寒いところで待ちぼうけ

Ω:氷シリーズ

派生アニメΩ(2012.4~2014.3放映)の世界における貴鬼×氷河
氷河がマルスの魔傷を負った直後のころのお話。(Ω時間から遡ること13年)

性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。

◆光さす、新しいあしたに ⑦◆

 長年の思いがようやく通じて───というには少々強引だった自覚はあった。 待ってくれ、と懇願しつつ、自分を押しとどめるために伸ばされた腕に、今少し、本気の抵抗が感じられないのは、単に、自分を傷つけまいとする氷河の優しさでしかないことも。
 だが、これ以上、氷河の気持ちに整理がつくのを待てるほど、戦士達の命の礎が確固たるものではないことは嫌というほど知っている。 どこか遠いところに心を置いたまま、もうお前に俺は必要ないな、と去りかける風情を見せたこのひとの手を今離すわけにはいかなかった。
 俺がどれほどあなたを必要としているか、ほんの少しでいい、あなたの心に伝わりますように。
 祈るような気持ちで貴鬼は氷河に触れる。

 元々感じやすい性質なのか。それとも、久しぶりに触れ合わせる肌の感覚に必要以上に鋭敏になっているだけか。そこまで俺のことを求めて、とは逆立ちしたって思えないのだけれど。
 氷河は驚くほど敏感な反応を返した。
 貴鬼の手のひらが柔らかな皮膚の上を滑れば、触れる端から肌は粟立ち、唇を押し当てればさっと熱を上げて、色づきを見せる。
 声を噛み殺し、眉間に皺寄せる氷河の表情はとても険しい。なのに、感じている、というより苦痛を耐えてでもいるかのようなその表情は、想像の中で何度も抱いたどの氷河よりずっとずっと淫靡だった。
 大好きな氷河に触れている、と思えば、貴鬼の神経は焼き切れそうなほど昂ぶる。
 大好きだから少しでも彼に笑っていて欲しくて必死なのに、それなのに矛盾して、 今すぐ、いきり立った昂ぶりを氷河の中に突き立てて泣かせてしまいたいという荒々しい衝動が貴鬼の中で燻り、獣欲に簡単に堕ちてしまいそうな葛藤を抑えるのが苦しくて苦しくて仕方がない。
 氷河の肌を厭らしく蹂躙する魔傷が葛藤に揺れる貴鬼を嗤っているようで、貴鬼は、お前とは違う、と蠢く魔の気配を封じるように、時間をかけて氷河の身体を隅々まで愛撫する。

 氷河の、薄い皮膚の下でどくどくと力強く鼓動を刻む胸へと唇をずらす。粟立つ皮膚を飾るように胸の突起がぷくりと立ち上がっている。
 あ、たってる……かわいい、氷河……
 誘われるように唇で挟み、舌でチロリと舐めると、貴鬼の肩に置かれた氷河の指先が震えた。
 その唇は固く引き結ばれて、吐息のひとつも漏らそうとしない。
 貴鬼が唇で挟んだ赤い蕾を弄ぶように転がすとそれはますます固く尖ってピンと上向く。柔らかく歯をあててみれば、ん、と鼻に抜ける吐息が微かに漏れた。
 初めての反応らしい反応に嬉しくなって、貴鬼は何度も甘噛みを繰り返す。金糸がやめてくれと拒絶の動きに揺れ、貴鬼、と曖昧な止めたてが貴鬼の肩を押し戻すように力を込められる。
 だが、乱れた息で、困ったように貴鬼を見上げる瞳は、長らく忘れていた、肌を合わせることから生み出される快楽を耐える色に濡れていた。 腹の辺りで脈打つ彼自身が屹立しかかっていて、同じ生理を持つ貴鬼にはそれがどういう意味かありありとわかる。
きっと拙いに違いない、自分の愛撫にそんなふうに感じてもらえていることは素直に嬉しかった。

 生きていなければ、こんな風に触れることもできない。
 氷河の大切な人は皆「あちら側」だ。自分まで「あちら側」へ行ってしまったら、彼らより氷河に近い位置にいられる自信なんかない。
 俺のアドバンテージは、生きていること、ただそれだけだ。
 でも、聖闘士にとってはそれがどれほど得難いことか。今この瞬間まで永らえている命を初めて、誇らしく、愛おしいと思えた。

 氷河の上気したうなじに汗で一筋の金の髪が張り付いているのを横目に貴鬼は氷河の耳元で囁く。
「氷河……」
 内腿あたりに押しつけられた硬く漲る雄の徴に、貴鬼の求めている意図が察せられて、氷河の身体が緊張に小さく戦慄いた。
「氷河、教えて」
「……な、なにを」
「あなたを傷つけずにひとつになるには、どうしたらいい?俺は初めてだから、あなたに教えて欲しい」
「……え…………え………っ!?」
 瞬時に氷河の全身は爪先までかあっと熱くなった。

 教える?お、教える……!?

 今、為している行為は、単なるスキンシップの延長などではないのだと、改めて突きつけられて───氷河は唐突に我に返った。
 あまりに甘美で温かな触れ合いは抗うことが困難なほど心地よく、すっかりと触れる肌の心地よさに飲み込まれ、流されて、 快楽の波間に揺蕩っていた氷河の意識は、急速に収束し、再び混乱と動揺の渦に飲み込まれる。
 頭を撫でられるのも。撫でるのも。
 氷河ぁ、と甘えて柔らかく背中にのしかかる重みも。
 温かな人肌に触れるのは好きだ。生きている、と実感できるから。
 だが、この先にあるのは、そんな親愛の触れ合いなどではなく、もっと欲に濡れた淫らな……

「いや、俺……俺は……やっぱり、」
 慌てて氷河は小さくふるふると顏を左右に振ると片手をついて逃げるように上体を起こしかける。
 貴鬼はそれを阻むように氷河の肩を押し、再び自分の体躯の下へ細い身体を閉じ込めた。
「あの、だめ?俺、氷河の中に挿れたい……」
 ずいぶんと切羽詰まった声で縋る貴鬼の余裕のなさは可愛くすらあり、一瞬、いつもの「年上として」の兄貴面の延長で、俺に任せろ、と言ってしまいそうになるのだが。
 引き返せ。今ならまだ間に合う、いや、もう手遅れなのか───
「きょ……うは……、ぅあっ」
 ここまでだ、と、ほとんど現実逃避の体で逃げ出しかけた氷河の昂ぶりが貴鬼の手のひらに包まれ、緩く上下に扱れて、思わず堪えきれずに声が漏れた。 零れた雫が手のひらでぬち、と音を立てる。直截の刺激にはやはり男の生理は弱く、下肢に広がる甘い痺れに、氷河の逃げる勢いは失われる。
「……っ…ア……」
「ああ、あなたのその声、たまんない……氷河ぁ……お願い……」
「そ、んなこと言われても……っ」
「教えてよ、氷河……」
 小宇宙の燃やし方も、身のこなし方も、ほかのどんなことだって、そんな風に強請られたら喜んで教えてきたが。
「氷河、ほら、あなたのだってこんなに濡れてる……」
「……っ…」
 言われずとも、くちゅくちゅという淫らな水音を自分が響かせているのは自覚していて、いくら抵抗して見せてもまるで説得力のない、 心よりよほど素直に反応してしまう浅ましい躰にさっきから羞恥のメーターが振り切れっぱなしだ。
 氷河を追い上げる手のひらの熱に、「いや」「でも」「しかし」で一杯だった思考が、高まる放出の欲に次第に捻じ伏せられていく。
 やはり苦しげに顔を顰める氷河を見下ろして、貴鬼は、ごめん待てない、とずいぶん切迫した声を出した。
 言葉の意味を探るために開かれた瞳に映ったのは、己の指をちょうど口に含んだところの貴鬼だった。
 え、と氷河が驚く間もなかった。貴鬼は唾液で濡らした指を、氷河の双丘の狭間へと忍ばせた。 そっと縁を何度かなぞる濡れた指に、氷河の腰は恥ずかしいほど跳ね、違う、これではまるで待っていたようだ、と限界を越えた羞恥に氷河は意識を失いそうだ。
「あの、こう、するんだよね?」
「……っまえ、どこでこんなこと……っ……てか、知っているなら聞くなっ……」
 睨みかけた氷河の喉が、あ、と震えて跳ね上げられた。貴鬼が最初の関節をつぷりと埋めたからだ。
 聖衣を扱う繊細な長い指は、ぬるりぬるりと根元まで飲み込まれていき、くち、と薄い膜の襞を掻き回す。
 頭の中では、貴鬼にこんなこと教えたのはどこのどいつだ!と見知らぬ相手を激しく罵倒しながら、躰の中心を他者の熱で押し広げられる感覚に、その先の快楽を記憶している躰は既に甘く疼き初めてもいた。


 氷河の唇が色が抜けるほどきつく噛みしめられ、貴鬼の肩にかけられた指は肉を抉りそうなほど強く力が込められる。
「あの、痛い?大丈夫?」
 氷河から反応はない。そのことが少しく不安で、貴鬼は押し広げるように掻き回している指を引き抜きかける。だが、その瞬間に、貴鬼の肩に食い込んでいた指先にますます力が込められた。
 ええと。……今の、何?
 抜くなっていう意味?それともさっさと抜けってこと?
 貴鬼の指にには熱い肉が侵入を阻むかのようにきつく絡みついている。これほど固く閉ざされていては痛みや苦しみを感じていないはずはない。
 だが、氷河は頑なに唇を結んで、痛い、ともやめろ、とも声を上げない。
 何も言おうとはしない氷河の指先だけでの意思表示を許可の意味かな、と願望を乗せて読んで、おそるおそる貴鬼は指をくちくちと掻き回す動きを再開させた。
 肩の肉に食い込む氷河の指先から僅かに力が抜ける。それもどんな意図かがわからない。
 意思表示がものすごく僅かすぎて読むのがとても難しい。こうまで反応が薄くては、聖衣と対話をしている方がよほど易い。
「氷河、お願い、何か言って……」
 貴鬼の指の動きを、氷河は息を詰めて目を閉じて耐えている。
 眉間に皺寄せて唇を噛む様子が苦悶の表情にしか見えず、怯みそうになる。だが、未だ拒絶の言葉がないことに背を押されて、貴鬼は壊れ物を扱うようにそろそろと指を蠢かせた。

 長い時間をかけて(時間の感覚は既に貴鬼にはなかったから実際にはそれほど長くはなかったのかもしれない)掻き回していた肉から次第に抵抗が少なくなってくる。
「すごい、こんなに柔らかくなってきちゃった」
「……ッ……い、うな……っ」
「でも、まだ、指、増やした方がいいよね……あの、何本まで入れる?」
「……!」
 氷河の頬に羞恥と苛立ちともどかしさと、なんだかわからない複雑な色が張り付く。が、それはすぐに、増やされた指によって、ア、と引き攣れたような喘ぎに消えた。
「ああ、今度はすぐ飲み込んじゃった」
 振り乱される金髪の陰で、時折、潤んだ青が咎めるように貴鬼を見上げる。きつく尖った瞳なのに、それはどうしようもなく可愛くてますます貴鬼の胸は苦しくなった。
「氷河、俺、もうほんとに限界……も、挿れていい?」
 貴鬼の掠れた切羽詰まった声に、潤んだ青の瞳にも安堵の色が混じったように思えたのは気のせいだろうか。
 相変わらず氷河はいいとも悪いとも言わない。
「ねえ、いい?氷河、お願いだから何か言って。無理矢理したと思いたくない」
 もしも駄目だと言われても、この状況から引き返せるかどうかはまるで自信はなかったが、あんまり頑なに氷河が唇を噛んでいることに、若葉マークはどうしても怯んでしまう。
 貴鬼が指で押し広げた下腹部の前では、氷河の昂ぶりはまだ硬く震えている。与えているのは痛みや苦痛だけではない、とそれでわかるけれど。 届きそうだ、と思った氷河の心に、無理矢理踏み込んで傷をつけるのは怖いのだ。
 許可を待つ沈黙に、絶えず動く指の動きにくちゅくちゅという粘着質な響きだけが広がる。
「氷河、ねえ……」
「……」
「後生だから答えてってば」
「……っ!……くな、そんなことっ……!駄目だったらとっくに止めてるっ……!」
 怒られた、と萎みかける気持ちを凌駕して、与えられた許可に逸る気持ちが瞬時に爆発した。
 貴鬼は指を引き抜き、氷河の膝を肩へと抱え上げると、まだひくつく蕾にいきり立った己の雄を押し当てた。 氷河が、待て、とかなんとか喚いていた気がしたが、頭の中は既に真っ白だった。そのままぐっと一気に腰を進める。
 頑なな彼の心と同じように閉ざされた肉が、貴鬼の昂ぶりを拒絶するように押し戻す。きつい。さすがに指と同じ、というわけにはいかない。 だがもう何も考えられない。貴鬼は無我夢中で彼の中を抉じ開けて、摩擦に引き攣れる皮膚の痛みもものともせずに、力任せに腰を押し付けた。
 プツッという最後の抵抗音を残して、一番張り出した部分が狭い肉を通り抜けた時には貴鬼の額には玉のような汗が浮かんでいた。
 己を全て含ませたことで、一瞬、世界を取り戻して、ようやく貴鬼は氷河の顏を見た。

 見て、瞬時に我に返って血の気が引いた。

 明らかに強い苦痛を与えたのだ、と、氷河の表情がアリアリと告げていた。
 さっきまでの険しい顏は、結局、感じているのを耐えていただけだったのだ、と今更ながら腑に落ちるほどに、今目の前にある、苦しげに歪んだ表情は別物だった。
 自分ですら引き攣れる皮膚の痛みに顔を顰めていたくらいなのだ。受け入れる側の氷河が苦しくないはずはなかった。
「あ、の!あの、あの、ごめん、俺っ……ぬ、ぬく!?」
「……ちょ……と待て……まだ、う……ごくな……」
 食いしばった歯の隙間から荒い息と共に微かに漏れる声をかろうじて貴鬼は拾った。はい、と大人しく動きを止めたものの。
 む、無理です。 
 初めて感じる氷河の中はあまりにも甘美すぎた。
 貴鬼の熱い昂ぶりをきつく絡め取るように肉が食いつき、氷河に言われるまでもなく、ほんの少し動いただけでもう、若い性は限界を迎えてしまいそうなほどだった。
 時折、痛みを逃すように蠕動する氷河の内側に、まるで彼自身を優しく愛撫されているようで、堪らず貴鬼の唇から獣の呻きが漏れる。
 それでも必死に動かぬよう耐える貴鬼の背を、勢いよく押し入られた衝撃を和らげるために息を整えていた氷河の指が、無意識に、いいこだからもう少し待て、と宥めるように何度か往復した。
 背を這う指は無意識に、引き締まった貴鬼の臀部にも下りて同じように撫でる。
「氷河。そ、それは、そんなことされたら、俺、俺、」
 既に限界まで耐えているのだ。氷河の指に愛おしげにそんなところを撫でられたりした日には───
「……っ」
 堪えるために意識をそちらへ向けた、のが悪かった。
 さらに、その瞬間、少しでも苦痛を緩和させようと氷河が自ら少し腰を浮かせたのも悪かった。
 ついでに言えば、噛みしめていた氷河の唇が微かに開いて、ンン、とずいぶん艶めかしい声を漏らしたのが駄目押しとなった。
 限界まで張り詰めていた吐精の欲が電流のように貴鬼の背を駆け上がったかと思うと、それはあっという間に決壊した。
 ギチギチと絡み合っていた肉の間を満たすようにどくどくと生温かな液体が広がる。

 初めて、好きな人の中に放出したそれは、信じられないくらい、気持ちがよかった。

 脳蓋を揺さぶるほどの生まれて初めての強い快感に、熱く脈打つ己を氷河の中に収めたまま、しばし、甘苦しく疼く余韻に浸っていた貴鬼だったが、 ビリビリと腰を刺激していた快感が去ってしまえば、急速に気まずさが襲ってきた。

 え、えーと。

 おそるおそる、視線を上げてチラリと氷河を見上げれば、きつすぎる苦痛から解放されて安堵した表情の中に僅かに拍子抜けした色が混ざってる気がして (被害妄想かもしれないけど貴鬼にはそう感じられた)───超絶に凹んだ。

「あ───────っ!?もう!」
 自分に対する情けなさとカッコ悪さで拗ねた気持ちで、貴鬼は、とすっと氷河の身体の上へ自分の身体を投げ出すように弛緩させた。
 貴鬼の背を撫でながら、重い、と言う氷河の声がなんとなく笑っているような気がして顔が上げられない。
「氷河、痛く、ない?」
「……今は」
「そ。……なら、よかった」
 砕け散って影も形も見えなくなったプライドをどうにか拾い集めて氷河を気づかって見せるのが精いっぱいだ。しばらくそっとしていて欲しいのに、貴鬼、と伏せた頭の耳元で呼ぶ氷河ときたらそれもさせてくれない。
「えーと。き、気にするな」
 そのフォローが今日一番堪えた、かもしれない。
 あ……そう……と言ったきり脱力してまるきり動かなくなった貴鬼の背を何度も氷河が撫でる。
 撫でる手は時折、頭へと移り、よしよし、と抱き締めるように貴鬼の髪をかき回す。


 おい、そろそろ本当に重いって、と氷河は自分の上に伏せた躯を押し戻しながら微かに笑い声を漏らした。(貴鬼の被害妄想ではなく実際に笑っていた)
 腰のあたりに広がった重く痺れるような痛みと、狭間を伝い下りるぬるつく滴りは氷河を閉口させたが、可笑しさが次々に笑いになって唇から零れる。
 鋭く氷河の中の矛盾を指摘し、長らく閉ざしていた気持ちをひっかき回されて忘れかけるところだったが、彼はまだ少年なのだ。6つも年下の。 背伸びして背伸びして、一生懸命氷河と同じ視線に立とうしているけれど。
 可愛いヤツだな、お前は。
 可愛い、などと言えばきっと唇を尖らせて拗ねるに違いない少年のことが愛おしく、氷河は頭を抱き抱えるように腕を回した。 自分もまだ道に迷っているくせに、それでも、氷河を心配して必死に足掻く、その栗色の毛にそっとキスを落とす。
 

「お前が手慣れていなくて安心した」
「……」
「えーと……俺はそんなお前も可愛いと思うが……」
「……」
「ていうか俺もキツかったからむしろ助かったというか……」
「……」
「貴鬼、俺はお前を、」
「……………氷河、ちょっと黙っててくれない?」
 放って置けばどんどん貴鬼の傷を抉っていく氷河の明後日なフォローをはあ、とため息と共に貴鬼は封じた。
「貴鬼、」
「黙っててったら」
「そうじゃない。……ほら、」
 氷河が自分の身体の下で苦しげに身じろぎしたのを感じ、貴鬼はのろのろと身体を起こした。
 見下ろせば案の定氷河の青い瞳は弧を描いていた。思ったよりずいぶんと優しげだったのが救いだったけれど。
 ん、と氷河が少し顎を持ち上げ、ゆっくりと目を閉じる。
 そんな風にキスを誘われたらほんの数時間前の貴鬼であればもうそれだけで天にも昇る心地だっただろうに。
 慰められていると思えば逆効果だ。
 だからといって氷河から誘われたキスを逃すほど意地っ張りでもないから、やさぐれた気持ちながら貴鬼は誘われるまま唇を押し当てる。
 軽く啄むように互いの唇を食みあって。ちゅ、という濡れた響きを残して氷河の唇が貴鬼のそれを柔らかく吸い上げる。
 氷河が、そんな風に積極的に応えてくれることが貴鬼にとっては驚きだ。
 間違いなく───同情だ。
 氷河が俺のことを、なんて有頂天になれるような状況じゃない。あんまり俺がカッコ悪いものだから、放って置けずに俺が喜ぶ方法で慰めようと必死になってくれてるんだ。
 悔しい。
 悔しいのに、氷河が俺のために、と思うと嬉しくて胸が甘く疼く。
 もう自分の感情が何が何だかわからない。
 まあ、いいか。
 これ以上俺はカッコ悪くなりようがないんだと思えば気が楽だ。
 同情でもなんでもいい。それをきっかけに氷河が俺にキスしてくれるなら。

「……ん……っ」
 開き直って、突然深まった口づけに、戸惑うように氷河が喉を鳴らす。息苦しさに逃げかける舌を絡めとって、唇の内側をそろりと舐める。
 濡れた粘膜どうしを触れ合わせるのってどうしてこんなに気持ちいいんだろう。好きだって思ったら、どうしてこんなに気持ちよくなっちゃうんだろう。
 互いの唾液同士が混じり合うほど深く触れ合わせればそれだけでまた火がついてしまう。
「……っ……貴、鬼……!もう、いいだろう!」
 息を上げて貴鬼の身体を押し返す氷河は、既に自分の身体の内奥で起こった「変化」を感じたようだ。
 えへへ、と貴鬼はいたずらっこのように笑ってみせる。
「ごめん、また勃っちゃった」
 やはり気づいていたのだ。氷河は、ば、ばかっと焦った声を出し、貴鬼の胸を叩いた。 まだ含ませていたままだった貴鬼の楔が氷河の中で質量を増したせいで、ちゅぷ、と収めきれなくなった白い蜜がとろりとシーツの上へ零れた。
 だが、その蜜が潤滑油の役割を果たしているせいで、先ほどのような強い引き攣れや苦痛は感じない。 氷河の方は羞恥のような焦燥のような何とも言えない複雑な表情をしていたが、少なくとも苦痛に顏を歪めてはいないことを貴鬼は安堵した。
「ねえ、動いてもいい?」
「!!どうして、お前はそう……っ」
「だってさっき動いちゃ駄目って言ってたから……もういい?このままでも俺は気持ちいいけど……氷河はどうなの?俺、氷河にも気持ちよくなってほしい」
「し、知るかっ……!」
 乱暴に貴鬼から顔を背ける氷河の耳が赤い。ねえ、と耳元で甘えてみせれば、貴鬼自身を包む氷河の肉がキュッと締め付けを増した。 たった今達したばかりだというのに、そんな風に貴鬼の声に反応を返されてしまえば、どうしようもなく滾り、堪らず、貴鬼は氷河の膝を抱えて緩く腰を揺さぶった。
「……っ……!」
 両腕で氷河は自分の顏を覆い隠し、漏れる声を強く噛みしめた唇で殺す。

 再び熾きた情動が貴鬼を駆り立て、含ませた楔を穿つ動きは躊躇いがちな緩やかなものから次第に快楽を追求する激しいものへとなっていく。
「……っ……っ……っ」
 貴鬼が奥を穿つ度に氷河の口から、音を伴わないあえかな吐息だけが殺しきれずに漏れる。
 顏を隠す氷河の腕を貴鬼は掴む。
「顏、見せて」
 熱い肉に包まれた下肢に感じる快感で、貴鬼の声は余裕なく掠れた。
 腕を引くと、やめろ、という抵抗の意志にふるふると首が左右に振られたが、頑なに噛んだ唇からは何も発せられない。
 貴鬼は氷河の腕を顔の横で床の上へと縫い留める。氷河の眉間に見たこともない深い縦じわが寄っている。
「氷河、苦しいの?」
 反応はない。
 また、独り善がりになってしまったのだろうか、と貴鬼は腰を引きかける。が、氷河の噛んだ唇が、ア、という形に開かれて切なげに震えた。
「あの、もしかして、氷河も気持ちいい?こうされるの、好き?」
「!!」
 真っ赤になった頬を氷河はますます貴鬼から背ける。だが、二人の腹の間で擦れる氷河自身は限界にひくひくと震えてひっきりなしに透明な蜜を零していて、 氷河が答えずとも、その行為に快楽を拾っていることは明らかだった。
 貴鬼は氷河を見下ろして困ったな、というように眉を下げた。
 貴鬼が腰を引くたびに、ひどくもどかしげに氷河の腰がそれを追いかけるように揺らめく。そこまでの姿を見せているくせに、氷河はまだきつく唇を噛んでいる。
 知ってたつもりだったけど、本当に強情なひとなんだなあ。
 だが、だったらなおさら声を出させてみせたい、と煽られるものだということをこのひとは知らないのだ。
「ねえ、声、聞かせて。氷河が感じるところ、俺に教えてよ。言ってくれなきゃわからない」
 一度極みを迎えた者の余裕で、貴鬼は穿つ動きをさらに緩やかに変えた。貴鬼に生まれた余裕とは裏腹に、氷河の方は余裕が削がれて行く。

 言ってくれなきゃわからない、と言われても。
 なけなしの理性と高いプライドが氷河に声を上げさせるのを押しとどめていた。
 いくらなんでも、6つも年下の少年相手に、みっともなく喘いで強請れるはずもない。貴鬼にとっても壁となっている年齢は氷河にとっても壁なのだ。
 その上、若葉マークゆえかわざとなのかなんでもかんでも言葉にして確認する貴鬼ときたら……氷河には貴鬼の言葉そのものがまるで拷問だ。 いっそ、羞恥のあまり気分が萎えればいいものを、耳を嬲る言葉に勝手に高まる自分の躰がうらめしい。

 だが、声を上げさせまいとブレーキをかけている理性ももはや快楽を追う意識の向こうに消えてしまいそうだった。氷河を気遣うような貴鬼の動きがもどかしくてしかたがない。 さっきから、口を開けば淫らな求めを言葉にしてしまいそうで必死に唇を噛んでいるのだ。
 久しぶりの行為に戸惑う躰は、慣れぬ愛撫とうまく波長を合わせられず、こみ上げる射精感だけが宙に浮いたまま、長い焦らしを受けているようなものだった。