寒いところで待ちぼうけ

手のひらの

アイザックの事故から聖戦までを原作沿いの流れの中で個人的解釈により大いに捏造
第一部カミュ氷/第二部ミロ氷
初出2011年作品を全面改稿しました


◆第一部 08◆

 ふわりと柔らかくカミュの頬を撫でた風は、湿った土の香りを運んできた。
 雨でも降るのかもしれない。
 シベリアでは雪ばかり、そういえば雨を感じるのは久しぶりのことだ、と、カミュは宝瓶宮の入り口で、曇った空を見上げた。
 土煙が立つ、埃っぽい聖域では恵みの雨となるだろう。
 わたしの心を気鬱にさせているものもいっそ洗い流してくれるとよいのだが、とカミュはため息をつく。
 氷河はどうしているだろうか、と、残してきた愛弟子のことが気にならぬ日はない。
 遠く離れたカミュが氷河にしてやれることはもう何一つないが、せめて便りの一つくらいは送ってやれるかと考えていたのだが、帰還した聖域はカミュの予想よりずっと状況が悪かった。
 手紙の類は恐らく聖域を出る前に検閲を受けている。
 そうだという確証はない。
 だが、カミュの勘がそう告げている以上、軽率な真似はできなかった。
 聖域は言葉では説明できない重い緊張感が漂っていて、守護者がいるのかいないのか、どの宮もやけに静かだ。カミュは聖域に戻ってからまだ一度も他の宮の守護者と口をきく機会を持てていない。

 カミュが初めて聖域の土を踏んだ頃は、新米の黄金聖闘士同士、もっと気軽に宮を行き来していた。互いの技を磨き合うため、という名目ではあったが、拳を合わせているよりずっと多くの時間を他愛無い会話に費やしていたものだった。
 あの柔らかな空気が一変したのは、女神が降誕した日だ。

 女神の降誕。
 それは、聖戦が近いことを意味する。

 まだ年端もゆかぬ黄金聖闘士たちばかりの聖域はざわざわと密やかな動揺に乱れ、その乱れた空気が収まらぬ内にサガが行方知れずとなり、アイオロスは謀反を起こした。
 女神の降誕と時を同じくして、聖域の要と言ってよかった年長者二人が、いわば異様な形で聖域から次々に姿を消したのだ、あの頃の混乱と動揺ぶりは筆舌に尽くしがたい。
 同じ黄金聖闘士の中に反逆者が潜んでいた、という事実は、黄金聖闘士同士の繋がりも変えてしまった。
 どのような経緯があったのかわからぬが、ほどなくしてムウが何も告げず聖域を離れ、ジャミールに隠遁する道を選んだことでそれは決定的になった。
 無人となった白羊宮の話題に触れると教皇の纏う空気が僅かに強張ることから、聖域にとってはあまり歓迎せざる事情が何か起こったのだろう。
 無人の宮が増え、以前より居心地の悪くなった聖域ではあったが、ただそれでも、いや、それゆえに、か、誰彼かまわず気軽に行き来はしなくなっただけで、どうにか黄金聖闘士同士の絆を取り戻そうという試みはぎこちなく続いていたように思う。カミュ自身が宮を離れることは元よりそう多くなかったが、闘技場で誰かと顔を合わせれば手合わせをしながら、当たり障りのない程度には世間話に興じることもあったし、同じ歳のミロに至っては、以前よりよほど頻繁に宮間を行き来していたように記憶している。
 だが、いつのまにか獅子宮でアイオリアの姿を見かけることは全くなくなり、一体何の任務に出ているのか、巨蟹宮も双魚宮も不在がちで、元々浮世離れしていたシャカはますます自己の世界に没頭し……カミュが聖域を離れてシベリアへ渡る頃には、ほとんどの黄金聖闘士たちは没交渉となってしまっていた。(こんな十二宮でどう女神を護るのだ、と、ミロはぶつける先のわからぬ憤りにいつも小さな苛立ちを抱えていて、そのせいで、己も聖域を離れてシベリアへ行くのだとはカミュはなかなか彼に言い出せなかったものだ)

 十二宮のこの静けさはだからあの頃とあまり変わりがないようにも思うが───それでも、謀反の衝撃が残っていたあの聖域よりよほど重い空気が十二宮全体を軋ませているように感じるのは気のせいか。
 ほかの黄金聖闘士は何も違和感を覚えていないのだろうか。
 ミロはどうした。シャカは。アルデバランは。
 何より、聖域を一つにまとめるべき教皇は。
 誰も何も感じていないのだとすれば、もしかしたら、シベリアの空気にカミュが馴染み過ぎて、聖域で過ごす重圧を忘れてしまっているだけのことなのかもしれない。いくらか過ごすうちに感覚を取り戻して、この重苦しい空気にも慣れてゆくのかもしれぬ。しかし、一方で、長く離れたカミュだから微妙な変化に気づいただけで、ずっと聖域にいる者には気づかぬほど緩やかに、正体のわからぬ何かが進行している可能性もなくはないのだ。

 宮の入り口で曇り空を見上げたまま、眉間に皺を寄せて考え込んだカミュに、雑兵が「何かお困りごとでもあったのですか?」と寄ってきた。
 宮の端々に配置された雑兵たちは、以前からそうだっただろうか。
 聖戦に向けて護りを固めている、ともとれるが、黄金聖闘士たちの所在は常に監視されている、ともとれ、どうにも居心地は悪い。
 考え事をする自由も奪われているかのようだ。

 何もかも、考えすぎだといいのだが、とカミュはため息をついた。
 一雨来そうだ、そこにいては濡れるぞ、と雑兵たちに声をかけておいて、深い皺を眉間に刻んだまま、カミュは宮の奥へと戻っていった。

**

 教皇から参上を求められたのはその数日後の出来事だ。

 てっきり己が任務を与えられるのだと思い、天鵞絨の絨毯の上へ膝をついて頭を垂れていたカミュは、衝撃のあまりに伏せていた顔を思わず跳ね上げた。
「氷河に、と、おっしゃいましたか?」
 然様、と教皇は頷く。
「聖闘士に私闘は許されないことはお前も承知の通り。だというのに、日本にいる青銅聖闘士のヒヨコどもは、見せ物まがいの私闘を繰り広げようとしている。聖戦を前に秩序を乱されたままにしておくわけにもゆかぬ。粛清が必要だ」
 カミュの背へ冷たいものが走る。
 聖闘士における粛清とは死を意味する。
 つまり、今、氷河に与えられようとしているのは抹殺指令だ。それも───カミュの推察に間違いがなければ、恐らくは彼の兄弟たちへの。
 聖闘士になるべく日本から世界中へと送り込まれた子どもたちは氷河を含めて皆、血を分けた兄弟なのだ。
 聖闘士となるのに出自は関係がないが、地理的に聖域から近いところを出身とする者はやはり多く、遠く離れたアジアの、それも小さな島国出身となると非常に珍しい。たった88人しかいない聖闘士の中にそうそう日本と縁を持つ者が他にいるとも思えず、だとすれば、今、日本に集っている青銅聖闘士というのは、その時の子どもたちで間違いないだろう。
 何ということだ。
 聖闘士となった以上、いつか氷河にも戦う日が来ることは覚悟していたが、同じ聖闘士、それも兄弟たちへの粛清が初めての勅命とはあまりに酷だ。
 そもそもが、聖闘士の最下層に位置する青銅聖闘士に与えられるのは、斥候や伝令など、上位の聖闘士の補佐的な任務がほとんどだ。
 それがいきなり抹殺指令、とは。
 同じ階級に属す者への抹殺指令は、力の差が少ない分、相手も簡単には斃れはしない。反撃され、命を失う危険もなくはないのだ。そのようなリスクの高い勅命は不合理に過ぎ、通常なら上位の階級の者が刺客に選ばれるのが筋だ。

「……粛清であれば、日本へはこのわたしが参りましょう」
 私情を交えたつもりはない。
 否、全くないとは言い切れないが、同じ聖闘士への粛清という困難指令であれば、黄金である己が務めてもさほどおかしなことではないと、客観的に判断した上でのことだ。
 だが、教皇は喉の奥で、くっと引き攣れた笑いを漏らした。
「たかが青銅ごときの抹殺に黄金であるお前がわざわざ出向く必要はあるまい。同じヒヨコのキグナスで十分だ。キグナスはなかなかのよい小宇宙を持っている。彼らの誘いも即座に蹴ったようだ。お前が育てただけあって見どころはありそうだ」
 遠く離れていても氷河の動向を承知しているとは、さすが聖闘士全てを統括すべき教皇の力だ。その教皇に氷河が認められたことは、師としては喜ぶべきであろうが、だが、カミュの内心は複雑だ。
 確かに、同じ青銅聖闘士なら、並大抵の聖闘士ではもう氷河の相手にはならないだろう。
 それだけの力を授けてやった自負がカミュにはある。
 だが、氷河が血を分けた存在に非情に徹することができるかどうかというのはまた別問題だ。相手が一人ならまだしも、幾人も、となると何が起こるかも未知数だ。
 できることならば、氷河の初めての実戦に、どう転ぶかわからない困難指令を課すことは避けたかった。

 なかなか頷こうとせず、ですが、と口ごもるカミュを、素顔を仮面に覆われて表情のよく窺えない教皇がじっと見下ろしている。
 やがて教皇はゆらりと立ち上がった。
 一段、一段と、目を奪われるほどに優雅な動きで玉座から下り、教皇は膝をついたカミュの前へと歩み寄り、そして長い法衣の裾が触れそうなほどの距離で動きを止めた。
 教皇は、頭を垂れたカミュの視線へ近づくようにゆっくりと膝を折り、そしてカミュの肩へと手を置く。
「酷く顔色が悪いようだ。……『日本』に何か心配事でもあるのか。それとも『キグナス』の方に、か。気になることがあるのなら聞こう」
 法衣から気品ある香りが微かに漂っている。
 歴代教皇の中で最も清廉との呼び声高く、神の化身とまで謳われた教皇の声音は酷く優しげで、カミュを労わるかのように置かれた手のひらは慈愛に満ちている。
 この教皇であれば、実は日本にいる青銅聖闘士と氷河とは兄弟なのです、と告白すれば、勅命を撤回させるのではないかという迷いがカミュの裡に生じるほどに。
 教皇の声に思わず口を開きかけ、だが、直前で不意に脳裡に浮かんだ警鐘に、カミュはそれを飲み込んだ。
 カミュに警鐘を与えたのはアイオリアの存在だ。
 聖域では、血の繋がりが斟酌されることはないのだ。聖闘士の掟は絶対で、その掟に従う限り、謀反人アイオロスの弟であることをもって、アイオリアの黄金聖闘士の資格は剥奪されたりはしなかった。
 だから、氷河も、彼らと兄弟であることをもって勅命を遂行しないでいい理由にはならない。
 否、そればかりか───アイオリアは、その血の繋がりによって人より厳しく忠誠を問われる結果になったのではなかったか。十二宮内に彼の居場所を奪わせたものは、その血の繋がりにほかならないのではないか。
 彼らとの血の繋がりを知られては、なおさら氷河には選択肢はない。それとも、既にご存知であるから───だから、氷河なのか。
 ぞわ、とカミュの全身が総毛立つ。
 カミュの肩へ手を乗せていた教皇にもその変化ははっきりと知れただろう。
 そのことに気づいて、幾筋も冷たい汗がカミュの背を流れ落ちる。
 教皇の言葉に間違ったところは一つもない。
 聖闘士に私闘は許されないことは揺るぎなく確かで、聖域の秩序を乱す存在があれば粛清に向かうのもまた聖闘士の務め。
 簡単に宮を離れることができない黄金に代わって青銅にその務めが課せられることはさほど不自然なことでもなく、白銀を飛び越えて氷河に白羽の矢が立つのは、むしろ名誉なことだ。
 それなのに、何故こんなにも背が冷えるのか。足元から這い上がる冷気のような悪寒が、カミュの背を凍りつかせている。
 
「カミュ、何を迷っている」
 葛藤は未だ続いていたが、教皇の柔らかな声に何も答えぬわけにもいかない。
 いえ、と、首を振って、そしてカミュは覚悟を決めた。
「……直ちに氷河を粛清に向かわせましょう」
 カミュの背を冷たくさせているものに確固たる根拠はない以上、聖闘士の頂点に君臨する者に逆らうだけの正当性はない。黄金聖衣を纏ったカミュには、そう答えるよりほかにないのだ。

 ようやくはっきりと己の立ち位置を決めたカミュに、ふ、と教皇が微かに笑った気配がした。
 空気を震わせたその笑いに、正義とはほど遠い、歪んだ愉悦が僅かに滲んだように聞こえてカミュはハッとする。
 顏を上げて確かめようとした瞬間、教皇はその視線を遮るように、バサ、と法衣を翻して立ち上がった。期待しているぞ、と教皇はカミュに背を向け、そしてそのまま教皇宮の奥へと消えた。

 一人になったカミュはがくりと四肢を地について、は、と息をつく。
 まるで極限の戦いを生き延びたかのような疲労が全身を包んでいた。
 聖域において教皇の存在は女神同様に畏怖すべき存在であるのは確かだが、勅命ひとつにこれほど緊張を強いられたのは初めてのことだった。

 試されて、いたのか……?
 教皇は彼らの血の繋がりを知った上で、氷河に───?
 氷河が、カミュが、聖域にとってどういう立ち位置を取るのか、見極めるための試金石だったのか、これは。
 いや、そんなはずはない。あの笑いは、勅命を課して憂いが一つ減じたことへの満足が僅かのぞいただけで、特別な意味はない。そう感じてしまうのは、全て己の心の弱さゆえだ。───多分。

  
 呼吸が整うのを待って、カミュはゆっくりと立ち上がる。
 教皇へ感じた疑念は、次第に、氷河に与えられた勅命の重さへと変わり、宝瓶宮へと向かうカミュの足取りはこの上なく重い。

 冷静になって頭が冷えれば冷えるほど、青銅聖闘士が初めて与えられる任務にしては困難に過ぎることがはっきりと意識される。
 初めて聖衣を纏う時、その扱いに戸惑い、目の前の敵に集中が切れることはままある。
 相手が全き悪であれば、迷いなく己の小宇宙を高めることのみに集中もできようが、氷河はそれに加えて、彼らと血が繋がっていることの心理的障壁とも戦わねばならないのだ。

 救いがあるとすれば、氷河は、その血の繋がりをあまり歓迎していなかったように見える、ということだ。

 氷河は、自らその繋がりについて語ることはほとんどなかった。
 氷河をシベリアへ送り込んできた男が、彼の父親だということを、だからカミュは長らく知らなかった。知ったのも全く偶然の出来事で、氷河自身がカミュにそうだと告白したわけではない。
 氷河を送って寄越した男が亡くなったらしいことを知り、幼子がそれをどう受け止めるか迷いはあったが、引き受けた者の一応の責任として、氷河にもそのことを知らせてやった時、氷河は、「城戸光政が……?」とポツリともらしたのみで、何の反応も示さなかった。
 だから、自分がその時に氷河に告げたのは、単に縁ある者の死ではなく、「父親の」死だったのだということをカミュが知ったのはずいぶん後のことだ。「俺の父親?もういない。死んだと前にせんせいが教えてくれた」と、淡々とアイザックに語るのを漏れ聞いて、しばらく思案した後に、それが城戸光政のことを指していたのだ、ということに思い至り、少なくない衝撃をカミュは受けたのだった。
 さらに衝撃を受けたのはそれより後、やはりアイザックの問いに応える形で、男が、世界中に送り込んだ少年全ての父親で、その事実を知るのは氷河一人だと、同じだけ淡白に氷河が語ったことだ。
 いくら正義のためとはいえ、我が子を死と紙一重の世界に躊躇いなく送り込むことができる人間がこの世にいるのかということも驚いたが、血を分けた存在が世界のどこかにいるというのにまるで関心がなさそうな氷河の様子が、死した母親に会いたがって未だ涙する日頃の彼の姿とあまりに乖離しており、それがカミュには衝撃だったのだ。
 きっと氷河は、父親に繋がるもの全てを無意識に心から排除しようとしていたのだろう。城戸光政が彼に残した傷は、母の死に傷ついていた心に追い打ちをかけたのに違いない。
 半分とは言え、血を分けた兄弟がいるという事実を知っているにも関わらず、まるでこの世にたった一人取り残されたかのように孤独を抱えている氷河は、ずいぶんと痛々しかった。

 今は、どうだろう。

 氷河は、同じ父親を持つ存在に何を思うだろうか。
 彼らからの誘いを即座に蹴った、ということは、未だ氷河の中では、その繋がりは母の眠るシベリアを離れるほど重要なものではないことの証拠だ。
 だが、無関心であることと、自らの手で命を奪うことの間には、天と地ほどの隔たりがある。迷いが生じぬとは思えない。

 石段を下りるカミュの眉間に深い皺が寄る。
 カミュ、と涙で揺れる声で、溢れる感情を持て余して必死に縋りついてきた、最後の日の姿が思い起こされて、カミュの心は乱れる。
 このような事態は想定していなかった。シベリアを離れたのは尚早であったか。
 教皇の手前、受諾せざるを得なかったが、このまま黙って日本へ飛び、カミュ自身の手で青銅聖闘士どもを粛清して戻ってみせようか。
 結果さえ伴えば、カミュであろうと氷河であろうと、誰が抹殺したとて聖域にとっては不都合はないはずだが。
 あるいは、せめて勅命書をカミュ自らが氷河に届けることで、氷河に警告を行うか。

 千々に乱れる心に決着がつかないまま、宝瓶宮へたどり着いてみれば、入り口のところへと数名の雑兵が立っていた。

「何か用か」

 眉間に深く皺を刻んだままカミュがそう問えば、雑兵のひとりが慇懃に礼をして、そしておずおずとカミュに言った。
「シベリアへ届ける勅命書を受け取るように、と仰せつかって参りました」
「なに」
 氷河への勅命は、つい今し方、教皇宮で受けたばかりだ。それをもう自宮前で待ち受けているとはあまりに早すぎる。

 初めから、カミュには氷河を日本にやる以外の選択肢は用意されていなかった、ということだ。
 
 ぬかるむ不快な手で心臓を鷲掴みにされたかのような厭な感じがするのは、わたしが氷河に抱える私情のせいなのか。どんな選択肢も与えられていないと知っていれば、わざわざ教皇宮へ馳せ参じて迷う様子を見せてやることもなかった。
 例えどんなことがあろうとも聖域へ誓った忠誠は決して揺らがぬと信じていたカミュの心に、ひやりと冷たい風が吹く。

 用意はこれからだ、下がっていろ、と珍しく滲んだ怒気に怯んだか、雑兵は、は、と頭を下げて数歩下がったが、だが、数歩だけだ。
 教皇宮を見つめて、石段の前へと姿勢良く立っている雑兵たちの姿にカミュはため息をつく。

 宝瓶宮の入り口でカミュは振り返り、つい先刻、後にしてきた教皇宮を見上げた。
 畏怖と尊敬と、そして聖闘士全ての心の拠り所である女神神殿が教皇宮の奥へ見える。

 全ては動き出している。
 氷河ももう、この困難を、自分自身で闘ってゆかねばならないのだ。

 迷う心に区切りをつけるように、荘厳な女神神殿の姿を心に刻み、そしてカミュは宝瓶宮へと消えた。
 氷河への勅命書を書くために。