1000hitキリリク。お題は「カミュ・ミロ・氷河の三角関係でラストはミロ氷」でした。
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。
◆まわり道 後編◆
今日も氷河はミロに天蠍宮につかまっている。
気怠い身体に鞭打って、ソファの上に身を起こす。会うなり性急に脱がされた衣服を床からかき集めて、身にまといながらミロに問う。
「なぜ俺なんだ。あなたなら、望めばどんな相手も手に入れられるだろう」
「簡単に手に入るものには興味がない」
「簡単だったじゃないか、俺だって」
「いや、まだだ」
「どこもかしこも好きにしているじゃないか。これ以上、何をどうしろと?」
「君を全部欲しい。カミュの元へも返したくないほどだ」
「それは無理だ。あなたは俺の師じゃない」
「ただの師弟だけなら俺も言わないさ」
「またその話か……下衆な勘繰りはやめてくれ。俺とカミュはそんなんじゃない。俺が一方的にカミュを好きでいるだけだ」
「さあ、どうだかな」
そう言うと、ミロはシャツを拾うために屈みこんでいた氷河の腕を引っ張り、再びソファの上へ組み敷く。まだ熱さの残る肌をまさぐり、胸の先端を転がすように舐め、歯をあてる。
「ちょっ……あっ……」
氷河は押し戻そうとしているのか、それとも誘っているのか、そのどちらともつかない動きでミロの髪をゆるく掴んで、体をのけぞらせる。
「足らなかったと見える。身体は素直だ」
「やめ……あ……んっ……」
ミロは、今穿いたばかりの布地ごしに、輪郭をなぞるように氷河のものを撫で上げる。
「……ふぁっ……やぁっ……」
再び氷河の声が高くなる。
しかし、追い詰めるように氷河の上に乗り、首筋に唇をよせていたミロは、一瞬動きを止め、少し何か気にするそぶりをした後、離れ、いきなり氷河の頬を拳の裏で張った。
突然もたらされたそれに、痛みを痛みとは感じないほど氷河は驚き、困惑した。
ミロは続けて強い声で怒鳴った。
「強情なやつめ、こうなれば力ずくで言うことを聞かせるまでだ!」
なおも拳を振りかざしたミロに、氷河は、身を固くして青ざめる。
「な、ミロ、なにを……」
と、背後の扉がバタンと大きな音を立てて開いた。
「何をしている」
眼光鋭く二人を睨み付けるカミュがそこには立っていた。
氷河は驚き、硬直して声も出ない。
ミロは振り向きもせずに、ことさら誇示するように振り上げていた手をゆるゆると下ろすと、氷河の頬を爪先で嬲る様に撫でながら言った。
「予告なく踏み込むとはいくら俺とお前の仲でも無粋にすぎやしないか、カミュ?」
カミュはそれを無言で受ける。
しばらく誰も動かず、沈黙がおりる。
最初にカミュが動いた。
視線はミロに定めたまま、カミュは氷河の腕を引き、しごく温度のない声で、我々は帰る、と告げる。
「それだけか?拳が震えているぞ。俺を殴りたいとな」
「殴られるようなことをした、という自覚はあるのか」
「まさか。俺の方には殴られる理由などない。だが、お前には殴りたい理由があるだろう」
「………………なるほど」
言うなり、カミュは渾身の力を込めてミロの横っ面を張り飛ばした。ミロの唇の端が切れて、つ、と血が流れる。
氷河は二人の間で立ちすくむ。
ミロは体を二つに折って笑いだし、床から氷河のシャツを拾って投げてよこしながら言った。
「お前のその形相ときたら……!クールが身上のアクエリアスも形無しだ!案ずるな、氷河が好きなのは今も昔もお前一人だとさ。……坊やはちゃんと抵抗した。叱ってやるな」
カミュはそれらの言葉を背中で聞き、氷河を引きずるように天蠍宮を出て行く。
強く掴むカミュの手に引きずられながら、氷河が最後に一度振り向いた時、ミロは唇の血を指で拭いながら、さっさと消えろ、と言いたげに首を振った。
**
宝瓶宮までカミュはずっと無言だった。
氷河にも言葉があろうはずがない。
言い訳などしようもないし、どう言い訳していいのかもわからない。そもそも何故言い訳しないといけないのか、それすらもわからない。
カミュに掴まれている腕だけがただただ痛い。
宝瓶宮に着くと、カミュは、氷河の方を見ずに、その体を浴室の方へ押しやった。
「その恰好をなんとかしてくるんだ」
氷河は立ちすくんだまま動けない。
「せんせい……」
「何も言うな」
「でも、あの……ミロは悪くなくて……」
「言うな」
「……元はといえば俺が……」
「言うなというのが聞こえんのか、氷河!」
初めてカミュが声を荒げた。氷河はビクリと体を震わせ、怯えた目でカミュを見上げる。
カミュは表情を隠すように額に手をやり、再び静かに言った。
「……大きい声を出してすまない。少し時間をくれないか。今は自分を制御する自信がない。もう行きなさい、氷河」
そう言って、カミュは氷河に背を向けた。師の背中が、これ以上立ち入ることを許さない、と拒絶しているように見え、氷河はそれ以上声をあげることもできず、自室へと逃げるように去った。
氷河の自室の扉が閉まる音を聞き、カミュは大きく息をつき、どさりとソファへ身を沈めた。
予想はしていた。
あれだけあからさまに挑発されて気づかない方がどうかしている。
簡単に挑発に乗ってやるつもりはなかった。
氷河はまだ子どもだ。どうせミロが遊んでいるだけだ。
しかし、あの日、少しはだけた氷河のシャツからのぞく、白い肌に咲いた所有印に気づかされた。
スッと頭の芯が冷える。
なるほど。それなら、話は別だ。
子ども相手の戯れなら見逃しもしようが、お前は明らかにやりすぎだ。
とはいえ、天蠍宮に踏み込むまでは、カミュはまだ己を失っていなかった。前後不覚に陥るほどの衝撃を受けたのは、それを目にしてから、だ。
氷河がミロに組み敷かれていた。
問題はそこではない。
ミロが、故意に乱暴を装った(そう、あれは偽装だ)ことだ。
ミロという人間をカミュは誰よりよく知っている。あんなふうに力に物を言わせて己の要求を押し通すような男ではないことは。
偽装するということは何かを隠した、ということだ。だが、何を。
───かばったのだ、多分、氷河を。
下手な取り繕いをせねばならぬほど、一方的な関係でも、戯れと笑い飛ばせるほど軽い関係でもない、ということだ。
氷河はまだ子どもだ。───子どもだと思っていた。
幼き日の面影に縛られている間に、いつの間にかカミュの知らぬ遠いところへ行ってしまっていた愛弟子に、カミュの眉間には深い皺が刻まれる。
**
暗い。
時計を見る。日付が変わる直前だ。
氷河はベッドの上にゆっくりと身を起こした。
涙で髪が頬に貼りついている。
眠るつもりなどなかったのに、泣いているうちに少しうとうとしてしまったらしい。
カミュを、多分、失望させたのだと思うと胸が痛かった。こころから敬愛している師を失望させてしまった自分を嫌悪する。
俺に失望したのなら、ミロではなくて、俺を殴ってくれればよかった。
思い出して、ミロに張られた自分の頬に手をやる。まだ少し熱と痛みを帯びている。
強引にせまられることはあっても、あんな風に直接に力で屈服させようとされたのは初めてだった。突然の逆上とも言える彼の変化が、一体、何に起因したのかはよくわからなかった。カミュはきっとミロがいつも力の差を利用して、氷河に無理矢理服従を強いていると誤解したことだろう。
そこまで考えて、突然に、自分の思考が衝撃となって氷河を打った。
誤解……?
……そう、誤解だ……。
俺は『被害者』などではない。
圧倒的な力の差はあれど、本気で拒絶しようと思えば互いに無傷で済まないほどの抵抗くらいはできた、はずだ。
だが、あの、密やかで背徳的な交わりで、ほんのわずかのかすり傷すら負わせたことのない俺は……俺は……
ミロは、カミュの気配を感じて、間に合わないと踏んで咄嗟に取り繕ったのだ、きっと。
ほとんど無抵抗でミロを受け入れていた俺をかばい、自分ひとりカミュの責めを負うつもりで。
頬の熱さが、ミロの熱い手のひらのようで胸が苦しくなる。
あなたは意地悪で身勝手なひとのはずなのに。
俺が好きなのはカミュなのに。
カミュを失って、耐え難くて、寂しさを埋めるために始まった関係だったのに、なんで今頃になってこんな……
胸が痛い。
……困った。たまらなくミロに会いたい。
**
日付はすっかりと変わってしまった。
暗闇の中、明かりをつけずに氷河はそっと部屋を抜け出す。足音を立てないように手探りで出口へ向かう。
「どこへ行くんだ」
突然に声をかけられて、氷河は凍り付く。
真っ暗な室内で、カミュの形をした影が、音もなく静かに歩み寄り、そしてふわりと氷河を包み込んだ。その影の温かさを感じると、思わず胸が震え、涙がこぼれた。
胸に顔をうずめて小さくつぶやくように言う。
「すみません、せんせい……」
「何故謝る」
「すみません……」
「謝るな。……ミロのところへ行くのだな」
「ごめんなさい……」
カミュの手がゆっくりと氷河の髪を撫でる。
「ミロではなく悪いのは全部俺です。先生のことが大好きなのに、俺はとても弱くて、だから……」
「そうだな。お前は情に脆い。わたしもそれを知っていたはずなのに、結果的にお前を一人にしたのはわたしの責任だ」
「いいえ!いいえ!先生は何も悪くない!全ては俺の弱さから出たこと。先生、俺のことを殴ってください」
「……いいだろう。氷河、お前がそうしてくれというなら、わたしはお前の弱さに罰を与えよう」
「はい」
きっと、拳が飛んでくるのだと思い、氷河はぐっと奥歯をかみしめて構えたが、いつまで待っても衝撃は来なかった。
かわりに、カミュの指が氷河の柔らかな髪に差し入れられ、何度も往復する。
そして、その影が突然に動いたかと思うと、氷河の唇を塞いだ。思いのたけを乗せるように、深く、激しく。
歯列を割って熱い舌が侵入してくる。唇も指先も少し冷たいのに、そこだけ熱くて、そのギャップに火傷しそうなほどだ。いつも冷静な師がもたらしたものとは思えないほどの情熱的な口づけは息苦しくなるほど長く、氷河は必死で膝が震えそうになる疼きに堪える。やがて、これ以上は耐えられない、と氷河の意識がかすみ始めた頃、影はゆっくりと離れた。
「氷河、わたしはお前を愛している」
ああ……そんな……!
カミュの口から紡ぎだされた言葉に、氷河の身の裡に甘美な喜びがかけぬける。が、同時に、急速に臓腑が重く冷えた。身を二つに裂かれたかのように、苦しい。
大好き、だった。喪って、心が砕けてしまうほど。背徳的な関係と知りつつ、すっかりと身も心もミロに明け渡してしまわねば生きられなかったほど、それほど、好きだった。
カミュへの想いが減ったわけではないのに。
殴られていた方がマシだった。
こんなに苦しい罰はほかにない。
冷たい指先が氷河の頬を撫で、涙をぬぐう。
「なぜ泣く」
氷河は返事ができない。
「……ミロのことが好きなのだな」
小さく首を左右に振る。暗闇の中でそれは届いたかどうかわからない。
違います、泣いているのはあなたが好きだからです、と一言言えばいいだけなのに、どうして声がでない。
あんな、自分勝手で意地悪なひと、好きとかありえない、と言いたいのに。
カミュの影が、ふ、と短くため息を漏らした気配がした。
「泣かなくてもいい。お前はもう罰を受けてすんだから自由だ。わたしはミロのことは子どもの頃からよく知っている。だから、あいつが本当はどんなふうにお前を扱うかもよく知っている。『殴って悪かった』、と伝えておいてくれ」
そういって、氷河を包んでいた温もりは不意に去り、その影は暗闇と完全に同化した。取り残された氷河はしばらく立ち尽くす。
唇に指を這わせる。
確かに、そこに、少し冷たい唇と熱い舌が触れていた。残る余韻に涙がまた静かに流れる。
氷河は長い間そうして立っていたが、やがて、涙を拭い、一歩、また一歩と歩き出す。
**
天蠍宮の裏庭で、ミロは大の字に横たわって星空を見上げる。
目を閉じるとカミュに連れ去られる氷河の姿が浮かぶ。
きっと今頃、あいつはようやく氷河の想いに応えてやっていることだろう。こんなことでもなければ、永遠に師弟関係を越えられなかったはずだ、あの二人は。カミュとは長いつきあいだ。どれだけ真面目でどんなふうに氷河を大事にしているかよく知っている。よほどのことがないと、あいつの理性は崩れない。
「ばかだな、俺は……」
始めは、本当にカミュの代わり、のつもりだった。カミュが戻ってからは、二人を見届ける役目を果たせればそれでいいはずだった。
だが、欺瞞だった。
師弟の絆が絶対であるように、ミロにとっても氷河は唯一無二の存在。なぜなら───
ミロは見上げた先にある己の守護星を見つめた。
氷河を抱くたびに目に入る己の星が、これは俺のものだと存在を主張して、ミロを苛む。
は、とミロは息をついた。
仕方がない。もともと致死点アンタレスを刻んで生きられる人間などいはしないのだ。決して手に入らぬものを切望して、身を焦がすような真似も今日で終わりだ。
今度は長く深いため息をついて、ミロは星を数える。
まるで降ってくるかのようなたくさんの煌き。
煌きに縁取られるようにして、逆さまになった氷河の顔が見える。
………?
氷河の顔?
「……こんなところにいた」
「?夢か……?」
「ミロ、体が冷えている」
そう言って、膝をついて座り込んでミロをのぞきこんでいた氷河の手がミロの頬に触れる。
氷河の体温を感じる。幻ではない。
驚いてミロは体を半分起こす。
「カミュはどうした」
そう訊くと、氷河の顔がくしゃくしゃに歪んだ。
ミロの切れた唇に手をやり、氷河は声を震わせる。
「『殴って悪かった』って。ミロ……先生は全部気づいてた……」
……なんだ。ばかだな、カミュ。
俺の下手な演技に騙されるお前じゃないことは知っていたが、騙されたフリをすることくらい許されるのに。
お前のような奴に渡してしまうくらいならわたしが、と、そう言うだけで良かったんだ、お前は。
氷河が、苦しそうに息を吐き、罪を告白するように声を絞り出す。
「先生が、俺のことを好き、だと……」
「それを聞いておいて、なぜ俺のところにくるんだ」
「驚かないんだな。あなたは……知っていた?」
「知らなかったのは君だけだ。なんだ、そんなこと確認するために戻って来たのか?ならば、俺の気がかわらないうちに早くカミュの元へ帰るがいい。ぐずぐずするなら、昼間の続きをしたいととるぞ」
いつもの軽薄な調子でニヤリを笑ってみせたミロの首筋に氷河が勢いよく抱きついて、強くすがりつく。
氷河の方からそんな行動に出るとは思わず、ミロは思わず言葉を失った。
どうしたんだ。
カミュと何かよほどのことがあったのか?
抱きついたまま氷河が離れようとしないので、ミロは背中に手を伸ばして、あやすようにゆっくりと撫でてやる。
やがて、氷河が小さい声で言った。
「ミロ、今までごめん。俺は全部あなたのせいにして逃げていた。俺は……自分の心を認めたくなかった。俺は逃げていたけど……あなたは俺の気持ちがわかっていたんだな」
「当たり前だ。この大ばか者。本気で嫌がっているかどうかの区別くらいはつく」
「俺、ばかでごめん、ミロ……」
泣いているのだろう。声が震えている。ミロは氷河の頭を撫でて笑った。
「謝らなくていい。単に君を虐めるのが楽しかっただけかもしれんぞ?」
ミロはふざけた調子でそう言ったが、氷河にはもうそれは言葉通りの意味には思えなかった。このひとのこれは、やさしさなのだともう知っている。
「俺……あなたのこと……」
そこで、氷河は言いよどんだ。
ミロは黙って氷河の言葉を待つ。
気が遠くなりそうなほど長い時間を沈黙した氷河は、最終的に言葉にするのを諦め、どうせ知っているならこの先はいいだろう?と言いたげにミロを見上げた。
おい、これだけ待たせてそれはないだろう。
「早く先を言え」
「い、言わなくても普通わかるだろ。こんな夜中に宝瓶宮を抜けてきたんだから」
「おい、カミュのことはいくらでも『好き』だというくせに、『こんな夜中に宝瓶宮を抜けて』きておきながら、俺には何もなしか」
「ほら、俺が言いたいことわかっているんじゃないか」
さっきまで泣いていて、まだ睫毛の先が滴で濡れているというのに、それをごまかすかのように、つんとそっぽを向く氷河にミロは呆れ、笑った。
「いや、俺は甘やかさんぞ?カミュとは違うからな。俺に悪いと思っているなら、自分で言え。言わずにわかってもらおうとするな。それは怠慢というものだ」
氷河は横を向いたまま唇を結んでいる。暗闇の中でも耳が赤いのがわかる。
強情だ。
なぜその一言を言うのにそんなに躊躇うのかわからない。
氷河はまたしばらく黙っていたが、ミロの体を押し戻して立ち上がりながら言った。
「やっぱり、俺帰る。勘違いしていた気がしてきたから。別にあなたのことなんて好きじゃない」
そうきたか、おいっっっ!!
ミロは氷河の手首を掴んで引き留めた。立ち上がろうとした勢いの反動で、再びミロの腕の中に転がり込む。その体を逃がさないよう包み込むように抱き締めて、耳元に低く囁く。
「『好きじゃない』?」
「好きじゃない」
「本当に?」
「……いやでもないけど……たぶん」
ものすごく表現をグレードダウンさせた上に、『たぶん』ときた。
「俺は好きだな」
自分が躊躇っていた言葉をあっさり言われ、氷河は少し身を固くした。照れているのか、躊躇いなく言われたことが悔しいのか、ミロが唇を寄せている耳が熱い。
ミロは氷河の柔らかな金の髪を指先に絡め、その感触を楽しみながら、その熱くなった耳を甘噛みした。
「……っ……だ、だめ、だ」
氷河は掠れた声をあげた後、ミロの腕の中から逃れようと暴れた。
「無駄だ。君のそれが本気ではないことを俺は知っている」
そう言って、さらにミロは氷河のおとがいに手をかける。
「ち、違う。そうじゃない。そうじゃなくて……あなたのことは、そんなにいやじゃない、んだけど、あの、こういうのは別にそうでもないというか……ものすごく、い、いやってほどでもないけど……でも、今日はいやだ」
「なんだ、何が言いたいんだ。『今日は』とはどういう意味だ」
「あなたがすぐにこういうことをするから、俺はいつも何にも考えられなくなるんだ。言っておくけど、俺が、自分の気持ちにうまく整理がつかなかったのは、あなたのせいでもあるんだからな!あなたと会っている間中、ずっと頭が真っ白になってるんだから。だから、今日は、今日くらいはちゃんとそういうのなしで、あなたといたい」
参った。
すごい殺し文句だ。
『一緒にいるだけでいい』と?
だが、そんなかわいいこと言われて何もするな、と言うのは生殺しにもほどがある。
「わかった。今日は許可なく君には触れない。……たぶん」
「『多分』か!」
自分もたぶん、と言ったくせにミロにはそう言う氷河がおかしくて、ミロは吹き出した。つられて、氷河も笑い、二人でしばらく思いきり笑った。
笑いが収まると、沈黙がおりる。
「……氷河、君を抱きしめたい。触れてもいいか」
暗くて氷河の表情はよく読めない。が、多分、耳まで真っ赤だ。
それと気づかないほど、わずかに首が縦に動く。
ミロは、ゆっくりと、壊れ物を扱うかのように優しく氷河の背に腕をまわした。
「君にキスしたい」
氷河の頬が熱い。頷こうかどうしようか迷って身を固くしている。
「唇に触れたい。柔らかい唇をこじ開けて舌をいれたい。肌に触れて、熱を感じたい。俺を求めてなく声が聞きたい。それから」
「やっぱり帰る!!ほんと意地悪なんだから!!いちいち聞くなよそんなこと!空気読めよ!!大嫌いだ、あなたなんて」
怒ってキャンキャンと噛みついてくる氷河の頬を手ではさみ、ミロは唇を塞いだ。大嫌いだ、と怒鳴っていたくせに、氷河は途端に大人しくなった。
今までで一番優しく唇をそっと押し当てる。抵抗しない氷河は初めてだ。会うなり強引に抱かざるをえなかったのは君が抵抗するからだ。俺だってその気になれば、こんなに優しく君に触れられる、と思い、しかし思うそばから、その先へ侵入したくなり、唇をぺろりと舐める。
氷河が抵抗しないことを確認し、唇を己のそれではさみ、ゆるく吸い上げる。氷河の手がミロの腕をぎゅっとつかむ。
何度かそれを繰り返し、重ねあわされた唇の間で、微かに氷河が吐息を漏らしたのに気づき、ミロはゆっくりと離れた。
「……『空気を読』んだぞ」
「!読めてないから!やりすぎだっ!」
赤くなった氷河の額を指ではじく。
嘘をつけ。
顔はもっとって言ってるぞ。
黙って氷河の体を柔らかく包み込んで、その髪の香りを胸に吸い込む。
虐めるのも好きだけど、俺を拒まないというのはなかなかいいな。
氷河の少し腫れた頬にミロは手をやる。
「痛かったか?」
「……別に。あなたこそ」
「俺は痛かった。あいつは割と本気で殴ったぞ」
氷河が困ったように俯く。ミロは氷河の頬を撫でて言った。
「でも、おかげで君が手に入った。このくらいの痛み、安いもんだ」
氷河の濡れたような瞳がミロを見つめ、どちらからともなく、静かに二人の唇が重ねられる。
「ミロ……好きだ」
「知っている」
また、ふたつの影が重なった。
**
数日後、天蠍宮に、聖衣をまとったカミュがイライラした足取りで姿を見せた。
「いいかげんに氷河を返さないか!いくらなんでも目に余る!そろそろ訓練に戻らないと体がなまるだろう!」
気だるげにぼさぼさの髪をかきあげながら、ミロが奥から姿を現す。
「仕方がないだろう、氷河が俺を一晩中離してくれないんだ」
「しれっと嘘をつくな!お前というやつは甘い顔を見せるとすぐこれだ!誰が何日も足止めしていいと言った!!……オ~ロラ~エク」
「ま、まてまてまてまて!オレは生身だ!せめて聖衣をまとわせてくれ!!」
「問答無用だ、ばかもの!!」
「そんなに取り乱すくらいなら、手放さなきゃいいだろう!お前が絶対に行くな、って言えば、氷河が言うことを聞かないはずはないだろう!」
「当たり前だ」
「……かわいくないヤツだな。もっと凹んでいるかと思ったのに」
「まあ、わたしはある意味お前を信じているからな」
「面と向かって改めて言われると照れるな」
「誉めていないぞ、このバカ者が。最後まで話を聞け。お前という男は、とにかく飽きっぽく、一つのことが長続きした試しがない。獲物を追いかけているうちはいいが、一度手に入れてしまうと、途端に興味を失ってしまう困った習性もあったな、確か。長年お前を見てきたわたしが言うのだからまあまず間違いはない。かわいそうに、氷河はさんざん泣く羽目になるだろう。身も心もボロボロになった氷河が頼る先と言えば、このカミュしかあるまい。氷河は気づくだろう。真に自分に必要なのは誰かということをな。……その日が楽しみだ。ミロ。お前は多分わたしの期待を裏切らないはずだ」
ミロはカミュを見返す。
お前……俺のもたいがい大根演技だったが、お前のそれも相当ひどいぞ。
つまりは、氷河を泣かすな、と言いたいわけだ。
ミロが意味ありげにカミュを見て笑うと、カミュは、これだからおめでたいバカは、というようにさらに呆れた顔を返した。
「せいぜい浮かれて油断していろ。わたしを煽って本気にさせたのはお前だからな。覚悟しておけ。言っておくが、氷河がわたしを好きなことには変わりないのだからな。追われる立場の方が弱いぞ」
確かにお前は手強そうだ。
やっかいな奴が相手だ。一生気を抜けそうにない。
(fin)
(キリリク1000記念 2011.12.28~12.29up)