アイザックの事故から聖戦までを原作沿いの流れの中で個人的解釈により大いに捏造
第一部カミュ氷/第二部ミロ氷
初出2011年作品を全面改稿しました
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。
◆第二部 11◆
「キグナスをシベリアへ帰しても?」
生憎とそう鈍感にできていない。
何かもの言いたげに唇を開いたり閉じたりを繰り返していれば、さすがに気づく。
氷河はシベリアへ戻るつもりだ。
拝謁には遅い時間となっていたにも関わらず、ミロが女神神殿へ急ぎ伺いを立てに行ったのは、そのためだ。
聖戦はもう、目に見えて迫っていて、今はまだ、ごく限られた者にしか感じられぬ凶兆は、幾日も経たぬうちにはっきりとしてゆくだろう。
十二宮の半分がその働きを失っていることを思えば、むしろ、世界中に散らばった全ての聖闘士を聖域に呼び寄せてもよいほどの状況だ。
この深刻な局面で、聖闘士が(それも女神にとっては心の支えになるだろう一人が、だ)聖域から遠ざかることは、とても女神の耳に入れずにおけることではなかった。
それほどの危機感を抱いていながら、氷河を引き止めないのは、今の彼にはそれが必要なことだと感じたからだ。
喪失の深手はそう簡単に癒えるものではないが、それでも、氷河はようやく、大切なものの死を受け止めようとしている。
必死に前を向こうとしているものを、どうして止められよう。
共に過ごした思い出が色濃く残る地に、ひとり帰り立つのは、酷く苦痛を伴うに違いないが、どうあっても追い払えぬ哀しみも自分を構成する大切な一部なのだと理解することができたなら、彼はきっと今よりずっと強くなれる。
動揺し、不安な様子を見せられたなら畏れ多くもそう説明して、氷河の援護をしてやるつもりであったが、女神は、そんなことをわざわざ伺いに来たなんて、と年頃の少女よろしくころころと笑った。
「氷河がそう決めたのかしら。そうだとしたら、もう何を言っても無駄だと思いますけれど。氷河に限らず、星矢も、一輝も、誰も私の言うことなんて聞かなくて」
嫌われているのです、私、と悪戯っぽく笑った女神の目には、だがしかし、共に戦った少年たちへの揺るがない信頼が見え隠れしていた。
「ありがとう。私を心配してくれたのですね。聖域にいるのですから私は大丈夫です。そうでしょう、ミロ」
氷河がシベリアへ戻ることくらい何でもないことだと、そう微笑まれて、ああ、とようやくミロは気づいた。
聖域の護りの薄さに動じているのは、女神ではなく、俺自身か───
他の黄金聖闘士との間に、絆とか、友情とか、そうした甘ったるい仲間意識のようなものは感じたことがない。
この十三年間は特に、誰がどこで何をしているか、(例えそれが見かけ上だけにせよ)互いに無関心を貫いていて、一対一で戦うことを基本とする聖闘士にはそれで何の不都合もなかった。
だが───
人馬宮、磨羯宮、宝瓶宮に双魚宮。
天蠍宮と女神神殿の間にある宮はどれも主を失った。
今や天蠍宮は、実質的に最後の砦となる。
己に誇りも自信も持っている。
だが、無人宮ばかりとなった十二宮で、後がない宮を護っている、という事実は、さすがのミロをも疲弊させるだけの重圧をもたらしていたことは否めない。
女神を護る黄金聖闘士でありながら道を逸れたことは全く許されることではないが、この十三年間、偽りの教皇の統治する聖域において、これほどの重圧は感じたことがなかった。
何かがおかしい、という気持ちの悪さは常につきまとってはいたが、皮肉なことに、外敵からの守護の点においては、聖域は全くの盤石だった。内側から崩壊した悔しさがいつまでも残るほど、十二宮を守る彼らの力は紛れもなく本物だったのだ。
揃っている時にはそれが当たり前だったが、失われて初めて、どれほど恃みにしていたかに気づかされた。
感じたことのない重圧を背に受けて、女神を護りきる自信が毛の先ほども揺らがなかったかと言えば嘘になる。
───カミュの代わりは誰も務まらない。あなたの代わりも誰にもできない。
だから、だろうか。
少年の言葉は、思いのほか、ミロの深いところに響いた。
まだ何ものにも染まらぬ、少年期の無垢さが発する言葉は、気恥ずかしいほど青臭いくせに、時折、ハッとするほど真をついていているのだ。
青銅聖闘士が十二宮を上りきることは夢だと切って捨てたミロに、夢とは決して不可能なことではない、と言い切った時のように。
黄金聖闘士の代わりなど、例え、同じ黄金聖闘士でも務まるものではない。
宮の順など関係がない。
どこにいても、ミロにはミロにしか果たせぬ使命を全うするだけだ。
わかりきったことを忘れてしまうほどミロの背を重くしていたものが、ふっと失われた、気がした。
ああ、これだから君には敵わない。
共に過ごした数週間は、傷ついた彼をミロが支えていたようで、その実、少年の迷いを導くのを通じて、ミロ自身が救われていたのかもしれなかった。
「ミロ、」
は、と甘く尾を引く吐息を零して、薄青の瞳が開かれる。
相も変わらず左目は包帯で覆われたままだったが、彼の中でどうやらそのことは決着がついたようだ。
視界は半分欠けていても、彼の世界は全てを取り戻そうとしている。戦いにおいてそれがハンデとなることはもう恐らくないだろう。
ただ、熱く潤んで己を映している澄んだアクアマリンがひとつしか見えないことは、今は素直に、惜しい、と思った。
俺は、と音を発しようとする唇を再び塞いで、宥めるように柔く吸うと、氷河は鼻に抜ける甘い声でそれに応え、何度かそれを繰り返すうちに、意味のある言葉を発することはもう諦めたようだった。
じわじわといつの間にかミロの中に満ちていた、温かで、それでいて、切なく、甘く、苦しいものは、もう、同情や、命を救った責任感では説明がつかないほど大きくなっていて、抑えきれないほど爆発的に高まった甘苦しい衝動は単なる性衝動ではなく、世間的にそれを何と呼ぶのか薄々と気づいていたが、それを彼に伝えることはしなかった。
心を言葉にせずに逝ったカミュに義理立てしようとしたわけではない。
己と、彼の進む道にこの先何が待っているか考えれば、彼にとって、というより、ミロ自身のために、その感情に形を与えてしまうわけにはいかなかった。
未練に繋がる何かを抱えて戦うことはできない、という理性を完全に失ってしまえないほどには、ミロは、魂の芯から聖闘士だったのだ。
どうしても何か、こうなるための理由を言葉として必要とされたなら、傷つけることを承知で、物欲しげに誘われたから乗ってやっただけだ、とでも言うしかなかったが、幸か不幸か、それを言う機会は訪れなかった。
ミロ、と掠れた吐息が少し抗議の色を滲ませた。
うん?と一応の返事はしたものの、ミロの唇は柔らかな氷河の耳朶を甘く食んだままだ。
「……それ、い、やだ」
なぜ?とやはり唇に含んだ耳朶を離さずに問えば、ああ、と氷河は身体を震わせて、だって腰が抜ける、と情けない声で答えた。
「これくらいのことで抜けるものか」
腰が抜けるどころか、立ち上がれないほど叩きのめしてやっても、きつい瞳でミロを見上げて、まだまだ、と煽る少年と同じとは思えずに、ミロはくつくつと笑う。
笑ったその微かな振動すら甘い刺激に変わってしまうのか、あ、あ、と氷河はますますびくびくと身体を跳ねさせた。
「う、そだ、抜ける……」
本気でそうなることを恐れているかのように、しがみつくようにシーツをきつく握った指の節が白く浮き上がっている。
「ならば試してみるか」
い、いやだ、という彼の抗議は聞かずに、ぬる、と舌を差し入れて水音が響くほど耳を犯せば、悲鳴のような高い声を上げて氷河の背がしなった。
二人の腹の間で氷河の雄がぐぐっと質量を増して、寝衣代わりの綿の下衣がじわ、と濡れてぴんと張る。
力の入らない四肢をがくがくと震わせながら身をよじり、逃れようとする氷河の腰を抱いて、固くしこったその雄を指の腹で柔く押すと、ああっ、と慌てたように氷河がミロの胸を押した。
「それはずるい……っ」
ずるいとはなんだ、どういうルールだ一体、と、ミロが肩を揺らせば、既に薄桃色に色づいた頬をさらに上気させて氷河は、唇を噛みながら横を向いた。
「怒ったのか?」
べつに、と言った唇が少し尖っている。
そんな表情をされてもかわいいばかりで少しも怖くないが、悪かった、もう触らない、と、ミロは許しを請うように、頬に、うなじに、とキスを落とした。
「ほかに触れてはいけないところは?」
「……あなたは意地悪だ」
「口もきくな、という意味か?」
「そ、んなことは言っていない……」
「ならば俺はどうしたらいい」
そうしたやりとりの間もミロの指も唇も氷河を愛撫したままだ。
むしろ少し意地悪に言葉尻を捉えて追い詰めるのも愛撫の延長のようなもので、だから、問いの形をとっていてもそれに答えを期待していたわけではなかった。
「……………俺だけ、は、いやだ」
あなたも、と、よほど恥ずかしかったのか片腕を己の顔の上へ翳して表情を隠してそう言った氷河の予想外の答えに、だから、ミロは少なからず驚いた。
痛々しく師の名前を呼んでいる少年相手には決して上がらなかった熱がぐっと勢いを増してミロを昂ぶらせる。
「あまり煽ってくれるな」
バサリ、と纏っていたものを脱ぎ捨て、中途半端にはだけていた氷河の上衣をも剥ぎ取るように取り去り、ミロは何も遮るもののなくなった胸をぴたりと重ね合わせるように深く口づけた。
ん、ん、と苦しげに氷河の喉が鳴ったが、少年のペースに合わせてやるような余裕はもはやミロにもない。
顕わとなった少年の胸の頂を指で挟んで刺激しながら、息つく間もないほど口づけを繰り返せば、熱く火照った身体は何度も戦慄いて、感じている愉悦をミロに伝えた。
シーツを掴んでいた氷河の指は、もっと確かな縋り先を探してうろうろと動いている。
背中へでも誘導してやろうとその手を取れば、離れていくと勘違いしたのか、慌てたように氷河がミロの指をきゅうと掴んだ。
それほど必死に求められては、下肢の間で、ぐぐ、とすっかりと漲った雄を暴力的に捻じ込んでしまわぬように衝動を抑えるのが困難だ。
く、と小さく呻いて、ミロは上体を起こし、ふう、と一度大きな息をして氷河を見下ろした。
氷河はようやく与えられた呼吸の自由に、は、は、と激しく息をしてくったりとシーツに沈んでいる。
褐色に近いほどよく日に灼けた四肢に比して、腹も胸も雪のように白い。
汗に濡れ、上気した白い肌を飾るかのように、ミロが弄んでいた胸の突起はぷくりと立ち上がって、思わず喉が鳴ってしまうほど淫靡だ。
だが、それよりもミロの目を奪ったのは───
白い腹の脇、まるで所有印のように浮き出た薄赤い小さな徴。
───傷痕だ、アンタレスの。
そうと気づいてよくよく見れば、普段は衣服で隠れている、針で突いたよりもごく微細な傷痕は、熱を上げ、上気した肌に薄赤く浮かび上がり、そこには、蠍座の十五の星が、刻んだ人間にのみわかる赤い軌跡をくっきりと描いていた。
肉体が滅べば、それが死だ、と思っていた。
だが───
喪った苦しみと共に、ではあったが、氷河の中にはまだ強くカミュは生きている。
聖戦を前に道半ばで斃れたにも関わらず、満たされた微笑を浮かべて息絶えたカミュの凍りついた横顔がミロの脳裡に去来する。
カミュはきっと、肉体は滅しても、己の全てが氷河を通して未来へと繋がれて行くことを確信して安堵の中に逝った。
カミュと違い、蠍座の継承者を得る機会はなく、連綿と受け継がれてきた己の技を次代へ繋ぐ術はないものと思っていたが───
そうか、君がいたのだな。
この世でただ一人、アンタレスを受けて生きている、君が。
「ミ、ロ……?」
切なげな吐息を零しながら、氷河がゆるりと身体を起こした。
どうかしたのかと不安げな青い瞳から、ミロは、いや、と視線を逸らせた。
僅かでも気を抜けば、抱き締めて、甘い言葉を囁いてしまいそうになるほど感情が揺さぶられていた。
ミロは氷河の肩へ手を回し、くるりとその身体を裏返す。
アンタレスを目に入れたままでは心を言葉にしない自信はなかった。
背を唇と舌で愛撫しながら、引き締まった双丘を割り開いて、先走りで既に濡れた己の雄をぬるぬると押しつける。
「……っ、あ、待っ、」
「これでもまだ待てと?」
閉じた太腿の狭間をゆるゆると行き来する熱い塊に、氷河はかあと頬に血を上らせた。
透明な滑りを借りた指をぬぷりと肉に埋めれば、氷河は汗に濡れた髪を振り乱して、ああ、と喘ぐ。くちくちと押し拡げる動きに、氷河の腰がひくひくと跳ねる。
負担のない程度の時間をかけてやれたかどうかはわからない。
ミロ、と何度目かに切なげに呼ばれたのに負ける形で、ミロは己の全てを氷河に含ませた。
「ぁ、あ、あ、」
やはり、それなりに苦痛は伴ったのだろう。
色に濡れていた喘ぎが、引き攣れた短い悲鳴じみたものに変わる。
大丈夫か、と汗に濡れた髪を指で梳きながら問えば、震えながらこくこくと頷いたのがどうにもいじらしい。
「息を吐けるか?」
前へ手を回して、中途半端に煽られてまだ一度も吐精へ導かれていない氷河の雄を手のひらに包み揺すってやれば、あー、という惚けた声と共に強張っていた氷河の身体は弛緩し、痛いほどミロを締め付けていた粘膜もゆるりと蠕動した。
屹立して雫を垂らしている氷河の雄をくちゅくちゅと慰撫してやりながら、含ませた己を馴染ませるようにゆっくりと動けば、氷河の喘ぎが、再び、色づいて高くなる。
「……っ、あ、く、ぅん、ミロ、両方は、や、あぁ……っ」
刺激が強すぎるのか、先ほどから眦に大粒の涙が浮かんでぽろぽろと零れている。
挿入するのに膝立ちにさせた足もぐずぐずに力が抜けて、ミロが支えていなければぺたんと崩れてしまうだろう。
そのくせミロを熱く包んでいる肉は濡れて奥へ奥へ誘うように締め付けるのだから堪らない。
く、と顏を顰めて、ミロは氷河の雄を解放し、代わりに両手で細腰を強く掴むと、肉を打つ音が響くほどに激しい律動へと変えた。
「あ、あっ、ああっ」
深く突き入れる度に喘ぎは甘く高くなり、引けば、切ない吐息が唇から零れる。
ずるずるとシーツの上へ崩れ落ちた氷河の身体を無理に起こすことはせず、ミロは己の体躯を重ねるようにぴったりと密着させたまま、細い身体を揺さぶる。
押しつけられる形となったシーツに隠れて、吐精したかどうかまではわからなかったが、氷河がほとんどすすり泣くような喘ぎを上げてひときわミロを強く締め付けたことで、彼が極んだらしいことは知れた。
きつい締め付けに煽られて高まる極みの期待に、なおも抽送を続けようとするミロに、氷河が小さな悲鳴を上げて振り返った。
「い、今は、待っ、や、……あああっん、んんぅ」
「我が儘だな。煽っておいて待てとは」
「で、でも、んっ、あーっ、……んぁ、ああ!深っ、ア、」
ぶるぶると戦慄いてシーツの上で泳ぐ氷河の両手の甲に、ミロは己の手を縫い留めるように重ねた。
体躯をぴったり重ねられ、両手の自由も奪われて、氷河にはもう逃れる術はない。
氷河の中のぽってりと熱く熟れた突起をミロが擦るたびに、氷河は涙を浮かべて、はくはくと唇を震わせる。
やさしく涙を掬い上げて、唇を重ねて、大丈夫だ、と宥めてやりたい衝動に何度も駆られたが、それだけで留まる自信はやはりなく、眉間に深い皺を刻んで、ミロは何度も、震える身体をただ揺さぶり続けた。