寒いところで待ちぼうけ

パラレル:午前時のシンデレラ

氷河女体化シリーズ
設定は同じですがそれぞれのお話は独立しています


性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。

◆星矢編 後編◆

 よし、あと三十分。
 何十回と確認した長針の位置がようやくそこまで辿りついたことを確認して、再び氷河が画面に目を向けた時、ああもう!と突然に星矢が大声を上げて、驚いた氷河の肩がビクリと跳ねた。
「な、なんだ、星矢」
 星矢が飛び跳ねるようにソファの上で氷河へ向かって正座する。
「あのさ!ごめん!かっこつけたけど、色々嘘!やっぱ気になる男として!」
「何がだ」
 言っても怒んない?と上目づかいで氷河を見て、星矢は氷河を拝む格好で、ほとんど土下座せんばかりに頭を下げた。
「ほんっっっっとごめん!!でも、氷河、このとおり!一生のお願い!あのさあ……おっぱい見せてくれない!?」
「なっ!?」
 あまりに想定外のセリフが飛び出して、氷河は言葉を失った。
「おま、おまえなあ……!」
 後は言葉が続かない。
 憤りのためか羞恥のためか、みるみる氷河の頬が紅潮する。その様子に慌てて星矢が両手を振った。
「違う、違うって、氷河!別に女の子扱いしてるわけじゃないって!むしろ、逆!女の子にこんなこと言えるわけないだろ!氷河を男と見込んでるから頼んでるんじゃないか。おっぱい、嫌いな男なんている!?氷河だってわかるだろ、同じ男として!?」
 剣呑につり上がっていた氷河の目が、「男」を連発されて、やや柔らかになる。こんな状況だからこそ、「男だから」というセリフは氷河のアイデンティティを刺激し、男としての同意を求められ……つい、頷く。
「そりゃ……俺は男だからな」
 なんとなく胸を張ってしまうが、その拍子にまた胸元のボタンが一つ外れて、慌てて氷河はそれを胸で押さえた。
 それを追った星矢の視線が不自然に揺れ、鼻息も荒く、ずい、と氷河へ向かって膝を乗り出す。
「だろ?だろ?俺の気持ちわかってくれるよな?」
「でも、だからって……」
「なんで?なんで?別にいいじゃん。男同士だもん。一緒に風呂に入ったら胸なんか隠す?隠さないだろ?それと同じことさ」

 そう……なのだろうか。

 血走った眼でものすごく必死な星矢をよそに、氷河は自分の二つの膨らみを見下ろした。

 臍が見えないほど膨らんではいる。
 いるが、俺の胸であることにかわりはない。
 つい手で隠してしまうのは、自分の身体が自分ではないものに変化したことが恥ずかしいから、であって、胸自体を曝け出すことに羞恥はない……ような気がする。当たり前か。「男」は別にそこを隠すようになってない。

 えーと。
 とすると?

 氷河の瞳の中に、迷いを見てとったのだろう。星矢の身体がさらにぐいと前のめりになる。
「だいたいさ、氷河、こうなった時に、自分の身体、どうなってるかゆっくり確かめたこと、ある?」

 ……ない。
 いつも混乱の極みにあって、何がどうなっているのか考えることも嫌で、なんとなくそうだろうな、と想像はしているだけで、実は自分の身体の変化を目で確かめたことは一度もない。その想像だって、ずいぶんと頼りないものでしかなく、女性の身体の細部がどうなっているのか詳しい知識など氷河にだってないのだ。

「な?だから、今後の研究も兼ねて!ちょっと確かめるだけ!ほら、次に起こった時の対策とか!予防とか!」
 だんだん星矢の理屈は苦しくなってきているが、勢いだけは増していく。が、その勢いに、氷河の迷いは完全に飲まれた。
「うーん………まあ……見るくらい…なら?」
「やったあああああ!マジで!?マジで!?男に二言はないよな!?氷河、サンキュー!!一生恩に着る!」

 ソファの上で正座したまま、無邪気に飛び跳ねている星矢のあまりの喜びように、思わず氷河は吹き出した。
 俺の胸くらいで大騒ぎしすぎだろ。
 可愛いもんだ、まだまだ子どもだな、と余裕の表情で笑って、氷河はほら、と無造作にパジャマの裾をたくし上げようとした。
「ちがうちがうちがう!!」
 途端に、慌てて星矢が氷河の腕を掴んで止めた。
「?何だ、今、見せてくれって言っただろう」
「そうだけど!そうだけど!ちょっと違う。あのさ、あのさ、俺に、ボタン、外させてくれない?」
「……なぜだ」
「なぜ?なぜって聞く?聞いちゃう?わかるだろ、男なら!!ロマンだよロマン!!」
 ……わからない。
 何がどうロマンなのか、さっぱりわからない。
 だが、さも、男なら当然わかって然るべき、のような言い方をされて、氷河は仕方なく曖昧に頷いた。
「それは……まあ……じゃあ、ほら」

 星矢は声もなく感動に打ち震えているようだった。
 変な奴、と氷河は笑って、ほら、と星矢の方へ身体を向けてやる。
 そのあまりに堂々たる態度に、星矢からさらにクレームが入る。
「あのさあ、悪いけど、なんていうか、ちょっと恥じらった感じを演出してくれない?そんな、ほらよって感じじゃなくて、いや、見ないで、的な……」
「……お前な、見せて欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ」
「あっうそうそ。ごめん、このままでいいです。贅沢言いません」
 氷河につむじを曲げられる前に、と、星矢は再び正座しなおす。
 氷河の方は、好きにすればいい、とソファの肘掛へ頭を預けるようにふんぞりかえり、視線は明後日の方角へ向けた。
 さすがに目が合うと恥ずかしい。

 男がしていれば、ただ単にだらしなく四肢を放り出して寝転がっているだけのその姿も、今の姿でされてしまうと、無防備に片膝だけ立てて開かれた足だとか、拗ねたように顎へ当てられた手だとか、視線を背けられたことで逆に白いうなじを曝け出す首筋だとか、全てが艶めかしく映った。
 星矢は思わず、マジマジとそれを眺めてしまう。

 氷河ってこんなに綺麗だったっけ。

 中性的な美形ではある。今だって柔らかな稜線を描く身体のライン以外は氷河そのものだ。だが、こんなに色香を放っていただろうか。
 おそるおそる氷河へ近づいて、その腰をまたぐように膝立ちとなって顏をのぞき込む。
 自分の上へ落ちた影に、氷河が眉を寄せて見上げた。
 そのしぐさですら、今は扇情的だ。でも、その顔は氷河そのものだ。あれ、てことは、氷河って男の時でももしかして……。
 さっさとしろ、俺は別にどっちでもいいんだからな、とすぐに苛立ちを見せる氷河に、星矢は我に返った。
 違う違う。
 今は氷河だけど、氷河じゃないから。
 変な気になるのはそのせいってだけだから。元に戻ればきっとなんともない。

 うしし、と少し悪戯っぽく笑って、星矢は氷河のパジャマへと手をかける。
「では!星矢、いきまーす!」
 そう言って、ボタンを一つ。
 窮屈に引っ張られていた丸いボタンは、指をかけただけでするりと簡単に外れた。
 生粋の日本人のものとは異なる、白い陶磁のような肌が目に眩しい。
 さらに一つ。
 晒される白い肌の面積が広がって、星矢の熱が瞬く間に上がる。呼吸が早くなり、心臓がものすごい勢いでドクドクと波打つ。
 もう一つ外したところで、あまりに急激に上がった熱にロマンどころではなくなり、その下二つを外すのももどかしく、星矢は合わせ目をぐいと左右に割り開いた。

 女性らしい柔らかな肩の稜線から続くその下の膨らみが、その乱暴な動きに、ふるんと揺れて曝された。
 静脈が透けて見えるほどの薄い皮膚が支える二つのたわわな果実。桜色の小さな蕾は寒さのためかツンと尖って上を向いている。
 思わず、星矢の喉がごくりと鳴った。

 見せてやったにも関わらず、無言になってしまった星矢に、氷河の方はやや不安になる。
 あんなに騒いでいたのに、目にした途端黙り込むとは……もしかして何かおかしいのだろうか。(おかしいと言えは、乳房がついている時点で全てがおかしいのだが。)
 そういえば、女性の乳房など、つぶさに見たことなどない。自分の身体は、時折女性へと変化してしまうと悩んでいたのだが、もしかして、女性ですらなかった、とか───?

 不安な気持ちで背けていた顏を星矢の方へと戻せば、こちらを見つめる熱の上がった視線が絡まった。さっきまで、子どものように騒いでいたはずの栗色の瞳にずいぶん熱がこもっていて、それは氷河の動揺を誘った。
 こんな温度の瞳を、俺は───知っているような。

「ナア……氷河、触っても、イイ?」
「い……や、あの、」
 動揺のあまり掠れた声がやけに高く、そのことが恥ずかしかった。
 星矢はもう一度、イイ?と重ねて訊いた。なんとなく、勢いに気圧された形で、氷河は小さく頷く。
「す、少しだけなら」
 氷河が何と答えたのか、星矢が理解していたかは怪しい。それほどの余裕ない勢いで、全てを言い終える前に、星矢の両手が強く乳房を掴んで、氷河は、あ、と息を飲んだ。
「ごめん。痛い?」
 本当は少し痛かったが、氷河へ気遣いを見せる星矢がいつもの星矢に戻ったような気がして、いや、大丈夫と思わず首を振ってしまう。
 星矢はほっと安心したように笑って、改めて、手のひらから力を緩めて、ゆっくりと円を描くように乳房を撫で始めた。
 触ってもイイか、というのは、星矢が言ったように、「研究」というか「今後の対策」というか、何というかもっと、学術的なアレだと思ったのに、まさか愛撫のような触れ方をされるとは思っておらず、氷河の方は、慌てて腰を引いて逃げをうつ。だが、肘掛部分に背を阻まれて、結局、後ずさることもできなかった。

「氷河のおっぱい、柔らかい……」
 正確に言うと俺のじゃない!と氷河はふるふると首を振ったが、もはや星矢は聞いていないようだった。
 弾力のある肉を掌に包んで夢中でその感触を確かめている。
 そのうちに、星矢の親指が、先端を弾くように触れた。
「……っ!」
 撫でまわされていただけの、むず痒いようなくすぐったいだけのような感覚と明らかに違う何かが、一瞬氷河の背を駆けた。星矢がチラリと氷河の表情を窺う。
「もしかして、今の、感じた?」
「!ち、が…」
「嘘だ。だって、氷河のココ、固くなった」
「言、うな、バカッ」
 真っ赤になって顏を背ける氷河に気をよくして、星矢の指がさらにそこを攻め立てる。小さく尖った蕾を指で摘み上げ、押しつぶすようにこねまわす。
「すごく綺麗だ。真っ白で、ピンクで」
「言、うなっ…て…あっ……ん…」
「感じやすいんだ、氷河。なあ、『男』の時もそう?ココ、『男』の時もこんな色だっけ?」
「知…るか…っ……く……っ」
「気持ちいい?よな?……赤くなってきた……すげーやらしい…」
「や…めろ…って」
 止めたてする氷河の呼吸は荒く、真っ白な肌が、次第にほんのりと色づき、汗ばみ始める。いくら否定してみせても、肯定したも同然の反応を勝手に返す身体に、氷河の瞳が羞恥で潤む。
「……アッ……星矢、も、う、それ以上は……!」
 だめだ、もう十分、男のロマンとやらは叶えてやったはずだ、と氷河が星矢の腕を掴んだ時、さらに信じられない言葉が振ってきた。
「なあ、舐めてもいい?」
「!!そ…アアッ!」
 いい?と聞いたくせに星矢は氷河の答えを待たなかった。飢えた獣のように氷河の赤く充血した小さな果実にむしゃぶりついた。
「……や…ぁっ、星矢……ぁっ」
 星矢が強く吸い、舌を使うたびに、氷河の唇から抑えきれない声が漏れる。
 今まで感じたことがない身体の奥から、未知の疼きが次々に生まれ、初めて味わうその感覚を慣れぬ体は制御できない。
「だ…めだ、もう、そこまで…だ…」
 息も絶え絶えにせめて必死の懇願で星矢の頭を押し返そうとすれば、星矢は素直にその動きに頭を上げた。ようやくの解放に安堵するのも束の間、さらに信じられない言葉を『可愛い弟』が吐く。

「そういえば『下』ってどうなってるのかな」
「!!」
 氷河は激しく首を左右に振った。
 冗談じゃない。
 自分だってそこがどうなっているか怖くて確かめたことがないのに。

「一生のお願い!見せて!」
 一生のお願いはさっきもう使った!!お前のお願いは今後ずっと聞かなくていい計算だ!!可愛く言ったってもう騙されない!

 氷河の叫びは言葉にはならない。
 星矢の指がまだ、唾液で濡れた胸の蕾を弄んでいて、唇を開くと叫ぶ前にうっかり甘い声が漏れそうだったからだ。
 ただ、腕を突っ張って、やめろ、という意志だけは伝える。

「ちょっとだけ。な?挿れたりはしないから」
 あ、あ、当たり前だ────!!
 というか、というか、今の言葉で気づいたが、腹の上に乗っている星矢の下肢から伝わるこの硬い感触と熱は……

 無理!無理無理無理無理!!

「男同士だろ。恥ずかしがるなって」
 違う!!恥ずかしがるとかそういう問題じゃない!!!
 星矢は、氷河の抵抗をものともせず、突っ張っていた両腕を頭上でひとまとめにして片手で押さえつけてしまった。その片手を振りほどけないことに氷河は衝撃を受ける。
 嘘だろ。力で星矢に負けるとは。
 女の細腕が心底うらめしい。

 星矢の空いた手が、するりと氷河のパジャマのウエストから中へと侵入してきた。ひゅっと空気を飲む音が氷河の喉で鳴った。


「そこまでだ、ガキども」
 ギュッと目をつぶった氷河の耳へ届いたのは覚えのある低音。まさか、という思いで目を開けば、星矢の腕を掴んで後ろ手にひねり上げている一輝の姿があった。
「痛い、痛い痛い痛い、一輝!」
「悪戯坊主には身体に覚えさせるしかなかろう」
「してない、してないって、まだ俺はなんにもしてないって!」
「それだけやれば十分だ。引き際のわからんガキにゃ百年早い」
「痛いってマジで!そんな怒んなって。遊んでただけ、な?氷河?あ、コレ、そうは見えないかもしんないけど氷河だかんな。いたいけな女の子を無理矢理とかじゃないかんな。な、な、氷河?だよな?」
 茫然と自分の身体の上で行われるやり取りを見つめていた氷河は、突然に振られた会話に、慌てて頷く。
 星矢の言い方では自分が積極的に遊び(???)に加担していたように聞こえるのが不本意だったが、これ以上一輝が星矢の腕をひねり上げていると折れてしまう。一輝の目が全然笑っていない。

 氷河がこくこくと頷くのを目の端で確認して、一輝は、ふん、と星矢の腕を離した。
「さあ、ガキはさっさと寝る時間だ」
「えー……日付が変わるまで」
「これ以上俺を怒らせたいか?」
「ちぇ。なんだよ、ガキガキって、大して歳かわんないくせにえらそうにさ」
「精神年齢でモノを言え。乳臭さの抜けんガキ同士、くだらない遊び思いつきやがって」
「とか言って、俺を追い出してこの後お前がお楽しみとかいうんじゃないよな?」
「ほう。まだ痛い目にあいたいと見えるな、お前は」
 ジロリと眼光鋭く星矢を睨む一輝の気迫に押されて、やべ、退散退散っと、星矢はゲーム機を抱えて(やや前かがみになりつつ)慌てふためいて部屋を出て行った。

 パタン、と扉が閉まってしまえば、静寂が落ちる。時計の秒針が刻む音さえ聞こえるようだ。

 視線を逸らしている一輝の横顔からは感情は読み取れない。何と言うべきか言葉を探して、氷河は酸素を求めるように唇を開いたり閉じたりした。
 一輝の視線が動かないまま、唇だけが動く。
「しまえ」
「え?」
「早くその余計なものをしまえと言ってる」

 ああ、と氷河は見下ろした。星矢が肌蹴たパジャマがそのままだ。
 星矢に見られても恥ずかしいとは思わなかったのに、しまえ、と言われると急に恥ずかしくなって、氷河は俯いて前を掻きあわせて慌ててボタンを留めなおした。

「……あのさ、一輝」
 ボタンを全て元通りに留めて、この気まずい沈黙をどうにかしようと、氷河は言い訳するべく顏を上げた。
 が、その瞬間、パン、と片頬に乾いた音と軽い衝撃を感じた。
「お前みたいなバカ、見たことない」
 いつの間にか傍へ来ていた一輝に頬を張られたのだ、ということに気づいたのはずいぶん遅れてからだった。
「だ、だって……別に……男同士だからたいしたことじゃないだろ……」
 もう一度、頬に衝撃がある。
「バカか!お前は今、この手を振りほどく力があるのか!」
「……っ……」
 強く手首を掴まれて、それを一ミリたりとも動かせないことに、今日一番の動揺が走る。
 本当は少し、星矢が怖かったことに今気づく。
 制止を聞かない男の瞳と、抜け出す力がない自分の腕。暴走する欲を止める手段を何も持っていなかったことに改めて気づかされて、一輝が掴んだ手首が僅かに震えた。
 氷河の怯えを見て取ったか、溜息をついて、男の手が離れてゆく。
 ソファの座面へ背を預けるように一輝は床へ座り込み、その手でぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き毟るしぐさを見せた。
「っとにバカはどうしようもないな!だいたい、男同士は普通あんなことしないだろうが!なんで気づかんのだ!」
「……悪い」
 眉間に皺を寄せてバカがバカがと吐き捨てる男の勢いにのまれて、思わずそう謝ってしまい、だが、言葉にした瞬間に、何言ってんだオレ、と氷河は赤面した。別に俺がどれだけバカだったとて、コイツに謝らなければいけない義理なんかない。

「一輝、だいたいお前は何しに来たんだ?」
「別に。お前の小宇宙を日本で感じるのは珍しいからバカ面を拝みにきただけだ」
 こんな夜更けにか?という氷河の疑問は、不意に起こりはじめたその変化によって霧散した。
 あ、と壁際の時計を見る。
 日付が変わろうとしていた。
 頼りなくパジャマの中で泳いでいた細い腕や脚は、筋肉がしっかりとついた伸びやかなものへ。
 まろやかな二つの膨らみはぺたんとした薄い胸へ。

 一輝もそれへ気づいたのだろう。
 腕を伸ばして、もう一度、このバカが、と氷河の額を小突く。
 うるさい、と額を小突き返して、とにかく助かった、と殊勝に礼を言おうとした時、一輝の手のひらが、氷河の伸ばした手首を掴んだ。
 先ほどと全く同じように掴まれたにかかわらず、今はさほどの恐怖感も動揺もない。いざとなれば振りほどけることを知っている。
「?今度は何だ……?」
 一輝は掴んだ手首を強い力で引っ張り、氷河の身体は勢いよくソファから床へと転がり落ちた。
 いてーな、何する、と氷河が体勢を整える前に、影が落ちて、唇を塞がれていた。

「…っの!」
 すかさず氷河は一輝の腹めがけて膝を蹴り上げる。だが、その動きは予想していたのだろう、ぐっと腹の筋肉を閉めて鋭く突き上げた膝を受け止めた男は、一瞬顏を歪めた後にニヤリと嗤った。
「バカには仕置きが必要だろう?」
 そう言って、パジャマをたくし上げ、今、自分がしまえ、と言ったばかりの胸を露わにする。
「お、おまっ、ふざけんな!『男同士は普通しない』んだろうが!!」
「『普通』はな」
 そういって、自分の体躯で氷河の膝を割り開く男に、氷河はありったけの罵声を浴びせた。

 ああ、くそっくそっくそっ!!!!
 そうだった、日本にはコイツがいるから来たくないんだった!!!
 くそっ二度と、二度と来るもんか!

「このど変態!畜生、一輝、覚えとけよ!」
「俺はたいてい覚えてる。むしろ問題は……」

 学習しないお前の方じゃないのか?と笑いを含んだ声は、圧し掛かる体躯から逃れるのに激しく暴れる氷河の耳へは届かなかった。

(fin)
(2012星矢誕 2012.12.1UP)