寒いところで待ちぼうけ

ネタ


お話と言えるほど体裁は整っていないネタ集のようなもの
(基本的には雑記です)
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。

◆吸血鬼妄想 後編◆

 そんなわけで吸血鬼妄想後編は貴氷編です。
 たいしたことないとは思う(当社比)けど、ついうっかり筆が滑った箇所があるので、念のため警告入れさせてもらっときます。

 貴鬼が人間、氷河が吸血鬼です。

 幼き日の貴鬼、アパルトマンのお隣に住んでいる、綺麗なおねえ……お兄さんのことが大好きで、憧れの存在なのです。
 お兄さんはちょっと不思議な人で、日中はあまり出歩いてるのを見たことがありません。
「氷河ぁ、たまには外でてみようよぉ」なんて誘っても「……暑いからいい……」などと言って、昼間はカーテンを引いた部屋でまるくなっています。
 どうやって生計を立てているのか、全く生活感の感じられないその部屋で、日が落ちた後に、お兄さんは窓辺に腰掛けて月の光を楽しそうに浴びています。
 貴鬼が窓伝いに遊びに行っても、夜ならば少しは相手をしてくれます。
 とても細い体のそのひとの口癖は、なぜか「おなかすいた」
 だったら、と貴鬼がせっせと自分のおやつや夜食を運んでやっても、ありがとう、と言いはしますが手を付けようとはしません。
「貴鬼は元気でいいなあ。……きっとお前の血はおいしいだろな」などと不思議な冗談を言ったりします。
「変な氷河。おいらの血なんておいしくないよ。ほら、ムウ様(養い親)が作ってくれたシチューおいしいよ。もっと食べなきゃ死んじゃうよ」
「食べなきゃ死んじゃう、か……そうだったらいいのにな」
 やはり氷河は貴鬼には理解ができない言葉で儚く笑うのみ。
 貴鬼が冗談に紛れて、一緒に寝よう、と窓伝いに寝室へ忍び込んだ時は珍しく氷河は真剣な顔で怒りました。
「駄目だ、貴鬼、今すぐ帰るんだ。危険なんだ」
「?何が?おいら、身軽だから窓から落ちたりなんかしないよ」
「違う、そういうことを言ってるんじゃない。俺が……俺の意志が一晩ももたない。頼む、貴鬼……俺は……俺は獣道に堕ちたくない……お前の血の匂いは濃すぎる……」
「??なに?何を言ってるの?氷河、泣いてるの?おいらが護ってあげるよ。だからそんなに悲しい顏しないで、氷河……」
 とても自分のことを可愛がってくれている氷河なのに、彼が何か自分の知らないところで苦しんでいることが歯痒くて仕方ない貴鬼、子どもらしいひたむきさで一生懸命氷河を構います。
 ある日、いつものように、カーテンを引いて太陽の光を遮って眠る氷河のもとへ、貴鬼、訪れます。
「氷河ぁ。まーたじめじめ寝てんのー。たまにはさ、お日様いっぱい浴びようよ。そしたらきっと氷河もっともっと元気になれるよ」
 貴鬼に悪気などあろうはずはありません。
 彼はただ、氷河の美しい金髪が、太陽の元で輝くのを見てみたかっただけなのです。
 勢いよく引かれたカーテンを、やめろ、と、止めるために伸ばされた氷河の手の甲に、眩しく輝く太陽の光が射し、彼は悲鳴を上げて座り込みました。
 驚く貴鬼。
 駆け寄って見れば、氷河の手の甲がまるで重度の火傷にあったかのように皮膚が醜く焼けただれています。
 わけがわからず、半泣きで介抱する貴鬼でしたが、悪いことに、その光景は窓の外から村人に目撃されてしまっていたのでした。
 日の光に弱いのは闇の世界の住人の徴。噂はすぐに駆け巡り、それは混乱と恐怖を村にもたらし、やがて恐慌状態に陥った村人は氷河を排除するために動きます。
 村人が彼の住むアパルトマンに押し寄せた時、しかし、そこはもうもぬけの殻なのでした。
「ムウ様ぁ……氷河、いなくなっちゃった。おいらのせいなの?」
「貴鬼……あの者は我らと違う世界に生きる者なのです。違う世界に生きる者同士、深く干渉しあってはいけないのだと教えたことを忘れましたか。彼の身に起こったことは明日は我が身ですよ、貴鬼。さあ、もう彼のことは忘れてしまって、我らは我らの道に戻らねば……」
 主のない冷たい部屋で泣きながら、貴鬼はムウの言葉を噛みしめてただ俯くのでした。

 それから二十年───。
 貴鬼は養い親から独り立ちし、世界中を放浪する生活をしていました。
 でも、彼の心のどこかには、いつも、初恋と呼ぶには苦い思い出の、憧れのお兄さんの存在がありました。
 そのせいでしょうか。
 ある日、家路を急いでいた夜道で、とてもよく似たブロンドを見つけて思わず腕を掴んでしまったのは。
「何か?」
 問い返す瞳も、その声も、まるであの人そのもの。
「氷河!」
 思わず抱き締めてしまう貴鬼。
 しかし、彼は、自分は氷河ではない、どなたかとお間違えなのですね、と笑って貴鬼の身体を押し返す。
 言われてみれば変です。
 あの頃、自分よりずっと年上だったように見えた氷河ですが、目の前にいる彼は貴鬼よりずいぶん年下に見えます。
 まるであの人の時が止まってそこへ現れたかのような。
 少年のようにも見える目の前の人物が氷河であるはずはありません。
 何より、貴鬼が掴んだ手は、つるりと美しい肌をしていました。あれほどの酷い火傷を負った皮膚が、こんなふうに傷痕もなく完治するはずがなく、やはり別人なのだと貴鬼は落ち込みます。
 でも、あまりに氷河に似たその人に、貴鬼は惹かれ、彼の住むアパルトマンを探し当ててその隣へ越すのです。
 過去の日々を辿るかのように、またその人のことを構う貴鬼。
 二人の距離がずいぶん近づいた頃、いつものように玄関からではなく、いたずら心を起こして、貴鬼は窓伝いにその人を訪ねました。
「お前はまた……!」
 と怒った顔を見せる彼を、貴鬼、しっかりと抱きしめます。
 あの頃、自分よりずっと背の高かった体は今は簡単に貴鬼の胸の中におさまって。
「ねえ、本当のことを言って。氷河、なんでしょう?」
「ち、違う……」
「嘘つき。今、『お前はまた』って言ったよ?俺、あなたに出会ってから窓から訪ねたのなんて初めてだよ。『また』って何さ、氷河」
「それは……」
 言葉を失う細い体を貴鬼はますます強く抱き締めます。
 自分の唇が貴鬼の首筋に触れたことに、氷河の身体がビクリと竦む。
「き、貴鬼……頼む……離れてくれ……」
 貴鬼は震える身体を放そうとはしません。
「『咬みつきたくなる』から?」
「どうしてそれを……」
「ずっと考えてた。氷河が何者だったのかって。答えにはもうずっと前に辿り着いてた。……確信したのは今だけど」
「だったら……わかるだろう。早く俺を放してくれ」
「駄目。放さない。氷河、俺の血をおいしそうだって言ったことあったよね。いいよ。あげる。氷河にだったら咬まれてもいい」
「いけない、貴鬼……」
 あっさりと自分を咬めという瞳は、真摯なものではあったけれど、氷河にはそれは幼き日の貴鬼の瞳と重なってずいぶんあどけなく映り、それゆえに頑なに氷河は首を振ります。
 氷河の瞳が青と赤の間をいったりきたりしていて、彼が内面で激しく葛藤しているのがわかる。
 貴鬼は氷河の髪を引いて口づけます。
「ほら……俺の味だよ……欲しいでしょう、氷河」
 いけない、と震える唇と矛盾して、さしだされた貴鬼の舌に堪えきれずに氷河は己のそれを絡めて応える。
 血そのものではなくとも、色濃く血の味を滲ませる体液を、一度味わってしまえば、その甘さの前には飢え切った体は抵抗するすべはなく、氷河は夢中で貴鬼から施されるキスを貪るようにうっとりと味わう。
 ぴちゃぴちゃと、まるで血を啜るかのような水音を響かせて長く深い口づけは続きます。
 やがて、ゆっくりと貴鬼が離れると、氷河は、上気した頬で、あ、と切なげな吐息を漏らして、もっと、と言いたげに身体を震わせるのでした。
「可愛い、氷河……」
 貴鬼はそっと氷河の下肢へ手をやります。
「ああ、氷河、感じたんだね。ここ、こんなに硬くしてる」
 笑いを含んだ貴鬼の声に、氷河はカッと頬を赤らめて逃げようとしますが、逞しく成長した貴鬼の腕がそれを阻みました。
「もっと俺を味わって、氷河……」
 貴鬼の愛撫に氷河の息が上がります。
 久しぶりに触れる他者の熱は心地よく、合間にかわされる口づけは例えようもなく甘い。艶やかに乱れる氷河の姿は、若い貴鬼をも煽ります。
 氷河の細い体を抱きかかえて、自分の昂ぶりの上へその身を沈めてやれば、氷河は悲鳴とも歓喜の声ともつかぬ叫びを小さくもらして貴鬼の首にすがります。
 氷河の耳元へ、甘い誘惑を囁く貴鬼。
「ほら、氷河、俺を咬んで。お願いだから、ね?」
 激しく揺さぶられ、あまりの快楽に霞む意識に、目の前にあるうなじへ牙を立てたい衝動が抑えきれず氷河の中に湧き起こります。
 必死に自分の指を咬んで抵抗する氷河。
 貴鬼の腕が伸びてきて、氷河の両手を貴鬼の手が拘束してしまいます。唇を塞ぐものがなくなって、氷河は戦慄きながら涙を零す。
 貴鬼はそのまま、容赦なく氷河の内奥を深く抉るように突き上げます。
「あっ……やあっ、ああっ……ん!」
 自分が上げる淫らな声を嫌がって、氷河は潤んだ瞳で貴鬼に、解放の許しを乞う。
「駄目だよ、氷河。もっと俺に声をきかせて。声を出すのがいやなら、俺を咬んで堪えればいい」
 意地悪な二択を迫る貴鬼に、氷河は声をあげることの方を選択する。
 止める手段を失った唇から、ひっきりなしに甘い叫びが漏れ、貴鬼が身体を揺さぶるたびにそれは高く切なげに変わっていく。
 やがて半ば意識の飛んだ氷河が、貴鬼、と薄く、欲に濡れた瞳を開く。
 欲しい、そう形作られた唇は、既に誘うように薄く開かれ、貴鬼を待っている舌へ、貴鬼は再び自分の唇を与えてやります。氷河は獣が獲物を啜るような貪欲さで、何度も貴鬼の口吻を強請る。
 体全部で貴鬼を味わって、恍惚のうちに氷河は果て、貴鬼もまた彼の中へと欲を吐き出したのでした。
「俺を咬んでいいって言ったのに……」
 気怠い躰を触れ合わせながら、残念そうにそう言う貴鬼に、氷河はただ、哀しそうに睫毛を伏せる。
 その様子に、貴鬼はちょっと拗ねてみせる。
「ちぇ。あんなときでも理性を失わないなんて、俺、傷ついちゃうな。そんなに下手だった?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「うん。違うよね?氷河あんなに声上げて乱れてたもんね?ナカもいっぱい締め付けてきたから、大変だった」
「ばっばかっそんなこと言うなっ」
「ねえ、もう一回」
「……よせって……」
「駄目。氷河がなーんにも考えられなくなるまで、何回でも抱きたい」
 そうして、夜ごと、二人は、食事代わりの情交を何度も交わすのです。
 でも、氷河は堕ちる一歩手前まで何度も揺れるくせに、どうしても貴鬼を咬むことだけは拒否する。
 貴鬼は、仕方なく、自分の血をゴブレットに入れて氷河に渡します。
 氷河は拒絶しますが、氷河が拒んでも俺は毎晩血を抜くことをやめないから、氷河が飲まなきゃ、俺の血は無駄に捨てられるだけだよ、と脅されてしぶしぶ口に。
 貴鬼の血を飲めば餓えは癒えるのかと言えばそうではなく、ますます、牙を突き立てて直接血を啜りたい、という欲望が増すばかり。(貴鬼の狙いもそこにあったのですが)
 浅ましき獣の本性を抑えるために、氷河はその代替行為である情交でますます激しく乱れていく。
 いつも恥ずかしがって本音を見せないくせに、ほんの一押ししてやれば、氷河はすぐに淫らに乱れて貴鬼を強請るのです。
 貴鬼の上で、月光に鈍く光る金髪を振り乱して、赤に青にと揺れる瞳を潤ませながら、切ない吐息を漏らす氷河は例えようもなく美しく、まるで全身でお前が欲しいと泣き叫んでいるようで、貴鬼はいつも堪らない気持ちになって、彼が気を失うまで己を与え続けてやるのでした。

 でも、貴鬼はだんだん焦りを感じ始めるようになります。
 氷河とこういう関係になってずいぶん月日は流れています。
 氷河はいつまでも変わらないのに、自分は日に日に変わっていく。また背が少し伸び、肩も腰も逞しく肉がつきました。それは今はまだ「成長」と呼べるものであっても、いつかは「老い」へと変わる。
 意外と頑固な氷河が理性に負けて己を咬むのが先か、それとも己に訪れる死が先か。
 こんなにも寂しがり屋で健気に孤独を耐えて悠久の時を生き続けている氷河を一人遺して逝くのは嫌でした。

 貴鬼はあることを決意します。
 ある日を境に、あれほど氷河にべったりだった貴鬼、日に数時間、不在の時間ができはじめます。
 しかも、帰ってきた貴鬼は、なぜかぐったりと疲れている。
 どうしたんだ?どこに行ってるんだ?と問う氷河にも貴鬼は曖昧に笑って答えません。
 しかし、氷河は気づいてしまいます。戻ってきた貴鬼の肌に、氷河の見覚えのない情交の痕跡が残っているのを。
 ああ……ついにこの日が来たのか、と哀しみに胸を痛ませる氷河。
 貴鬼は、きっと自分に飽きたのだろう。
 まだ若い貴鬼であれば、新しい恋人と人生をやりなおすべきだ、と、出ていってもいいんだぞ(いつの間にか一緒に住んでます)、と言ってやれば、貴鬼は、何言ってんのさ、俺が好きなのは氷河だけだよ、と笑う。
 なのに、貴鬼は毎晩どこかへ消え、そして疲弊して帰ってくるのをやめない。
 帰ってきた貴鬼のあまりの疲れように、貴鬼が差し出す、血がなみなみと注がれたゴブレットも、氷河はもう受け取ることはできません。
「だめだ、貴鬼、こんなことをしていたらお前は倒れてしまう。俺は食べなくても死なないんだ。お前はもうこんなことをしてはいけない」
「死ななくても……おなかはすくんでしょう?俺は、俺で氷河を満たしたい。俺が倒れるのが嫌だというのなら、俺を咬んで、氷河。俺も氷河と同じ時間を生きたい……」
 聞き分けなく、もう何度目かの議論を二人はまた繰り返す。
 氷河は怖いのです。
 人間とは変化する生き物。
 彼の心もまた変化するに違いない。
 いつか自分から離れていくかもしれない青年を、永遠の命という楔で繋ぎとめて厭われることだけはしたくない。不死となった彼の心が不変であるとは限らないのですから。

 状況は変わらないまま、月日は流れ……ある日、別れの日がやってくる。
 いつものように、ちょっと出てくるね、と言って姿を消した貴鬼、待てど暮らせど帰ってきません。
 一人、残った部屋で、ベッドへ伏せる氷河。
 貴鬼はどこかでついに倒れたのだろうかと心配し、いや、今度こそ、彼は新しい恋人の元へ去ったのだ、と諦め混じりの溜息をつく。これでよかったんだ、という思いと、また独りに戻るなら咬んでしまえばよかったという葛藤と。
 それでも氷河は何日も何週間も何年も貴鬼の帰りを静かに待っていましたが、貴鬼はついに帰ってはきませんでした。
 失うことに慣れている氷河は、やがてまた、長き孤独の生へと静かに戻って行く。

 それから、また、数十年がたって。
 人里離れた地で、静かに血の餓えと戦っている氷河のところへ、訪問者が。
 こんなところに誰が、と不審な気持ちで扉を開けば、そこへ立っていたのは貴鬼。
 別れた時と少しも変わらぬ姿のままの貴鬼に、氷河は混乱します。
「貴鬼、どうやって……?その姿はいったい……?」
 確かに自分は咬んではいないはずだ。自分以外にこの世界に吸血鬼がいるなどと聞いたこともない。
 貴鬼の変わらぬ姿の理由がわからず目を瞬かせる氷河に、貴鬼はあの懐かしい、少しやんちゃな笑みを浮かべます。
「ごめん、氷河。不死になったわけじゃないんだ。今までずっと黙っててごめん。俺、実は跳べるんだ」
 未来へも、過去へも。
 貴鬼は時間旅行者だったのです。
 幼い時、同じ能力を持つ養い親に預けられて、彼は自分の異能をコントロールする術を教え込まれていたのでした。
 貴鬼が氷河に惹かれたのは、同じ、異端の存在としての共感もあったのでしょう。
 夜ごと、貴鬼が不在にしていたのは、新しい恋人に会うためなどではなく、こうして未来の氷河に会いに来ていたのでした。
「氷河と同じ時を生きるにはこうするしかないと思って。俺が何歳まで生きるかわからなかったから、こんな年代になるまで来られなくてごめんね。自分自身が生きている世界へは跳べないことになってるんだ。あのさ、氷河、俺、これから毎年氷河に会いにくるからね。明日は、一年後の氷河の元へ跳ぶ。明後日は二年後の氷河のところへ。その次は三年後。その次は四年後。……一年に一度しか会えないけど、こうしたら、俺のたかだか数十年の人生でも、何百年かに伸ばすことができるから。だから、氷河、もう氷河は独りじゃないよ。氷河が俺のこと、咬もうが咬むまいが、俺は氷河のことを一人にはしないよ」
「貴鬼……」
 あまりに真っ直ぐに向けられる、貴鬼の気持ちに氷河の顏が、泣きだしそうに歪みます。
 貴鬼はいたずらっぽく笑って、氷河の腰を抱き、その耳にささやくのでした。
「1年分たっぷり可愛がってあげる」
 真っ赤になった氷河が、お、お前にとっては毎日だろう、と身体を押し戻すと、貴鬼はさらに強く腰を抱いて「若いから平気」と笑いました。
 そうして、また、二人で過ごす刻が緩やかに過ぎていきます。

 一年に一度。
 365日のうち、たった数時間だけ。
 それでも、氷河は、その数時間をとても楽しみに待ちました。
 貴鬼がいない間も、次に会う時には、こんな話をしてやろう、こんなものを食べさせてやろう、そう考えていれば幸せでした。氷河の心の中には「今度会ったら」がたくさん溢れてゆきます。
 一年に一度のその日、貴鬼にとっては毎日のことであるはずなのに、彼はいつも、戸口のところで、「会いたかった、氷河」と甘えたようにひしと身体を抱いて、氷河の髪に顔を埋めるのです。

 何年も何年も、そんな生活が続きました。
 しかし、次第に氷河は気づきます。
 年々、貴鬼の顏に疲れが濃く現れ始めていることに。
 当然です。
 氷河にとっては一年に一度でも、貴鬼にとっては毎日なのですから。
 タイムトラベルがどの程度のエネルギーを必要とするのか氷河は知りません。ですが、簡単ではないことはわかります。
 その上、貴鬼はいつも氷河のために、幾ばくかの血を置いてゆくのです。こちら側でもそうしているというのに、記憶が間違っていなければ、過去のあの日々も貴鬼は毎日氷河のために血を抜いていました。日に二度血を抜き、こちら側とあちら側を往復する毎日……
 このままでは貴鬼が死んでしまう、せめて会っている間はゆっくり休ませてやろうとするのに、貴鬼は、氷河の止めるのも聞かずに、毎度、強く氷河を求めるのです。

 そして、ある日、ついに「その日」が訪れる。
 氷河の元へ辿り着くなり、がくりと膝をついて、荒い息の貴鬼。
 荒い息の下、氷河の胸の中で貴鬼はいつものように甘えて氷河の胸へ顔をうずめる。
「ごめんね、氷河……もう、これ以上跳べないみたいだ、俺……」
「もういい、しゃべるな、貴鬼!」
「氷河……過去で……俺が何も言わずに消えて……泣いた……?氷河を泣かせるのはいやだなあ……俺……」
「ばかなことを……!」
 貴鬼を胸へ抱く氷河の瞳は既に濡れてます。
 貴鬼の手が伸びて、その涙を拭う。
「やだな……氷河ったら早とちり……まだ泣くには早いよ。跳ぶことはもうできないかもしれないけど……大丈夫……死なないよ。少し休めばきっと……大丈夫。また俺をたくさん飲ませてあげるから少し待って……たくさん、たくさん俺をあげるから……ね?」
 とても大丈夫そうな声色には思えないのに、貴鬼はそう言って、へへっと出会ったときそのままの笑顔で笑うのです。
「あのね、氷河、昔ムウ様が言ってた。『無限』なんてこの世にはないんだって。どれだけ『無限』に見えるものにも、いつかきっと終わりはあるんだって。俺の……時間跳躍能力に限界があったみたいに……氷河……氷河の命にもきっと、いつか終わりは来るんだ……」
 終わらない地獄の中にいると思っていた氷河の不死を、年下の恋人はそう言いました。
 彼の息はますます荒くなってゆきます。
「氷河……ごめんね……時間旅行者は命に干渉することはタブーなんだ。だから……氷河の命を奪うことも救うことも……それがいつ終わるのか言うことも俺にはできない……でも……ああ……氷河……氷河の最期……俺が看取りたいなあ……氷河の……瞳に映る最後の景色が……俺だといいなあ……」
「貴鬼……頼むから、もう何も言うな……!」
「氷河、ごめんね……泣いているあなたを置いて行くのはつらいけど……でも……最後にもう一度だけ跳ばせて……氷河の最期の日に……跳びたい」
 いやだ、そんなことをしたらもうお前は、と氷河は強く貴鬼の身体を抱いて抵抗する。
「氷河……キスしてて……」
 涙にぬれた唇を押し当てるうち、その体温と柔らかな感触は次第に薄れ、気づけば、貴鬼の姿はどこにもないのでした。
「貴鬼…………!」
 姿のない貴鬼の声が微かに残っています。
「ごめんね、氷河。未来で待ってる……」
 何もない空間へ、貴鬼、と何度も泣いて名を呼ぶ氷河。

 彼はどこへ跳んだのでしょうか。
 いかに時間旅行者といえど、座標を特定せずに跳ぶことはかなわないはず。「最期の日」がいつかということを彼は既に知っていたのでしょうか。
 それとも、全ては彼の優しさがつかせた嘘でしょうか。
 最期の日が氷河へ訪れるということも、彼がそこへ跳んだということも、少し休めば快復するということも、全ては、意外と嘘がうまい青年が自分の死を氷河へ看取らせまいとし、氷河が感じている永遠の孤独を癒すためについた、最後の嘘なのでしょうか。

 それでも、未来で待っている、という貴鬼の言葉を、氷河は信じてみたいと思うのです。
 いつか自分の時間にも終わりは訪れる、そして、その終わりの日に、彼は必ずやってきてくれるのだ、と、そう思えば、「明日がくること」をそれほど恐れずともすむ。
 永遠という時の虜囚となっている氷河の心は、少しいたずらっぽい色の瞳をした青年が現れて、「氷河ぁ」とあの少し甘えた声で再び名を呼ばれるのを待つ楽しみに、もう以前ほど孤独ではないのでした。

 時は流れ流れて……流れて……。

 そして……。

 完。


 吸血鬼は、体液を血の代わりに啜るという大人向き設定が楽しい気がします。ウシシ。
 貴鬼は今回は、空間跳躍者ではなく、時間跳躍者にしてみました。
 これまた突き詰めるとタイムパラドックスの問題を解決せねばならず、わたしのお粗末な脳では難しい問題になるので、SSとしては書けないかな~と思います。
 とりあえず妄想吐き出してわたしは満足。でも、カノ氷編がなかった!カノ氷編は、カノン吸血鬼、氷河はダンピールで母(人間)を殺した吸血鬼を探している展開がいいと思ってます!そのうちまたいつか。
 
(fin)
(2012.10.19~10.20UP)