寒いところで待ちぼうけ

手のひらの

アイザックの事故から聖戦までを原作沿いの流れの中で個人的解釈により大いに捏造
第一部カミュ氷/第二部ミロ氷
初出2011年作品を全面改稿しました



◆第二部 08◆


 嗚咽していたのは僅かの間、涙を流したことをきっかけにぷっつりと何かが切れたのか、ミロの腕の中で背を丸くして小さくなったまま、氷河はほとんど気絶するかのようにすとんと眠りに落ちた。
 よほど深く眠ったのか、夜半を過ぎ、夜明けが近づいても、目を覚ます気配はなく、寝息すらも聞こえない。
 氷河がうなされることなく眠りを享受できているのは、ミロが知る限り初めてのことだ。
 ミロとて一晩中不寝番で少年の動向を窺っているわけではなかったが、さすがに同じ空間で、短い悲鳴とともに飛び起きる気配が何度もしていれば気づかないほど鈍くない。
 久方ぶりにまともに眠れているのは歓迎すべきことだが、それにしても、痴態を晒すことを強要した張本人の腕の中でそのまま眠りに落ちてしまうとは。
 彼とて人並に警戒心も羞恥心もあるだろうから、それほどに身体も心も限界を迎えていた、ということだろう。
 少年に訪れたようやくの休息の時間を僅かでも妨げるのは忍びなく、結局、ミロは、氷河を胸に抱いた姿勢のままで一晩を過ごしたのだった。

 涙跡が残る頬に朝日が当たり始める頃には、さすがに眠りが浅くなってきたのか、氷河が、ん、と鼻に抜ける吐息とともに初めて小さく身じろぎをした。
 自分自身の声が耳に届いて、多分、それが覚醒のきっかけになったのだろう。
 閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がって、金色の睫毛に縁取られた薄青の瞳が現れる。
 パチ、パチ、と、音がしそうなほど何度もそれは瞬いて、目の前にあるミロの胸、首、そして顔へとゆるゆると視線が上げられる。
 いったいどんな夢を見ていたのやら、眉尻が下がり、薄く唇は開いて、あどけなさすら残る緩みきった表情は、別人のように無防備だ。
「……?」
 ミロの顔の前で焦点を結んでもなお、淡い色の瞳はしばし柔らかく緩んでいたが、身体の覚醒にいくらか遅れる形で、深いところを揺蕩っていた意識にも覚醒が訪れたのだろう。忙しなく、何度か瞬きをするや否や、それはみるみる馴染みの、小生意気な「キグナス」としてキュッと一気に引き締まった。
「……っ、な……っ」
 目覚めたはいいが、何しろほとんど昨夜の姿のままだ。互いに何も纏っていないわけではないが、着衣はまだしどけなく崩れきっていて、ところどころに氷河が吐き出した精が乾いて光っている。慌てふためいて逃げ出したくなる理由は十分で、氷河はミロから距離を取るように身体を逸らせようとしているが、一晩しっかりミロの体温を享受しておいて今更だ。
 ミロは、落ちるぞ、と言って、その背を引き寄せて再び強く腕の中へと閉じこめた。
「は、離してくれ……っ」
「嫌だと言ったら?」
「……っ、あなたというひとは……っ、よくもそんな身勝手な……!」
 プライドだけは人一倍高そうだから、自分を弄んだ男の腕で眠ったというのは不本意だろう。
 だが、羞恥だろうと怒りだろうと、感情を真正直に発散させられるのは悪くない兆候だ。
 元気がいいな、ようやく人間らしくなって話がしやすくなった、と片頬で笑ったミロの軽口に、氷河は唇をぐっとへの字に結び、なぜなんだ、と恨めしげな声を出した。
「……泣きたくなんかなかった」
 身体を好き勝手された意図を問うより涙を流したことの屈辱が先に立つとは。
 歩き始めたばかりのひよこでも、なるほど、さすがに聖闘士は聖闘士だということか。聖闘士が守らねばならぬのは肉体ではなく魂だ。
「泣いたぐらいどうと言うことはない。俺たちは人間だ。時には涙くらい流すこともある」
「……でも、聖闘士だ。聖闘士に涙なんかいらない」
「いついかなるときも決して涙を流すな、と、涙を流すことは罪であるとカミュがそう言ったのか」
「そう……いう、わけでは……だが、我が師は……」
 氷河の瞳が記憶を探るようなものになり、自信なさげに揺れ始める。
 よく泣いていたと言っていたから、幼い頃、しょっちゅう、泣くな、と叱られていたのは確かなのだろう。
 だが、そのカミュ自身、最期の日まで涙というものを完全に捨てていたわけではなかった。
 まさか己はよくて弟子は駄目だなどと言いはしないだろう。氷河に対して一体どんな言い方をしたのかミロが知るよしもないが、カミュが禁じたのは涙そのものではないはずだ。氷河がカミュの言葉の真意を正確に理解しているかはどうにも怪しかった。
「カミュがどう言ったか知らんが、涙を流す流さないはたいした問題ではない。そこに拘る意味はありはせん」
 まるで睦み事のような距離のままでミロの腕の中に留め置かれていることが納得がいかないのか、落ち着かなく身体を逸らし続けていた氷河は、ミロの力の前ではそれは無駄な抵抗とようやく悟ったか、諦めたように息をひとつ吐くと、だが、と顏を上げてミロを見た。
「我が師は『聖闘士に過去を思う涙は不要』と……俺は、聖闘士だ。だから二度と泣かないと決めた」
「なるほど。確かにカミュの言ったことは正しい。聖衣を授かることは神にも等しい力を授かることだ。俺たち黄金は特にな。神の力を行使するときには、己の私的な感情がそこに混じるようなことは決してあってはならないものだ」
 師の教えを肯定されて、氷河はほっとしたように頷いた。あまりにあからさまに安堵するものだから、「力を行使するときには、な」という注釈は、つけるタイミングを失った。
 氷河の中ではカミュとは、彼の価値観の全てを構成する絶対的な存在なのだろう。
 カミュが生きていたときから氷河はそうだったのだろうか。
 もしも、死んだことで、カミュが氷河にとっての絶対者となってしまったのなら、あまりに危ういことだった。どんなによい教えであっても盲信すれば視野閉塞を招く。視野が狭くなれば道を誤りやすくなる。生きていればカミュが修正したであろう軌道は、本来の道から大きく逸れてしまうまで、誰にも気づかれぬままだ。

 ミロは手のひらを氷河の胸へと当てた。
 薄い麻の布の上からでも体温と鼓動が指先に触れる。
「君は後悔しているか」
 何を、かは言葉にしなかった。
 だが、ミロの指先には刹那大きく跳ねた鼓動が伝わり、それで、彼がミロの問いの全てを理解したことは知れた。
 落ち着いていた少年の呼吸が再び乱れ、身体は小さく戦慄いている。
「……俺の、問題だ。あなたにそこまで説明する義理はない」
 少し緩み始めていたかに見えた少年のガードがまたキュッと閉じられる。性急に踏み込み過ぎたのかもしれない。
 だがもう、いつ事が起こってもおかしくはない。
 まだるっこしい言葉遊びをゆるゆると続けて、懐柔してから本題に切り込むような猶予はない。
「君の問題ではあるが、同時に俺の問題でもある」
 意味がわからなかったのか、氷河の眉が不審げに歪められる。
「忘れたのか。放っておけば死んでいた君を生かしたのは俺だ。君がカミュと戦ったのは俺が選択した結果だ。俺の選択如何では君とカミュは戦うこともなかった。君ひとりの選択だけがカミュを死に至らしめたと思っているなら傲慢だな」
 氷河の瞳が衝撃に見開かれた。
 そんなことはまるきり考えてみたこともなかった、という顔だ。
 ああ、本当に君はたった一人で全てを背負おうとしていたのだな、とその健気さがミロの胸を熱くする。
 全ての責任を、あるいはその一端でも、彼を聖域へと導いた他の何かに押しつけて心の荷を軽くすることも可能であっただろうに。心の中で起こるそれは、自己防衛本能だ、誰にも責められることはないのに、そうしなかった。
 氷河は酷く動揺して表情を取り繕うことも忘れ、でも、と何度も瞬きを繰り返している。
「……こ、後悔を、しているのか。あなたは、カミュが、」
 ようよう紡がれた声は激しく震えていて、ろくに言葉の体を為していなかった。
 後悔している。生き残るべきはカミュで、俺はあのまま君を死なせるべきだった、と言ったら彼はどんな顔をするだろう。
 ミロは震えている少年の髪をあやすように撫でた。
「後悔しているか、と言われれば否だ。君を生かしたことは全ての結果を知った今でも正しかったと思う」
 カミュには悪いが嘘はつけない。
 降伏か死、敵に選択を強いる自分自身、常に様々な選択をして生きている。迷いなくこちらが正解だと明らかな選択ばかりではなく、選択した後も何が正解だったか迷い、悩むことの方が人生には多い。一度たりと後悔なんかしたことがない、などと傲慢なことを言うつもりはないが、それでも、その先に黄金聖闘士一人を失う結果が待っていたとしても、女神を護ろうと必死に十二宮を上った青銅聖闘士の命を救わぬ選択はミロにはなかったと断言できる。
 ミロの答えは、案の定、少年が期待していたものではなかったのか、やや血色を悪くした少年の顔が泣き出しそうにくしゃくしゃに歪んだ。
 そんな顔をするな、とミロは笑って人差し指の背で氷河の頬を撫でる。
「俺に後悔させたいならまだ間に合う。君次第だ」
 さあ、どうする、と、少年本人にそれを選択させるのは、慈悲のようでいて、存外に厳しさを強いていることを自覚している。
 氷河は瞬きをして、一度、大きく呼吸をした。
 そして顔を歪ませたまま、おずおずとミロを見た。
 青い瞳がうっすらと水の膜を張って揺らめいている。

「………俺も……後悔はしていない……」

 涙で揺れて、消え入りそうな声だった。
 だが、彼ははっきりと、後悔はしていない、と言い切った。どうしたらよかったのかわからない、ではなく。
 儚げな色をした瞳であるくせに、虚勢も嘘もないブルーは何者にも意志を犯されない強さも秘めている。

 いいこだ、と、緩く癖のあるブロンドに指を差し入れてくしゃくしゃと撫でてやれば、瞳に張った水の膜が雫の形となってポロリと零れ落ちた。
 それが呼び水となって、後から後から玉のような雫が柔らかな頬を伝い、濡らしていく。
 二度と泣かない、と決めたその瞳から零れるその雫は涙などではない。もっと純粋で美しく、哀しい雫だ。

「………本当に……後悔はしていないんだ……」

 ミロに、と言うよりは、己自身に言い聞かせようとするかのように、氷河は一音一音を区切って繰り返す。

「それでも、俺は、」

 振り絞るような悲痛な声だ。
 言葉にすることを恐れるかのように、唇が何度も躊躇いに開いたり閉じたりを繰り返している。

「俺、は、」

 ああ、と頷いてミロは彼の背を撫でる。それに勇気づけられたように少年は、ひとつ息を吐いて一気に言った。

「カミュに生きていて欲しかった」

 会いたいんだ、どうしようもなく、とまた雫が少年の頬を伝う。
 ああ、俺もだ、とミロが頷けば、堪えきれなくなったのか、ひ、と引き攣る音とともに氷河の腕が強くミロの背へ縋りつき、声を殺した嗚咽が漏れた。

 後悔している、と言えたなら。
 誤った選択をしたのなら己を責めることもできただろう。
 だが、ミロがそうであるのと同様に、氷河もまた、その時できる最善の選択をしたのだ。
 時間をあの時に戻したところで、氷河は決して仲間を置いて逃げ出したりはしないだろう。
 カミュを前に全力を尽くさぬ選択もしないだろうし、道を踏み外していた兄弟子を見逃すこともできないはずだ。
 揺らぐことのない正義はいつもひとつの答えに帰結する。
 それなのに、その正義がもたらした結果はあまりに残酷だ。
 俺は間違っていた、と後悔できた方がよほどよかった。
 過ちを犯す人間の弱さを女神は愛し、常に償いの機会を与えるのだから。

 聖闘士として氷河は正しい選択をした。
 カミュもまた悪に堕ちていたとは到底言えないだろう。
 それでなぜカミュが死なねばならなかったのか、少年が真に理解するには多くの時間と人生経験を必要とするだろう。
 たかだか十数年しか生きていない身で受け止めなければならない現実はあまりに重い。
 海底で、亡き師の幻を前にした氷河がどれほど安堵し、そして後に絶望したか想像すれば、あまりに卑劣な手段で少年の心を痛めつけた海闘士に血が煮える思いがする。
 死線を潜るような厳しい戦いはいくらでも経験したが、これほど心に痛いのは記憶にないほどだ。

 嗚咽の合間に引き攣れる喉声は、時折、会いたい、と音を結んでいる。
 だがそのうちにそれも小さくなり、最後には嗚咽も消えて、洟をすする音も消えると、氷河はまるで魂が抜けたかのように静かになった。
 眠ったわけではない。
 証拠に、放心したように空の一点を見つめる瞳は開いたままだ。
 左目に巻いた包帯は緩んで、チラと美しい空の色がのぞきかけている。

「……こんなに泣いては……せんせいにまた叱られる」
 泣きすぎて嗄れたのか、少年が茫然と発した声はひどく掠れていた。
 馬鹿だな、とミロは彼の頭を自分の胸へ押しつけるように掻き抱く。
 死者と別れをする儀式は必要だ。
 正しく葬られることなく、空に浮いたままだったアイオロスの死は聖域に昏く長い尾を引いた。
 もしかしたら、彼の死を謀ったサガ本人の心にさえ、さらなる昏い闇を落としたかもしれない。
 墓標は死者のためにあるものではない。残されたものの心に区切りをつけるための、必要な終止符だ。
 生と死の区切りが曖昧なままでは、いつまでも区切りはつかない。
 まるで生きている人間に会いに行くかのように、海の底へ日参し、師の姿を騙った敵の前に簡単に倒れ伏してしまうのは、氷河の中でその区切りがついていないせいだ。
 死者を思って涙が流れるのは、決してもうどうにもならない現実を理解しているからだ。それは辛いことではあるが、悪いことではない。頬を流れる雫のひとつひとつに哀しみを閉じ込めて、ひとは愛する者と別れるための心の整理をつけるのだ。
 氷の柩に愛弟子を閉じ込めたあの日のカミュもそうしたように。

「大丈夫だ、カミュには黙っていてやろう」
 少し悪戯っぽくそう言えば、氷河は、頷いてまた少し泣いた。
 涙が溢れるのを促すように、ミロはただ静かに彼の髪を背をゆるゆると撫でる。
 涙の雫は哀しみの数だけ次々に零れる。
 氷河は時折思い出したかのように、ポツリポツリと、独り言のような、譫言のような昔語りに口を開く。
 カミュはすごく厳しくて怖い師だったこと。
 だけど、本当はやさしかったこと。
 ミロの知るカミュの姿に重なることもあれば、本当にそれはあのカミュの話か?と思うようなことまで。
 総じて、氷河の口から語られる『カミュ』は完璧な師であり、完璧な黄金聖闘士だ。
 度を超した崇拝ぶりは、やはり危うさを孕んでいる。
「……俺は、あまりいい弟子だったとは言えない。なのに、なぜ、我が師ほどの人が俺のためにあんな……」
 ああ、と、ミロは嘆息した。
 そうだった、君はまだ本当の意味では知らないのだ、カミュという人間を。
 カミュは本当に完璧に己の気持ちを隠して逝ってしまったのだ。
 決まっているじゃないか、カミュは君を、と言いかけたて、だがしかし、ミロはそれを飲み込んだ。
 言葉にすれば酷く陳腐になりそうで、神聖なほどに秘匿されたカミュの想いを冒涜しそうな気がした。

 代わりにミロは氷河の額に唇で触れた。
 ちゅ、という軽い音を残して去った熱に、氷河がびくりと怯んで身を固くする。
 背や髪をあやすように撫でていたミロの手は、彼の腕の薄い皮膚をなぞる様にゆっくりと辿る。
 指の腹に吸い付くような滑らかな皮膚の感触を楽しむように、ゆるゆると往復させれば、氷河はかあっと頬へ熱を上らせて、「ミロ……ッ」と焦ったような声を出した。
「カミュは君に『罰』を与えたと言ったな?」
「あ……あ、だから、それ、は……」
「カミュはそれほど手酷く扱ったのか、君を」
「違う!……や、やさしかった」
と、思う、と、耳まで赤くして思わずそう言いながら、だが、氷河は思い直したように首を振って、わからない、本当はよく覚えていない、と顏を歪めた。
「俺は無我夢中で……せんせいも何も言わなかった。だから、あれがなんだったのか……」
「フ、君を動揺させるだけさせて説明もなしとは、酷い師もあったものだ」
「!違う、せんせいは……っ」
「だが君は『罰』だと感じた。それほど苦痛だったのだろう?」
「それは違う、いや、違わない、けど、いや、そういう意味ではなく、でも、カミュがあんなことをする理由がほかにない。だから、俺は、」
 理由がほかにない、と来た。
 まさかその行為の本来の意味も知らないほど初心ではあるまいに、そんな単純な事実にも思い当たらないなど、どこまでカミュを神格視すればすむのだ、と、その盲目的な信仰はミロには苦く感じられる。

 ほとんど用を為さなくなった緩んだ包帯をしゅるりとミロは彼の頭から抜き取った。
 あっと短く叫んで抵抗しようとした少年の腕を押さえ、巻き直してやるだけだ、とあやすように囁く。
 その言葉を素直に受けて、少し身を固くしたものの、されるに任せた少年の、両の瞳を塞ぐようにミロはそれを巻き直してやる。
 昨日の訓練の続きを始めるのかと身を起こしかけた氷河を引き寄せて、ミロは無防備に開いた唇へ己のそれを重ねた。
「……っ……ま、た、あなたは……っ」
「これ以上カミュの存在を呪いにはするな」
「の、呪いだと……?いつ俺が、」
「君に『罰』を与え、別れを惜しむ涙を流すことすら許さず、結果どうだ、君は頑なに世界を閉じて戦えもしない。これが呪いでなくて何と言う」
「違う!カミュは……」
「カミュは?」
 言葉を探している唇をミロは再び塞ぐ。
「カミュは君にこうしてキスをした。……そうだな?」
「……あ……」
 戸惑う彼の心に沿うように、触れ合わせるだけで留めていた唇をゆっくりと甘く啄めば、記憶が刺激されたかのように、痩せて肉の落ちた背がふるりと震えた。
 唇で唇を食むように挟み、それから、舌先で戯れるように薄い唇の輪郭をなぞる。吐息すら零させてやるまいと、深く触れ合わせて、舌を絡め取る。
 そうして唇だけで長い時間を触れ合って離れれば、熱を帯びた少年の肌が薄赤く染まっていた。
「これが『罰』なのか?」
 言いながらミロは、氷河の蜂蜜色の髪に指を差し入れ、柔らかな感触を確かめるように何度も撫でた。カミュがどれほど愛おしむようにそれに触れたか、見えるような気がした。
 視覚を奪われた氷河はミロに身を委ねたままじっと考え込んでいる。必死に記憶を辿っているのかもしれない。
 ミロは氷河の髪をさらりとかき上げ、あらわになった形の良い耳をそっと唇で食んだ。
 ピクリと跳ねた少年の身体を押さえつけるように抱いて、柔らかな耳朶を何度も甘噛みすると、艶めいた吐息とともに、みるみる力の抜けた身体がミロの胸へ倒れ込んだ。
「ミ、ミロ……っ」
 せっかく見えぬようにしてやったのに、わざわざ己の名を呼んでしまう氷河に、野暮だな、とミロは喉奥で笑った。
「誰が『俺』の相手をしろと言った。君が今考えるべきは俺のことじゃない」
 そんなことを言われても、と戸惑うようにしながら、それでも、こんな欺瞞に縋ってでも心の整理をつけてみる気になったのか、裾を割って直接肌を愛撫するミロの手はもう拒まない。
 鎖骨をなぞるように舌を這わせれば、氷河は、観念したかのように、あ、と艶めいた吐息をひとつ吐いた。