寒いところで待ちぼうけ

Ω:氷シリーズ

派生アニメΩ(2012.4~2014.3放映)の世界における貴鬼×氷河
氷河がマルスの魔傷を負った直後のころのお話。(Ω時間から遡ること13年)


◆光さす、新しいあしたに ④◆

 ん、と最後のサージカルテープをはがす瞬間の小さな痛みを息を詰めて堪え、氷河はようやく軽くなった身体に感覚を取り戻すかのように、腕をぐるぐると回してみせた。
「痛みはない?」
「そりゃ、ま、少しはな。だがこのくらいなら無理しなければ動くのに支障はない。お前のおかげで回復が早かった。助かった」
 本当は身体の感覚を確かめるのと同じように、小宇宙を燃して確認してみたかったが、眉間に皺を寄せている貴鬼をチラリと視界の端に捉えてそれはやめておいた。
「……どうするの、これから」
 早々に荷造りを始める氷河の背に、強張った貴鬼の声が投げられる。振り向かずともどんな表情をしているのかわかる気がして、氷河は背中で淡々と答える。
「決まっている。相当に遅れたから星矢が心配だ」
「だったら俺も行く」
 氷河は荷造りの手を止めて、僅かに貴鬼の方へ顔を傾けた。
「……貴鬼」
「そんな声出したって怖くないから無駄だよ、氷河。あなたが駄目だって言ったって勝手に行くんだから」
「足手まといだ、貴鬼。今の俺にはお前を守ってやる力はないんだ」
 言った氷河本人も多少の痛みを伴うその言葉に、貴鬼が大きく息を飲んだのが背中の気配でわかり、氷河は、ハッと振り返った。

 言葉はない。だが、貴鬼の中で激しい感情が渦巻いているのを氷河は菫色の瞳の奥に見た。
 俺はあなたに守られなきゃいけないか弱い存在なんかじゃない。
 貴鬼の震える拳がそう告げている。

「貴鬼……」
 また傷つけたのだ、とわかり、氷河の胸も激しく軋む。だが、そんなふうに余裕なく張り詰めた貴鬼の表情からは、逆に、放っておけない危うさが感じられて、 「だったら共に」などとは到底言えるはずもなかった。
 必死に氷河を一人で行かせまいとする彼の目には、きっと自分の方が危うく映っているのだろう。 小宇宙を封じられ、仲間を失った今、冷静なのかと言われればそうである自信は氷河にもなかった。これ以上、二人で議論していてもまた無意味に傷つけ合うだけに違いない。
 氷河は腕を組んで目を閉じた。迷った時の答えはいつも決まっている。
 我が師ならこんなときどうするだろうか。
 道に迷った時、立ち止まった時、そうやって常に師の背中に問うてきた。師の年齢を超えた今でもそれは変わらない。 直接の導きはもう得られなくとも、師の生きた道筋は、その命が失われた今となってもまだなお、愛弟子の行く手をそっと照らし続けている。
 
 氷河はゆっくりと目を開く。
「わかった、貴鬼。沙織さんに───女神に会おう。俺達は女神の聖闘士だ。女神が何と言うか……女神が許可すると言うなら、俺はお前を連れて行く。いいな?」
 心の内で師に問うて、幾分頭を冷やした氷河の提案にも、貴鬼はその言葉が聞こえていないかのように青い顔をして立ったままだ。
 氷河はそっと貴鬼に歩み寄った。まだ震えたままの拳に自分の手を重ねる。
「貴鬼」
 氷河の声がすぐ耳元でしたことに貴鬼が、ハッと我に返ったように氷河を見た。
「聖域だ、貴鬼。俺を連れて跳べるか?」
 その言葉に、ようやく生気を取り戻したかのように光の戻った瞳が、強く頷きを返した。

**

「どうして……!」
 再びシベリアの地に踵をつくなり貴鬼は堪え兼ねたように小さく声を震わせて、小屋の扉を目指して駆けた。
 貴鬼、と呼ぶ氷河の声がそれを追いかける。

 ───彼らの頂く神は優しく、だが毅然と二人を窘めたのだった。

 いいえ。星矢を追ってはなりません。二人とも、です。信じて待ちましょう。

 沙織の声に答えたのは、ダア、と彼女が腕に抱いた赤子のものだけ。
 玉座の前に膝をついて、でも、と絶句した貴鬼の隣で、赤い天鵞絨の乱れた毛足に視線を落としていた氷河も、予想外の答えに次の言葉を探すのには少し時間がかかった。
 沙織は貴鬼のことは引き留めるだろう、と思っていた。だが、自分まで……と、いうか、星矢を、もう探さないだと……?
「だが、沙織さん、星矢は、」
「氷河、怪我の具合はどうです?」
 ようやく低く声を発した氷河に向かって、沙織はゆっくりと玉座を下りて近づいてきた。 氷河のそばにそっと膝をついて労わるように肩に手を添えた沙織からは、抱えた赤子のミルクの香りがほんのりと漂っていた。
「あなたが誰にも言わずいなくなるから、皆、心配しました」
「俺のことより……」
「星矢は大丈夫です。大丈夫、なんです」
 氷河の肩に置かれている沙織の手が微かに震えている。神として毅然と面を上げて聖域を統べている彼女の器は、 自分達と同じ人間なのだ、と思い知らされるのはこんな時だ。
 神である彼女をそれを理由に一人、前線に置いておけないのもそのせいだ。日頃は女神とその聖闘士として傅いていても、 気を緩めればつい、彼女の人間としての名を呼んでしまう。それほど、彼らの神は人間的だった。
 その彼女が、大丈夫だから星矢を信じて待て、と言う。
 取りつく島なく突っぱねられたなら、いや、それでも俺は、と反発もしただろう。だが、自分の揺れる心を必死に抑えて、冷静であろうとしている彼女の姿は、氷河の心に一石を投じるのに十分だった。
 じわじわと不快に侵食する領域を広げようとしている魔傷へ手のひらをあて、氷河は静かに目を閉じた。

 星矢を助けに行かねば、とその思いだけでここへ来た。
 だが───そもそも、星矢は今どうしている……?
 死んだ、とは思っていない。言葉では説明できないが、星矢がまだ生きている確信が氷河にはある。 何度も喪失を経験してきた氷河には、過去の別れに感じてきた嫌な感じを今の星矢の不在には感じない。だからこそ、命の火が消えぬうちに早く、と焦っていたわけだが。

 氷河は記憶を探る。

 あの時、星矢は───

 強大なエネルギー同士がぶつかり合った衝撃波を避けるように腕を翳した氷河の瞳に映ったのは、激しく錯綜する光と闇の中、道標のようにまっすぐにマルスへと向かって軌跡を描く黄金の翼。
 混乱の中でそのことの意味を考えたことはなかったが、今、改めて思い起こせば、星矢は闇に囚われた、というより、自ら闇へと飛び込んだ───ようにも見えた。
 迷いのない真っ直ぐな軌跡の残像には、ある種の強い意志を感じさせられる。

 星矢、お前は一人で何をしようとしている……?
 どんな時でも苦境を共にしてきた俺たちは、置いて行かれることに慣れていない。どう───したらいい。どうすればお前の力になれる。

 氷河の感じている迷いを見透かしたかのように、沙織が言葉を重ねる。
「マルスの脅威は去ったわけではありません。わたしは、あなた達が守ってくれたこの子をこの先も守ってみせます」
 沙織の腕の中で機嫌よくにこにこと笑顔を見せる赤子の名は光牙と言う。マルスの強い闇を浴びてしまった不遇の子を女神は闇に負けぬ光の存在として育てようとしているのだ。 それすら許さぬ、と闇の子を奪いに来たマルスと戦い、氷河達は魔傷を負い、星矢は消えた。

 星矢は、とりわけその子を可愛がっていたのだ。
 ちょうど時を同じくして、親になったばかりの紫龍に、「俺の子はこいつだ」などと冗談で笑ってみせるほどに。
 小さな光牙を肩に乗せ、嬉しそうに、俺がお前を強くしてやるからな、とまだ一人立ちも出来ぬ赤ん坊相手に星の加護とは、などと柄にもなく真面目くさって師の受け売りを披露したりしていたのに。
 
 お前が光牙を強くしてやるんじゃなかったのか、星矢。
 なのに、なぜお前は今ここにいない?

 闇へと向かう、一度も振り返ることのない、力強い黄金の翼の軌跡。

 星矢は信じている、のか。
 沙織が星矢を信じるように、星矢も残された皆を信じて───光牙は任せたぞ、と、あの振り返らない真っ直ぐな背中はそういう意味なのか。

 氷河は、キャッキャと笑い声をあげている赤ん坊を見やった。沙織の腕の中に守られた赤子は氷河の方へもの珍しげに小さな手を伸ばす。
 氷河へ向かって伸ばされた、小さく、ぷくぷくと肉のついた手のひらを、氷河はおそるおそる指先で触る。 過酷な運命を背負っていることをまだ何も知らない無垢な命はとても柔らかかった。だが、氷河の人差し指を握る力は強く、その強さに、託されたものの重みを感じて、氷河は静かに息を吐いた。

 星矢、お前が俺たちを信じるように、俺もお前を信じる。

 そっと視線をやれば、沙織の首にかけられた星矢のペガサス聖衣の石が、ったりまえだろ?と言いたげにキラリと光る。

 迷いが消え、氷河は沙織に向かって強く頷きを返した。沙織の瞳が一瞬、人間らしい安堵の色に揺れ、だがすぐに毅然とした神の瞳へと戻る。
「この子は自分の運命に立ち向かう強さを身に着けなければいけません。わたしは聖域を離れ、この子をマルスの目から隠しながら育てようと思っています」
 聖域を離れる?と氷河は一瞬驚いたが、だが、主の不在が続く十二宮では聖域にいる意味もあまりないのだ。キリ、と差した胸の痛みを振り切るように、氷河は、もう一度しっかりと頷く。
 沙織の腕へ守られた、黒目がちの大きな瞳に向かって、強くなれよ、光牙、離れていても俺はお前を見守っているからな、と氷河は笑いかける。

「マルスはきっとまたその子を奪いにくるだろう。星矢が戻るまで、俺が各地の結界の見張り役を引き受けよう」
「氷河……無理はいけません」
 今までどおりに戦えるわけではないのですから、と哀しげなその瞳が告げている。氷河はおどけたように肩をすくめた。 
「俺は無理なんかしたことない。もっと他に言ってやらなきゃいけない奴がいるだろう」
「言う前に姿を消してしまったのですわ」
「またか、あのバカ!こんな時に……!」
 自分も無断で聖域を離れたことは棚に上げて、不在の相手を罵る氷河に沙織は似た者同士だ、と苦笑してみせた。
「いいのです、氷河。彼を縛ることはわたしにはできません。常に姿は見えなくともとても頼りになる存在です。……貴鬼」
 沙織は初めて、氷河の隣で膝をついている貴鬼の方へと正面から向き直った。労わるように貴鬼の手を取り、優しげな声で貴鬼、と再び名を呼ぶ。
「あなたには大変な苦労をかけてしまいますね。聖衣は───すっかりと性質を変えてしまいました。 熟知しているあなた以外にはもはや扱うことができる者はおりません。聖衣石化して以来、勝手が違うことも多々あるでしょうけれどしっかりと頼みましたよ」
「もちろんです。──────女神」

 そんなふうに、氷河に見せていたきかん気な顏とは裏腹に、頭を垂れて、ずいぶんと従順な返事をしていたと思ったのに。

 
 謁見が終わるや否や貴鬼は無言で十二宮の石段を飛ぶように駆け下りた。 師の護った白羊宮まで駆け下りても、一歩も立ち止まることなくさらに駆け、あっという間に女神の結界外へ飛び出した貴鬼は、待て貴鬼、と追いかけていた氷河の腕を乱暴に掴むなり予告もなしに空間跳躍した。
 時間にしてコンマ数秒。身構える準備もなく聖域とシベリアの空間を一瞬で跳躍させられて、さすがに氷河の胃がひっくり返ったように不快にどくどくと脈打つ。
 吐き気を堪えて顏を顰めながら、雪を蹴って、小屋の中へ貴鬼を追った氷河は、暖炉の前で拗ねた子どものように膝を抱えて俯いている背中を発見した。
 ふう、と氷河はため息をついて、そっと傍に近寄り、冷たく冷えた暖炉に彼を温めるための火を入れてやる。
 納得のいかない想いを抱えているくせに、律儀に氷河をシベリアまで連れ帰ってきたあたりは褒めてやってもいいんだがな、と苦笑しつつ、振り返って、俯いた栗色の毛に指を挿し入れた。
「女神に会ってよかった。女神の……沙織さんの言うとおりだ、貴鬼。俺たちは星矢を信じて待とう。星矢を追う以外にも俺たちにできることはある」
「……」
「お前は俺に無茶をさせたくなかったんだろう?俺はちゃんと頭を冷やしたぞ。なのになぜお前はそんな態度なんだ?」
「……」
「さあ、修復しないといけない聖衣が山ほどあるはずだ。キグナスだって頼まないといけないしな。俺はもう大丈夫だ。お前の時間を取らせて悪かったな」
「……」
「…………貴鬼」
 膝の間に顏を埋めたまま、微動だにしない貴鬼に氷河の声が叱る色をのせる。
「貴鬼、どうしたんだ、一体。お前らしくないぞ」
 あちこちに跳ねている栗色の毛が氷河の指の間でピクリと動く。やがて貴鬼はのろのろと顏を上げて氷河を見た。
「俺らしいって……俺は元々そんなに聞き分けいい方じゃないよ。氷河、俺は聖衣を修復し続けるだけの存在?半人前だから?」
「誰もそんなことを言ってないだろう。沙織さんだってお前を頼りにしている。聖衣はお前にしか扱えないんだ。大切な役目を何故お前自身が軽んじようとするんだ」
「聖衣は噛み付かないし、修復で命を落とすこともないからね……」
「そんな言い方をするのはやめろ、貴鬼」
「言ったでしょう。あなたが怒ったって怖くない。あなたは俺の保護者じゃない」
「お前は俺の保護者を気取るくせにか」
 怖くないと言ったくせに、氷河の発した冷たい声に貴鬼は竦んだように目を伏せた。
「俺の勇み足は冷静に止めてみせるくせに、なぜ、自分のことになるとそんな風になるんだ、貴鬼。お前は言っただろう。 『今のあなたをカミュが見たら』と。その言葉をそっくりそのまま自分に言ってみろ。今のお前をムウが見たらどう思う?聖衣を扱うことを何故もっと誇らない?」
 貴鬼は俯いたままだ。
 氷河は貴鬼の視界に入るために彼の肩に手をかけ、屈みこんで表情を覗き込んだ。
 が、さらに叱ってやるつもりでいた氷河の声は、血の気を失うほど固く噛みしめられた唇にその勢いを失った。
「……貴鬼……」
 少年は、表情を隠すようにますます俯く。氷河は困って、ただ、彼の頭を撫でてやることしかできない。
 
 やがて、貴鬼はポツリと漏らした。
「氷河はいいよ。『置いて行く』方だから。置いて行かれる者の気持なんかわからないんだ」
「……そんなことはない」
「そんなことあるもん」
「違う、貴鬼、俺だってお前の気持ちはわかる」
「わかるはずがないよ。だって、あなたはいつだって自分の身を顧みず危険に飛び込んでいくじゃないか。あなただけじゃない。星矢だって紫龍だって」
「それは……だって仕方がない。俺たちは聖闘士だ」
「じゃ俺は?皆の背の後ろに下がっておくしかない俺は聖闘士じゃない?」
「だから、お前にはお前の役目が」
「わかってるったら!そっちだってちゃんとやってる!だけど、現に今、聖闘士の数は足らないわけじゃないか! 無傷な聖闘士がどれほどいる?なのに、沙織さんはさ、沙織さんは、どうして俺を戦うことから遠ざけようとするの? 俺だってあなたと一緒に戦いたかった!結界の見張りだって何も傷ついたあなたじゃなくたって俺が……どうして、俺だけいつも蚊帳の外で……! 星矢も、氷河も、沙織さんも、みんな自分たちだけわかりあっちゃって……俺は……俺は……」
 制御できない感情の波が、荒げた声となって堪えきれず貴鬼の内から爆発した。
 不満を直接女神にぶつけられない程度には大人で、かといってすべて飲み込んで堪えることができない程度には子どもで───こんな時、彼の師なら何と声をかけてやるのだろうか、 とぼんやり思いながら氷河はただ頭を撫で続ける。

 不意に、頭を撫でていた氷河の手首を貴鬼が掴んで止めた。
「……もう8歳だった子どもじゃない。あなたにこんな風に慰められても嬉しくない」
 菫色の瞳が強く氷河を見返す。掴んだ手のひらの大きさは簡単に氷河の手首を一周してしまい、その上、強い力で骨が軋むほどの痛みを氷河に与える。
 だが、子どもじゃない、と言われれば言われるほど不思議と小さかった貴鬼の姿が脳裏に浮かんで、氷河は首を振った。
「お前は子どもさ、貴鬼。沙織さんがお前を戦わせたくなかった理由が俺にはわかる」
「!!……もう子どもじゃないんだったら……!」
 瞬時に、掴まれていた手首が強い力で引かれた。氷河は咄嗟に片腕を床について凌ごうとしたが、完治しきっていない右肩に鋭い痛みが差し、く、と堪えた分だけ反応は遅れた。
 視界がぐるりと回り、床、壁、天井、と目まぐるしく変わった景色は、最終的に目の前いっぱいに広がる、春を告げる花の色をした二つの瞳へと定められて止まった。 気づけば、両腕を床へ縫い留められる形となって逞しく育った貴鬼の体躯が氷河の上へ乗り上げていた。
「振りほどいてみればいい。子どもの力なんかたいしたことないでしょう?」
 このところ彼がよく見せる、大人びた表情で片頬を上げて笑ってみせた貴鬼の睫毛には、だが小さな涙の雫が一粒光っていた。
 とんだ駄々っ子だな、と氷河は微かに笑った。そのことを咎めるかのように掴まれた手首にはますます力が込められる。
 体重をかけて押さえつけられ、氷河の腕はピクリとも持ち上がらない。
「まあ、力だけは一人前についたようだな」
 ため息交じりに発した氷河の言葉に、貴鬼は不満げに鼻を鳴らした。
「力だけじゃない。もう、俺はあなたを抱くことだってできる」 
 
 沈黙が落ちた。

 氷河には貴鬼が何を言ったのか理解できなかったのだ。

「……何の話だ……?」
「知らないとは言わせないよ、氷河。俺は何度もあなたを好きだと言った」
「……俺も……そりゃあ、俺も好きだが……」
 『好き』に込められた微妙な温度差に気づかなかったはずはないのに、貴鬼はふうん?と怒ったようにさらに拘束する腕の力を強めた。
「ああそう。よかった。じゃあ、俺があなたを抱いても問題はないね」
「……………何を言い出すんだ、貴鬼、お前は。さっきから言っていることが支離滅裂だ……」
「そうかな?だったらそれは俺が『子ども』のせいかもしれないね」
「……『子どもじゃない』んだろう……?」
「子どもでいろって言ったのはあなただ」
 そんなことは言っていない、と氷河が反論するよりも早く、貴鬼が身を屈めたかと思うと唇が乱暴に氷河のそれへ押し当てられた。