アイザックの事故から聖戦までを原作沿いの流れの中で個人的解釈により大いに捏造
第一部カミュ氷/第二部ミロ氷
初出2011年作品を全面改稿しました
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。
◆第一部 06◆
触れるつもりはなかった。
あのまま二人きりの日々の中にいれば、どれだけの時間を共に過ごしたところで、きっと一生触れることはなかっただろう。
それほど、師である、ということはカミュを強く縛っていた。アイザックを失ったことでより一層強固となったそれは、ほんの一瞬たりとカミュに揺らぐことを許さないでいたのだ。
それが。
氷河を寝室にやって一人きりとなったカミュは、既に火の落ちた暖炉の前に座って、聖域からの封筒を開いた。
並ぶ文字はあっけないほど短い。
二つ折りの羊皮紙を開ききる前に全てが目に飛び込んだ。
宝瓶宮へ帰還せよ、と。
ただ、それだけだ。
討伐なら討伐の、偵察なら偵察の。
与えられる任務のさわりは必ず記されているのが常だ。
それがない。
つまり、宝瓶宮にカミュを呼び戻すことそのものが今回の勅命であるのだ。
ああ、とカミュは目を閉じる。
ついにこの時が来たのか。
聖域に戻れば、弟子の様子を報告せぬわけにはいかない。
嘘はつけない。
氷河は聖闘士として十分な力をつけていると報告するしかない。それは、カミュの、師としての役割が終わることを意味する。
あの不穏な緊張をはらんでいた聖域の空気では、理由もないシベリア滞在がカミュに許されることはないだろう。
───否、遅きに失したカミュのそのような報告すらも聖域は必要としていないのだ、きっと。
聖域は知っているに違いない。氷河が既に聖衣を纏うだけの力を得ていることを。
だからこその、この勅命だ。
フードを目深にかぶった使者は、カミュと目を合わせることもなく雪の中へ消え、正体を明かすことはなかった。
だが、いつもの雑兵などではないことは明白だ。
嵐の夜を目印もなしに過たずカミュの暮らす小屋まで到達した、その力はおそらく白銀か───まさか黄金ではあるまいが。
本来の責務を忘れたわけではあるまいな、という強い牽制だ、これは。
───問答無用、なのだな、もう。
ふ、と息をついて、カミュはゆっくりと目を開いた。
ぐるりと小屋の中を見渡す。
これが、わたしがこの小屋で過ごす最後の夜か。
しんと落ちる静寂に、寂寥感がかき立てられる。
黄金聖闘士となって、聖域で過ごしたのと同じかそれ以上の時間をここで過ごした。
物心ついた時には既に黄金聖闘士だったカミュには、聖域であろうとシベリアであろうと、人並みの娯楽を享受できるような生活はまるでなかった。
シベリアには、己の命を失うよりも苦しい出来事すら待っていた。
それでも、ここで過ごした日々は、カミュにとっては唯一、人間らしいささやかな幸せを感じられるものだった。
何の感慨も抱かずに淡々とこの地を去るのは流石に難しい。
抱えた葛藤の全ては今もまだ断ち切りがたくカミュと共にある。
氷河の行く末を思えば平静ではいられない。まだまだ教え足らない、このままでは氷河を失ってしまう、という恐れはカミュの中から全く消え去る気配を見せない。
だが、寂寥感に不安、焦燥、葛藤───勅命書を前に、ない交ぜになった様々な感情の中に、安堵のようなものが混じっていることにもカミュは気づいていた。
完璧な師であるために、ため息ひとつつかぬほどに己を厳しく律する必要は、ないのだ、もう。
無論、氷河が聖闘士になったとしてもカミュが師であることに変わりはない。次の重責がまたすぐに待っていることは百も承知だ。何より、カミュの生来の気質が、己に厳しくするのをやめはしないだろう。
それでも───ごくごく僅かに混じったそれは確かに安堵だった。
そのせいだ、と言い訳をすることはできない。
だが、師としてひとつの区切りを迎えたことで、僅かなりとたがが緩んでいなかったかと言えば嘘になる。
聖域へ戻ることを告げた時に氷河が見せた動揺に瞬時に起きた、抱き締めたいという強い衝動を、カミュは抑えることができなかった、のだから。
触れた瞬間、固く強ばった氷河の身体に、氷河にとっては自分はまだ師以外の何者でもないことを思い出し、即座に自制を取り戻して、その場を取り繕い、去ろうとしたが───当の氷河の腕がそれを阻んだ。
先に逸脱しておいて、氷河のそれをどうして責められただろう。
既に理性は取り戻していたが、痛々しいほど切ない表情で言葉を探している氷河を、そのまま振り切ってしまうことはもうできなかった。
どう理屈をつけても師としては犯してはならぬ領域に踏み入れようとしている自覚はあったが、カミュは、全て己の内側へ飲み込んで、氷河を再び抱き寄せた。
衝動ではない。
半ば成り行きではあったが、最後は自分の意志によって、カミュは「師であること」を初めて手放したのだ。
カミュの胸を、氷河が流した涙が濡らしている。
その弱さを、眉間に皺を寄せて、甘い、と叱ってきたが、師としての立場を忘れてしまえば、それすらもいとおしさへ変わる。
唇の上へ触れる涙の味に、今まで封じてこれたことが不思議なほど温かでやさしい感情が溢れかえる。
ただ触れるだけだった口づけは、唇を食むような甘い啄みにと変わる。
カミュが柔く唇を食む度に氷河の身体がビクと小さく震えを返す。
背徳感すら刺激される初心な反応のわりに、唇が離れた瞬間に氷河が漏らした吐息は酷く熱を帯びていた。
夢見心地のように恍惚として頬を上気させて、だが、小さな戸惑いに瞳は揺れている。
今まで交わしてきた親愛を伝える軽い口づけとはまるで違う、熱を生む甘さをどう受け止めたらよいのか。
答えを求めて青い瞳はカミュを見上げ、意を決したかのようにこくりと喉を鳴らし、薄く口を開いた。
だが、開かれた氷河の唇が「せんせい」という音を発するよりも早く、音を遮るようにカミュは唇を啄み、そしてそれを深い口づけへと変えた。
「……っ……ぁ」
行為の意味を言葉にすることはしなかった。
意味を共有してしまえば、それが氷河を縛り付けてしまうだろう。
この逸脱はあくまでカミュの一方的なものだ。
そうでないならば触れられない。
驚いたように喉を鳴らして、だが、もう後戻りも言い訳も聞かぬ境界をすっかり越えたことで逆に不安は消えたのか、それともそんなことを考える余裕もなくなったか、氷河は鼻に抜ける甘い声を漏らして、カミュの背へ縋りついた。
カミュが腕に抱いた身体は熱を帯び、舌を絡め合わせるたびに背はぴくぴくと跳ねる。
柔らかく舌を吸い上げれば、んん、という抑えきれない甘い叫びを迸らせて、氷河の膝はかくりと支えを失った。
力の抜けた身体を片腕で支えながら、カミュはゆっくりと氷河をベッドへと横たえた。
は、は、と荒い息を吐いて息を整えながら、目の縁を薄赤く染めた氷河は、カミュの視線から隠れるように気まずげに身を捩る。
だがそうしたことで、却ってそれはカミュの目に留まった。
白い夜着の中心で氷河の若い雄は既に存在を主張するかのように膨らんでいた。
その光景にカミュの中心もじわりと劣情を刺激される。
夜着の上から、その昂りをするりと撫でると、あっと氷河は真っ赤に染まって顔を腕で覆った。
「あの、しばらく……していなかったので……」
する必要のないかわいらしい言い訳に思わずカミュの頬は緩んだ。
性衝動が起きる余裕もないほど追い詰めていたし追い詰められていた。
食欲も睡眠欲も何もかも、人間として当然に備わった欲求の全てを捨てて、ただ聖闘士になるためだけに、強く、より強く、とそれだけを氷河に強いてきた。
一切の感情を見せてはならぬ、というカミュの教えは、「戦いにおいては」と注釈がつく類のものだったが、多感な時期にいる氷河は戦場と日常の切り替えが簡単にはできぬようで、日がな一日心を殺すようになっていた。
その氷河が、秘していた欲をカミュにさらけ出そうとしている。いとおしく思わぬはずがなかった。
だが、カミュの頬が緩んだのを誤解して氷河はますます顔を赤らめた。
「すみません、俺……」
カミュの視線から隠れるように顔を背けた拍子にさらりと柔らかなブロンドがシーツの上へ流れ、露わとなった耳朶をカミュは唇に含んだ。
あっと途端に跳ねた身体を戒めるように、含んだ耳朶に歯を当てれば、カミュの身体の下で一回り細い身体は、ああ、と聞いたこともないような甘い喘ぎをもらして四肢をシーツの海へ泳がせた。
ちゅくちゅくと水音を響かせて柔らかな耳朶を弄びながら、張り詰めた氷河の雄をカミュの手が再び撫でると、氷河は悲鳴のような切迫した声を上げてカミュの肩を押した。
「……ぬ、濡れます、もう、俺、」
出そうで、という声はカミュの耳に届かぬほど小さく、消え入りそうだった。
達してしまいそうだから、という理由では、止め立てというよりは煽られているようだ。
困ったように逃げようとする氷河を己の体躯の下に押しとどめて、夜着を押し上げる膨らみを指の腹で擦ると、湿った熱はますますカミュの指を押し戻すように質量を増していく。
「……せん…せ、俺……」
切ない喘ぎを漏らす氷河の額に、頬に、耳に、首筋にとキスをしながらカミュは氷河の夜着をはらりとはだけた。
あ、と氷河は唇を震わせたが、カミュに己を委ねるように身を任せたままだ。
さらけ出すことの羞恥と夜着を汚すことの羞恥を天秤にかけた結果なのかもしれない。
これほど恥ずかしがっておきながら、己へ全てを委ねることを選んだ氷河が寄せる全幅の信頼に、苦しいほどにカミュの胸が疼く。
部屋に射し込む仄かな月明かりに照らされて次第に氷河の肌は露わになってゆく。
しなやかな手足を覆う筋肉はカミュのものに比べればまだ薄く、だが、完璧に均整が取れていて無駄はない。
戦いを知らない少年の肢体は、まるで積もりたての新雪のように傷ひとつなくまっさらだ。
まるで処女雪のようなその白は、この完璧な美しさを永遠に留めておきたい、という思いをカミュの中に呼び起し、だが、同時に、この儚いヴァージンスノーがいつか誰かに踏み荒らされてしまうなら、そうなる前に、くっきりと己の足跡を刻みつけておきたい、という、後ろ暗い所有欲をも刺激するのだ。
吸いつくような瑞々しい肌をカミュの唇がゆっくりと往復する。
そっと滑るように、柔くやさしく。
焦れたようにシーツを掴んでいる、その指先にまでも、ちゅ、と甘い音を響かせて。
氷河の輪郭を辿るように肌の上で遊んでいたカミュの唇が、シャラ、とロザリオの鎖の上で止まった。
どんな時も肌身放さず氷河が身につけている、母の形見だ。
シャラシャラとしばしそれを指先で弄んで、そしてカミュは、夜着同様にそれを氷河の首元から外した。
およそこの世で、母が子を思う祈りほど強力な守りはないだろうが、今は、二人の間に何ひとつ隔てるものを置きたくなかった。
過去に起こったことのすべて。
未来に起こるはずのことすべて。
今この瞬間に起こっているに違いないあらゆること。
僅かでも意識をすれば、もう己の中の溢れる感情に身を任してしまうことはできるものではない。
聖闘士でもなく。
師でもなく。
今、世界を構成しているのは、二人を繋ぐ熱、ただそれだけだ。
心許なくなった首元へ手をやる氷河の指を絡め取り、カミュは再び氷河を愛撫する。
カミュが触れる度に氷河の肌は期待に粟立ち、全身は止めどなく震え、ん、という熱を帯びた吐息が結んだ唇から何度も何度もこぼれる。
最後の一枚を足から引き抜いた時には、氷河の雄はほとんど限界まで固く張り詰め、濡れます、という彼の言葉通りに幾筋もの雫をこぼしていた。
その熱い昂りをカミュが手のひらに包み込めば、ああっと氷河の足がシーツを蹴るようにして突っ張った。
「……っ、そ…れは……ああ……っ」
待ちこがれた極みへ押しやろうとする疼きを背をのけぞらせて耐えながら、氷河は助けを求めるように、せんせい、とカミュを呼んだ。
その音が持つ意味にまるでそぐわぬ、とろけた飴細工のような甘えた声で、だ。
呼んだ本人はまるで気づいていないそのちぐはぐさを苦笑して、カミュは氷河の唇を戒めるように己のそれで塞いだ。
ん、ん、と喉を鳴らして夢中で口づけを受け止めて、唇が離れた瞬間に再び、せんせい、と呼ぼうとするのを指先で制して、「『カミュ』と」、と吐息で囁けば、氷河は瞳を二度三度と瞬かせて、まるでそれが酷く大事な言葉であるかのように、「カミュ」と小さく呟いた。
額へのキスでそれに応えておいて、カミュはきゅ、と指の輪を狭めて氷河の昂りを上下に揺すりたてた。
「や、ぁ、ん……あ……」
身悶えして髪を振り乱したのも僅かの間、カミュの慰撫をいくらも耐え切らぬうちに氷河は、抗議のような懇願のような小さな叫びを漏らしながら、全身をがくがくと震わせて、熱い迸りを吐き出した。
だが、カミュの手のひらで脈打った氷河の雄は、精を放ったというのに、最後まで達しきらなかったのか、放出の甘い余韻にさらなる刺激を受けたのか、固さを保ったままだ。
汗ばむ身体のそこここへキスを落としながら、カミュは氷河の下肢の間へと頭を沈めた。
白い蜜のような精がとろりと伝い降りる氷河の雄をカミュが口に含むと、ああっという短い悲鳴とともに氷河の身体が跳ねた。
「……や……っ……せ、カ、カミュ、だめです、そ…んな……俺……っ」
カミュの髪を緩く掴んで氷河が首を振る。
だめです、という止め立ては、だがすぐに、官能の吐息に取って変わり、カミュの髪に差し入れられた指は突っぱねようとしているのか、もっとと強請っているのかわからぬ動きとなってぶるぶると激しく震え始めた。
カミュのぬめる舌が往復する度に脈打つ昂りはその質量を増し、もはや閉じることもできなくなった唇からは譫言のように、だめです、とそればかりが掠れた声で繰り返される。
何がどうだめなのか、もうきっと思考も働いていないのだろう。カミュが、咥えた雄をことさらゆっくりと唇で扱けば、酷く焦れたように氷河の腰が揺らめいた。
はちきれんばかりに育って切なく解放の時を待っている雄の欲を、だがしかし、ちゅるりと柔く吸い上げて、カミュは身を起こした。
ああ、と未練の隠しきれない声を出して全身を戦慄かせて、氷河は、はあっはあっという疾走後のように激しく胸を上下させている。
薄く開かれた青い瞳は見たことがないほど淫らに蕩けて、カミュをぼんやりと見上げている。
殺し切れぬ感情を必死に隠そうとして唇を頑なに結んでいた少年の姿はどこにもない。
その姿にこみ上げる、いとおしい、という感情は、初め、温かでやさしいものだったはずが、今やあまりに強く激しく、カミュを内側から灼熱の炎で灼いているかのようだ。
カミュは全てを心に刻みつけるように氷河の全身を愛撫する。
氷河の肌にカミュの唇が触れていない部分などないほど、なめらかな肌を甘く啄み、時に柔らかく歯を当て、舌先で弄び、かと思えば雫を垂らしては極みを堪えて脈打つ雄を直截に口に含み───氷河は身体の内側で行き場を失って滞留し続ける淫らな熱の解放を強請って、悲鳴とも嬌声ともつかぬ喘ぎを漏らし続けた。
もはや自分の輪郭とシーツとの境界もわからぬほど、くったりと身体を弛緩させて、カミュ、と氷河は許しを乞うかのように名を呼んだ。
カミュは長い指をするりと氷河の引き締まった臀部の狭間へと忍ばせた。
氷河自身が零した雫とカミュの唾液によってそこは既にぬるぬると濡れている。
まだ何者をも受け入れていないに違いない未通の隘路は、どこもかしこも緩んで蕩けた氷河の身体の中にあって唯一固く閉ざされていた。
ぬるつく滑りを絡ませた指が、くちゅ、という水音を響かせて隘路に飲み込まれた瞬間、だから、すっかりと我を失っていた氷河は、あっと驚いたように目を見開いてカミュの背へ縋りついた。
宥めるように口づけを繰り返しながら、カミュはゆるゆると濡れた粘膜を指の腹で刺激する。
「……っ……ぁ……」
固く震える喘ぎとは裏腹に、氷河の雄はまだ力を失っていない。
張り詰めた雄と同じように勃ちあがってぷくりと赤く充血している胸の頂をカミュが唇に含んでやると、ああ、と途端に喘ぎは甘く変化し、同時にカミュの指を締め付けていた肉は、弛緩した身体に引きずられるようにじわりと柔らかく解けた。
ぬる、とさらに奥へと指を進めれば、がくがくと氷河の大腿が震えてカミュの腰を挟むように閉じられた。
背へまわされた指先がふとカミュの長い髪へ触れ、縋るものを得たかのようにきゅ、と絡められる。
夢中で引かれた髪の毛は小さな痛みをもたらしたが、その痛みすらもカミュを煽るにすぎない。
氷河同様にカミュの中の男の熱も限界を迎えんばかりに猛りを増していたが、カミュは氷河の濡れた肉が柔く解けて馴染むのを辛抱強く待った。
ゆるゆると緩慢な刺激しか与えられないのは、すっかりと火のついた身体にも辛かったのだろう。
氷河は何度も切ない声を上げて汗に濡れたブロンドを振り乱し、解放を強請って、カミュに縋りついたが、そのたびにカミュはやさしく背を抱き直して、まだだ、と口づけで宥めた。
一向に終わらない半端な甘い責め苦に、ついに氷河の眦からは涙がこぼれた。
それを合図としたかのようにカミュは既に3つに増えていた指を氷河の中からぬるりと引き抜いた。
空に浮いたまま放置された射精感に戸惑いを隠しきれない身体を己の体躯で割り開いて、カミュは熱く脈打つ猛りを氷河の隘路に押し当てた。
あ、と小さく氷河の唇が震える。
柔く濡れた粘膜はゆっくりとカミュの昂りを飲み込もうとしたが、だが、さすがに指と同じというわけにはゆかず、全てを飲み込みきらずにきつくカミュを締め付けて強い抵抗を返した。
「───っ……う、ぁ……っ」
のけぞり、さらけ出された氷河の喉から引き裂かれたような喘ぎが漏れ、その顔がひどく苦しげにゆがむ。
慣れぬ交合に無意識に強ばる四肢が氷河の苦痛をより一層強くしている。
きつくシーツを掴んでいた氷河の両の手を掴んで、カミュは代わりに自分の指を与えた。
無機物相手には爪すら立ててきつい力を込めていたのに、カミュ相手には憚られたのか氷河の指先からは力が抜け、同時に僅かにカミュへの締め付けが緩んだ。
カミュは絡めた手を取り、氷河の指を口に含んで、雄芯を愛撫したのと同じやり方で、吸い上げる。
不規則に乱れていた氷河の呼吸は、愛撫の緩急に従う吐息へと再び戻り、きつくカミュを拒んでいた肉はゆるゆると解け始めた。
絡めた指をシーツへ押しつけるようにして、カミュはぐ、と腰を押し進めた。
「……ッ……ア……ッ」
電流が走ったかのように氷河のつま先が大きく空を蹴り、乾いた声が喉から迸ったが、今度は拒み通すほどの抵抗はなく、ようやく氷河の身体はカミュを全て収めきった。
幾筋もの涙跡が残る頬へ唇を押し当てて、苦しいか、とカミュは聞いた。
肉を割って押し入られた熱の質量の衝撃を逃すのに必死で、すぐには問いの意味がわからなかったのか、氷河はどちらとも反応を示さずに荒い息をしていたが、遅れてようやく気づいたのか、ふるふると首を横に振った。
否定しておいて、だが、潤んだ瞳が助けを求めるようにカミュを見上げた。
「……胸が……苦しくて、俺……俺……」
喘ぎの合間に、どうしたらいいのかわからない、と涙混じりの声が漏れる。
全く同感だ、とカミュは氷河の身体を強く抱き締めた。
きつくカミュを咥えている結合部からもたらされる痛みよりも、ずっとずっと胸が甘く苦しく疼いている。
どうしようもなく疼くその熱を蹴散らすように、激しく氷河の身体を揺さぶりたいという衝動と戦うのは困難を極め、氷河を抱き締める腕には加減がきかないほど力が入る。
カミュ、と泣いて背に回された氷河の腕もまた同じだ。
完全にひとつのものに混じり合わんとでもするかのように、二人はしばらくの間、ただ、互いの身体を強く抱いていた。
身体の内奥で深く混じり合う熱がじんじんと四肢を痺れさせ、胸を苦しく疼かせているものと、熱が生む官能は次第に境界がわからぬほどに溶け合っていく。
やがて、カミュは氷河の中に己が分身を収めたままゆるりと身体を起こした。
去る熱を心細げに引き寄せようとする氷河の腕を縫い止めて、ぐ、とカミュは氷河の奥深くを突き上げた。
あーっと氷河は背をしならせる。
「……んあ…っ、い、あ……は……っ」
カミュの律動に従ってこぼれる甘い声は次第にその間隔を狭めてゆく。
くちゅくちゅと響く水音と肉を打つ音、混じり合う荒い息。二人を包む空間は、この上なく淫靡に乱れ、もはや止められるものはない。
「……っ、ああっ、カ、カミュ…!」
カミュと氷河の身体の間で挟まれてとろとろと雫を零しっぱなしだった氷河の雄がぐっと熱を増して膨らみ、そして弾けるように白濁をどくどくと吐き出した。
氷河の四肢がびくびくと震えて、カミュを包んでいた濡れた肉も痙攣するかのように締め付けを増す。
「……く……っ」
あまりの官能に荒く息を吐いて、極みの余韻にまだ震えている身体を激しく揺さぶって、カミュは己の熱を解放させた。
乱れた息を整えるように深く息をつきながら、だが、次の瞬間にはもう、互いの存在をさらに求めるかのように再び自然に唇は重なっていた。
理性を奪う性衝動ならば一度極めばたいていは落ち着くものだが、これはそうした欲求とは明らかに何かが違っていた。
気怠く唇を食み、舌先で戯れ、やさしく口腔を弄ぶうちに、すぐにまた氷河の身体は熱を帯び、カミュの中心は熱く昂る。
溢れる情熱は止まることを知らず、二人はただただ互いの存在を求めて重なり合っていた。
**
腕に抱いた身体は、すうすうと健やかな寝息をたてて規則的に胸を上下させている。
カミュは氷河の柔らかな金糸を梳くように指を差し入れて彼の頭を撫でてやる。戯れにうなじに唇を押し当ててみても、ぴくりとも目を覚ます気配はない。
いつも歯を食いしばるかのようにきつく引き結んでいる唇が今日は薄く開いている。
すっかりと安心しきった、氷河のこんな寝顔を見るのはいつ以来だろう。
夜は急速にその気配を弱め、久方ぶりの日の光を連れてこようとしている。
嵐は去った。
日もまもなく昇る。
出立しないでいい理由はもうない。
別れの時だ。
カミュは腕の輪を少し狭めてもう一度氷河を抱き寄せた。
どれだけ交じり合ってもまるで満足は訪れず、極みが訪れた次の瞬間にはもう、こみ上げる激情のようないとおしさが耐え難い飢餓感を連れてきて、結局、残ったのはただ、狂おしいほどの胸の疼きだけだ。
離れ難い。
いつまでもこの寝顔を眺めていたい。
否、そんな贅沢は許されなくていい。
あと少しだけでいい。
あと少し。
ほのかに明けていく夜は、だが、カミュを急きたてるように光の彼方へ消えようとしている。
ふ、とカミュはため息をついた。
己を叱咤するように、身を捩ってアイザックのいた場所を見やる。
冷たいシーツの白が目に飛び込んで、途端に、カミュの中の甘い感傷は蹴散らされてゆく。
初めてカミュを「せんせい」と呼んだ少年は、姿の見えなくなった今もってなお、カミュに師としての芯を通してくれる存在なのだ。
夜が完全に消えてしまう前に、とカミュはゆるりと身を起こした。
眠り続けている氷河をしばし見つめる。
まだまだ教え足りない、伝え切れていないことは無限にある、と思っていたが、この、穏やかな眠りを破ってまで伝えなければならないほど大事なことはもう何ひとつ残っていないのだと気づく。
カミュは氷河の頬にそっと口づけを落とした。
氷河はぴくりとも動かない。
ふ、と小さく笑ってカミュは立ち上がり、ベッドから離れた。
願わくば。
願わくば、己の授けたものが、どうか、この、いとしき存在の守りとならんことを。
胸に溢れる思いを祈りへと変えて、そうして、カミュはシベリアを後にした。