お話と言えるほど体裁は整っていないネタ集のようなもの
(基本的には雑記です)
オメガバース設定の学園もの妄想。カノ氷に始まり、ミロ氷を通って、最後はカミュ氷。
特殊な設定のため、社会規範に反する記述も登場しますが、それらの行為を肯定する意図は全くありません。完全なる異世界ファンタジーとしてお読みください。
(補足)
カミュ先生は今回は眼鏡あり、髪は後ろで束ねている感じでお願いします。(泳ぐときだけどっちも外すのです。水泳帽?ゴーグル?この世界にはそんな概念はない!)当初、水瓶師弟の水着はどっちもブーメランビキニで脳内描いておりましたが、元水泳部の方に「フルレングスやスパッツもなかなかえっちでよいです。(脱ぎにくいとか)」と教えていただき、えっ、脱ぎにくいとか、天才の発想か!?!?!?と激しく萌えたので、都合によっていろいろかわることになりました。
◆トキメキ☆聖闘士学園~なんちゃってオメガバ~ ②◆
プールサイドには誰もいなかった。
というか、いつもたいてい誰もいない。水泳部はあまり人気の部活とは言えない。
なぜなら、顧問のカミュが非常に厳しいからだ。厳しいを通り越して、陰ではカミュのことを鬼畜眼鏡と呼ぶ生徒までいる。
普通の高校ならば、屋外プールしか備えていない場合は冬場は筋トレで終わるところを、カミュは容赦なく、雪のちらつく凍り付いたプールを前に真顔で「アップ代わりに30往復できたものから順にタイムを計ろう」などと言うのである。
死ぬと思います!!と抗議する生徒たちに、わたしは未だ死んではいないが?と文字通り涼しい顔で自ら泳いで見せたことはもはや伝説だ。
数名の幽霊部員を抱えているせいでどうにか部活動として登録できているが、毎日練習に顔を出す勤勉な生徒は氷河くらいだ。あとひとり、アイザックという生徒もカミュのしごきをものともしない猛者だが、彼は生徒会活動で多忙なため、しばしばプールは氷河ひとりの貸し切り状態になる。
鬼指導で有名なカミュだが、ただ、部活動に顔を出すことも自ら水に入ることも実はそれほど多くない。時折、翌日の授業準備の合間に白衣姿のまま立ち寄って、フォームを直してくれることがある程度だ。だからと言って、気を抜いた練習をしていれば、どこでどう見ているのか、ふらりと現れては「教えたことができていない。メニューを最初からやりなおせ」と地獄の宣告をして去っていく。
カミュの姿がないことを安堵し、無人の水面に心を浮き立たせて、氷河は更衣室へ行くのを省略して、カバンを放り投げ、その場で着ていた制服を脱ぎ捨てた。水着はちなみに朝から既に制服の下に仕込んである。冗談ではなく、半ば本気で、プールに入ることだけが学校に来る目的のようなものだからだ。
子どもじみた歓声を上げながら水に飛び込み、逆サイドまで勢いよく泳ぎつけば、
「氷河」
と低い声が上から降ってきた。
見上げれば白衣姿のカミュだ。水面の太陽が反射してまぶしいのか眼鏡の奥の瞳が少し細められている。
浮き立っていた気分はたちまち最低最悪、ぐっと沈んでしまい、氷河は身をすくませながらプールの底へ足をつけた。
「準備運動をせずに飛び込むとは何事だ」
「あー、と……、ここへ来るまでの間に、済ませました」
「嘘をつくな、嘘を。わたしはお前が校務員室の扉を開けたところから見ていたぞ」
カノンのところへいたのを見られていた、と氷河はドキリとする。やましいところは(今のところ)ないが、それでも、誰にも知られたくない秘密を彼と共有する身、あまり、カノンのところで何をしているのか詮索されたくはない。
「すみません、怠りました。水に早く入りたくて」
仕方なく、正直にそう言いながら氷河は水から上がった。
既に水に入った後でも準備運動は有効だろうか、と考えていれば、カミュが、それに、と眉間に皺を寄せた。カミュが眉間に皺を寄せるときは機嫌があまりよくない証拠で、続く言葉を聞く前から反射で、すみません、と頭を下げてしまう。
「更衣室を使えと何度言ったらわかる」
「………はい」
「授業もまたサボったな?化学の時間、お前は席にいなかった。わたしの授業は聞く価値もないか?」
「それは……」
準備運動も更衣室も自分に比があるのは確かだが、その件に関しては、少し言い訳をさせてほしい。
結果的にそれがカミュの授業だっただけで、決してサボろうと最初から決めていたわけではないのだ。
氷河が放っている、近寄りがたいオーラのせいか、たいていの生徒はあまり氷河に話しかけてこないが、化学の教室へ移動する際に、運悪く上級生に絡まれたのだ。
前々から、やたらと氷河を敵視していたその上級生は、俺の女をとったとかなんとか、まるきり氷河には身に覚えのない言いがかりを吹っかけてきて教室を移動しようとしていた氷河の足止めをした。
「ちょっと顔がいいと思って生意気なんだよお前は」
無視をして通り過ぎようとしたら、そう言って襟首を掴まれた。そこで取っ組み合いの喧嘩にでもなって終わっていれば、授業には出れていた、多分。
悪いことにその生徒は、氷河の襟首を掴んで、鼻先が触れ合うほどの距離まで氷河を引き寄せた。まずいな、さっきは体育だった、と氷河が思った瞬間、案の定、その生徒の頬はみるみる紅潮し、またたびを嗅いだ猫のように、へにゃ、と振りかぶった拳から力が抜けた。
周囲の生徒が、殴れ、顔をやれ、と騒ぎ立てる中、氷河を掴んだ生徒だけが、何やら、もじもじ、しどろもどろになって、「いや、なんか、甘い匂いが、」などと言い出したものだから、慌てて氷河は彼の鳩尾に一発きついのを食らわせて逃げてきたのだ。
化学室まで走って行ったはいいが、だが、走ったことで体育後の火照った身体は簡単にまた汗をにじませた。
化学室はいつも薬品の匂いで充満していて、だから氷河はわりと化学の授業は好きだったのだが、今、教室に入れば、もしかしたら、席の近い数人は、氷河がなにかおかしな匂いを発していることに気づいて騒ぎになるかもしれないと思うと、もう駄目だった。
どうして俺だけこんな目に、と考えれば、酷く気分が悪くなって、とても教室の中には入れなかった。
顧問であるカミュの授業を欠課すればどんなことになるかはわかっていたし、何より、あまり気兼ねなく受けられる数少ない授業を逃すことに葛藤はあったが、だが、カミュの授業だったからこそ、面倒を起こしてしまうのが嫌だったのだ。
準備運動もそこそこに水に飛び込んだのだって、周囲におかしな劣情を催させるこの匂いを一刻も早く洗い流したかった、無意識の願望なのかもしれない。
「あの、具合が少し悪かったので」
「具合が悪いのなら保健室へ行くべきだ。校務員室で休んだのでは、サボりと取られても文句は言えない」
「……そう、ですね、次からはそうします」
ほかに返事のしようはない。
俯ききってしまった氷河を前に、カミュはため息をついた。
「それで、具合はもういいのか」
「はい。泳いだら治まりました」
「泳いだら?」
全く、お前はどれだけ水が好きなのか、と、少しだけカミュの目尻は柔らかくほどけたが、銀縁のフレームの眼鏡がそれを隠し、残念ながら氷河はそれに気づかない。
「熱心なのは感心だが、化学の課題も2週連続提出できていないでは、今日は部活動を許可するわけにはいかない」
「!!」
そんな、と絶望顔で氷河は天を仰ぐ。部活動禁止令を食らうのはこれが初めてではないが、一度水に入った後で、となるとがっかり感が半端ない。だが、謝ろうが、事情を話そうが、一度言ったことを撤回するカミュではないことはよく知っている。学業をおろそかにする生徒にカミュは決して部活動の参加を許可しないのだ。例え大事な大会前でもそれは絶対のルールだった。
「着替えたら化学準備室へ来るように」
そう言い残して、カミュは去っていく。
あーあ、と氷河は頭を抱えてプールサイドに蹲った。
着替えるだけ着替えて、まだ濡れた髪のまま、化学準備室へ氷河は向かう。
入室許可のノックをする瞬間、内部の狭さが思い起こされて、一瞬だけ躊躇う。
密室は苦手だ。嫌な思いをしたことは一度や二度ではない。自分では気づかぬうちに発しているらしい匂いが逃げ場なく充満するせいで、理性を失う人間を何人も見た。
だが、カミュの言いつけを守らねば二度と部活などさせてもらえないに違いない。
覚悟を決めて、氷河は、失礼します、とノックをして化学準備室へと入った。
奥の机で作業をしていたカミュが顔を上げて、手前に用意された机を指して、そこへ、と促す。
「提出できていないのはあとはお前だけだぞ」
カミュが採点しているプリントは先週の課題だったはずだが、氷河は未だ白紙だ。
はい、と頷いて、白紙のプリントに向かったものの、一問目から既にもうわからないと来ている。授業に出ないのはやはりそれなりに痛い。
名前を書いたきり、まったく氷河のペンが動かないことにカミュが気づいたのだろう。
トントンと採点の終わったプリントの端を揃えておいて、カミュが立ち上がり、氷河の机の前まで移動した。
距離が近づいたことに、氷河は思わずビクリと身を竦ませる。
カミュもそれに気づいたに違いないが、何か言及されることはなく、彼は、椅子を引いてきて、氷河の前へ向かい合うように座り、白紙のプリントを覗き込んだ。
「授業を聞いていないのだから当然の結果だな」
「……はい、すみません」
「仕方がない。教科書を開け」
「えっ、あ、はい、」
該当単元部分を参考に読んでもいい、という意味かと思いきや、カミュが、己も教科書を片手に説明を始めたので氷河は驚いた。
まさかと思うが、昼間の授業をもう一度……?
鬼畜教師とまで呼ばれているカミュだ、準備室に呼ばれてどんな酷い罰が待っているのかと思っていた氷河はあっけにとられたが、だが、元々、勉強自体が嫌いでサボったわけではないのだ。化学だって嫌いではない。カミュの少し低い声でなされる説明はわかりやすく、氷河は夢中になって聞き入った。
一通り説明を聞いてしまえば、課題はそう難しいものではない。
さらさらとペンを走らせる氷河を見ながら、カミュは満足げにうなずく。
「クラスに誰か厭な奴でもいるのか?」
「……えっ?」
おおかた書き終わったとき、不意にそう言ったカミュに、氷河は首を傾げた。
「いえ……?」
「本当か?誰かをかばっているということは?」
そこまで聞かれて氷河は合点した。
ああ、カミュは、氷河がいじめか何かにあって、それで教室にいられないのだと誤解しているのだ。そばに寄られたくなくて、集団から離れて孤立している様は、大人からみれば確かにいじめにあっているかのように見えるのかもしれない。
教師としては気になって当然だ。
「いえ、みな、いい奴らばかりです」
今日の上級生には辟易したが、クラスメイトに不満はない。
いい奴らばかりだというのは本音だ。
いい奴らを、いい奴らのままでいさせておきたいから距離を取っているのだ、とは言えはしなかったが。
「それならばいいのだが。お前は良くも悪くも目立つから、面倒ごともあるだろう」
「大丈夫です。ただ、俺……あの、教室が、いえ、人のいる教室が苦手で、すぐに具合が悪くなるので、それで、」
「教室が?それは困ったものだな……」
言ってしまうつもりはなかったのに、思わずそう告白してしまったのは、鬼だと言われていて近寄りがたかったカミュが存外に気にかけてくれていることがうれしかったせいだろうか。
深刻な思案顔となったカミュに、氷河は、口をすべらせた、と、慌てて首を振る。
「そのうち慣れるようになりますから」
慣れることはきっとないのだろうが、カノンが抑制剤を手に入れてくれれば、少しは解決するはずだった。
だが、カミュは、いや、と首を振った。
「具合が悪くなるのはよほど苦手なのだろう。お前は頭も悪くないし、勉強が嫌いなわけでもなさそうなのに、それで学ぶ機会が失われるのは見過ごせない。教室に入れないときはここへ来るといい。授業が入っていないときであれば、化学以外の教科も可能な限りは、わたしが見よう。校務員室で油を売るよりは有意義に過ごせると思うが」
えっと氷河は驚いた。
個人的に授業など……カミュが多忙なことは知っている。自分一人のためにそんな手間をかけてもらうのは申し訳ない。
何の気なしにもらした言葉をこんなに真剣に受け止められてしまうなんて、と、恐縮して身を縮こまらせる氷河に、カミュは、きり、と目を吊り上げた。
「別にお前のためだけに言っているわけではない。我が水泳部から留年者を出したとなるとわたしの沽券にもかかわるからだ」
そう言われてはさすがに断れない。
なるべく、手を煩わせないように授業には出ることを決意して、氷河は頷いた。
よし、と同じように頷いたカミュが、ふと、顔を上げる。
「匂いが……」
「えっ」
心臓がドッと爆ぜた。
俺はまた、なにか、おかしげな匂いを放っているのだろうか。
せっかく、カミュが好意で勉強を見てくれることになったのに、それを台無しにするのかと思うと泣きたくなる。
ずっとずっとそうだった。
こいつとはずっと友達でいられる、と思った奴に押し倒されて傷ついたことが何度あっただろう。
もしもカミュがそんなことになったら、気まずくてもう水泳部にもいられないし、この部屋にも二度とは来られない。学校での居場所はなくなったも同然だ。
ドキドキと鳴る鼓動を抑えて息を乱している氷河に、カミュが手を伸ばす。
ビク、と肩を震わせれば、カミュの指が氷河の髪から落ちる雫をすくった。
「まだ髪が濡れているな。そのせいだ、さっきからプールの匂いがすると思った」
そういってカミュは、少しだけ頬を緩めた。
あの、鬼のカミュが笑ったのだ、と気づいた瞬間に、氷河の鼓動は別の意味で熱く爆ぜた。
「お前からはいつも塩素の匂いがしている」
「……………先生はいつも薬品の匂いがしています」
化学の教師だからな、とそういって立ち上がったカミュの顔は、授業では見せないほど柔らかだった。
遅くなった、気を付けるように、と促されて退室しても、まだ、氷河の心臓はドキドキと脈打っていて頬が熱かった。
教師に居残りを命じられて、目の前で課題をして。
まるで、普通の学生がするみたいな時間だった。
当たり前といえば当たり前のその行為が、だが、氷河にはまるきり初めての出来事だった。
校務員室よりよほど狭い、ほんの数畳ほどの密室に長時間二人きりでいたのに、カミュの、涼やかで端正な顔が劣情に歪むことはなく、最初から最後まで、爪の先ほども氷河の教師であることから彼が逸脱することはなかった。
もしかしたら、カミュは、ベータなのかもしれない。
今日の上級生のように、ベータでも敏感な体質の人間はオメガの影響を受けてしまうが、そうではない人間は、発情期でもない限りオメガを見分けることはできないという。
どうか、どうかそうでありますように、と氷河は願わずにはいられない。