アイザックの事故から聖戦までを原作沿いの流れの中で個人的解釈により大いに捏造
第一部カミュ氷/第二部ミロ氷
初出2011年作品を全面改稿しました
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。
◆第二部 07◆
カミュはいったい、何というものを遺していったのか。
もともと少年がそうだったのか、それとも、カミュがそう育てたのか。
───ああ、そうか、未完成なものが持つ危うさか、これは。
目を瞠るほどの強さを発揮したかと思えば、思わず手を差し伸べずにはいられないほどに脆い。
繊細さと強靭さがアンバランスに同居している、発展途上の少年が、自分自身を制御し損ねては傷を深めていく様を傍で見続けているのは、どうにも堪らないものがあった。
間違った方法で強引に克服しようとしているせいだろう、ミロに頼もしさを覚えさせるほどだった氷河の動きは日に日に悪くなっていた。
片目であることそのものが彼の問題の本質ではない。
恐らくそれは、彼がもともと抱えていた問題を表面化させる引き金になったに過ぎない。
視覚だけの問題なら、氷河に言ったように、聖闘士ならどうとでもなる。事実、ミロとの戦いで五感を失った瀕死のあの時ですら、彼は今よりよほど軽やかに動いていた、とミロは思う。
だが氷河は、片目を塞ぐことで、世界の一部から目を背けようとしているように見える。そしてそれが、彼の動きを悪くさせている最大の原因だ。
聖域にいて、ほとんどそれしか共通の話題のないミロとの間で、頑なにカミュの話題を避けているのは不自然だと、彼は自覚しているだろうか。
適度に忘れる努力は必要だが、必要以上に封じて、結果、そのことががんじがらめに己を縛っていることに何故気づかないのか。
世界を遮断しているあの包帯を、押さえつけて強引に剥がしてしまうのは簡単だが、本人が自分の問題を自覚していない以上、無理に両目を開かせて現実を見ろと突きつけたところで何の解決にもならないだろう。
心の領域には誰も手を出すことができない。
これは、氷河が自分自身で乗り越えねばならない問題だ。
だが───
もうあまり時間がない。
ミロの黄金聖闘士としての第六感は、このところ昏く蠢き始めている冥府の気配を薄々と察知していた。
喪失の傷を癒すのは時間しかない。どれだけ時間がかかるかは人それぞれであるにしても、どんな深い哀しみも人間は時間と共に忘却できるようにできている。五年後か十年後、あるいは二十年、三十年かかるかもしれないが、氷河にも無論、いつか亡き師の思い出を振り返ることができる日が来るに違いない。
だが、それを悠長に待っていられる状況ではなくなっている。
彼が聖闘士だからだ。
今、聖戦を迎えては彼は確実に生き残れない。それだけならまだよいが、彼のために彼の仲間たちが命を落とす羽目にもなりかねない。
いっそのこと聖戦を待たずしてこのまま聖闘士としては再起不能となって折れてくれた方が話が早いとさえ思ったが、それではカミュが犬死だ。
同じ黄金聖闘士として、彼の死が何の意味もなかったものになることはミロには耐え難い。
これほど苦しんでいる少年に挫折もさせてやらない、というのは、もしかしたらエゴなのかもしれない。己にそこまで彼の生き方を決める権利がないことは自覚している。普段のミロなら決してこうも干渉したりはしない。
にも関わらず、柄にもなく、師の真似事までして彼に関わるのは、彼がミロにとっても特別だからだ。
生涯で初めて蠍座の十五の星は完璧な軌跡を描いた。格下の、まだろくに実戦も経験していないようなひよこを相手にそうすることになった、それだけでもミロの心が動かされるのには十分過ぎたが、聖闘士として歩み始めたばかりの少年は、ミロの想像をはるかに越えた闘志を見せた。
致死点を受けた氷河は既に虫の息で、ほとんど無傷で立っていたミロが彼を斃したことは明らかであったにも関わらず、負けた、と───
簡単には屈しないのが聖闘士というものであり、ミロもまたどれほど己が不利な状況に置かれていても弱気になったことは一度もない。にも関わらず、あれほど完璧な、だが、不思議と清々しい敗北感というものは初めてだった。間違いなく、ミロの聖闘士人生において、最も熱く胸が震えた瞬間だった。今後もきっと、格下の、それも同じ聖闘士相手にあれほど熱くなるようなことは二度とないだろう。
ミロの魂を揺さぶるほどの特別な衝撃を与えておきながら、ごく普通の少年と同じに傷つき、迷う、その落差がミロには不思議で、彼を見るたびに、何と言っていいかわからぬ感情がじわじわと胸に広がるのだ。
ミロの唇を受け止めて、長い睫毛が縁取る青い瞳が何度も瞬いている。
驚き、意識が削がれたか、窒息せんばかりに乱れていた呼吸は、今は落ち着きを取り戻している。
柔く唇を食んでやれば、今ごろになって、な、と氷河の唇から声が漏れた。
鈍いな、とミロは少し笑って、氷河の肩をトンと押した。
寝台の上へ転がってもまだなお、危機感なく、瞳を瞬かせているだけの少年が少し可笑しくて、ミロはまた笑う。
両肩を押さえ付けるように抱いて、もう一度唇を触れさせて、手加減なしの深い口吻に変えてやっと、氷河は四肢をバタつかせた。
「……っ!?……ん……っ……ぅ」
ミロの手が、シャツの裾を割って素肌をするりと撫でたことで、氷河は何かを訴えるように喉奥で叫んだ。
ミロの舌に、唇に、時折甘い息を吐いては身体を震わせるくせに、いやだ、と言いたげに首は振られる。
唇を解放してやれば、氷河は、ほとんど叫ぶように、一息に言い切った。
「……いや…だ…っ、俺は、カミュ以外とは、」
その瞬間の衝撃を何と言い表したらいいだろう。
「………………驚いたな。カミュは君を……?」
日頃の鷹揚さなど消え去り、思わずそう問うたミロに、氷河は失言を零した唇を戒めるように拳で覆って、真っ青になって首を振った。
「……ち、がう……違う、あれは、そういうのでは、」
ぶるぶると必死に氷河は否定しているが、意図も経緯もどうあれ、カミュと身体を重ねた経験があると告白したも同然だ。
氷河の態度でより一層はっきりしたその事実を咀嚼するように、カミュが、か……?と、まだ信じられぬ思いでミロが繰り返したのを、責められていると受け取ったのか、氷河は震えて、何度も、違う、と繰り返す。
「……本当に、一度、きりだ、あなたが思っているようなものとは違う……」
『思っているようなもの』も何も、ミロが知るカミュは、手慰みに弟子をいいようにするような男ではなかった。
カミュに限ってあり得ない、とさえ思った。
聖闘士とて人の子、人間として当たり前に備わった本能を排除することなどできない。生涯を神に尽くすことに捧げた男ばかりの聖域では、やむにやまれぬ代償行為として、淫蕩な交わりを師弟間や兄弟弟子間で持つ者もあったが、カミュはそうした、拒むこともできぬ絶対的な力関係の元で行われる行為を厭うていた。
嫌なら拒むだろう、互いに割り切っているのだから放っておけばいい、と、さして興味なく言い捨てたミロに対して、本当に対等な関係ならわたしだって野暮は言わない、無理を強いていても気づかぬ、その無自覚さが許せないのだ、と冷たい怒りを滲ませていた。
あれはまだカミュが「師」となる前の出来事であったが、その頃から既に、カミュはいつか己がその立場となる際の心構えをしていたのだろうか。
まだ少年だったミロには、その潔癖さが過剰に思えて、お前は固いな、と冗談めかして言ったものだが、カミュは呆れたように一瞥して、第一、愛もないのに虚しいものだと思わんのか、と。そう言ったのだ、彼は。
あい?と聞き返したミロにカミュはハッとして、余計なことを言った、とばかりに耳を赤くしながら、変な風に聞き違えるな、と首を振っていたが、それこそが、垣間見えた彼の純粋な本音でもあったのだろう。
そのカミュが。
一度しかないなら、その事実をどう受け止めればいい。
ミロの沈黙をなんと受け取ったか、氷河は師の名誉を傷つけまいと必死に言葉を重ねている。
「……多分、あれは、罰、だったのだと思う。……俺が……それを望んでいたから、だから、我が師は最後の夜に…………」
思わずミロは片手で己の顔を覆った。
揺り動かされた感情を隠すのは酷く困難だった。
別れの夜に、ただ一度きり……?
それが罰であるはずがない。
カミュはそんなにも氷河のことを───
アイオリアの後を追って日本へ飛ぶ、と言った思い詰めた表情。
氷の柩に愛弟子を葬って涙していた横顔。
凍り付いた頬に湛えていた満足げな笑み。
次々に思い出される表情が、今頃になって全てすとんと腑に落ちて、同時にそれは経験したことのない息苦しさをミロにもたらしていた。
「……だから……誤解はしないでほしい。本当に、カミュは完璧な師だ……」
違う。
カミュは少なくともその瞬間は師であることを手放していたはずだ。
最後まで、完璧な師でいられたら、決して氷河に触れるような真似はできなかった。そういう男だった。
にもかかわらず。
にも、かかわらず───
こんなにも激しく強いカミュの想いを全て理解しないまま、戦い、そして喪ったのだ、氷河は。
───本当に、なんてことだ。
聖闘士でさえなければ、違う結末もあっただろう。
だが、聖闘士でなければ、出会うこともなく、そして、こうまで強く惹かれもしなかったに違いない。
「ミロ、だから、俺……」
青い顔で傷ついた瞳を空に彷徨わせている少年の姿は痛々しい。
だが、カミュの想いを理解した今、より一層彼を無為に死なせるわけにはいかなくなった。
ミロは、氷河の肩へ手をかけて、くるりとその身体を裏返した。
俯せとなった細い身体を体躯の下に閉じ込める。
「……っ、な、」
「経験があるならなおのこと好都合だ。目を閉じてカミュを思い浮かべていろ」
「……!?そ、んなこと、俺は……っ、ミ、ロ、いやだ……!」
「カミュはやさしかったか?それとも激しかった?」
「……っ」
唇でうなじに触れ、低く囁けば、氷河の背がびくっと跳ねる。
いやだ、と身体を捩って抗議する頭を、シーツに柔く押さえつける。
「目を閉じていろ、と言っただろう。まさかカミュ相手にもそんなに暴れて手を焼かせたわけではあるまいな」
「ち、ちが、ミロ、俺は、」
「今は、『カミュ』と」
そう呼べばいい、と促せば、ミロの唇が触れた氷河のうなじがみるみるうちに熱を上げて朱に染まった。
**
いやだ、という抵抗はしばらく続いていたが、次第にそれは与えられる愛撫に生み出される快楽を堪えようとする、淫靡な吐息へと変わりつつあった。
氷河はさすがに聖闘士となっただけあって痛みにはどうやら強い。
ミロがどれだけ叩きのめしても、泣き言ひとつ言わず、何度でも立ち上がっては拳を握る。
正当なやり方では彼は決して音を上げない。降伏か死か迫ったミロに、決して白旗を揚げなかった彼の、頑なに固められた守りを力の差だけで破ろうとすれば、屈しないあまりに壊してしまいかねない。それでは本末転倒だ。
だが、ミロの指や唇が肌の上を柔く滑るだけで吐息が零れる初心な身体は、淫靡な快楽にはまるで慣れていない。
鍛えようのない、身体の内奥で起こる変化をまるで制御することができずに、戸惑いながら吐く息が時折切なく甘く震えている。
シーツの上へ伏せた身体は時折思い出したように抵抗に暴れてはいるが、立ち上がることができないほど疲弊しきっていた身体を伏せた形のままに押さえつけていることはミロには容易い。
手間をかけさせるな、と、宥めるように背へ唇を押し当てれば、たったそれだけのことにすら、あ、と背をしならせる。
あまりに手慣れていなさすぎて、それは、一度だけだ、という彼の言葉をはっきりと裏付けていて、やはり切なく、やるせない気持ちになる。
傷ひとつない、白雪のような背だ。
聖闘士として歩み始めたばかりの彼だが、敵に臆することなく、背を向けずにいたことの証だ、それは。
腰から背骨にそって滑らかな肌に舌を這わせると、ひ、と氷河の喉が引き攣れた音を鳴らして、彼の指先が強くシーツを掴んだ。
腰から背へ、そしてうなじへ。
日頃は柔らかな金糸が隠す、その部分には、今もまだ醜く引き攣れた傷痕が残っている。
決して敵に背を向けなかったはずの氷河が、唯一無防備に受けたその傷はあまりに見るに忍びない。
彼にとっては、「敵」ではなかったのだろう。
既に死していた師の姿を取る敵を、敵だと思わなかった、思えなかったその痛々しさときたらどうだろう。
ミロが傷痕をなぞるように唇を往復させると、氷河は、やめろ、と呻くように息を吐いた。
「……っ、あなたは、ひどい……!」
「それは『カミュ』に言っているのか?」
「違う、あなたはカミュじゃない……!!」
「君にこの傷をつけた敵のことはカミュだと思えたのに、か?」
「……き、らいだ、あなたなんか……!」
「きらいでいいのか?『カミュ』だぞ?」
「違う……!」
目を閉じていればそう違わないだろう、と、ミロはまた金色の頭をシーツへ押しつけながら、氷河の伏せた身体の前へするりと片手を回した。
急所を突然に手のひらに包まれたことで、氷河は、う、と声を失った。
シーツとの間で力なく垂れていたそれを、やわやわと揉みしだくと、色事に慣れぬ若い雄はみるみるうちに固く漲り始めた。
「……や、いやだ、やめ、」
身体を捻れば、その刺激だけで達してしまいそうなのだろう。
抵抗どころではなくなって、氷河の身体は小さく跳ねるばかりだ。
氷河の先走りで濡れたミロの指がくちゅくちゅと音を立てる度に、噛みしめた唇の間から、微かな呻きが漏れる。
抵抗するよりさっさとその快楽に身を委ねてしまった方がどれほど楽かしれないのに、必死で抵抗する彼らしい頑固さがいじらしい。
指の輪を狭めて強く擦れば、感じ入った声を上げて氷河が身悶えた。
跳ねる身体を宥めるように抱いて、髪に指を梳き入れれば、吐息を零して、氷河は全身を震わせた。それとわからぬほど微かに、せんせい、と唇が動いている。ミロの指が記憶の何かと重なったか、それとも、無意味と知りつつ助けを呼んだか。
ミロの手のひらの中で氷河の雄がどくどくと脈打って質量を増し、呼吸は激しく乱れ、燃えるように熱くなった肌は薄らと汗を滲ませている。長らく自身で慰撫することすらしていなかったのだろう、可哀相なほどあっけなく極みは訪れた。
氷河が全身を震わせて短く叫ぶと同時に、大量の熱いものがびゅるびゅるとミロの指を濡らす。
は、は、と息を乱している氷河の髪を相変わらず梳いてやりながら、ミロは、その濡れた指を氷河の双丘の奥の隘路へと埋めた。
「……っ!」
吐精の余韻で弛緩していた全身が、異物の侵入に再びびくんと跳ねる。
「……ア、や、っ」
埋めた指を中で曲げ、極みの刺激に誘発されるように膨らんだ突起を擦るようにすれば、氷河は、髪を振り乱して首を左右に振った。
「それ……っ、……ぁあっ」
吐精して一度力を失ったはずの氷河の雄は再び固く張り詰めて、放出しきっていなかった白濁がとろりとろりと零れている。
極みを迎えてもまたすぐ次の極みの波が来て、萎えることなく、とろとろと。
いやだ、いく、いきたくない、でる、また出る、熱に浮かされたように叫んでいる氷河の言葉は、次第に水音混じりに揺れ始める。
後ろへの刺激だけで絶頂へ押し上げられることが苦しいのか、氷河はしきりに、いきたくない、もう出ない、と言っては、ひいひいと喉を鳴らして吐精した。
もはや、自分が何と叫んでいるかすら理解していないだろう。
何があっても折れまいと、彼が自らの周りに強固に築いていた氷の壁はすっかりと熱に融け、制御を失った身体は心までも緩ませようとしていた。
薄らと彼の眦に雫が光っている。
生意気に尖っていた声はもう、ほとんど懇願の喘ぎだ。
容赦なく、ぬるりと指を増やして、ぐぐ、と奥を押し拡げれば、眦に光っていた雫はついに、重力に逆らえずに、ポタリとシーツの上へと落ちて消えた。
「……っう、ぅ、……っ」
唇から洩れているのはもう喘ぎではない。
ミロは動きを止めた。
彼を傷つけぬように、そろりと指を引き抜く。
もはや強制的に極みへと押し上げ続ける淫靡な拷問は去ったというのに、彼の肩は小刻みに震えたままだ。
幼子のように背を丸めて、身体を震わせて。
せんせい、と。
引き攣れる水音が結んだそれは、嗚咽だった。
ふ、と息を吐いて、ミロは小さく丸まった身体を抱き寄せる。
ようやく泣いたな、と唇を額へ押し当てれば、少年の泣き声はまたいっそう大きくなった。