寒いところで待ちぼうけ

手のひらの

アイザックの事故から聖戦までを原作沿いの流れの中で個人的解釈により大いに捏造
第一部カミュ氷/第二部ミロ氷
初出2011年作品を全面改稿しました


◆第二部 02◆


 戦場で誰がどんな会話を交わしたのかなど、通常は当事者以外には知りようがない。
 聖域にもたらされるのは結果だけだ。たいていの場合はそれで不都合はない。
 だが、今回の海底での戦いは、そこがいつもと違っていた。
 一部ではあったが、黄金聖闘士たちにはまるでその場にいたかのように詳細に状況が伝えられた。
 それというのも、ムウのところの小さな弟子が彼らの戦いに一役を買っていたからだ。
 海底での出来事を師に必死に訴える彼の言葉を傍で聞き、ミロは、カミュの弟子が海将軍となって海界にいたことと、同じ、カミュのもう一人の弟子である氷河が彼と戦ったことを知ったのだ。
 最初にミロの脳裡を過ぎったのは、彼は生きていたのか、という小さな驚きだ。
 カミュが、長年育てた一の弟子を失ったらしいということは風の便りで知った。
 その件に関してカミュから直接経緯を聞くような機会はついぞ持てないままだったが、持てたところでミロはあまり深く立ち入ることはなかっただろうし、カミュもまた多くを語ったりはしなかっただろう。
 だから、失った、というのが、病気で亡くなったのか、修業中に何か大きな事故が起きて再起不能となったのか、まるでミロは知らない。ただ、過去に何度か聞かされた弟子たちの様子からして、修行生活が嫌になって逃げ出したわけではないのだろう、ということだけは推察された。自ら離脱したのでなければ、どんな経緯であれ、あまり喜ばしくない事態が起きたことは想像に難くない。きっともう生きてはいないのだろう、と、生死と隣り合わせで生きている聖闘士らしい割り切りでそう無意識に結論付けていたことを、ミロは、彼が生きていたことを驚いた自分を発見して初めて自覚した。
 だがそれにしても、海将軍、とは。
 失った、とは、そういう意味だったのか?
 ───否、カミュは己の育てた人間が聖域に脅威をもたらすと感知していて放置する男ではない。どういう経緯だったのかはわからぬが、これは、カミュにとっても青天の霹靂、よもや己の死後に弟子同士が敵味方に分かれて戦うことになるとは夢にも思っていなかったのだろう。今ごろ、アケローン河のほとりで、先に失ったはずの己が弟子と邂逅して、カミュは驚いているのではあるまいか。魂魄の世界にどれほど現世のしがらみを持ちこめるのかはミロは知らないが、師弟の邂逅を願ってやりたいような、もはや道を分かった身同士、邂逅せぬままでいた方がよいような、複雑な心地がした。
 ただ、カミュの気持ちとしては、どんな形であれ、己が育てた弟子の行く末は知っておきたい、と考えただろう。先に逝ったと信じていたなら、渡し守に、こんな年恰好の少年が来なかったか、と訊ねるくらいはしたかもしれない。どんな気持ちでそれを問うのか考えると痛みを覚えずにはいられない。
 女神のために命すら捧げることになる、ある種特異な『聖闘士』という存在を育てるのだ、育てる方も尋常ならざる覚悟は必要だ。
 なにしろ、常識では考えられぬ過酷な修行を年端もいかぬ幼子に課すことになるのだ。やさしさも情けも、大義の前には無用で、半端な情けを己の心に呼ばないために、修行を離れた時間であっても弟子とは親しく馴れ合わないと決めている者もいるほどだ。
 カミュとてそれは例外ではなく、その厳しさときたら桁違いだっただろうが、ただ、弟子たちとの間に完璧に壁を築いて、厳格さに徹していたかと言えば疑問は残る。
 ミロの知るカミュは、冷たいようでいて情に厚い、ロジカルなようでありながら時に感情を排しきれない、そういう男だった。


 アイオロスが女神を拐かすという謀反を働いたため、逆賊として討ったのだ、と教皇に告げられた時、ミロは咄嗟に、嘘だ、と叫んだ。
 教皇に向かってなんと不敬な、と色を為した教皇傍付きの人間たちに向かって、なおもミロは、何かの間違いだ、アイオロスはそんな人間じゃない、と言い募った。
 つい昨日まで、誰より頼れる存在であり、聖闘士たち全ての目指す模範でもあった存在なのだ、それをいきなり逆賊だ、それももう討たれて死んだのだと言われて、現場を目撃もしていないのにおいそれと信じる方がどうかしている。
 宮が隣り合っているせいで、ミロはとりわけ彼と接している時間は長かった。まるで兄のようだ、と慕ってもいた。
 彼の正義に曇りがあったとは到底思えず、彼がもうこの世にいないこともまた信じられなかった。
 だが、そんな風に声を上げたのはミロだけだ。居並ぶ黄金聖闘士たちは皆、それがさも当然であるかのように黙って頭を垂れているばかりだ。
 そのことが当時のミロには、下手にアイオロスを庇う真似をして自分まで不忠義者だと思われたくないと保身に走っているように見えて仕方がなく、青臭い正義感を抑えきれずになおも、俺は信じないからな、と一人声を張り上げた。
 それを、やめろ、ミロ、と止めたのがカミュだ。
 えらく表情が乏しく、周囲の人間と積極的に馴染む様子のない彼とはそれまであまり口をきいたことはなかったから、自分を止めたのがカミュであることに一瞬ミロは驚いた。が、次の瞬間に、聖域始まって以来の一大事だというのに、まるで感情を動かさずにミロを嗜めさえする余裕のある彼のその冷たい態度にカッとなって、ミロは彼を振り払うように殴った。
 カミュが派手に教皇宮の床に転がった瞬間にしまった、とは思ったが、ただ、意外なことに、カミュは受けた拳を黙ってそのままにしているような男ではなかった。
 何事もなかったかのように起き上がって見せたかと思うと、つかつかとミロに近寄り、何の前置きもなく、己が受けたのと同じだけの重さの拳をミロの鳩尾に見舞いながら耳元で低く囁いたのだ。
「少しは堪えろ。騒げばアイオリアの立場が悪くなる」
 思い返しても恥ずかしい限りだが、その言葉でミロは初めて、アイオロスの謀反という到底信じがたい事実に黄金聖闘士たちが揃いも揃って口を閉ざしている理由にようやく思い至ったのだ。
 アイオロスが逆賊でなかった証明はもはやできないのだ。絶対に違う、と直感で口走ったミロでさえ、理性では、教皇の口から発せられた言葉が事実ではないと示す合理的根拠を自分が何一つ持たないことに気づいている。教皇の言葉はそれほどに絶対だ。
 根拠もなしにこの場で騒ぎ立てれば、さてはお前もアイオロスに毒された反乱分子かとみなされることになる。騒ぎ立てた己だけで済むならいい。だが、黄金聖闘士の中に他にも反乱分子が紛れているとなれば、その疑いはミロを飛び越えてアイオリアへと向かうことになってしまう。何しろ彼は実弟なのだ。兄のように慕っていたことと、絶対に切ることのできない濃い血の絆で結ばれているのとでは、天と地ほどの開きがある。ミロが疑われることになるなら、さらに濃い繋がりのアイオリアが疑われない理由はどこにもない。
 自己保身のためではない。この場にアイオリアがいるからだ。
 アイオロスの潔白はこの際もう関係がないのだ。一度教皇の口から発せられたからにはそれはもう事実だ(・・・・・・・・)。神でもない限り、それを覆すことはできない。黄金聖闘士たちにできることは、これ以上の離反者を作らないこと、ただそれだけだ。
 カミュの肩の向こうに、強張った表情で拳を震わせて俯いているアイオリアの姿が見え、ミロもまた何も言えなくなった。
 幸い(全ての事実が詳らかになった今は不幸にも、というべきか)、そのときミロが唱えた咄嗟の異議は取り沙汰されることはなく、アイオロスの離反は既定事実として聖域に刻まれたが、黄金聖闘士たちの沈黙が少しは功を奏したか、少なくとも、その後、アイオリアが聖域を追われることはなかった。
 ただ、自発的にか、それともミロの知らぬところでやはり冷遇はあったのか、以来、アイオリアの姿を十二宮内で見かけることもほとんどなくなった。
 すっきりしない、後味の悪い出来事をきっかけに、まるで一つの家族のようだとすら感じていたほど一枚岩であった黄金聖闘士たちは、互いの宮の行き来もしなくなり、聖域は何とも居心地の悪い場所に成り果てた。
 ただ、唯一カミュとは、それを機に以前より少し距離は縮まった。
 殴って悪かったと言うために宝瓶宮を訪れたミロに口をきく暇も与えず、カミュは、悪かった、と折り目正しく頭を下げた。
「よせよ、俺が先に殴った」
「いや、お前の気持ちは理解できる。……だが、事態を悪くしたくなかった」
「わかってるさ。俺が考えなしだった」
「確かにお前は日頃から短慮軽率だとは思っていたが……今回ばかりはお前の含みのない正直さが少しは救いになったやもしれん」
 誰の救いに、など、言うまでもない。短慮軽率だなどと面と向かって痛罵されたにも関わらず、不思議に、その言葉でミロもほんの少しだけ救われた。

 親しくなってみれば、カミュは、ミロが抱いていた印象ほど冷たい人間ではなかった。
 感情を表出することは確かに少ないが、表情に出さないだけで寡黙ではない。むしろ彼はミロよりよほど饒舌だった。
 建前上、黄金聖闘士は皆読むことになっているが誰一人まともに頁を開いてもいないような記録の類にまできっちり目を通すような融通の利かなさはあるが、その圧倒的な知識量を味方につけた議論になると立て板に水、よくもまあそんなに口が回るものだ、と呆れるほど弁が立った。
 だが、それほど弁が立つくせに、カミュは己自身のこととなると途端に不器用になった。彼の選ぶ言葉の容赦のなさと頭が切れるがゆえの言葉足らずは、しばしば周囲の人間にカミュを冷酷だと誤解させたが、カミュは己のためには一切の弁解も言い訳もしなかった。
 よくよく気をつけて見ていれば、彼の心の根底には他者に対する真摯な誠意や愛情のようなものが常にあるのだと感じる場面は少なくなく、だからミロは、違う、カミュはそういう意図で言ったわけじゃない、わからないのか、とずいぶん歯痒い思いをしたが、カミュ自身は誤解を解く気はまるでないようで、お前の勝手な勘違いだ、余計な世話を焼くな、と顏を顰めていたものだ。だが、不思議と、どれだけ邪険にされていても嫌な感じはあまりしなかった。
 おそらく、アイオロスの死を契機に変わってしまった聖域の空気は、無意識のうちにミロを少なからず疲弊させていたのだろう。ピリピリと酷く重く変質した空気の中で、上っ面を取り繕おうとしないカミュと共に居ることはミロにとっても気楽なもので、いつしかカミュは、数少ない、信頼できる人間の一人になっていた。
 だから、彼が聖闘士の育成のために聖域を離れることになったときは、何だか裏切られたような気がして、大人げない言葉を投げつけた。
「何故聖域を離れる必要がある!修行ならここでできるだろう!」
「氷の聖闘士でもないお前に修行方法を口出しされる筋合いはない」
「ああ、生憎と俺はお前のように冷たくはないさ!だが、女神の聖闘士として聖域をこれ以上手薄にすることを許すわけにはいかない!」
「お前の許可など求めていない。女神の聖闘士だからこそ、わたしはシベリアへ行かねばならんのだ。そこをどけ。わたしの弟子が待っている」
「どれほどの子どもか知らんが、そう易々とものになどなるものか!どうせすぐ死ぬ子どものためにお前は女神を捨てるのか!」
 多分、十二宮にあれほど無人宮がなければ、ミロは決してそんな酷い台詞を投げつけたりはしなかっただろう。白羊宮に双児宮、天秤宮に人馬宮……巨蟹宮や双魚宮だって不在がちだ。獅子宮にアイオリアがいるところなどもう何年も見ていない。この上宝瓶宮まで空になれば、十二宮は何のための要塞だというのか。自分たちがその背に守っているものは、そんな軽いものなのか?ものになるかどうかわからぬ子ども一人育てることが女神を護ることよりそんなに大事か?黄金聖闘士とはその程度でしかない存在なのか?だったら、俺は、俺たちは何のために存在しているというのだ。
 長年抱えていた苛立ちが、半ば八つ当たりのような形で発せられた瞬間、さっと変わったカミュの顔色に己の言葉が過ぎたことを自覚したが、一度出た言葉は取り返しがつかなかった。
 今の言葉を取り消せ、と激怒したカミュと、引っ込みがつかなくなったミロとで、あとはもうご法度の殴り合いだ。
「どうせすぐ死ぬ」なのか「女神を捨てる」なのか。
 あの時のカミュがそれほど顔色を変えたのはどちらに対してだったのか、今でもミロは正解を知らない。ただ、己を誤解させてもまるで頓着していなかったカミュは「女神を捨てるのか」と言われたところで「そう思いたければ勝手にそう思っていろ」と顔色すら変えなかったような気がしている。
 何を言っても温度の低い反応しか返さなかったカミュがあれほどむきになったことなど初めてだった。多分、ミロが想像していたよりずっと「弟子をとる」ことにカミュはナーバスになっていたのだ。
 聖域の守護を憂えていたミロは、聖闘士の養成というものを、貴重な『戦力』を増強するのだという形で捉えたのに対し、カミュの方は、一人の『人間』の生をまるごと預かる(つまり失敗の許されない)重責だという、実に彼らしい情の深さで捉えていたのかもしれない。
 それほど真摯に向き合って育ててきたカミュの弟子が、女神に弓引く存在とそれを斃す存在との両極端に分かれてしまったことは───なんと皮肉な星回りなのだろう。


 は、とため息になる前の小さな吐息を零して、ミロはチラリと背後の少年を見やった。
 そう急くな、まずは何か適当に腹へ入れよう、と勝手場へ誘ってやって、ここで待っていろ、とミロは彼を勝手場の隅の椅子に座らせておいたのだが、氷河は、もはや立ち上がる元気もなくなったようで、頷いたきり、微かに眉根を寄せ、こめかみにうっすらと汗を浮かべて俯いている。
 やれやれ、そろそろ限界といったところか。
 もう動ける、と口だけは勇ましかったが、あれほどの怪我だ、むしろ動けていた方が奇跡だ。あれでは、満足に食事を取るのも難しいだろう。
 そもそも、長いこと意識がなく、水分ですら経口摂取していなかったような人間に食べさせてやれるものは限られている。
 今日のところはこの辺りからだな、と具の少ない簡単なスープを手際よく作ってやったミロは、氷河を促してテーブルの前へと座らせた。夕餉にはやや早かったが、何度も火を使うのは面倒で、自分も同じもので食事を済ませてしまおうと、ミロは、己も同じ中身の入ったスープボウルを片手に、氷河の向かいへと腰かけた。
 氷河はミロの動きを時折焦点が危うくなる瞳で黙って見つめていたが、さあ食うか、とスプーンを渡してやったところでミロを見上げて、困惑したように何度か瞳を瞬かせた。
「…………聖域の黄金聖闘士とは随分粗末……シンプルな食事をするのだな」
 はっと思わずミロは吹き出した。
 レトロな石づくりの要塞が醸す雰囲気も相まって、いつもこんな食事をしているのだと思ったか。
 いくらなんでも毎日これでは成人男性がまともに動けるはずがない。少し考えればわかりそうなものなのに。
 突拍子もない勘違いだが、一応はミロに気をつかって言葉を選んだらしいことは何だか微笑ましかった。歯に衣着せぬ物言いをする彼の師よりは少しは可愛げがある。(もっとも同じ黄金同士の気安さがあったことを引いてやらねばカミュにフェアではないかもしれないが)
 ミロが何故笑ったのか、氷河にはピンとこなかったようだ。それとももう思考する力も残っていなかったのかもしれない。
 困惑の色の瞳はミロの笑った理由を問いただすことなくゆるゆると伏せられ、目の前のスープ皿へと視線は再び落とされた。
 ゆっくりとした所作でスープを口に運び始めた氷河だったが、だがしかし、全てを飲み干す前に顔色悪くスプーンを置いた。
「もういいのか」
「動いてもいないのにそんなに食えない。……少しだけならいいだろう?ミロ、今から、」
 そう言いながら氷河は立ち上がろうとしたが、動いた瞬間に走った激痛のためか貧血による眩暈か、不意に言葉は途切れ、その身体は前のめりにぐらりと傾いだ。
 おい、と、半ば予想していてほとんど同時に立ち上がったミロがテーブル越しに腕を伸ばして氷河の肩を支えたが、氷河の身体は力を失ってずるずるとそのまま床まで頽れた。
 テーブルを回り込んで、大丈夫か、と顏をのぞき込んだ時には既に氷河は再び意識を手放した後だった。
 目覚めてすぐに動き回って小宇宙まで燃やして……気力だけで動いていたようだがやっと限界がきたようだ。
 この状態でミロと拳を合わせようとしていたのだから、その気力もなかなか馬鹿にはできないが、さして無理をすべき場面でないところで発揮するような類のものでもない。気を失ってくれてむしろ扱いやすくなった、とミロは安堵した。
 ミロは彼の膝裏に手を差し入れて、くたりと力を失った身体を抱き上げた。
 そう日にちは経っていないはずなのに、一度抱えたあの時より明らかに軽くなっている。
 成長期にいただけない話だが、聖闘士になったばかりで息つく暇もなく立て続けに厳しい戦いに身を置くことになったせいだろう。そもそも、それらは本来ミロたち黄金聖闘士の役割だったことを思えば、その軽さにチリリと胸が痛む。

 ミロは彼を抱えて己の寝室へと向かう。
 もともと誰をも通さぬことが目的の十二宮だ。
 人を招くような作りになっていない宮の中は、氷河を休ませるための余分な部屋があるでなく、ほかに人間が身体を休めるのに相応しいスペースは何もなかったから、予定外に最もプライベートな空間に通すことになったが致し方ない。
 寝台に下ろされた軽い衝撃にも氷河の瞳が開かれる様子はなく、身体のあちこちに巻かれている包帯の下で皮膚は熱を持っていた。発熱しているようだが、治癒のための防衛反応だ。悪くはない。
 氷河を横たえた寝台の端へ腰をかけ、ミロは静かに少年の顏を見下ろした。
 目を開いている時にはきつく上がっている眉尻が今は少し下がり、薄く開いた唇の無防備さと相まって、どこかあどけなさを滲ませている。カミュに似た、持って回った大仰な口のきき方のせいか、実際の年齢より大人びているように感じることもあるほどなのに、こうして見ればやはりまだ成熟した大人の男と言うにはほど遠い。少年期特有の繊細さが、長い睫毛が落とす陰に滲んでいる。
 この身を盾に神の拳から女神を護ったと聞いた。
 ミロの血を与えた聖衣は、カミュの聖衣は、少しは彼の護りになっただろうか。
 君はよくやった、今はただ眠れ、と金糸に包まれたまるい頭に手を伸ばし、ミロは何度かそれを往復させる。
 在りし日のカミュが少年の髪を同じように撫でてやる幻影が瞼の裏にチラチラと去来していた。