氷河女体化シリーズ
設定は同じですがそれぞれのお話は独立しています
男女の性表現あります。18歳未満の方、苦手な方、閲覧をご遠慮ください。
◆ミロ編 ④◆
『坊や』?
聞き慣れた呼び名を耳にして、潤んだ空色の瞳が瞬きを何度も繰り返す。
「ミロ……あ、あの、俺…?」
驚きと混乱でうまく事態が飲み込めずに、言葉を探す氷河の頬をミロは撫でた。
「君は『氷河』だな。まぎれもなく、俺と戦った白鳥座の」
「……し、知って…?……えっ、でも……えっ?えっ?知ってたって、だったら、」
上ずった声を震わせる氷河の唇をミロの指が押さえてその先を止める。
「続きは中で」
「あの、でも、」
「このままここで話をしても構わないが……さて。この状況、俺は一体何と思われていることだろうな?」
愉快げに笑って氷河を覗き込むミロの言葉で、廊下の向こうにこちらの様子を窺う人影があることに気が付いた。
扉の前で泣いて座り込んだ『女の子』と押し問答をする男───どう見ても、嫌がる少女を誑かそうとする悪い男の図だ。
「ご、ごめん」
さすがにその誤解をミロに被らせるのはしのびなく、慌てて氷河は涙を拭いて立ち上がろうとした。が、手をついたところで、すぐに自分の身体が思うように動かせないことに気づく。
「……あ、れ…?なんか……俺……」
激しく高ぶった感情の波が頂点に達したところで不意打ちで肩透かしを食らい、そのことで張り詰めた糸が切れた氷河は、すっかりと腰を抜かしてしまっているのだった。
ミロが氷河の背に手を回してゆっくりと抱き上げる。
「ははっ、立てなくなるほど驚いたのか。ちょっと効きすぎたか?」
どうやら騙していたようで騙されていたのは自分の方だとわかっても、ミロに対して怒ればいいのやら、恥ずかしがればいいのやら、自分のとるべき態度がわからない。
だが、視界の端に、まだ不審げにこちらを見返す人影は捉えていて、だから、氷河は自分からミロの首に腕をまわした。
自分の意志でミロの傍にいたいと思っていること、そのことだけは確かなのだ。どうか、誤解されませんように、と願いながら。
**
柔らかな暖色の間接照明で仄かに照らされた室内はゆったりと広く、無駄な装飾などないとてもシンプルなものだった。
大きな一枚硝子の窓の向こうに、先ほど氷河達が上っていた丘が見え、裾野には頂上から見下ろしていたのと同じ夜景が広がっている。
それどころじゃなかった氷河はここが何階なのかすらわからなかったが、エレベーターのボタンはかなり上の方を押していたから高層階であることは間違いないだろう。
装飾が少ない分、存在を主張する白いシーツのかかった大きなベッドや、バスルームだろうと思われる扉が否応なく目に入り、今更ながらに自分の大胆さが恥ずかしく、氷河は淡い色の睫毛を伏せた。
景色が見えるようにと窓際へと配置されたソファへミロはそっと氷河を下ろした。
部屋の中の温かな空調に、ミロはジャケットを脱いで無造作にソファの上へと放り、それから氷河の首からゆるりとマフラーをほどいてやる。
ミロを上目づかいで見上げて、氷河はまだ半信半疑の様子で疑問を口にする。
「なあ、本当に気づいていたのか?いつから?どうしてわかった?」
ミロは苦笑した。
「質問したいのは俺の方なんだが。君こそなぜこんな身体なんだ」
こんな身体、と言いながらミロは氷河の黒のレザージャケットをするりと肩から落として、同じようにソファの上に放った。
薄布の下でふるりと揺れる乳房をミロの手のひらが包むように撫でる。
「あっ…」
「どう見ても本物だ」
「やっ、ちょっ…だめだ…」
氷河の腕がミロの胸を押して止めるのに逆らわず、ミロはあっさりと離れ、その隣へと深々と身を沈めた。
ほっとしたのも束の間、ミロの腕が氷河の腰を引き寄せて、あっという間に膝の上へと乗せられてしまう。
ミロは慣れた手つきで、氷河を向かい合うように自分の腰の上へと跨らせ、いつもより幾分細い躰を腕の輪の中へと閉じ込めた。
「まさか泣くとはな」
ミロの指が頬の上をゆっくりと往復する。
『なぜ』と訊いたくせに、その答えについてはミロはあまり興味がないようだった。
言葉を探している氷河を特に促すでなく、ミロは氷河の頬を両手で挟むと、自分の額を氷河の額に寄せた。
「君が……俺を止めてくれなかったらどうしようかと思った。『氷河』以外を抱いてもいいと思われているのなら、俺はその程度の存在だってことだからな」
意外なミロの告白に氷河は驚く。
自分がわけのわからない嫉妬の渦に飲み込まれている間、ミロの方も不安だった?
「それに怒っていた。何故、俺に嘘をつくのかってな。君はあの場を見つけたのがカミュなら嘘をついたか?」
ハッと胸を衝かれた。
カミュにはもちろん知られたくない。だが、見つかったなら、嘘をついてまで隠したりはしなかっただろう。
二人に対する差が何から来るものかは氷河にはわからない。何故かミロの前では氷河はいつも自分ではいられなくなってしまう。
意地を張って、嘘をついて、背伸びをして。
「ごめん、俺……そういうつもりじゃなかったけど、結果的にあなたを試すような真似をした」
「いいさ。俺もずいぶん君を虐めた。試したのは俺も同じだ。……ほら、貸してみろ」
ミロが腕を伸ばして、氷河の足首に巻いた靴のストラップのボタンをパチリと外す。
はじめは拘束具のように思えた高いヒールは、今となっては幻と消えた『自分であって自分ではない女の子』の象徴のようで、コトリと音を立てて床に落ちたそれを氷河は複雑な思いで眺めた。
ミロが氷河の足の甲を何度か撫でる。
「痛かっただろう。よくこんなものに耐えたな。絶対に音を上げて、早々に『氷河』だって言って降参すると思ったのにな。君を少し舐めてた。少々のことでは屈しないと知っていたはずなのにな」
「…………俺はただ、あなたと一緒にいたかったから、だからそれで……」
素直な気持ちが自然に口をついて出た。
───夢の時間はまだ続いている。後少しの間は。
ミロは一瞬だけ、おや、と目を瞠り、すぐに背に回した腕に力を込めた。
「あまりかわいいことを言ってくれるな。どうにかなりそうだ」
ミロの唇が氷河の額に触れる。
そのままそれは下りてきて唇へも。何度か触れては離れを繰り返し、次第に深くなる口づけに、氷河は荒い息で、待って、とミロを止めた。
待てない、と強く抱き締められるのに、氷河はどうにかミロの左腕を掴まえ、時計を見た。
───ああ。
「ミロ、俺の身体、もうすぐ元に戻るんだ」
ようやく氷河はたどたどしく、今の状況をミロへと説明を始めた。
聞いているのかいないのか、ミロは頬に首筋に、とキスの雨を降らせてますます腕の輪を強める。唇を避けてくれるあたり、聞いてはいるのだろうが、それにしても。
「き、聞いているのか?ミロ。俺、もうすぐ、」
「聞いているさ。よかった、元に戻ると知って俺も安心した」
「あの……俺が……俺が男でも構わないのか?本当はこのまま……」
不安そうな氷河の声にミロは動きを止めた。
「君はとことん俺をみくびっているんだな」
怒りの滲んだ声に、ビクリと氷河の肩が竦んだ。
ミロは氷河の頬を両手で挟んでじっとその瞳を覗き込んだ。色合いの違う二対の青の瞳に互いの姿が映る。
「俺は今日、何一つ嘘をついてない。君に似ていたら誰にでもあんなことをする人間だと思われたなら心外だな。俺はいくつも、気づいてるぞってサインを送ってやったのに。あんまり君が鈍いから俺だって少し傷ついた」
そう言って、ミロはそばへ放り投げていたマフラーへと視線をやった。
氷河と会う時専用にする、と言っていた、あの。
そうか。
ミロを信じていたら、十二宮を出る前にわかる、簡単な答えだったんだ。
どれだけふざけていても、ミロが氷河に対して不誠実だったことなんか、一度もないのに。
「ごめん……」
氷河は項垂れるしかない。
「氷河、君は嘘をつくのに向いていない」
しばらく、しゅんと俯いた氷河の髪をゆっくりと撫でていたミロが、やがて、くつくつとおかしそうに笑い出した。
ミロが笑ってくれたことに救われて、氷河は顏を上げる。
「じゃああなたはどの時点で気づいたんだ?」
氷河を胸に抱いて、柔らかな背を腕をゆっくりと撫でながら、ミロは思い出してまた肩を震わせる。
「そうだなあ……まあ、見た目も口調も君そのものでしかなかったが……君が聖衣箱をあんなところに置いておくはずがない、とか、俺が名乗りもしていないのにミロと呼んだ、とか、そのパンツには見覚えがあるぞ、とか、ヤコフってのはロシア名だ、とか……まだ色々あるが全部言うか?」
「いや、いい……」
つまりはほとんどの点で駄目だった、ってことだ。
なのに、笑い出しもせずにいけしゃあしゃあと口説いて見せたミロは相当な……ああ、そうか、『何一つ、嘘をついてない』んだっけ。
君は特別だ、と言ったのも、帰せない、と言ったのも、全部『氷河』に向けられた言葉なのだと思えば、やっぱりどうしようもなく顔が火照る。
耳まで赤くした氷河を愛おしげに見つめていたミロが、でも、と言って氷河を抱いて立ち上がった。
「最初から俺も確信があったわけじゃない。性別が変わるなんてこと、そうやすやすと信じ込めるわけがないだろう」
「だったら、なぜ……」
おいで、とミロは氷河の手を引いて次の間へと歩いて行く。
その先はベッドルームだ、と躊躇いを見せる氷河の背を押して、次の間の壁際に掛けられた大きな姿見の前へと立った。
鏡を通して改めて見る自分の姿は、やはりとても自分とは思えず、ミロと知らない女の子が並んで立っているようで、氷河の胸がチクチク痛む。
「よく見てろ」
「でも、」
「いいから」
後ろからミロに抱きすくめられ、逃げることも叶わずに、氷河は視線をうろうろとさせる。ミロの唇が氷河の熱く火照った耳朶に触れ、彼が口を開くたびに吐息がかかり、ますます熱が上がる。
「君があんまり無防備だから俺は気が気じゃなかった」
ミロの手がそっと氷河の薄布の上から乳房に触れる。豊かな肉の質量が弾力と、それと矛盾して吸い付くような柔らかさをミロの手のひらに伝える。
「緊張しているな、氷河。胸が早鐘を打っている。まるで初めての時のようだ」
ミロがゆっくりと乳房を撫でる動きに、氷河の息があがる。
まだ何もされてないに等しいのにもう立っていられない。耳元で氷河の鼓膜を甘く震わせる低音が響くたびに、肌が粟立ち、瞳が潤む。氷河は、ミロに身体を預けるようにしてどうにか姿勢を保つ。
ミロの指が鎖骨をなぞりながら肩へと移動していく。その動きで、するりとワンピースの袖が肩から落ちた。背中のジッパーはいつ下げられたのは氷河にはわからなかった。
ゆっくりとミロの指が氷河の輪郭を撫でていき、次第に露わになる肌の面積が増えていく。
ぷる、と揺れて曝された乳房に、氷河はそっと目を逸らした。
自分のものとは思えないから曝されること自体に羞恥はあまり感じない。だが、自分のものと思えぬゆえに、凝視するのもはばかられる。
すかさずミロの声が耳元で響く。
「ちゃんと見ろ、氷河。君は綺麗だ」
「……ミロ……窓、が」
カーテンがまだ開いている、と視線で示したのだが、何階だと思ってる、見てる者などいやしない、と答えた声にもいつもの余裕はもうない。
ダウンライトの柔らかな光と、窓から差し込む月の光が照らす白い躰が男の腕に支えられているのは、氷河の目から見てもずいぶんと淫靡な光景だった。
最後はすとんと、重力で足元に落ちたワンピースの赤が余計に淫靡さに拍車をかける。
男物のボクサーパンツはウエストは余っているのだが、柔らかな双丘をぴったりと包み込んでどうにか腰骨のところでひっかかっている。ミロが色気がない、と笑ったのを思い出して、氷河は自分の身体を腕で隠すようにした。
だが、すぐにミロがそれを咎めて腕を掴む。
「何も隠すな」
「だって……変だ」
「前言撤回する。これはこれでそそられる。倒錯的でいい」
「へ、変態」
つい癖で憎まれ口を叩くのを、ミロは笑っていなし、ほら、ともう一度鏡の方向を指差した。
「見ろって言ったのはそれじゃない。もっとよく目を開いて見るんだ。何が見える」
「何って……」
やはり見知らぬ少女の裸体をじろじろと観察するのは、いけないことをしているようで氷河には自分自身を見つめることはできない。
目のやり場に困って、結局、ミロに助けを求めて振り仰ぐ氷河に、ミロは仕方ないな、と、「そこ」をするりと撫でた。
「これは何だ、氷河」
これ?と氷河はミロが撫でたあたりを鏡の中の自分で確かめた。
形の良い臍から柔らかなくびれへと続く脇腹。ミロが愛おしげに撫でている、白い陶磁の肌を彩るために贈られた宝石のような真紅───
「アンタレス……」
正解を言い当てた腕の中の身体をミロがひときわ強く掻き抱く。
「俺の星だ」
嬉しそうにミロが囁く。
どういう原理であるのか、聖闘士として受けた細かな傷はこの変化の際にはすべて消え、滑らかな白い肌が出現するのが常だ。
今回も他の部分には染みひとつ、傷痕ひとつ見つからない。
なのに、白いキャンバスに赤々と存在感を主張するその星はまさに彼の守護星たる赤色巨星。ほかの十四の星が失われてもなお輝く一等星が肌を彩るように燃えていた。
最高位の黄金の戦士が撃った渾身の一撃というものは肉体を越えて魂にまで刻まれるほどの猛々しいものであったのか、それともその星と自分との間に何か特別な絆でもあったのか。
答えはない。
だが、それは確かにそこに存在した。
「俺の徴は、世界中でたった一人、君にしか与えてない。だからどんな姿をしていても見失うことはない」
世界中でたった一人。
後にも先にも、彼にそれを撃たせ、生き延びたのは自分だけ。
戦いの場において命を奪う目的で撃った蠍の毒針をまるで所有印か何かのように言ってのけるミロに、氷河の心の奥が甘く疼く。
まるで、最初からそれが至高の愛の証だったかのような、そんな錯覚さえ抱くほどに。
息苦しいほどの疼きから逃れるように、氷河は生意気に言葉を飾る。
「それは、ずるい。結局、徴がなきゃわからなかったってことだろ。反則もいいとこだ、ミロ……」
氷河のうなじへ唇を押し当てていたミロが、ちゅ、と濡れた音を響かせて強く吸い上げた。前へまわした手は乳房を包んでゆっくりと撫でる。
「反則じゃない。自分のものには名前を書く、基本だろ?」
呆れるほどに勝手な理屈だが、今は反発する余裕もない。肌の上を蠢くミロの手によって、心だけでなく体までもが暴かれて行く。
ミロの手が氷河の顎を捉え、上を向かせて唇を塞ぐ。
強引に挿し入れられた舌の上と呼気に混じるアルコールの香りが、口づけからもたらされる痺れに拍車をかけ、氷河は目眩を覚える。
今日何度目かの口づけは次第に愛撫のように深くなり、膝が震えて頽れるのを男の腕だけが支えていた。
ミロは支えていた腰を抱き上げて氷河の体をベッドの上へと横たえた。
柔らかなスプリングがギシリと弾む。
ミロはそこここにキスを施しながら、手のひらでゆっくりと乳房を包んで撫でる。赤く熟れた頂を親指の腹で嬲る動きに、氷河の唇から堪えきれず声が漏れる。漏れた声のあまりに欲に濡れた響きに、あっと思わず氷河は手の甲で自分の口を押さえた。
ミロは、日頃の彼の氷河への扱い方を思えば、ずいぶんと繊細なやり方で氷河に触れた。
優しく触れた手のひらはやわやわと乳房を揉みしだき、同時に指の間で胸の大きさのわりに小さな果実を挟んで弄ぶ。ミロの指が動くたびに、身体の中心がどうしようもなく甘く痺れて声が漏れる。
ミロの唇がすっかりと赤く熟れた果実に触れた時にはもう喘ぎはほとんど悲鳴のようだった。固く尖った頂を甘噛みされて、氷河は懇願するようにミロの名を呼んだ。
その懇願が何を意味するか知らぬはずはないのに、焦らすようにゆっくりとミロは舌と唇で氷河を追い詰めてゆく。
ミロの髪に氷河は指を挿し入れて、時折それをぎゅっと掴む。
もっと、と強請っているようにも、もうだめだ、と助けを求めているようにもそれは見えた。
ミロの舌はさらに氷河の肌の上を辿って下り、己の与えた真紅の星をぐるりとなぞった。
ああ、と氷河の体が震える。
ミロの指は唾液で濡れた氷河の胸の飾りを嬲りながらも、舌は執拗にそこを舐める。
その傷を与えられた時に氷河の五感は既になかった。だから、ほかの十四の星ほどの痛みの記憶はない。あるのは、ただ、激烈な赤い閃光に包まれて意識が遠くなっていく感覚、それだけだ。
灼熱のアンタレスは、目の眩むような閃光と共に氷河の肌の上に蠍の心臓を刻んでいった。
「ミロ……」
早く。
早く、ひとつに。
発熱する蠍の心臓が狂おしいほどに主を待って赤く燃えている。
もう一度、氷河はミロを呼んだ。
「ミロ……!」
今度ははっきりと懇願の色が混ざる。
ミロはふ、と笑って身体を起こし、ゆっくりと最後の一枚を氷河の足から引き抜く。
自分で懇願した癖に、身を守るものが何もなくなってしまうと、途端に心細くなり、氷河の躰は震えた。やっぱりだめだ、と膝を閉じかけるのをミロが己の体躯を挿し入れて阻む。
「ミロ、俺……」
消え入りそうな声を震わせるのを宥めるようにミロが口づけを落とす。
「怖いか?」
がくがくと頷きを返す氷河の耳をミロはかぷりと甘噛みをして囁く。
「知ってるか?氷河。」
「……な、なにを?」
「男は単純だから物理的な刺激でいくらでも身体が反応するが、女の体はそうじゃない」
ミロの指がそっと氷河の秘所へと這わされる。あるかなきかのごとき薄い叢をかき分けて、氷河自身も知らぬ処女地へとゆっくりとそれは侵入していく。
「やぁ……っ……ミロ……っ」
初めて感じる感覚に、氷河は全身を戦慄かせる。
ミロが氷河の耳朶を口に含んだまま低く囁く。
「女の体は……好きな男の手でないと濡れない」
言葉の意味が脳髄に達するよりも早く、くちゅ、という水音が耳に届いて、氷河は小さく息をのんだ。跳ねる躰を体躯で押さえつけて、胎内に埋めた指を掻き回す動きに、くちゅくちゅと激しい水音が響く。
「これが君の気持ちだ」
「……っ……あ、や、や……っミロっ……!」
指摘されずとも、自分がどれだけミロのことを好きなのか、今日一日でしっかり自覚させられたというのに、この上さらに追い打ちで。もういやだ、と抗議したいのに、唇から洩れるのは甘く乱れる喘ぎばかり。
受け入れるために作られた器官は、氷河の羞恥などお構いなしに勝手にミロの指を飲み込み、ぬるつく熱い甘露を滴らせて、痺れるような疼きを次々に生んで氷河を翻弄する。
未知の感覚に、氷河は震え、必死にミロに縋りつく。
「ミロ……いやだ……怖い…」
宥めるようにミロの唇が触れるところからすら、快楽の波が押し寄せて、身体が熱く発熱する。
ぬち、とまた湿った響きを伴って、不意に圧迫感が強く押し寄せる。指を増やされたのだと気づいた時にはもうきつく飲み込んだ後だった。
痛みすら感じるほどの強い異物感に白い喉を晒して、氷河は甘い責め苦から逃れるように足をシーツの海へ突っ張る。だが、巧みに蠢くミロの愛技に苦しさはすぐに切ないほどの狂おしさに変わる。
「ミ……ロ……」
切羽詰まった指先が必死に縋り、気が狂いそうなほどの切望感に瞳が潤む。
与えられる愛撫は何もかもまるで初めての感覚を氷河にもたらし、なのに、ひとつになることの心地よさを確かに知っている躰は馴染んだ男の肌を求めて戸惑う氷河を置いて勝手に高まってゆく。
いつもなら、もうとっくに彼自身を与えられているに違いないのに。
長い指は濡れた蜜壷を掻き回し、氷河の息をあげるだけあげては去ってゆく。
きっと、これは彼特有の遊びなのだ。
氷河に淫らな言葉を言わせたがって、わざと的外れな動きで焦らして、乱れ狂う姿に加虐的に瞳を輝かせる、彼の。
泣いて、あなたが欲しい、と頼むまで許してはくれないのに違いない。
押し寄せる官能の波と、理性が感じる羞恥との駆け引きに氷河の眦から涙が零れる。だが、その駆け引きは意外な形で断たれた。どうしようもなく疼く熱に耐え兼ねて、もう降伏だとばかりに淫らな求めの形に動きかけた氷河の唇をミロの唇が柔らかく塞ぐ。
同時に指の抜き挿しが早められるのに、ミロの意図を悟って、氷河は激しく頭を振った。
白旗を上げることも許されずに、一人だけ、なんて。
意味をなさない、悲鳴のような喘ぎだけが唇の間からひっきりなしに漏れる。
抜き挿しを繰り返していたミロが同時に親指の腹で、薄い叢をかき分け、赤くぷくりと膨れた突起を撫でた。
「ああっ……!」
氷河の背を電流が駆け抜けたかのような強烈な痺れが走る。
「やあっ……ミロ……ミ、ロ…っ!」
ほとんど非難するような声で氷河は身体を震わせた。過敏とも言える強い反応にミロの指は容赦なくそこを攻め立てる。
「やっ、ミロっ……それ、いやだ、おかしくなる……!」
四肢がひくひくと痙攣しはじめ、強すぎる極みの感覚に意識はもはや身体に留まることができない。
瞼の裏にちかちかと瞬く閃光はまるでアンタレスだ、と場違いなことを感じたのを最後に、ああ、と長く深い吐息と共に氷河の意識は途切れた。
**
ゆっくりと髪を梳く指の動きで氷河は目を開いた。肘をついた腕に自分の頭を支えたミロがこちらを見返している。
「『氷河』が戻ってきたな」
ミロの言葉で、日付が変わったことを知る。まだ火照りの残る汗ばんだ自分の肌からすると、気を失っていた時間はそう長くなさそうだった。
氷河はゆっくりと身体を起こした。
ミロの乱れ一つないシャツに比して、自分は一糸まとわぬあられもない姿だ。
急に激しい羞恥がこみ上げてきて、足元にあったシーツをひっぱりあげた。太腿の辺りがまだ今となってはありえない愛液に濡れていて、思わず、小さく息をのむ。
氷河が真っ赤になった理由に気づいたのか、ミロは自分の手のひらを氷河へほら、と掲げて見せた。
ほの暗い明かりにぬらりと光る指先を、ねっとりと舐め上げて、甘いな、と囁かれるに至って、氷河は耐えきれずにシーツを頭からかぶってその光景から逃げた。
逃げるな、と笑ってシーツを引っ張るミロに抵抗して背を向けながら、氷河はおそるおそる問う。
「……な、なぜ?なぜ、あなたは俺を……」
その先はあまりに恥ずかしくて言葉にできなかった。
なぜ、抱かなかったのか。
最後までしなかったのはどうしてなんだ。
ミロはいいのか。
どんな言葉で問うても、自分がそれほど浅ましくミロを求めていたことの裏返しのようで、とても口に乗せられるようなものではなかった。
ミロはずいぶん時間をかけて氷河を追い詰めていた。
意図的に日が変わるのを待っていたように。
氷河の何かが、彼のその気を削いだのだと思うと、やっぱり自分がおかしいせいだろうか、彼にとってはその価値もなかったのだろうかと気分が落ち込む。
膝を抱えて白いシーツの中に隠れてしまった氷河をミロはシーツごと抱きしめた。
氷河が全てを言葉にせずとも、言いたいことなど先刻承知だ。
ミロはシーツの上から氷河の身体をまさぐった。そして、シーツの端っこを固く握りしめていた手を探し当てると、それをゆっくり引いて指先を絡める。
「俺にとってはどっちも同じ『氷河』なんだがな。あんまり君が妬くものだから、俺も困った」
「や、妬いてなど……」
「そうか?ずっと顔に書いてたけどな。『どうせ女の方がいいんだろ』ってな」
「そんなことは……」
ない、と言う語尾は氷河の口の中で力なく消える。
まるきり図星だ。
今日、何度、胸の中でみっともなく揺れ動く感情と戦っただろう。自分の中にそれほどの強い悋気が存在していたとは想像もしなかった。
「自分自身に妬く奴なんてのを俺は初めて見た」
笑いを含んだ声がシーツ越しに届くのに、氷河の頬が赤くなる。
「君の気持ちは今日十分に聞かせてもらったわけだが、」
言葉を切ったミロはまたくつくつと笑う。
一度だって『好き』だなどと言っていないのに、十分聞かせてもらったなどと言うミロが憎らしく、同時に濡れた長い指を思い出して氷河の頬はこれ以上ないほど赤くなった。
シーツに隠れていなければきっとミロはゆでだこだなと言ってからかったことだろう。
だが、ミロは強引にシーツをめくって氷河の顏を覗き込んだりはしなかった。代わりに、笑いを引っ込めて声に真摯な色を含ませる。
「あまりに信用ない俺は、どうやって君を安心させてやったらいいのか考えていた。信用ないうちはあの姿の君を抱いてはならないと自制をしたわけだが……」
ミロは愛おしげに氷河の躰を抱く腕に力を込めて、声を低く落とした。
「君があんまりかわいく強請るものだから、俺は堪えるのに相当な苦労をした」
「……っ。そ、れは、それは、だって……」
後はもう言葉が続かない。
ミロの方は再び、笑いを含んだ声に戻る。
「君ときたら女の形をした自分自身に妬いておきながら、同時にその女の形で俺を誘うんだから……まったく、何の拷問かと思ったぞ、俺は。おかげで触れないつもりがずいぶん逸脱した」
「別に俺は、さ、誘ったわけじゃ……っ」
「でも、俺が欲しかっただろう?」
「……っ!」
そうやって、わかっているくせに答えられないことをあなたがわざと訊くから。だから、俺はいつまでたっても素直になれないんじゃないか、と氷河の唇が尖る。
男の体に戻った途端に、何故かやっぱりどうしてもミロの言うことには素直に頷けなくなってしまう。
ミロの方も、心なしか幾分意地悪だ。
ミロがからかうから氷河が意地を張るのか、氷河が意地を張るからミロがからかうのか。
もしも、と氷河は考える。
もしも、俺がつい今しがたまでそうであったように、意地もプライドも全部忘れて心のままに行動したら。
ミロはどんな反応を見せるだろう。
その思いつきは、氷河の中に生まれた途端、あっという間に大きく膨れ上がる。
いつもいつも翻弄されるばかりで、あんな状況でも、坊やが妬くから、などと冷静に踏みとどまったミロの余裕がなんだか悔しい。
俺だって、と『女』の自分に対する対抗心も捨てきれない。(自分相手に、とまたミロに笑われそうだ)
何より、今日一日、騙されていた(騙そうとしたのは自分だけど、結局騙されたのは氷河だ)仕返しをしてやらなくては気が済まない。
シーツの向こうのミロはきっと、赤くなって俯いているはずの氷河へ向かってニヤニヤといつもの笑いを浮かべているはずだ。
……少しくらいびっくりするといい。もう俺のことをからかえなくなるくらいに。
氷河はゆっくりとシーツを引っ張り下ろした。肩の稜線に従ってはらりとそれはベッドの上へと落ちる。案の定、ミロは口角を上げて笑っていた。全然『堪えるのに苦労』なんかしていなさそうな余裕の笑みだ。
自分の頬はきっとまだ赤い。
でもそんなこと構うものか。
氷河は、ミロの首に片腕を回してそれを引き寄せた。同時に空いた手を彼の下肢へと伸ばして触れる。
「欲しかった。あなたが欲しくて欲しくて気が変になりそうだった」
羞恥のあまり声は掠れて手は震えていた。
もっと媚を売って、ミロを絶句させてやろうとしたのに、こんなに手が震えていてはやっぱり笑われて終わりだ、と氷河は早くも自分の行動を後悔しはじめていた。
だが、ミロは笑わなかった。
頬に張り付いていたニヤニヤ笑いが消え、今日初めて、深い蒼の瞳から余裕が完全に消えていく。
ミロの喉が言葉なく上下に動いたのを見て取り、少しだけ、氷河の胸がすいた気がした。だが、それも一瞬だった。
次の瞬間にはぐるりと視界が回って、氷河の躰はシーツの海へと投げ出されていた。
覆いかぶさったミロが落とす嵐のような濃厚な口づけにあっという間に主導権は奪われる。
ち、違う、ほんとにそういうつもりではなくて、という言葉ごと貪るような口づけに、ミロを驚かせるつもりで言った言葉は、次第に氷河の中で真実へと変わり、また息苦しいほどの切望感が戻ってくる。
肌の上を辿っていたミロの舌が蠍の爪痕をぐるりとなぞる。残りの星も今や戻り、白い肌には完璧な彼の守護星座が出現していた。
十五の星の中心で輝く蠍の心臓は赤々と発熱して狂おしく主を呼ぶ。
「待……て、ミロ……」
甘さを隠せない吐息の合間に、金の巻毛を緩く掴んで氷河は必死にミロを止める。
「どれだけ待たす気だ。泣いて許しを乞うたとてもうこれ以上待てるものか」
激しく求められること、そのこと自体が氷河の熱を上げる。
だから制止は行為を止めるためではない。
「違う……そうじゃない……」
わからなくなる前にどうしても言っておきたかった。
本当に言いたかったのはこっちの方だ。
「ミロ、今日、俺、楽しかった……」
ミロは先ほどよりよほど驚いた顔をして少し身を起こした。だが、すぐに甘く柔らかな笑みを見せる。
「俺もだ。またデートしよう、氷河」
うん、と氷河は頷く。頷いた後にちょっと不安になって訊き返す。
「……ヒールはなしで?」
ぷっとミロが吹き出す。
「ヒールはなしで」
素の君とだ、と耳元で囁くミロに、氷河はうん、と再び頷いた。
甘いばかりの魔法はもう解けた。
だが、まるきり元の二人に戻ったわけではない。
一度素直に心を曝け出した今、どことなくまだ甘い余韻を二人の間に残している。
(fin)
(2013ミロの日 2013.2.7~2013.3.6UP)