寒いところで待ちぼうけ

おうちへえろ

ほのぼのシベリア修行時代のあれこれ
カプ要素なし


◆聖夜の楽しみ◆

「♪We wish you a Merry Christmas♪ We wish you a Merry Christmas♪ and a happy new year♪」
「Stille Nacht♪ Heilige Nacht♪ Alles schlaft Einsam wacht♪」
 氷河とアイザックが楽しそうに鼻歌を歌いながら、クリスマスツリーに飾りつけを施している。次々にとりとめなく紡ぎだされる鼻歌に合わせて、カミュもつられて思わず口ずさむ。
 もうすぐクリスマス。
 修行漬けの日々の二人にとっては、数少ない楽しみのうちの一つだ。

 少し前に、二人はサンタへ手紙を出した。
 こっそり回収した、寝室の窓際に置かれていた二通の手紙を深夜に開封して、カミュは思わずうなった。
 氷河の方はこうだ。
『マーマに会いたいです』
 やっぱりか……。
 実は昨年のクリスマスも同じことが書いてあった。
 お前はサンタというものを激しく誤解している。そして、サンタにはそれは無理だ。頑固とというか強情というか一度の挫折では学習しないものなのか。
 いや、もしかしたら、到底無理な望みとわかっていても、一縷の望みをかけて書いたのかもしれない。それ以外の望みが見つけられないのかと思うと少し不憫になり胸も痛む。
 仕方がない、氷河のプレゼントはこうなったらアイザックのと同じものでいい、とアイザックの手紙を開封する。
『聖衣が欲しいです』
 それはサンタにお願いするものではない!神聖なる聖衣を他力本願で得てどうする!!
 氷河は問題外なので置いておくとして、アイザックがそんなことを書くとは思わなかった。こんな手紙なら、サンタはもらってないに等しい……とカミュはこめかみをもんだのだった。


 手紙を受け取って数日後、朝食後の後片付けでアイザックと二人きりになったとき、カミュは声をかけた。
「サンタには何か手紙を書いたのか」
 アイザックは、はっとした顔をしてカミュを見上げる。
「……はい、書きました」
「何を欲しいと書いたんだ」
「それは、」
 躊躇いながらアイザックはカミュに意味ありげな視線をよこしてくる。その様子で、カミュは、ああ、と思い至った。
 アイザック、お前の手紙の内容は、サンタではなく私あてのつもりか。
 サンタの正体が気になる年頃だ。全面的に信じるほど幼くはなく、ファンタジーだと断じるほどに大人でもない。疑念はあっても確信はない。そういう、年頃。
 多分、カミュの反応を見て、サンタの正体を見極めようとしたのだろう。

 フッ、甘い。

 簡単に心を顔に表すカミュではない。
 カミュは、何食わぬ素振りでアイザックに言った。
「いや、別に言わなくていい。クリスマスにアイザックに何が届くかは私も楽しみにしておこう」
 はい、と返事をしたアイザックは、しかしまだ疑うような目で、でも、聖衣が届きはしないことをあなたは知っているんでしょう?とでも言いたそうに見つめ返し、カミュはそれにもまた、どうかしたのか、 と怪訝な顏だけ返してみせたのだった。


 カミュ自身はサンタの存在を信じるタイプの子どもではなかった。───と、懐かしく振り返るほど、カミュの子ども時代は遠い昔のことではない。 今でもまだ、世間的にはもしかしたら『子ども』のカテゴリにギリギリ入ると言えなくもない、十代の半ばをようやく過ぎただけだ。
 弟子を二人任されてすっかり保護者の顔も板についたが、まだ少年のカミュが、自分の子どもの頃は、と懐古するのは可笑しさをさそう光景だろうが、 だが、もともと生来の気質であるのか、相当に遠く遡って振り返らねば、自分の「子どもらしかった時代」を探せぬものだから仕方がない。
 だが、いくら遡ってみたところで、カミュがサンタの来訪をわくわくと待った記憶はどうしても見つからぬ。
 一晩で世界中の子どもにプレゼントを配るなど物理的に可能ではないことなど自明の理。 ほんのちょっとの観察眼があれば、包み紙が良く知る雑貨店のものであったり、隅に小さく値段が記載してあったりすることに簡単に気づくというもの。 だというのに、子どもだけならともかく、なぜ大人たちまでもこの茶番劇に夢中になっているのかいつも不思議で仕方がなかった。
 贈り物など。
 贈りたい人間が贈りたいときに好きなものを贈ればいい。実存しもしないサンタなど介在させることに意味はない。

 ただ、カミュ自身の価値観はそうであっても、小さな弟子たちのささやかな夢をバッサリと黙殺するほどカミュは無粋ではなかった。
 最初の年は、まだアイザックと二人きりであったから、実のところ、クリスマスの存在を失念する、というミスを犯した。 クリスマスの朝、目覚めて、いつもと何の変化のない枕もとを、多分盛大にがっかりしたに違いないアイザックは、健気にも何も表情に出すことはなく、 いつもどおりの質素な食卓を気の利かぬ師と二人きりで囲んで、文句ひとつ言わずに訓練へと出かけたのだ。
 だから、己の致命的な失態にカミュが気づいたのは、翌年、氷河を迎えて初めてのクリスマスを迎えようかという段になってからだ。
 氷河とアイザックが珍しく喧嘩をしたのだ。
 いつもなら、理路整然と、なぜこうなったのかを説明してみせるアイザックは、このときばかりは固く唇を結んで一言も発せず、代わりに氷河が真っ赤な顔でカミュに訴えた。
「だって、アイザックがこんな辺境の地まではサンタは来れないんだって言うから!」
 関係ないですよね、来ますよね、と深刻な顔をして訴える氷河の横で、アイザックが、「嘘じゃない、来なかった」と小さく呟くに至って、 さすがに、しまった、とカミュは1年前の己の至らなさを罵りたくなる心地を覚えたものだった。 聖闘士にクリスマスなど不要、と明確な信念を持っていたのならまだよかった。事前にもっとフォローしてやれただろうから。 カミュときたら、訓練に没頭するあまりに、ただ本当に忘れていただけだ。
 後付けになってしまっては、聖闘士にクリスマスはないと今さら言うのもどこか後ろめたく、 来ますよね、と信じきってカミュを見上げている氷河と、来ないんだから期待するな、と固い表情をしているアイザックに対して、 少なくとも二人がそれを必要としている間は、わたしがサンタになろう、とカミュは決めたのだ。
 カミュが初めてサンタとなったその年のクリスマスの朝のことは、だから鮮明に覚えている。
 マーマに会いたいとお願いしていた氷河は、望みの『マーマ』とはいかなかったが、それでも目が覚めて枕元のプレゼントに気づくと、 ほら!ほーら!ちゃんときた!とまだ眠っているアイザックのベッドへ飛び込んで大騒ぎをし、無理矢理起こされたアイザックは「お前、サンタくらいでちょっと騒ぎすぎ」と努めて平静を装いながらも、見たことがないほど目を輝かせていた。
 その姿を微笑ましく見つめながら、カミュは初めて知ったのだ。
 ああ、なるほど、このサンタというシステムは、子どもたちのためだけではなく、贈り物をする側の人間にも幸せをもらたすものなのだ。
 誰かを喜ばせるためにつく嘘というのは、幸せな気持ちになるのだな、とその立場に置かれて初めて気づく。
 わたしは誰かをこんなふうに幸せな気持ちにしてやれたことがあっただろうか。早くから黄金聖闘士であったせいか、感情顕わにはしゃぐのは躊躇われる気がして、 どんなに嬉しくともそれを表に出したことはなかった。聖域にはさすがにサンタは来なかったが、それでも、年長の聖闘士たちがカミュたちのために、 趣向を凝らしてクリスマスらしい祝いをしてくれていたというのに。
 一度くらい、心のままに、クリスマスの贈り物に歓声を上げてみればよかった。
 そうすれば、今のわたしのように幸せな気持ちになれた人間が一人くらいはいたかもしれないのに。

**

 クリスマスイブ。
 二人は朝からこの上なくハイテンションだ。あまりに二人がそわそわしているものだから、午後から訓練も座学も休むことにした。身が入らないのだから仕方がない。
 サンタを疑い始めているアイザックも、やはりクリスマスは楽しいのだろう。家の前で氷河と二人、雪にまみれてきゃあきゃあと高い声をあげて、転がりまわって笑っている。時々、家の中のカミュに手を振る。カミュは料理を作りながらそれを眺める。
 外は寒く、窓枠が凍りついているほどだが、カミュの心は温かい。
 幸せな光景だ。

 カミュの作った料理の数々を囲んだ夕飯も賑やかなものになった。
 去年は氷河のためにロシア風にしたが、今年はアイザックのためにフィンランド風にしてある。グロッギというシナモンやカルダモンなどのスパイスを使った果実ジュースを飲んで、アイザックが嬉しそうに笑った。
「これ、俺が知ってるのと同じ味がする!」
「フィンランドで飲んでたの?」
「そうそう。これを飲むと、クリスマスだなって気分になる」
「フィンランドってサンタさんが住んでるんだよね?」
「そうなんだ。コルヴァトゥントゥリっていう山の中に秘密の家があって、お手伝い妖精のトントゥーとかトナカイと一緒に住んでる。 トントゥーはさ、大きなノートを持ってて、子どもたちの記録をつけてるんだ。いいことをしたらトントゥーがそのノートに書いてくれる」
 氷河はきらきらした瞳で感心しきりだが、アイザックは、カミュだけに聞こえるように、「と、子ども向けには語られているんです」 と小さく付け加えた。まるで自分はもう子どもではありません、と主張しているかのようだ。
 氷河が来る前のアイザックは、取り立てて大人びたところはなく、礼儀は正しかったが、歳相応にやんちゃな子どもでしかなかった。 氷河の『兄貴分』となったことで、無意識に年長者(実際には同じ歳だが)らしい振る舞いを身につけたのだろう、 始め、微笑ましかった背伸びは、いつの間にかすっかりと板につき始めている。
 アイザックはどうもわたしに似てきた、とカミュはこっそり苦笑した。


 夕飯後、カミュは二人をキッチンに呼んだ。
 お手伝いかな、という顔でやってきた二人に、切った野菜を入れた籠を渡す。
「トナカイ用だ」
「?」
「重い荷物やサンタを乗せて長旅をするのだ。食事も摂らねば動けまい。置いておいてやろう」
「そうか!さすがせんせい!」
 氷河が飛び跳ねて、野菜が入った籠を持って、どこに置こう、外かな、中かな、とウロウロし始める。アイザックは、架空?のトナカイは食べないんじゃ……と戸惑っているようだが、 カミュが素知らぬ顔で、
「外だと凍ってしまう。室内にしておきなさい」
と言えば、腑に落ちない顔をしながらも、氷河にそれを伝えに行った。

 籠は結局、暖炉の前に置いたようだった。
 ここなら、煙突から入ってきたサンタさんがすぐ気づくから、と氷河が言って、「トナカイさんへ。食べてね」と手紙を書いていた。『トナカイさん』は字が読めないと思うが、……まあいい。

 二人は興奮していて長いこと起きていた。

**

 翌朝。
 まだ暗いうち、あっという氷河の歓声でカミュは目を覚ました。
 何時だ、と時計を見る。4時半である。昨日寝たのは12時を回っていたはずだが。
 カミュが背を向けている後ろで、先に起きた氷河がアイザックをつついて起こす気配がした。 アイザックの方もこんな早朝だと言うのに、ほんのちょっとつつかれただけで飛び起きている。 なんだよ、という声が少し緊張しているのは、正体を見極めるための運命の朝だからか。
 二人が小声でつっつきあって、ガサゴソ包みを破る音を聞きながら、カミュは心地よく微睡む。
「氷河、お前、何て書いたんだよ」
「……マーマに会いたいって書いた」
「またかよ!それはクリスマスとはちょっと違うだろ。去年だって無理だったし」
「去年はそんなにいいこってほどじゃなかったから仕方ない。ノエルには奇蹟が起こるんだってマーマが言ってた」
「でも、その包みの大きさはどう考えてもマーマじゃなさそうだよな」
「いい。また来年がんばるんだ、俺」
 がんばるのか。
 微睡んでいたカミュは毛布の下でギョッと目を見開いた。
 それとなくそれはサンタでも無理だと言ってやった方がいいだろうか。だが、サンタのプレゼントにカミュが口だしするのは変だ。 仕方がない、来年もプレゼント選びに頭を悩ますのを覚悟しておかなければいけない。
「……あっ!!うそ!?見てアイザック!」
「ああっすごいじゃん、天体望遠鏡だ!!」
 二人は大興奮だ。カミュを起こさないよう声のボリュームをしぼっているが、本当は走り回りたいに違いない。
「アイザックのは?アイザックのは?」
「……ッ!!サッカーボールだ!!」
「えっ!いいなー!!」
 喜んでもらえたようで何より、とカミュは安堵した。
 プレゼントは、いくらか前に、三人で買い物に出た時に、こっそり二人の視線をチェックしておいた。氷河は足を止めて長いこと天体望遠鏡を見ていたし、アイザックはその隣の店のサッカーボールを見ていた。
 二人とも、カミュには欲しいとも羨ましいとも何も言わなかった。 まあ、その状況で欲しい、と言われても「訓練には必要ないだろう」と断らざるを得なかっただろうが。

 がさがさとまだ開き切っていない包み紙の音に混じって、アイザックの小さな呟きが聞こえる。
「……っかしいな……せんせいだと思ったんだけどな……」
 一瞬、カミュは吹き出しそうになった。アイザックは、『カミュがこんなものくれるわけない』と驚いているわけだ。
 わたしはそれほど朴念仁だと思われているのか。
 ほんのひとときも、世の娯楽を楽しむ自由すら与えない師だと思われていたようで──まあ、実際今まで訓練漬けで与えていなかったわけだが── 少しがっかりだ。そこまで鬼のような師ではなかったつもりだったが。
「あっねえねえ、トナカイさん、エサを食べたかな?見に行こう!」
 氷河がアイザックを誘って寝室を出て行く。
 さて、カミュの仕掛けはうまくいっただろうか。耳をすましているとダイニングの方から興奮して騒ぐ声が聞こえてきた。
 よし、多分成功だ。カミュは心の中でぐっと拳を握り、寝室を出てダイニングに向かった。

「二人とも、うるさいぞ。まだ暗いじゃないか」
「あっカミュせんせい!!」
 ダイニングの扉を開けるなり、氷河がものすごい勢いで飛びついてきた。
「あのねあのねすごいの!トナカイさんエサ食べてて、妖精も来てて、 それで俺は天体望遠鏡もらってアイザックはサッカーボールだった!」
 わかった、わかったからちょっと落ち着きなさい、と背中をポンポンと叩く。
 アイザックは目をまるくしてダイニングに立ちつくしたままだ。
 トナカイ用のエサは『食べ散らかされて』いた。もちろん昨夜のうちにカミュが細工したのだ。
 獣が食べた跡に見えるよう、歯形のような痕跡をつけたり、適度に器からこぼしたりしておいた。 ついでに、ダイニングの食べ物類も少しひっくり返して、小さな足跡をつけておいた。妖精っていうのはどのくらいの大きさだろう、と考えながら。
「ああ……これは掃除が大変だ」
 心底、困った、という渋い顔をしてみせる。
 アイザックの視線を感じる。キレイ好きなカミュが、自分でこんなに汚すわけがないよな……と、揺れる彼の心が手に取るようにわかる。
 よし、もうひとおし。
(正直、クリスマスの存在を忘れていたほどの自分が、なぜこんなに真剣に、二人にサンタの存在を信じ込ませようと必死になっているのか、 カミュにもよくわからない。) 「二人とも何をもらったって?」
「あのね、天体望遠鏡とボール!!」
 アイザックが複雑な顔でカミュを見上げる。
 カミュは今までになく深い皺を眉間に刻んで答えた。(そうしないと笑いが零れそうだったからだ)
「天体望遠鏡は星の勉強に使えるが、ボールか……。訓練の邪魔にならねばよいが……」
 アイザックではなく、なぜか氷河が必死で訴えてくる。
「訓練はちゃんとやる!!ね?アイザック!だって、サンタさんがアイザックにくれたんだ!カミュが駄目って言っても、 サンタさんはいいって言ったんだから!」
 横でアイザックがうんうんとうなずいている。だから、氷河、なんでお前の方が必死なんだ。
 カミュは笑って言った。
「では、サンタさんに免じて、訓練をおろそかにしないならわたしが許可した時は使っていいことにしよう」
 二人はホッとしたように笑い、それからハイタッチをして、朝ごはんまで外で遊んでいい!?と聞いてきた。
 何をバカなことを言っているんだ、外はまだ暗闇だし、雪が、と言いかけたが、全てを言わないうちに二人は着替えて外に飛び出していった。
『わたしが許可した時は』が早速反故になっているんだが。
 カミュは苦笑する。
 やれやれ。甘い顏は今日だけだぞ。
 外に出た二人が、トナカイの足跡があるぅー!!(もちろんカミュの仕業だ)と歓声をあげるのが聞こえた。
 アイザックの疑うような視線はもう感じない。
 カミュは、くすくす笑ってクリスマスキャロルを口ずさみはじめた。
「♪Les anges dans nos campagnes Ont entonne l’hymne des cieux……」

 最高に愉快な気分だった。

(fin)
 
(2011.12.25UP 2017.1.23加筆修正)