派生アニメΩ(2012.4~2014.3放映)の世界における貴鬼×氷河
氷河がマルスの魔傷を負った直後のころのお話。(Ω時間から遡ること13年)
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。
◆光さす、新しい朝に ⑧◆
貴鬼は初めての感覚を、持ち前の好奇心でもって探究するように、ゆっくりと確かめてゆく。氷河の返すどんな小さな反応ひとつ逃さぬように。
若き探究者の前に、長らく秘していた氷河の官能はすっかりと曝け出され、乱れた金の髪には汗の雫が光り、美しく全てを映す青い瞳は次第にどんよりと焦点を失う。
「ここ、気持ちいい?」
締め付けがひときわ増す最奥の窪みを突きながら問う貴鬼の声は余裕なく掠れ、彼の栗色の髪もしっとりと汗で濡れていた。
のろのろと貴鬼の方へ向けられる青い瞳は透明な水を湛え、揺らめく水の向こうで、瞳の色がまたとろりと蕩けた。
「氷河、あんまり締めないで……俺、」
また、と顔を顰めて息を吐けば、氷河の唇が激しく戦慄いて、開いたり閉じたりが繰り返された。
激しく上下する胸と同じリズムで荒い吐息が限界を伝えている。
「貴、鬼……もう……」
「あ、もしかして、つらい?」
先ほどの苦痛に歪む表情が瞬時に脳裏をよぎり、貴鬼は慌てて自身を抜きかける。んん、と切なげに濡れる声を隠すでもなく、
氷河の首が、それとわからぬほど否定の動きに振られた。が、その直後にすぐに今度は肯定の動きにも振られ、貴鬼は眉を下げて見下ろす。
「どっち?ごめん……無理させてる?」
また金糸が微かに否定の動きに振られる。動いた拍子に淡い色の睫毛に縁取られた眦から一筋雫が零れた。
泣かせてしまった、ことに驚いて、貴鬼は動きを止めた。
だが、完全に止まった抽送に、氷河の唇からアアという普段の彼からすれば考えられないほどしまりのない嬌声が漏れ、
貴鬼の肩へかけられた指先が薄く皮膚を引っ掻いた。
初めて見せるしどけないその姿ときたら、簡単に貴鬼の中心を灼いて、燃え盛る熱のままに前後不覚になるほど彼を揺さぶりたくなってしまうほどだ。
肩口に感じたピリリとした痛みは、痛みと言うより甘い愛撫のようで、同じ轍は踏むまいとかろうじて保っているにすぎない最後の理性の糸すら切れてしまいそうだ。
「……貴……鬼……」
何かを訴える瞳に、うん、と少し意地悪な笑みで返す。
形だけでも余裕ぶって見せなければ逸脱しそうなほど脆い理性に鞭打つため。そして、少年らしい自信のなさを隠す虚栄のため。
だが、幸いなことに氷河は貴鬼の笑みの向こう側にあるものには気づかなかったらしい。
余裕を取り繕って見下ろしている菫色の瞳に向かって、一瞬だけ恨めしそうに視線をやったかと思うと、すぐに顔を右手で覆って、乱れた息に震えっぱなしの唇でついに白旗を上げた。
「…………貴鬼、たのむ……も……いかせてくれ……」
ドク、と貴鬼の熱が跳ね上がる。初めての氷河の方からの求めらしい求めの言葉に、応えてやるどころか自分がまた達してしまいそうだ。
もっと泣かせてみたい、という思いはチラとかすめたが、それが行為として発露するだけの余裕はとてもなかった。
「うん。じゃあどうしたらいいか教えて……?」
貴鬼の言葉に潤んだ薄青の瞳が抗議する。貴鬼は抗議を封じるように細い身体を緩く揺さぶった。
「……っ!」
意地悪をしたわけでも焦らしたわけでもない。そもそもそんな余裕は貴鬼にはないのだから。
下手に背伸びしてまた失敗するのが、ただ怖いだけだった。余裕ぶってカッコ悪いことになるよりは、正直に教えを請うた方がずっとマシだという、強かな計算が込められていたと言ってもいい。
だが、ゆるゆると揺さぶられ続けて、貴鬼よりよほど限界だったのか、氷河の腕が貴鬼の首を引き寄せるように回された。
「……も……っと……っ」
「うん」
「……そ、こ……そこを……んんっ……もっと……あっ……」
「ここ?もっとどうしたらいいの?強く?早く?」
「あっ……ふ………りょ……りょうほう………んあっ……あああっ……」
貴鬼の髪を縋るように掴む指が加減を失って、強く引かれる。プツ、と何本か切れた髪が白い指に絡む。
だが、質量を増した男の楔を悦ぶように食いつく肉に、痛みを感じることすら忘れて貴鬼もひどく興奮した。
貴鬼は氷河の膝を抱えなおし、極む動きへと律動を変える。氷河の手が貴鬼の首へ巻きついてきた。
長い焦らしの末に(意図したわけではなく、どちらかというと勝手に氷河が焦らされてしまっただけなのだが)我を失ってあられもない嬌声を上げる氷河に四肢を絡められて、
ともすれば、あっという間にまた放出の欲に負けそうになるのをできる限りのポーカーフェイスで堪えながら、貴鬼は氷河を強く何度も揺さぶった。
貴鬼の腰に絡みついた氷河の内腿が激しく痙攣して、あーっと高い声を残して氷河が大きくのけ反って白濁を散らしたのにいくらか遅れて、貴鬼もまた二度目の精を熱く収縮する氷河の中へと放つ。
獣のような荒い息づかいだけが二人を包む。
氷河の腕は汗で濡れた貴鬼の背を抱いたままだ。
二度目も結局氷河に助けてもらったようなものだ。それでも、確かな「快楽の証」に貴鬼は氷河の上に気怠く弛緩させた身体で小さく安堵の息を吐いた。
伏せた身体を少し持ち上げれば、汗でしっとりと密着していた互いの肌に直接空気が触れる。氷河はまだ目を閉じて荒い息を吐いている。
長い睫毛が濡れて光っている。
きれいだ、と思った。
いつまでも少年のような透明感を失わない、不思議なひとだ。
「少年」と呼ばれる領域を脱して長いというのに、いや、だからこそ、堪らなくきれいだ、と思った。
彼の上を流れた時間の長さが彼を美しく彩っているのだと貴鬼には思えた。例えこの先、姿かたちが変わってゆくとしても、
一日、一日、極限を生き延びる命は、ただそれだけで何ものにも代えがたく、この上なく美しい。
触れ合わせた肌の間で昏く蠢く魔傷すら、氷河の内面から発露する美しさを損なうことはできない。
乱れていた氷河の息は、最後にひとつ深く長い息で穏やかに整えられた。汗で濡れた金糸を貴鬼は人差し指の先で軽く梳く。その動きに氷河がゆっくりと目を開いた。
「いっぱい出たね、氷河」
照れを隠すように、にっといたずらっぽく笑った貴鬼に氷河は少し膨れっ面で応える。こちらも照れ隠しだ。
「お、前なあ……!」
「へへ、氷河が感じてくれて嬉しい」
「……」
氷河は気怠げに腕を持ち上げ、貴鬼の頭を撫でるのをその答えとした。
「唇、血が出てる、氷河」
そんなになるまでに喘ぎを漏らすのを堪えてたのか、とやや呆れながら貴鬼が言うと、さらに呆れることに舐めときゃなおる、と慣れたことのように氷河は答えた。
「あなたってホントに自分の痛みに無頓着と言うか」
苦笑して、貴鬼は氷河の唇に滲む血にペロリと舌を這わせる。
「俺が舐めておいてあげる」
まだ甘い余韻の残す、その遊戯は、どちらからともなく、口づけへと変わった。
「………………おい、貴鬼、」
「えへ、気づいた?……もう一回してもいい?」
「!む、りだからな!か、可愛く言ったって駄目だ!」
「えー……だって氷河の中気持ちよすぎるんだもん」
軽いノリに変えてしまわねばならぬほど、二人の付き合いは長すぎた。
子どもの頃を知っている相手と、というのは面映ゆさのような、後ろめたさのような、何とも言えぬ微妙な空気を作り出していた。
「今度はこっちも気持ちよくさせてあげたいな」
まだ白濁で濡れた氷河の雄芯へと貴鬼は手のひらを添わせる。
「やっ、まだ、触るなっ……動かすな……ふぁっ」
「あ、氷河もまだできそうだね。俺、まだ教えて欲しいことあるんだ。いい?」
「や、ちょ、ちょっと……んんっ……ア……」
一度陥落した身体は、火照りの冷めないうちに新たな火種を与えられて、あっという間に翻弄の渦へと飲み込まれていった。
**
窓の外に白い光が生まれ始めた。いつの間にか夜が明けたのだ。
窓辺へこんもりと山になったシーツの上へ、柔らかな光が差しこんでくる。
白いシーツに反射した光がまぶしい。その下に閉じこもった人物にもその光の温かさだけは届いていることだろう。
起きているに違いないのに、まるまった体はぴくりとも動かない。頭の上までぴったりとシーツを引き上げたまま───多分、不貞腐れている。
それとも照れているのか。怒っているわけではなさそうなのだが。
「貴鬼」
キシリ、とスプリングを弾ませて傍へ氷河が腰かければ、多分肩だろうと思われるあたりがもそもそと動いて、シーツの端からチラリと栗色の毛がのぞいた。
「ほら、コーヒー、淹れてやったぞ」
片手に持っていたカップをベッドサイドへカタリと置けば、しゅるりとシーツが下がって菫色の瞳がのぞいた。
「……腰が怠い」
「自業自得だ」
「氷河は動けるんだね……」
なるほど、正解は拗ねている、か。ほとんど一晩中相手にしていたのだ。
無論、氷河だって指一本動かしたくないほど倦怠感に包まれているが、年下の少年相手にどうしてそんなところが見せられよう。
やや赤くなった頬を隠すように、ほら、と氷河は湯気の立つカップを指さした。
ん、と素直に起き上がって、貴鬼はカップを手に取る。するりと逞しい肩の稜線をシーツが滑って落ちれば、まだ何も纏っていない裸の胸が目に入り、気まずくなって氷河はさらに俯いた。
「氷河」
「うん」
「……氷河、」
「うん」
「……氷河……」
「……うん」
意味のないやりとりで沈黙が降りるのを封じようとするのは、互いに言わねばならぬ言葉を既に知っているからだ。
しばらくはそれでもったが、手にしていたカップの中身が空になってしまうと、やはりどうしようもない沈黙が落ちた。
貴鬼はサイドテーブルにカップを置くと息をひとつついた。
言いたくない。だが言わなければならない、と自分の拳をじっと見つめる。
「氷河……俺、帰らなきゃ」
「……ああ、そうだな」
答えた氷河の声には、安堵の色が隠しようもなく滲んでいた。貴鬼がそうせねばならないことはわかっていた。
だが、氷河の方から帰れ、とは言いにくかった。情を交わした今となってはなおさら。だから、貴鬼が自ら言ってくれたことを安堵したのだ。
貴鬼はあまりにも正直な氷河の声に、眉を下げて力なく笑った。
「俺、やらなきゃいけない……よね?何日もジャミールを離れてるから色々気になってきちゃった……」
「俺が足止めしてたせいだな。悪かった」
貴鬼が慌てて首を振る。
「違う、ここへ来たのは俺が勝手にしたことだし、あなたのせいじゃない。……あの……でも、来てよかった。あなたの怪我のこともだけど、俺の目を覚まさせてくれて、ありがとう、氷河」
ベッドの上へ正座して神妙にそう告げる年下の少年を目を細めて見て、氷河は、来い、と仕草で呼んだ。
貴鬼は、おずおずと膝で氷河の傍へとにじり寄る。
氷河が広げた手の中へ、甘えたように素直に身体を預ければ、氷河の手がよしよし、とその背へ回った。
「あんまり近寄ったらまた抱きたくなるよ」
「……そこは何とか堪えろ」
「難しいこと言う……」
自分を翻弄してみせたかと思えば、あどけなさの抜けきらない表情でしょんぼりと俯き、道に迷っていたかと思えば、不意に飛躍的に成長してみせる。
くるくると変わる貴鬼の表情は、まだ、発展途上である証。
氷河はフッと笑うと、いいこだ、と貴鬼の頭を撫でた。
もう癖だ。どれだけ嫌がられたって、それが愛情表現のひとつなんだと理解してもらうしかない。
「そんなにがっつくな」
「だって無理だよ……ねえ、またしてもいい?」
「…………………………………最中に口を閉じていられるならな」
「でも氷河だって俺の言葉だけでいっちゃったじゃん。気持ちよくないといかないよね?ああいうこと、言われると感じちゃうんだ?」
「!!!事前も事後も最中もとにかくお前は何も言うなっ!!」
禁止されたのは言葉だけで、行為ではないんだな、と貴鬼はふふ、と嬉しそうに氷河の肩へ顔を埋めた。
「氷河、いつ発つの?」
女神に結界の見守りを約束してみせていた。シベリアへは常駐はしていまい。
「明日だな。今日はもう───発ちたくてもさすがに体が怠い」
「……ごめん」
「いい。どうせ、長く小屋を空ける時は色々やっておかなきゃいけないこともあるんだ」
「責任とって手伝おうか?」
「いや、お前は自分の道があるんだろう?」
貴鬼は、うん、そうなんだ、と泣き笑いの顏をした。自分の感情に任せてこの人とずっと一緒にいられたらどんなに幸せだろう。でも、それはできないことは二人とも知っている。
「氷河……だいすき」
氷河の額に貴鬼は唇を押し当てる。
「うん、俺もだ」
氷河の返事から、初めて自分の「好き」と同じニュアンスを感じて貴鬼は、ああ、と目を閉じた。
たくさんの者を喪って後は、二度と感じることがないと思っていた、温かな気持ちが今、訪れる。
喪ったものは多いけれど、巡る時を生きる限り、こうして、新しいものも手に入れることができる。
「次に会えるの、いつかなあ」
「変な奴だな。お前はいつだって一瞬で俺に会いに来られるだろう?」
切なげにため息を漏らす貴鬼を、怪訝な顔をして見返した氷河はきっと知らない。移動して歩く人間を目標に跳ぶのはとても困難なことなのだ。
貴鬼が難なくやってのけていたのは───目標となる人物の小宇宙という目印があったからだ。
目印のない今は、氷河がここを離れてしまえば、探したくても探せない、のだ。
ほんの少し、気持ちに手が届きかけたかと思えばまたすぐ、ずっと会えない状況に置かれるとわかっていたからこそ、何度も何度も氷河を求めてしまったわけなのだが───肌を触れ合わせている最中にも、
すぐに訪れる別離を意識していないといけない関係とはなんと切ないものだろう。
ん?と小首をかしげている氷河に向かって、貴鬼は笑みを浮かべてみせた。
「あのさ、俺からは会いに来ないようにする」
「?なぜだ?」
「俺はさ、365日、24時間、あなたを抱いていたいわけ。俺から会いに来てもいいってことになったら、俺はきっとすぐに甘えて堕落しちゃうよ。
ちゃんと一人前になったって胸を張れるようになるまで、俺は、自分からあなたに会いに来るのは我慢する」
少し下手な言い訳だっただろうか。本当の理由を氷河が気づかなければいいが、とドキドキしながら貴鬼は氷河を見た。
氷河は、ただ、そうか、と優しげに微笑んでいた。気づいたかどうかはわからない。
「だからさ、お願い、氷河の方が俺に会いに来て。氷河が、俺に会いたいって思ったら」
会いたいって思ってくれなかったらどうしよう、と一抹の不安を感じながら言えば、氷河は、そうだな、必ず行くよ、と頷いた。
まだお前は少し危なっかしいし、と続けられたのが業腹だが、それでも「次」の約束ができたことが嬉しかった。
約束などなくとも心はひとつ、と言えるほどの関係ではまだない。こうしてひとつひとつ、積み重ねたその先に温かな関係が待っていればいい、そう願って、うん、と貴鬼は照れたように鼻の頭を擦った。
氷河は戸口まで貴鬼を見送りに出る。冬に向かうこの季節には珍しく、シベリアの白銀の大地に太陽が顔をのぞかせていて、きらきらと雪面に反射している。
「元気でね、氷河。あの、あの、無理は、」
「しないさ。わかってる」
名残惜しそうに貴鬼の唇が氷河の唇に触れる。
別れ際にかわした口づけが一番長く深かった。
高まる熱を吐息で逃がしながら、振り切るように貴鬼は氷河から一歩離れた。
「……続きは今度会った時だね」
氷河、と名を呼びながら、少年の姿は雪景色の空間で、生まれ始めた白い光に飲み込まれるように、ふっと途切れるように消えた。
氷河はぼんやりと何もない空間へ向かって手を振る。
いつものことだが、唐突に消える、ずいぶん余韻のない別れ方だ。去った方はどうだかしらないが、去られた方は幾ばくかの寂しさが付きまとう。
気づいてるか?お前だって「置いていく」方なんだ。だから、ここへはあまり来させたくない。
ここに、一人「置いて行かれる」のはあんまり好きじゃないから。
氷河はまだ熱の残る唇へ手をやった。
続きは今度……?
ハッと氷河は目を見開く。
俺からしか会いに行かないってことは。
それはつまり自分から「続きをしてくれ」と言いに行くようなものじゃないか……!
これは今すぐ撤回せねば、と思うものの、既に彼は暖かな高地に足をつけた頃だ。
だったら会いに行って直接、と思う端から、そんなことをしたら「もう我慢できなくて来ちゃったの?」などと喜ばせることも目に見えていて、それもだめだ、と唸る。
いっそ二度と会いに行くものか、と思ってみたり、いや、あいつ、あんなところでただ聖衣だけを相手に一人きりで、と思えばそうすることも躊躇われ。
一体、俺は、どのタイミングでどんな顔して会いに行けばいいんだよ、貴鬼……。
なんとなく、流されて、絆されて。
だが、二度目はそうはいかない。
自らの意志で、貴鬼、お前に会いたかった、と、そういう意図でジャミールへと足を向けなければならない状況に追い込まれて、誰も見ていないというのに頬が赤らみ、
氷河は一人、雪の中へ脱力して座り込む。気が抜けた今頃になって腰に疼きまで戻ってきて立ち上がれそうにない。
だが、そんな風に、人との係わりに頭を悩ませるのも氷河にとってはずいぶん久しぶりのこと。
長らく一人きりの時を過ごした小屋が、動き出した時間を祝福するかのように、ミシリ、と小さな音を立てて屋根の根雪を地面へと落とした。白い結晶に、キラキラと太陽が反射して氷河を包む。
温かく、優しい、命を育む黄金の光だ。
(fin)