すたびに氷河の唇から切なげな喘ぎが漏れた。
蕩けた瞳がシュラを見上げる。首へまわされた腕が媚びるように狭められ、肉の薄い、だが柔らかそうな唇が薄く開いて赤い舌がチラチラと誘うようにのぞいている。
キスを強請られているのだ、ということには気づいていた。
だが、シュラは潤んだ青い瞳から逃れるように視線を逸らした。同時にずるりと指を引き抜く。埋めた時同様に、氷河の内腿が引き攣れたように震え、ああ、と切なげな吐息がシュラの耳元を擽る。
シュラは氷河の身体を裏返す。
「……?……アッ!いや、カミュ、それはいやです…っ!」
膝立ちの四つ這いの姿勢にさせて、背後から貫こうとすれば、意外にも氷河は抵抗を返した。
まさかその体位を嫌がるとも思わず一瞬だけ怯んだが、だが、もう止まれなかった。その抵抗すら、男の中で普段は存在を主張することなく眠っている加虐心を刺激したにすぎない。
シュラは氷河の肩をベッドの上へ押さえつけ、熱い昂ぶりを双丘へあてがうと背後から貫いた。
「ああ──っ」
白い背がのけ反り、金の髪が跳ねて乱れた。指とは違う圧倒的な質量に肉を割り広げられ、食いしばった歯から苦悶の呻きが零れる。ギチギチと己に食いつくように絡みつく若い肉の締め付けに、シュラの口からも短い呻きが漏れた。
互いに息を整え、含ませた楔を馴染ませるように揺すると、諦めたのかそれとも苦痛が少し和らいだのか、押さえつけていた氷河の肩から力が抜けた。
「よし、いいこだ」
腰骨を撫でながら言えば、キュッと締め付けがきつくなった。褒められることで感じるとは、と何故か今日一番後ろめたくなる。
ゆっくりと肉を穿つと、次第に白い背が薄く色づき始めた。
シュラは前へ手を回し、氷河の自身を掌で包む。そこは極みの時を待つかのようにしっかりと硬く張りつめて蜜を零していた。
「いやだと言う割には感じている」
「あっ……やっ…カミュ…!」
非難めいた声を出し、シュラを睨むように氷河が振り返る。だがその抗議をシュラは抽送を早めることで封じた。
「あっ……あっ、ンっ…」
リズミカルに肉を打つ音に合わせて甘い声が響く。氷河はもはや目の前の快楽を追いかけるのに必死だ。
何故嫌がったのか知らぬが、この体位でも快楽を拾えぬわけではないようだ。
このまま極みまで、とさらに抽送を早めようとした時、氷河が乱れた息で再び振り返った。
「カミュ、アレ、を」
「……?」
「お…願い……アレを…」
『アレ』
………………ってなんだ?
思わずシュラの動きが止まる。
この状況で求められるアレとは何だ、答えよ、氷河。
と、聞ければ話は早いのだが。
中途半端なところで動きを止められて、氷河の背が、切なさに戦慄く。シュラはその背を指でなぞる。
「欲しいのか、えー…『アレ』が?」
乱れたシーツに沈み込んだ氷河の金糸の間で耳が赤く染まる。
なんだ?そんなに恥じらうということはちょっと特殊嗜好な意味合いのアレなのか?
「意地悪です、カミュ……あなたが…教え…くせに…」
「何が欲しいか、お前の口からはっきりと聞かせてくれ」
「言えません、カミュ…あんな恥ずかしいこと…」
だから、あんなってどんなだ。
「恥ずかしがることはない。さあ」
「……ンっ…言え…ない…ア…ッ」
「では今日はアレはおあずけだ」
「そんな…ぁ…ひど…」
「お前が言わぬからだ」
強情になかなか言葉にしようとしない氷河に次第に苛立ちを滲ませながらシュラが時折緩く腰を揺さぶれば、その動きに甘い声を上げながらも氷河はいやいやと首を振った。
何度かの押し問答の末に、次第に氷河の声が潤んで喘ぎが啜り泣くように切なく高く変わりはじめる。
「……おねが…もう…」
いくら懇願されても、求められているものがわからぬ以上はどうしようもない。
頑なな唇を割らせるのは諦めて、代わりにシュラは猛りを深く突き入れた。
最奥を穿つ動きに、苦悶とは言えない誘うような甘い喘ぎが氷河の唇から洩れ、上体を支えていた腕からは力が抜け、身体が次第にシーツの海に沈んでいく。
乱れた白の波間に完全に肩を押し付け、尻だけを高く上げる格好になっているが、氷河にはもはやそれを恥じらう余裕もない。
波間を漂う指先がきゅっと縋るようにシーツを掴む。
「……いやっ……こんなの……カミュ…ひどっ……あああっ…」
シュラの強い突き入れに、ほとんど最短の道筋で強引に極みへと押し上げられて、氷河は全身を打ち震わせながら白濁を散らした。
ひくひくと引き攣れ崩れる腰を支えて、汗ばんだ背を撫でる。その指先にすら敏感な躰が快楽を拾い、シュラの熱塊を断続的に締め付ける。
楔を抜かぬまま、力の抜けた肩へ手をかけ、シュラはその躰を裏返した。片足を抱え上げて仰向けにさせると、胎内に埋めたままの張り出した部分がぐるりと内壁を押しひろげ、あ──っと切なく氷河の唇が戦慄いた。
シュラはしどけなく投げ出された氷河の両肩の下に手を挿し入れ、その身体を抱き起こす。座位の姿勢で向き合ったその頬は涙でしとどに濡れていた。
倫理を犯したという背徳の高揚が、泣かせたという後ろめたさを欲情へと変える。
太腿を抱え上げて緩く揺すれば、氷河が堪らずシュラの首に縋りついてきた。
「やっ…んはっ…あ…あ…」
深まる抽送に、快楽に支配されて惚けた表情で、氷河はシュラへ向かって無意識に顎を持ち上げてみせる。
本当にキスの好きなヤツだ。応えてやりたいがそれはもうできない。
ただ、自分の快楽をのみ追及するように細い腰を跳ね上げるシュラへ濡れた瞳が薄く開く。
「……せんせ…」
意識的にか無意識的にか『カミュ』から『先生』に戻った。
「ン……ふっ……今日のせんせ……意地悪…あっ……キライ…今日のせんせ……キライです…ああっ」
こんなに『先生』も『嫌い』も甘く発音できる奴は初めてだ。少年の口から発せられるとどちらも愛の言葉に聞こえる。
だが、壊されてもいい、と言い切ったその口から……『キライ』、か。
可哀そうなことを言わせてしまった。だが、まあ───それでいい。
「わたしは好きだぞ」
『カミュ』の代わりにそう言った。他意はない。
シュラは猛る衝動を解放させるため、揺らす双丘に込めた指先に力を込めた。
**
……………………最低の気分だ。これほど気分の悪い目覚めはアイオロスを討った時以来だ。
放出の充足感で少年を胸に抱いたまましばらくの気怠い微睡を貪ったシュラは、目覚めた瞬間に急速に引いた血の気に視界が暗くなった。
すべからく雄の本能とは物悲しいもの。
滾る吐精の欲の前には、倫理観など役には立たず……いや、それでは獣だ。現に俺は今までどんな状況でも理性が負けたことなどなかった。今回に限り逸脱したのは───
シュラはそっと胸に抱いていた柔らかなブロンドをシーツの上へとおろし、ベッドの上へと半身を起こした。疲れたのかすうすうと寝息を立てている白い頬に光る涙の痕に一筋の金の髪が貼りついている。
シュラはそれを指先で耳へと流してやり、はあ、と溜息をついて己の額を片手で覆った。
今回に限って逸脱したのは、『自分ではなかった』からだ。カミュの身体に影響されたとかそんなものは言い訳だ。
要は、今、為した行為はシュラのものではなく、『カミュ』の行為だという大義名分を得ていたから普段は越えぬ壁を容易く超えたのだ。今ならいくら『シュラ』らしからぬ行動をとっても責められることはない。
何が女癖が悪くないだ。酒の上での過ちがないだ。
聞いて呆れる。
薄皮一枚剥けば、俺の中にも、口さがなく『味見してみたい』と言った連中と同じ下衆な願望があった、ということだ。
聖人君子のような面をして、結局、ただの雄でしかなかった。
嵐のような吐精の欲を満足させて、それが治まってしまえば、至極冷静にそう分析できた。
今更分析などしたところでどうしようもないが。
「すまん」
お前がどれほどカミュのことを好きなのかは身に染みてよくわかった。
涙痕の残る寝顔に向かって小さく呟き、シュラは立ち上がった。
せめて、と固く絞ったタオルで少年の身体を清めてやり、彼が着てきていた洋服を着せてやっていた時だ。
……来た……!
この恐ろしく冷たく攻撃的な小宇宙は……!
咄嗟に顏を跳ね上げさせて窓の外を見る。暁の空は既に白みかけていて、まだ山の端に隠れている太陽が早くも宮の輪郭を浮かび上がらせている。
こんな明け方に帰還するとは、カミュの奴、虫でも知らせたか。
聖域に足を踏み入れた今、きっと既に氷河の気配を感知しているのだろう。ものすごい勢いで近づいてくる小宇宙が過去に例を見ないほどに攻撃的に尖っている。
シュラはベッドで眠る少年を見、それからふうと息をついて天を仰いだ。
言い訳無用。釈明の余地なし。
肚をくくった瞬間、バァーン!という轟音を響かせて寝室の扉が内側に叩きつけられるように開いた。既に一度カミュによって壊されていた蝶番はもはや憐れなほどに粉々だ。
扉の所で、よーく見知った己の顏が般若の形相となり拳を震わせている。
「シュラ……貴様……!」
シュラの顏をしたまま、『カミュ』にむかって、シュラ、と呼びかけるほどにクールを標榜する男は冷静さを失っている。
全面降伏、の意を込めて潔くシュラは両手を肩のあたりまでホールドアップしてみせた。
だが、訊ねる前から肯定したも同然、釈明すらする気もない、その開き直ったともとれる態度がカミュの(割と短い)導火線に火をつけた。
唇を引き結んだ男は、あろうことか拳の中に凍気を生み始めた。カミュの魂が入っている肉体に宿る聖剣ではなく、魂自身の小宇宙による慣れ親しんだ凍気、ということがその本気度を示している。
マジか、おい!
凍気はまずい、凍気は!
自分の命が惜しくて言っているのではない。カミュの気が済むまで殴られてやる覚悟はあった。
だが、凍気となると話は別だ。聖闘士の技を使われてしまったのでは私闘になる。
ちょっとした揉め事でつい手が出た、ではすまなくなる。カミュのためにならない。そもそも、今、この体はカミュのものなのだ。この身を凍気で損なってしまっては、さらに話がややこしくなる。凍気を操れる者など水瓶師弟しかいないのだから。
咄嗟にシュラはベッドを飛び越えて、入り口と反対側に開いた窓へと足をかけた。
「往生際の悪い!」
朝露に濡れた地面の上へとひらりと飛び降りたシュラの背をカミュの声が追う。
流石にただならぬ気配に目覚めたのか、さらにその後ろで「ん…先生…?シュラ…?」という氷河の寝ぼけ声が聞こえてきた。
だが、シュラはそれどころではない。背中に迫る凍気を時折避けながら一目散に駆ける。
宮の外へ抜け出して、咄嗟に下へ降りる方を選択したのは、自宮が下にあるせいだ。カミュの身体に入っていても無意識にホームグラウンドを目指す。
風を切るシュラの耳元に酷薄なほど冷たい風が通り抜けていく。
本気だ。
シュラは石段を駆け下りようとしてその手前で振り返った。
「カミュ、よせ!落ち着け!」
「わたしは常に落ち着いている……!」
堂々と嘘をつくカミュを少しでも宥めようとシュラはカミュの拳へと手を伸ばす。カミュがそれを振り払い、さらに小宇宙を燃やそうとするのを、させてはならじ、と再びシュラが渾身の力で拳を掴んで引いた。
結果、逆のベクトルに作用した黄金聖闘士同士の力を支えきれず、カミュは──いや、もしかしたらシュラが先だったのかもしれない──とにかく二人は、石段を踏み外していた。
「危ない!」
ぐるぐる回る視界の中で、咄嗟にカミュの身体を受け止めかけたシュラだったが、よく考えればそれは自分の身体だ。この場合、カミュのことは放って置いて自分が受け身を取った方がカミュのためなのだろうか、などと馬鹿馬鹿しいことを考える時間があるほどに石段は長かった。
結局、どちらの身体も石段のあちこちにぶつかりながら転がり落ち、最後に派手に二人は額をぶつけ合ってようやく止まった。
「……っ…」
黄金聖闘士が何と言う体たらく。
慣れ親しんだ石段を無様に転がり落ちたことを恥じる間もなく、石段の上から少年の細い身体が風のように駆け下りてきた。
「先生……!大丈夫ですか!?」
シュラの隣に膝をついて痛みに眉間に皺を寄せていたカミュの身体に手をかけて、氷河はキッとシュラを睨み付けた。
「どういうことですか!シュラ!いきなり訪ねてきてこんな振る舞い、ひどいです!」
…………………おや。
氷河が俺を『シュラ』と呼んだぞ。
その事実にカミュも同時に気づいたようだ。耳にかかる長い緋色の髪を朝日に透かすように手にとってまじまじと確認している。
どうやら、石段を転がり落ちたその衝撃で元に戻ったらしい。そんな馬鹿な、と言いたいところだが、元々コレが正しい状態なのだから不満を漏らすのもおかしな話だ。
氷河は、カミュを背に庇うように立ってじっとシュラを睨み付けている。
俺の下で甘く喘いでいたくせに。
あんなに切なく俺を呼んでいたくせに。
─────違うな。カミュを、だったな。
目まぐるしく入れ替わったアイデンティティにシュラ自身の混乱がまだ続いているようだ。
俺自身は、この少年を手に入れたいと願ったことなど一度もない。これからも思うことはない。
「すまなかったな、氷河」
シュラは軽く頭を下げて、氷河の頭を撫でようと腕を伸ばした。が、触れる寸前で、氷河の背後から伸びてきた腕に手首を掴まれ、それを阻まれる。
「氷河、先に帰っていなさい」
シュラに定めた紅い双眸は瞬きもしない。心配そうにカミュを見上げていた少年は、長い逡巡の後、はい、と頷いて、何度か振り返りながら石段を上って行った。
残された二人の間には白々と冷たい沈黙が落ちる。カミュに掴まれたままのシュラの腕が解放される気配はない。
赤い瞳は、先ほどまでの猛々しさはなく、ただ、まるで死人のように温度を失っていた。
絶対零度の視線と、掴まれたままの腕にシュラは覚悟を決めた。冷静であろうとなかろうと、カミュの結論は同じようだ。
「俺がカノン島へ行くことになれば女神に私闘が知れる。いいのか」
「カノン島に行けば、な」
「行かせないつもりか?」
「行く必要のない事態になればよいのだろう?」
……行く必要のない事態とはなんだ。
俺は腕一本凍らされる覚悟で今ここに立っているわけなのだが。もしや命の覚悟をした方がいいということか。
一夜の代償が命とは、そんな無茶な。
冗談だろう?とおもねる様な中途半端な笑みを浮かべてみせたシュラだったが、カミュの方はニコリともしない。
……いよいよ、これは駄目らしい。
「わかった。カミュ。お前の気が済むようにしろ。……ただ、冥途の土産に一つだけ聞きたい」
カミュは口を開かないが、沈黙を発言の許可を与えられたととってシュラは続けた。
「………………氷河の好きな『アレ』って何だ?」
カミュの眉根が怪訝そうにピクリと動き、次の瞬間、シュラにとって思いがけないことが起きた。
どういう意味だ、と探るようだったカミュの表情が、不意に「あ」という小さな声と共に強張ったかと思うと、みるみる間に首筋まで朱に染まったのだ。
驚くシュラをよそに、カミュは掴んでいたシュラの腕を放り捨てるように離し、くるりと背を向ける。ふわりと舞った緋色の髪にも負けぬほどカミュの耳が真紅に染まっている。
「……二度と氷河には近づくな」
ようやく聞き取れた呟きをどうにか拾って茫然と見送るシュラを残し、カミュの背は石段の上へと消えて行った。
もしや俺の命は繋がったのか。
カミュの怒りもごもっとも、と覚悟を決めて、自ら自分自身に引導を渡すつもりで挑発をした、つもりでいたのだ。
が。
もしかして俺は初めて水瓶師弟に(とりわけカミュに)優位に立ったのか。
あの男のあんな表情は、幼いころを通じてまるで初めてだった。
しかし、これでは……
なおさら、『アレ』がなんだったのか気になるぞ、おい!!!!
一体お前らどんな、どんな…!?
だが、報復を受けなかったことを安堵し、『水瓶師弟の秘密のアレ』にシュラがもやもやできていたのもほんの数分のことだった。
カミュに遅れて石段を上ってきたアフロディーテが、ようやく磨羯宮に戻ってくつろいでいたシュラを蛇蝎を見るような目で蔑んだからだ。
「シュラがそんな目でわたしを見ていたとは気づかなかった」
幼馴染でもある悪友はそう吐き捨て、そのくせ、どういう意味だ、とシュラが肩に手を置いた途端に、先ほどのカミュ同様にみるみる間に顏を赤くさせて視線を逸らした。
………………カミュ、お前一体俺の身体で何してくれた!?
報復を受けなかったのではない、報いは『先払い』されていただけなのだ、とシュラは知ったのだった。
(fin)