お話と言えるほど体裁は整っていないネタ集のようなもの
(基本的には雑記です)
聖戦後、カノンのみ生存ルート妄想の断片。1話目と3話目のみで完結予定なし。
カノ氷ベースですが、人によっては行間に他カプを感じることがあるかもしれませんのでご注意ください
ほんのり性表現あります。苦手な方、閲覧をご遠慮ください。
◆カノン生存ルート ③◆
微睡みは寄せては返す波のようにゆるゆると覚醒へと向かい始める。
彼方と此方を行きつ戻りつ漂っている時間は、万人共通の至福のひとときだ。カノンとてそれは例外ではない。
もう少し、このままで。
あと僅かでも意識が覚醒に近づけばそれなりに理性が働いただろうが、今はまだ、怠惰な欲求がふわふわとカノンをくるんでいる。
軽く身じろぎをした拍子に、人の気配をすぐ傍に感じ、おや、と波間を漂う意識がそちらへ向かう。
カノンは目を開かないまま、気配の方へと腕を伸ばした。
いくらも伸ばさないうちに柔らかな絹糸のような髪が触れて、微睡むカノンの意識が僅かに高揚した。
滅多なことでは他人に無防備な寝姿を晒すことをカノンはしないが、ただ、物事に例外はある。情事の翌朝、というのがそれだ。
享楽的な欲求に身を任せて精を吐き出した後では腕一つ動かすのも億劫だ。衣服をきちんと纏い直すような律義さなどは元来持ち合わせておらず、たいていは吐精の余韻をそのままに眠りにつく。相手がどうするかはカノンの関知するところではないが、ビジネスライクにカノンを置いて帰ってしまうこともあれば、同じようにそのまま朝まで惰眠を貪っていることもあった。
だから、半覚醒で触れた他者の体温に、カノンは特別驚いたりはしなかった。どんな女だったかすぐには思い出せないが、起き抜けにもう一度愉しむことまで織り込み済みでの共寝だろう。
そう思って、はっきりと覚醒しないまま無意識に抱き寄せた身体は、予想外に筋肉質な固い感触を返したが、そのことがカノンを躊躇させたりはしなかった。ああ、なんだ、と、女が男にあっさり変換されただけで、これから訪れる予定の快楽の期待が減じたりはしない。
引き寄せた身体は、こちらもまだ眠っているのか反応はない。
互いの体温を触れ合わせてとろとろと微睡みながら徐々に快楽の芽を育んでいく時間は最高に怠惰で気持ちがいい。
ただし、目覚めのキスなどはナシだ。肉体的に快楽を得るための行為は歓迎だが、それ以外の一切はカノンには不要だ。
深い関係に付随する嫉妬も執着も、面倒なばかりだ。己自身の黒い感情ですらまともに向き合う気にもなれないのに、他人のそれを受け止められるわけがない。
性欲を発散するという利害が互いに一致しただけの気軽な関係が楽でいい。愛などというまだるっこしい行為ではない、娯楽だ、ということを割り切っているせいか、行為はたいてい激しい。翌日響いて大変だとか、こんなことをして嫌われないだろうか、とか、何も考えることなく、ただひと時愉しめればそれでいいのだ。
そういう夜を何度も過ごしてきたのだ、劇的改心があったからと言って、身に染みついた慣習までが突然になくなるわけではない。ましてや今は半覚醒の無意識の状態だ。
カノンはいつものごとく腕の中の身体をまさぐり、寝衣の裾を割って直接肌に手のひらを這わせた。
筋肉質だ、と最初に感じたとおり、すっきりと引き締まった肉体だ。細い腰ときめ細やかな滑らかな肌はなかなかいい。
カノンは感触を愉しむように腹から胸へと手のひらを滑らせ、指の間に小さな突起をきゅ、と挟んだ。
それで目が覚めたか、腕の中の身体がピクリと痙攣するように四肢を強張らせた。
反応がある方が面白い。
さらさらと揺れる髪を唇でかき分けて柔らかな耳を食み、指先ではぷくりと反応して立ち上がった胸の突起を弄ぶ。
「……っ?」
微かに漏れた吐息に混乱の色が混じっているが、まあたいした問題ではない。誰しも寝起きは夢と現の区別がつかずに混乱はするものだ。
この頃には既にカノンの意識は微睡みからほとんど覚醒へと振れていた。それでもそんな誤解をしてしまったのは、己が一糸まとわぬ全裸だということにカノンが気づいたせいだ。
カノンに全裸で寝る習慣はない。例え一人きりの空間でも最低限の嗜みは備えている。にも関わらず全裸で眠っていたことで、唯一の例外、情交後の朝なのだ、これは、と確信するに至ったのだ。
記憶はなくとも一度抱いたのであろう相手、二度目を躊躇う理由はない。
カノンは胸へやっていた手をするすると下ろして、己の体躯にピタリと密着させるように抱いた細腰から下衣を脱がせにかかった。
巧みに動く長い指で彼の下衣を途中まで引き下げ、さらけ出された中心を直接手のひらに包む。まだたいした愛撫も受けぬうちから、朝の生理現象にそれは固くしこっていた。ずいぶん若いな、と微かな吐息で笑って、二、三度、緩くしごけば、腕の中の身体は巣を急襲された小動物のような動きで慌てふためいて跳ねた。
「……っ?……っ!?」
生きのいい身体を征服するのに感じる昂揚は雄の本能だ。
気分よくカノンは手のひらに包んだ雄を親指の腹で擦ってやりながら、唇に挟んだ耳朶に歯を当てた。
「~~~~っ!!」
声にならない悲鳴をあげて背を逸らしてはいるが、カノンが包んだ雄は先端からぬるりとした露を零して熱く脈打っている。
目覚ましついでだ、先に軽く達かせてやるか、と手淫の速度を速めようとすると、抱いた身体は激しく抵抗するかのように、じたじたと暴れはじめた。
跳ねる身体を恵まれた体躯で押さえつけながらも、さすがにどうもいつもと様子が違わないか、という疑問がカノンの頭に上ったのと、カノンの体躯の下で必死に腕を突っ張って、彼が「か、のん!?」と短く叫んだのは同時だった。
ここにきてようやく、カノンは初めてしっかりと目を開いた。
カノンの体躯の下、唇が触れそうなほどの距離で、ひとつだけのアイスブルーが混乱と羞恥と多分怯えを滲ませて見上げていた。
「…………………………………なぜお前が俺のベッドにいる」
少年も混乱の極みに陥っていたが、カノンの方も負けず劣らず混乱していた。
真っ赤になって声を失っている少年の答えを待たず、カノンは視線を上げて周囲を見回した。
華美な装飾などはなにもない。経年劣化にひび割れた白い壁に特徴的な高い天井。
───ここは十二宮か。だが……双児宮ではない。
「……宝瓶宮、か」
少年の顔とすぐに結びついた宮の名を言えば、カノンの胸へ流れたブロンドがこくこくと頷きを返した。
そうだ、宝瓶宮だ。
今は───守護者のない。
聖戦は終わった。
カノンが享楽的な朝を過ごしていたのはもっとずっと前のことだ。
今は……今は確か……。
カノンは記憶を探る。
確か、引き留められたのだ。宮へ帰ろうとしているところを。
教皇宮に近い宝瓶宮なら、双児宮分との往復分だけ多く休めるだろう、という理由で。
教皇宮から遠い遠い双児宮へ下りて行こうとするカノンを凍気を使ってまで必死に引き止めて、ぎこちなく中へ招いた少年は、だが、カノンが逃げないと知ると実に嬉しそうに甲斐甲斐しく世話を始めた。
俺の夕飯の残りで悪いけど、とカノンにシチューを食べさせ、バスルームに押しやって。
もう一度同じものを着るつもりで濡れた身体にタオルひとつ巻き付けてバスルームから出てみれば、自分の着ていた服は消え、代わりに、洗っておきました、と得意げに少年が立っていた。
「……裸で寝ろと?」
「まさか!……これを、と思って」
そう言って差し出されたのは、真新しい寝衣だ。封も切られていない。ご丁寧に下着まで。
調達できるような時間はなかったはずだが、と彼の顔を見れば、予備を見付けたので、という答えが返ってきた。
───カミュの、か。
カノンは内心、盛大に唸った。
サガのものでさえ未だ手を触れられずにいるのだ。いくら封を切っていない新品だとはいえ、それはまだカミュのものだ。
よりによって、カミュだ。己が死なせてしまった少年の師、の。
そんなものを纏って寝ろとは何の拷問だ。ここへ足を踏み入れて、片眼を隠す白い包帯を見ているだけで安眠など訪れそうにないというのに。
受け取ろうとしないカノンの沈黙の意味するところに気づいたのか、少年の顔が痛みを堪えでもしているように歪んだ。
「我が師のものではないからあなたの気遣いは無用だ。……封を切っていない同じものが2組あって……多分……俺、と……」
ああ、それは、と寝不足の頭を激しく揺さぶられるほどの衝撃がカノンを襲った。
いつ、用意したのか。
二人分、ということは少なくともカミュが弟子を失う前だ。
使うことになるかどうかもわからぬのに、いずれそんな日もあるかもしれないと、それを用意しておいたカミュの、師としての気持ちがわかる気がして、堪らない気分になる。
「だから、我が師のというより、それは多分俺のだから……」
氷河の言葉はだんだんと小さく消えゆく。
だから厭だったんだ、とカノンは再び心の裡で呻く。
自分と氷河とは、近づきすぎると互いの傷を開くだけだ。
自分の方はいい。それだけの罪を犯したのだから、傷が痛いと泣き言など言うつもりはなく、甘んじてどんな罰でも受けるつもりもある。
そのために氷河の傍へ居続けよ、というのなら甘受もしよう。
だが、氷河にとってはどうだ。
カノンがどれほど腐心したところで、今のように何でもないふとしたことですら傷が疼くのだ。二人の間の共通の話題、それこそが氷河の傷口なのだから。
少年とはいえ、一人前の聖闘士だ。氷河を真綿でくるんでこれ以上何も傷つかぬように、と甘やかすつもりはないが、だが、選択肢があるのならわざわざ好き好んで血濡れになることもあるまい、とも思う。
カノンは、少年に気づかれぬよう、小さくため息をついて、それから、目の前のまっさらな生地を両手で摘み上げて広げてみせた。
「……………お前というやつは……なるほど、俺を笑いものにしようとしたな?」
「え……?……あ!」
カノンが広げた寝衣も下着もどこからどう見ても、大の大人が着用するにはサイズが小さすぎた。
もしかしたら、今の氷河にも小さいかもしれないくらいだ。
それを用意した時のカミュの気持ちがやはりありありと窺い知れ、酷く心は乱れたが、カノンは小さな下着を腰のあたりにできるだけ滑稽な仕草で当てて痛みを封殺してみせた。
「そこまで考えていなかった。……穿けませんか?」
「笑いたいなら穿いてみせてもよいが」
「笑いませんよ」
「既に笑っている奴が何を言っている」
本当は彼の表情は笑うどころか、多分、カノンが感じた痛みと同じ痛みに固く強張っていたのだが、カノンが頭を小突いてみせれば、すみません、とようやく少年の頬がぎこちなく緩んだ。
そういう経緯によってカノンは、不本意ながら全裸にタオル一枚、という情けない格好で過ごす羽目になったのだ。
それでも、普通にベッドに入れたならまだマシというものだったが、その後もたいがい酷かった。
ではゆっくり休んでください、とベッドへ案内しかけた氷河は、相当に躊躇して困った顔でカノンを振り返った。
「……………あの、俺はここではいつもソファで寝ているんです。……………だから、あの、あなたがもし気にしないなら……我が師、の、」
最後まで聞く前に、カノンは、ちょっと待て、と氷河を止めたてするように片手を上げて、反対側の手でげんなりと顏を覆った。
お前という奴は本当に!!
さすがにここまでくるとカノンも呆れ果てて言葉もない。
予備のベッドなどない、というわけだ。
十二宮は要塞という性質がら、客人を招くつくりにはなっていない。小さな弟子達の未来の来訪を願っていたカミュですら予備のベッドまでは用意してはいなかったのだろう。
つまり、ここ宝瓶宮でベッド、と呼べる存在は主カミュのものだけ。
よくこの状況で「ちょっと眠っていけ」などと気軽に誘えたな、お前は!!
いくら疲れきっていたとはいえ、誘いに乗った俺も俺だ。
どちらも互いに愚かなることこの上ない。
物は物でしかない、と割り切ってしまうには、まだ聖戦の記憶は新しすぎる。生々しく残る気配は消しようがない。
「俺は床で寝る」
倦んだ頭でばっさりとそう言い捨てたカノンに、氷河はほんの少し安堵したような表情を見せ、だが、同時に困ったように眉を下げた。
さすがにあんまりだったと自分でも思ったのだろう。
せめてあなたがソファで寝てください、と諦め悪く食い下がった氷河に対し、もう何もかもどうでもよくなったカノンは、気にするな、と言って問答無用でブランケットを被ってソファの脇の固い床の上へと転がったのだった。
固くて冷たい床であっても、いつも仮眠を取る椅子の上に比べれば、安定感は抜群だ。じゃあ俺も床で寝ます、と言った氷河の声を聞いたような気もしないではないが、色んな意味で疲れ切っていたカノンは、身を横たえた瞬間にはもう眠りに落ちていた。
落ちることを気にしないでいい床の上、明日は双児宮と宝瓶宮の距離分だけは朝寝もできる、そうした安心感で思った以上の深い眠りに落ちてしまったことを思えば、氷河の誘いもあながち的外れでなかったということなのだが……
カノンは、ふう、と深いため息をひとつついて半身を起こした。
ここに至る状況を把握して、ようやく、本当の意味で目を覚ましたのだ。
「なぜお前が俺のベッドにいる」というカノンの問いは全く無意味だったことがようやくわかった。ここは、俺の、でもなければ、そもそもベッドですらなかった、というわけだ。
氷河は赤い顔をして乱れてずり落ちた寝衣を両手で押さえてカノンから距離を取って座り込んでいる。
「あー……悪かった、な。その……なんだ、間違えた」
「だ、だれと……」
「……誰というわけではないのだが」
「誰彼構わずあんな……!?」
「誤解なきよう言っておくが今はない」
苦笑しているカノンに、氷河は「『今』は!?」と目を白黒させている。
「幻滅したか?」
してくれ、との期待を込めてそうカノンが聞けば、氷河はしばらく考えて、大人だったらそういうこともあるだろう、と赤い顔のままクールに答えた。
全否定してくれれば話は早かったのに、肯定、ときた。
「大人」が何か知りもしないくせに理解あるふりをしているのがおかしくなって、カノンはニヤリと口元を歪めた。
「ついでだからこのままお前が相手をしてくれるか。勢いがついて治まらない。お前もそのままではつらいだろう」
「!!」
どうなんだ、とカノンがゆるりと体躯を氷河の方へ傾けると、びっくりするほどわかりやすく少年の身体が跳ねて、後ろへと飛び退った。
「……ッ……い、や、俺は……ッ」
氷河はぱくぱくと口を開いたり閉じたりしている。赤い顔して、まるで酸素を求める金魚そっくりだ、とカノンは吹き出した。
いっそそのまま強引に押し倒して、完全に幻滅させてやる手もあったが、その手段を取るには少年の反応は初々しすぎた。
笑いで肩を震わせながら、冗談だ、本気にするな、とあっさりとカノンは救いの手を差し伸べてみせた。
カノンを恨めしげに見上げる青い瞳は、だが、まだまだ警戒の色を滲ませていた。
ハッとするほど目を引く容貌の少年には、却っていい薬になってよかったかもしれない。これでもう、例え相手が男といえど安易に同衾を誘うような真似はしなくなっただろう。と、なんとなく「保護者」の気持ちとなってカノンは苦笑する。
氷河はじりじりとカノンから後ずさりをして、やがて、顔を赤らめたままやや前かがみとなって、せ、洗面所に、と言いながらぎこちない所作で立ち上がった。
カノンはからかうように笑う。
「手伝ってやろうか?」
「!!ち、違う。あなたの服を取りに……!」
「ほう。だが、戻りが遅くとも覗きに行くような野暮はしないでいてやるから安心しろ」
そういうのじゃないって、ほんとに!!と目を剥いて怒って扉の向こうへ消えた少年をくつくつと笑いながら見送って、カノンは天井を見上げて、ふ、と息を吐いて臥した。
冗談など言ったのはいつ以来か。
ずっと寄っていた眉間の皺を揉み解すようにしながら、そういえば、頭の芯を支配していた重い痺れが消えている、と気づいた。床で寝たせいで身体はやや痛むが、思考はすっきりと明瞭だ。
まとまった時間の睡眠というのは、休息として何より効果があるらしい。
寝不足ではどんな欲求も湧き上がらないものだが、幸か不幸か睡眠欲が十二分に満たされた今は、半端に催した劣情がひりひりとした飢餓感をカノンの中に生んでいた。
少年をからかいはしたが、享惰な快楽がもたらす解放感をよく知っていながら禁欲的な生活に身をおいている大人の方こそ、中途半端は辛いものだ。
カノンは己の手のひらを目の前に翳して見た。まだ、薄い皮膚で覆われた伸びやかな肢体の感触が残っている。
───惜しかった。
ふと過ぎった未練に、バカな、何を考えているんだ、俺はとカノンは首を振ったのだった。