寒いところで待ちぼうけ

パラレル:ャッフル・ャッフル

復活設定かつ、中身入れ替わりパラレル
同じ設定でもそれぞれの話は独立しています。
カミュ氷大前提によるシュラ氷。


◆カミュ⇔シュラ編 ①◆

 目が覚めて、見覚えのない他人のベッドで自分が眠っていることを発見したとき、人はどのような声を出すのか。
 咄嗟の一言にはその人となりが現れがちだ。

 シュラの場合は「すまん」だった。
 目が覚めていきなり謝るのもどうかと思うが、彼が別に特段謝り癖があるかというとそうではない。
 彼の悪友、デスマスクもこうした状況で起きた場合には「悪ぃ」というのが常なのだが、彼の場合は、たいてい「悪ぃ、覚えてねぇ」とか「悪ぃ、なかったことにしてくれ」とか、隣で眠るはずの人物に対して、将来にわたって関係を継続する意志がないにも関わらず、多分関係を結んでしまったであろうことをまず謝るのだ。例え自分にその記憶がなくとも、関係を結んだ前提でまず謝罪から入るあたりが、彼に言わせれば『誠実』らしい。
 その感覚が理解できないシュラは、だから、そういう意味ですまん、と言ったわけではなかった。
 女癖は悪くはない。人事不省に陥るほど呑んでいても、ついはずみで、の失敗がないのが自慢だ。だからこそ、したり顔でデスマスクに説教できる。
 だから、「すまん」というのは、自分のベッドに辿り着けないほど呑んだのであろうことに対する「すまん」だ。自分のベッドではないが、時代を感じさせる石造りの天井には馴染みがある。十二宮のどこかであることは確かだ。実のところ、呑んだ、という記憶はないのだが、まあ、誰かと呑んで、それがつい過ぎた、のだろうという当たりをつけたのだった。
 さて、誰だ。デスマスクではないことは確かだ。ヤツと呑んで人事不省に陥ったところで、こんな風にバカ丁寧にベッドに運んでもらえるわけがない。そもそも、俺がヤツの世話をすることはあっても、その逆はない。
 ではアフロディーテか。ほのかにシュラの鼻腔を擽る、柔らかなアロマか何かの芳香は美しいものを好む彼の趣味に近いように思うが、彼にしたって、つぶれたシュラをこんな風に丁寧に介抱するほど親切でもない。せいぜい何か掛け物くらいはしてくれるだろうが、大抵、つぶれたその場で放置されるのがオチだ。
 そもそも、このベッドの主はどうした。シュラに場所を明け渡して本人はどこで眠っているのだ。シュラの腕が届く範囲にその姿はない。
 十二宮の面子で、酔っ払いに己のベッドを差し出すほど親切なヤツがいただろうか(多分いない)、と相当に混乱した頭のまま、シュラは片肘をついておそるおそる半身を起こした。
 その動きに従って、さらさらと柔らかな髪がシュラの肩をこぼれ落ちていく。

 ……………………………?

 悪のりして女装までしたのか俺は、と一瞬考え……まじまじと、鳩尾の下辺りで揺れる毛先を見つめる。

 ……燃えるような赤毛だ。
 なんとなく、俺はこんな色の髪の毛を知っているような。

 おずおずと毛先をつまんでみた自分の指先は、ずいぶんと繊細な細いもので、おまけに爪の先が赤く彩られていた。

 ………よっぽど呑んだらしいな、俺は。

 どうやらまだ酔っているか、夢の中にいるらしい。ならば、とシュラは再び後ろへ倒れ込んだ。
 次に目を覚ませば、きっと見慣れた天井のはずだ、と目を閉じた瞬間、バァーン!という轟音が響き、寝室の扉が内側に勢いよく開いた。(外開きの扉に見えるが気のせいか、おい)
 何事だ、と慌てて飛び起きれば、そこには、眉間に皺を寄せて息を切らす、シュラ、つまり自分の姿があった───

**

「夢ではないのか」
「夢などではない」
「一体どういうことだ」
「わたしに訊くな」
「どうすればいいんだ」
「知らぬ」

 宝瓶宮にて。
 眉間に深い縦皺を刻んで押し問答を繰り返す二つの影は紛れもなくこの宮の主であるカミュとその隣人シュラなのだが、今日はそこへ異変が起きていた。

 カミュの身体にシュラの魂。シュラの身体にカミュの魂。

 眠っている間に何故か二人の中身が入れ替わってしまった、らしい。
 さんざん、侃々諤々、ああでもないこうでもない、と議論を戦わせたが、こんな異常事態に対する答えなどあろうはずがない。
「我らは女神の福音を受けて魂の再生を果たしただろう」
「そうだな」
「もしや、魂が肉体に定着しきっていないのやもしれぬ」
 言ったカミュ本人も疑念を捨てきれない声音で、一応の、原因らしきものを分析してみせる。
 眉間に皺寄せたまま、カミュは髪をかき上げようとし、指先が空を切ったところで、ああ、今はかき上げるべき髪はないのだった、と微かに唸ってその指を静かに下ろした。
「ならば、女神にご相談を」
「……女神は今、日本へ行かれているだろう」
「お戻りは」
「来週以降だ」
「それまでこのままか」
「だからわたしに訊くなと」
 二人で、盛大に大きなため息をつく。
「カミュ、ひとつ問題がある」
「問題はひとつどころではないだろう」
「揚げ足をとるな。俺は今日、任務に就くことになっていた」
「過去形で言うな。わたしは行かぬ」
「だが、俺がお前の身体で行くのはおかしいだろう。命を受けたのは『シュラ』だ。『カミュ』ではない」
「わたしと代わった、と言えばよいだろう」
「……俺が凍気を操れると思うか?」
「黄金聖闘士の意地でどうにかできぬのか」
「無茶を言うな。お前が行く方がまだ自然だ」
 カミュは唸る。
 自らの手を──つまりはシュラの身体の手を──見下ろし、彼の必殺技を思い浮かべる。
「わたしは血が流れるのはあまり好まない」
「お前らしくない逃げを打つな。黄金聖闘士にとってそんなものは理由になるものか」
「だが、」
 カミュはその先を続けようとしたが、その時不意に扉にノックの音が響いた。二人は一瞬顔を見合わせ、苦虫を噛み潰した顔のカミュが「どうぞ」と応えた。
 ここが宝瓶宮だからだ。主はカミュだ。
 応えた声は当然シュラのものなのだが。

 扉を開いたのは、怪訝な顔のアフロディーテだった。
「シュラがここへ入っていくのが上から見えたのだけどいるかな?いるよね。今の声はシュラだもの」
 花のように艶やかな微笑を浮かべて、そう問うアフロディーテに、カミュは唸り、シュラの方へ任務というのはまさか、という顔を寄越す。
 すまん、こいつとなんだ、とシュラは申し訳なさそうに頷く。なぜ自分が謝っているのかさっぱりわからないのだが、なぜか謝らねばならぬ気持ちになったのだから仕方ない。

「難しい顔をして二人で何の相談なのかな?急ぐ用事でなければ、カミュ、シュラを借りてもいいかい?これから任務に就かなければいけなくてね」
 声まで華やかな彼は、歌うようにそうシュラへ(つまりはシュラが入っているカミュの『身体』へ)言った。
 借りてもいいかい?も何も決定権はシュラにはない。アフロディーテに背を向けて座っているカミュの顔は般若のように険しいのだが、そもそもそれはシュラの顔だ。 元々、普通にしていても、シュラ、何怒ってるんだ?と訊かれることの多い自分の顔であるので、ひょっとしたらカミュは単に困っているだけなのかもしれなかった。

 返事のない二人に、ん?何かだめなの?とアフロディーテは小首を傾げてみせる。仕草がいちいち腹が立つほど可憐だ。 そのくせ瞳には早くも疑念の色を滲ませかけていて、ただ美しいだけの人間ではないことを知らしめている。

 やがて、カミュが海より深いため息をついて立ち上がった。
「……わかった。行こう」
 すまん、とやはりシュラは申し訳なさそうな目線をカミュへと投げた。
 立ち上がったカミュはいつもの癖で、部屋の隅へ鎮座ましましていたアクエリアスの聖衣箱へ歩み寄り───手をかける直前に自分の身体が纏うべき聖衣はそれではないのだ、ということに気づいて動きを止めた。
 アフロディーテが、怪訝そうに、「シュラ、壁に向かって何してるんだい?」とその背に声をかける。
 なんでもない、と険しい顔で唇を結ぶカミュに近寄って、アフロディーテがその腕を取る。そしてその腕に自分の腕を恋人よろしく絡めると頭を預け、「ふふ、デートだね、シュラ」としなを作って見上げてみせた。

 やめろ……!今その冗談は笑えない!
 カミュが完全に誤解して硬直している!

 シュラであれば、悪友の冗談を、鬱陶しい、と邪険に振り払って退けるところだが、カミュは、お前達がそういう関係だったとは、と言いたげに気まずそうにシュラの方を振り返った。
 そんなカミュの反応に、アフロディーテは、あれ、今日はなんか反応薄いな、とますますしなだれかかってからかおうとしている。 カミュの手が、応えるべきなのかどうなのか、アフロディーテの腰のあたりで躊躇いにウロウロしていて、シュラは無言でぶんぶんと首を振った。

 応えなくていい、応えなくていいんだ!!

 シュラの心の叫びが聞こえたのかどうかわからぬカミュは微妙な空気を纏わせたまま、扉の向こうへと消えて行った。
 茫然と見送るシュラは嫌な予感で背を冷たくするのだった。

**

 さて。
 しばし、茫然と時を過ごしたものの、生来の生真面目な性分がシュラを我に返らせた。
 磨羯宮に戻りたいところだが……カミュの身体で磨羯宮で過ごすのはおかしい、だろうな、やはり。
 馴れ親しんだ十二宮と言えど、人の宮で過ごすのは落ち着かないものだが、仕方ない。なるべくカミュのプライバシーには触れぬように気を遣いつつ、女神かカミュが早く帰ってくるのを待つばかりだ。

 遠慮がちに宝瓶宮の中をうろうろしていたシュラだが、無難な落ち着き先として、最終的に書庫を選択した。
 ここならいくらでも時間はつぶせる。カミュが個人的な日記などを書棚に並べていない限りはプライバシー侵害の恐れもない。興味をひくタイトルの並ぶ背表紙をいくつか引っぱり出し、シュラは壁際に置いてあった椅子を引いて座ると、パラリパラリとページをめくりはじめた。


 どれほどの時が過ぎていただろうか。
 文字を追う視界がフッと暗く遮断されたかと思うと、温かな感触を瞼の上へ感じた。
「だーれだ」
 同時に、甘さを含んだ声が耳元で響く。
 背後を取られたことに気づかず、夢中で読みふけってしまっていたようだ。なんたる不覚……!
「だーれだ」というのはアレだ。そっと忍び寄って両手で相手の目を塞ぎ、自分が誰かを問うという幼子の遊びだ。 だから背後に立つ人物は意図して気配を消していたのだ、というのがこの際救いではあるわけなのだが……
 誰だ、というのは、エー……誰だ……。
 本当は声で誰だか分かっているのだが、認めたくなくて思わずシュラは黙り込む。
 声の主がくすくすと笑う。
「先生でも油断することあるんですね」
 だーれだ、と聞いておきながら答えさせる気はないようだ。聖域に出入りする人間の中でカミュのことを『先生』と呼ぶのは一人だけだ。
 いや、それよりも。
 カミュはどんな時も油断しないのに、自分は隙だらけだと言われたようで面白くない。
 己の身体ではないからいつもと勝手が違ったのだ、と口にするわけにはいかぬ言い訳を胸の裡で呟く。
 視界を塞いでいた手のひらが去って行き、代わりに見慣れたブロンドの少年が幼い仕草でひょっこりと膝を折ってシュラの視界へ身を屈めた。
「…………………氷河」
「へへっ、先生を驚かせようと思って内緒で来ました!」

 どうしてお前はそう余計なことを!!

 シュラは低く唸る。
 お前が来ることをカミュが知っていたら絶対にこんな事態にはならなかったに違いないのに!
 よりによって、この状況で……!

「……迷惑だったでしょうか?」
 唸り声とともに眉間に海溝よりも深い剣呑な皺を刻んで黙り込んでしまったシュラに、にこにこと満面の笑顔だった氷河の顏が次第に曇り始める。
「そ、そうですよね。先生にだって都合というものがありますね。急に……来てしまってすみませんでした……」
 ああ、本当に大迷惑だ!と喚き倒せたらどれだけいいだろう。
 師が喜ぶ顔を見たくて、温かい気持ちを抱えてうきうきと十二宮の石段を駆け上がってきた少年は、いまや、しょんぼりと肩を落として、長い睫毛を伏せて俯いている。
 ……胃が痛い。
 傷つけるつもりはない、のだが。
 だからと言って、俺はカミュじゃない、と言ってどうなる?当事者以外には俄かには信じがたい話だ。余計に話が拗れそうだ。

 迷惑ではないよ、という、やさしい否定を期待していたに違いない少年は、黙り込んだ師の姿にいよいよ青い瞳を潤ませた。
「す、みません、俺、本当に気がきかないな。あの、先生の元気な顔が見られて嬉しかったです。また、また来…ます」
 だんだんと小さく掠れる語尾を口の中でもごもごと呟いて、金の髪を揺らして少年は背を向けた。
 かけるべき言葉も見つからず、シュラはそれを無言で見送る。
 どうにもこうにもキリキリと胃が痛む。
 パタン、と小さな音を立てて扉が閉まると同時に、ふーっと大きく息を吐いてシュラは天を仰いだ。

 許せ、カミュ。
 氷河との間に小さな溝は生まれたかもしれないが、お前なら、得意の歯が浮くような甘い囁きで挽回できるだろう?

 しばし、閉じた扉をぼんやりと眺めていたシュラだったが、ハッと顏を強張らせた。

 いや待て、俺。
 何か大事なことを忘れてないか?
 氷河はどこへ行った。
 ……帰るのだろう、きっと。もと来た道を通って。

 カミュのところへ行くんです、と笑顔で石段を駆け上がってきた少年は、今度は瞳を潤ませてとぼとぼと下っているはずだ。

 磨羯宮を通り……人馬宮を過ぎ……いかん、あの状態で天蠍宮はまずい!!

 カミュの宮とミロの宮の間に磨羯宮が位置しているせいで、あの少年を巡る二人の攻防については十分に熟知している。
 ミロがカミュに拒絶されてしょぼくれている少年を放っておくか?───おくわけがない。間違いなく宮に引っ張り込んで甘い言葉を囁いてこれ幸いと(もちろん色んな意味で)慰めて……。

 カミュにこのことが知れたら、むざむざとミロの元へ獲物を寄越したも同然のこの状況を許してもらえるとは思えない。
 この件に関して、カミュの味方もミロの味方もしたことはないし、したくはないのだが、これだけは言える。
 カミュの方がたいていにおいて理不尽だ。

 くそっ。何で俺がこんな……!

 シュラは弾かれたように立ち上がり、慌てて氷河の後を追った。


「氷河!氷河!」
 迷子の子猫でも探しているかのように、何度も名を呼んで大股で階段を駆け下りた甲斐があって、氷河の姿は磨羯宮を越えたあたりで捉えることができた。

「氷河、待て!」
 シュラの声が届いたのだろう、氷河の足がピタリと止められる。
 息せき切ってシュラはその元へ近づく。
「……えー…帰る必要は、ない」
 こんな時、なんと声をかけるのがカミュらしいのかシュラには皆目見当はつかない。
 だから自分のやり方でいくしかない。
「その、すまん、アレだ。考え事をしていた。別にお前がいて悪いというわけじゃない。その、あー…嬉しかったぞ、来てくれて」
 若干棒読みになったのは勘弁してほしいところだ。嬉しくないものを嬉しいと言わざるをえない状況なのだからこれ以上の努力を期待されても困る。
 氷河は硬い表情のまま振り返った。
 淡い睫毛がやっぱり濡れている。
「いえ、俺が悪かったです。つい浮かれて調子に乗りました。すみません」
「……いや、お前は悪くないんだ……えー……今度また内緒でカ……わたしを訪ねてきてくれ。次は多分、普通に喜ぶ、と、思う」
 まさか永遠にカミュと入れ替わっているわけではなかろう、と思い、一応のフォローをしておくシュラだが、氷河はちょっと唇を尖らせた。
「連絡して許可を得た時にしかもう来ません」
 駄目だ。完全に声が拗ねている。
 師に拒絶されて意気消沈しているのではなくて、拗ねているということは俺が心配していたよりは二人の関係は対等なようで安心した……って何故俺がそんな心配をする必要があるのかわからないのだが。
 いやいや、そうじゃない、そうじゃなくて、こういう場合にはどうする。
 シュラとてそれなりに経験は積んでいる。
 拗ねた相手の宥め方のひとつやふたつ、と考えて、自分がそれを知らないことに思わず愕然とした。
 拗ねるなら勝手にしろ、と相手の機嫌を取るような真似をしたことなどない、と言えばまだ恰好がつくかもしれないが、そもそも、こんな風に頬を膨らませて拗ねられた記憶がどうもない。
 単に相手にしてきたタイプの違いにすぎず、こんなふうに拗ねられてそれを可愛いと自分が思えるか、と言えば、まるでそんなことはなく、そんな面倒な相手は願い下げなのだが、それでも、どことなく動揺を禁じ得ない。
 宥め方を知っていて宥めないのと、宥め方を知らないから何もできないのとでは男としての価値が違う。(ような気がする)
 ええい、狼狽えるほどのことか、これが。
 犬や猫と同じだろう。
 シュラはおずおずと俯く金の髪に手を伸ばした。わしゃわしゃと掻き回そうと天辺に手を乗せ、一瞬の逡巡の後に、掻き回す代わりに、柔らかな稜線に沿って頬までゆっくりと撫で下ろした。なんとなく、こちらの方が宥めるのにふさわしい気がした。
「どんな事情があろうとも、お…わたしがお前に会えて嬉しくないわけがない。会いたい、と思っていたところにお前が現れて少し驚いただけだ。だから機嫌を直せ」
 カミュならもう少し言葉を飾って甘く宥めてみせるのだろうが、シュラにはこれでも十分に胸焼けがする。
 だが、シュラにとっては幸いなことに「カミュらしく」見せたその努力はどうにか通じたようだった。
 氷河の強張っていた顏がみるみるうちに解け、へへ、と照れくさそうな笑みが浮かぶ。ずいぶん早く機嫌が直ったところをみれば、もしかしたらこういう展開を期待して、師が追いつける程度のスピードでしか歩いていなかったのかもしれない。
 どうやら傍目で見ている印象と違って、カミュが度の過ぎた愛情を氷河に一方的に注いでいるというより、弟子の方も師に負けず劣らずであるらしい。
 なんだ、バカバカしい。
「自分」がした行為であるにも関わらず、なぜかすっかりあてられた気分になって、げんなりとした表情になったシュラは、はあ、と中空を仰ぐと、「わかったな。わかったら宮へ戻るぞ」としごく事務的に告げた。
 途端に氷河の笑みがまた固く凍りつく。
「先生、やっぱり何か怒って…?」
 だぁーっ!もう!面倒くさい師弟だな!誤解が解けたから宮へ戻る、これでいいじゃないか!
 とは、シュラは叫ばなかった。これ以上拗れさせるとより面倒な事態になりかねない、と本能的に察したためだ。
 こめかみをひくひくと引き攣らせながら、シュラは律儀に言い換える。
「お前に怒っているわけではない。……わたしのかわいい氷河、わたしたちの愛の巣へ戻ろうか。(今度こそはっきりと棒読みだ!)」
 ついでに、氷河の手をとって甲に軽く唇を触れてみせる。
 本来のカミュならここで唇に口づけの一つでもして宥めるのだろうが、生憎とシュラはカミュではない。
 それでも、氷河が少々頬を赤らめながらも、はい、と素直に受け止めたあたり、たいして正解からは遠くなかったのだろう。

 守護する宮を愛の巣と呼んで平気な師弟とどうして俺は関わりあいになりたくないにも関わらず、いつもいつも貧乏くじを引かされてしまうのだろうか、と恨めしく思う気持ちが湧いてくる。

 はあ、と深いため息を胸の裡だけで深々と吐いて、取った手を今更放り出すこともできずに、シュラは氷河の手を引いて、宝瓶宮への石段を登り始めた。