寒いところで待ちぼうけ

短編:その


12345キリリク作品
お題は「カミュ氷に入りこむ隙のない、氷河へ片思いのミロが、真摯なカノンにほだされているうちにいつの間にか両想いの愛あるお話」でした

カミュ氷、ミロ氷前提のカノミロです。
カノミロで性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。
◆星のうた ⑥◆

「俺の身体なんかで欲情できるのか?見てみろ、腕だってお前と変わらない」
「待て、自分で脱ぐ」
「俺が脱ぐのだからお前も脱げ」
「オンナにするみたいなことするな!」
「そこは別に感じない!いいから、ひとおもいにやれ!」
「やっぱりこの体勢は好かん。俺が上に乗りたい」
 ミロは煩いほどにしゃべりっぱなしだった。
 まるで、甘い空気が下りようとするのを必死で阻もうとしているように、ことさら即物的に振る舞う様子は、余裕があるというよりは緊張を隠しているように見え、却ってカノンの欲を煽った。

 ミロをしゃべるにまかせて、命令の半分は無視し、組み敷いたまま、好きなだけ首筋に耳に、たくさんの口づけを落とし、時折煩い唇を塞ぐ。
 どれだけしゃべっていても、キスは好きなのだろう、その時だけは大人しかった。
 カノンが挿し入れた舌にまるで自分の方が上手い、と言わんばかりに積極的に応え、時には主導権を奪ってカノンの舌を吸う。
 熱を奪い合い、与え合って、ゆっくりと離れると、どちらの唇からも熱い吐息が漏れ、ミロの抵抗虚しく、淫靡な空気は次第に色濃く二人の間に満ち始めた。

 カノンはそのまま身体を下へずらすと、存在を主張しはじめているミロ自身を口に含んだ。
 先ほどとは違い、快楽をゆっくり与えてやるように、緩急をつけて愛撫する。
 ミロの指がカノンの髪に差し入れられ、その動きで確実に感じていることが知れた。
 ミロは眉根を寄せて目を閉じていたが、結ばれた唇が無音のまま、酸素を求めて喘ぐように時折薄く開かれる様は、例えようのない色香を放っていて、カノンはその唇から声が漏れるのを聞きたくなり、『もう少し愉しませて』やるどころか、やはり激しく追い詰めてしまう。

 カノンの口の中で、ミロの猛りが硬さを増し、その絶頂が近いと見てとるや、カノンはゆっくりと先端を吸い上げて離れた。
 あと一息、で放り出されて、ミロは深く長い息をついて、カノンの髪を緩く掴むことで抗議したが、次の瞬間、見せつけるように舌を突き出して自分の指を濡らすカノンと目が合い、はっ、と反射的に身を起こした。
 だが、ミロが完全に身を起こしきる前に、カノンは覆いかぶさるように肩を押さえ、再びその身を倒した。そして、何か言いたそうな唇から言葉が漏れる前に、それを口づけで封じ、膝で割った両脚の間に手を伸ばすと唾液で濡らした指をミロの狭間へと忍び込ませた。
 ここへ至れば、やはり激しく拒絶されるのではないかと覚悟していたが、全身に強い抵抗感が満ちているくせに、ミロは「好きにしろ」と言った自分の言葉を覆すことはなく、四肢を強張らせてカノンの行為を受け入れていた。
 本当にお前は何という奴だろう、と愛おしさが込み上げる。
 固く閉ざされた入り口をゆっくりとなぞりながら、カノンは意識を逸らしてやるように唇から首筋に、耳朶にと優しく口づける。長い時間をかけて、不自然なほど力の入った躰の緊張が解けるのを待ち、呼吸に合わせて僅かに綻んだ間隙を縫って、つぷりと指を埋めた。
「……ッ」
 侵入する異物感に、ミロは息を飲みこみ、きつく眉を顰めて耐える。
 カノンは空いた方の手で、ミロの雄芯を包み込み、ゆるゆると扱いてやった。カノンの口淫によって張り詰めていた雄は、自身が零す透明な蜜と唾液によってしとどに濡れ、カノンの掌との間でくちゅくちゅと水音を響かせる。
 温かな掌に包まれて柔らかく揺すられるたびに、腰を中心に甘い疼きが広がるというのに、後ろにもたらされた違和感が、その疼きを頂へと昇らせるのを阻む。行きつ戻りつする中途半端な快楽に、ミロはそのもどかしさを息を詰めて耐えた。

 一度達しているとはいえ、まだ若い性は放出の欲求に翻弄され、次々に雫を零し続けた。それは雄茎を伝い下り、茂みを湿らせ、カノンの指を咥えこんでいる秘所を濡らしていく。カノンは指に絡まった蜜の滑りを借りて、一息に根元までそれを押し込んだ。
 ミロの顎が上がり、眉根はますますきつく歪められる。だが、彼の雄は昂ぶったままで、大きな苦痛を感じているわけではないことがわかる。
 カノンはゆっくりと指を動かし始めた。

「……っ。……お前、やけに慣れて…る、な」
 ミロは自身でも意識を逸らすように、荒い息の合間に口を開く。
「……気になるのか?」
「くっ……単なる好奇心……だっ……」
「過去は詮索せぬに越したことはなかろう。互いにな」
「ふん。おおかた……っ……探られたら……痛い腹…が……っ……たくさんあるんだろ……っ……」
 傷つけぬようゆっくりと往復させながら、会話に紛れた呼吸の合間に、指を増やす。
「嫉妬か?」
「……だ……れが……っ!」
「違うのか。それは残念だ。居もしない相手に嫉妬するほど好かれているのかと思ったが」
「…………」
 ミロはカノンの言葉は途中から聞いていないようだった。
 カノンの腕をきつく握って、唇を結んで何かに耐えている。カノンは蜜を零しているミロの雄茎の根元を指で戒めるようにきつく握った。
「!……ま……て。それは……」
「出したいか?……ココだろう」
 カノンは内襞を柔らかく二本の指で擦り上げた。それはミロの中に抗いがたい強烈な射精感をもたらす。指で押し拡げられている箇所は確実に慣れない異物感に悲鳴をあげているのだが、同時にそこからもたらされる、痛いほどの快感に、頭の芯が痺れて霞む。
「カノン……っ!」
 睨み付けるミロの顏は、あまりに扇情的だった。
 汗ばんだ肌に金の巻き毛が張り付き、噛みしめた唇は微かに戦慄いている。何より、こちらを見る深みのある蒼い瞳は欲に濡れて、解放を求めていた。
「もう少し堪えろ」
 カノンはミロの中から濡れた指を引き抜いた。遅れて、根元を締め上げていた指の戒めも解く。
 ミロは後孔に感じていた違和感が去って行ったことに安堵で四肢を緩ませたが、強制的にもたらされていた射精感は宙に浮き、体内で燻ったままの熱を持て余して、切なげな吐息を漏らした。

 カノンはミロの腰に手をやり、その身体を裏返そうとした。
 しかし、荒い息をついて、呼吸を整えていたミロの手がそれを止めた。
 ここへ来て怯んだか、とその顔を見たが、相変わらず瞳は熱を持ったままだ。
「このままでいい」
「……初めてなら、後ろからの方がつらくないと思うが」
「お前のバカ面を覚えておいて一生笑ってやる。だからこっちだ」
 一生、か。
 もはや憎まれ口すら、カノンの熱量を上げさせたにすぎない。
 ミロの両脚を開き、膝が胸に着くまで折り曲げると、カノンは熱く脈打つ猛りをひくつく蕾へと押し当てた。
 なるべくゆっくりと腰を進めたが、さすがにミロはその質量に耐え切れず、激しい苦痛にうめき声を漏らした。だが、ここまで来てはカノンも止まれない。せめて苦痛が長引かない様に、ミロの肩を押さえてそのまま一気に腰を押し進めた。
 プツリという音とともに、一番太いところがミロの中に飲み込まれると、カノンを圧し出そうと抵抗していた肉は今度は離れるのを阻むようにギチギチと絡みついてきた。
 ミロはまだ苦しそうに息を逃している。
 だが、次第にカノンの腕を握って爪を立てていたミロの指先が少しずつ、緩められる。
 ミロは、荒い息をついて顏を顰めながらもカノンを見上げて笑った。
「……ハハ……はいった、な」
 苦しくて仕方ないはずなのに、余裕ぶって笑ってみせる強がりに愛おしさを抑えきれず、思わずカノンはその唇を塞ぐ。

 ぴちゃぴちゃと淫らな水音をたてて舌を絡ませあううちに、少しずつ痛いほどカノンを締め付けていた肉の抵抗が弱まってくるのを感じて、ゆるゆると律動を開始する。

「……っ!」
 カノンの熱い塊が深く穿たれるたびに、内臓を抉られるような圧迫感が襲ってきて、苦しさで息が止まる。だが、それに慣れてくると、圧迫感の中に、ほんの僅か、甘い疼きを感じる瞬間があることにミロは気づいた。
 もう何でもいい。
 抵抗して苦痛が続くよりは、その僅かな疼きにすがってでも逃れた方がマシだ。
 ミロは、ほとんど本能的に、その疼きを追いかけるように必死に意識をそれへ集中させ、同時に、昇り詰めるのを助けるように、自分自身に手をのばし、蜜を零すそれを掌で慰撫するように扱いた。昂ぶったまま放置されていた雄芯に直接もたらされる刺激は、苦しさを少しずつ快楽へ変えていく。

 ミロはきつく閉じていた瞳を薄く開いた。
 ゆらゆらと揺れるカノンの身体も自分と同じように汗ばんでいて、ミロを気づかうように優しく見つめる瞳は、同時に熱く欲情で濡れている。

 足元に跪かせて見下ろしている時より、不思議と見下ろされている今の方が何故かずっと心地よくプライドを満足させる。
 体内に侵入する自分と異なる熱は、じわじわとミロの心をも温かく満たし、心が満たされるに伴って、突っ張るように込められていた四肢の力が融けるように抜けて行く。

 自分で扱く直接の悦楽と、身体の奥深くにもたらされる疼きで、もう何も考えられない。

 ああ、来る、と思った瞬間、カノンの手が、雄を扱くミロの手を掴んで止めた。
「……?」
 そのままミロの両手を取り、自分の両手の指を絡めて拘束する。
「ナカだけでイけるだろ?」
 囁く言葉はからかうような笑いを含んでいて。
「こっ……の!」
 言い訳、させないつもりか。
 そっちに感じたわけじゃないと、逃げ道くらい……
 ミロの思考は、カノンが侵入角度をかえたことで突然に途切れた。
「……ァッ!」
 再び、先ほどのものとは比べ物にならないくらいの強い射精感が押し寄せる。
 熱い昂ぶりでそこを何度も深く突き上げられ、腰が砕けそうなほどの耐え難い疼きに襲われ続け、呻きにも似た喘ぎが漏れた。善がり狂うミロの隘路は引き攣れた痙攣のような動きで収縮を繰り返し、カノンをも追い上げていく。
「……ッ!!」
 これ以上ないほど深くに腰を打ちつけた時、突然にミロはカノンの手を振りほどき、その首をひいたかと思うと、噛みつくように唇を押し付けてきた。
 押し殺しきれずに喉から漏れた、極みを伝える声は、二人の唇の間で押しつぶされて消えていった。


**


 身体全体がまだ気怠く痺れている。
 ソファへ身を横たえたミロはゆるゆると右手を持ち上げ、それを光に透かすようにして見た。
「ふーん……」
 思わず漏れた声に、低いところから反応がある。
「どうかしたのか」
 ミロは、ソファへ背をもたれさせて床に座り込み、同じように放出の余韻に浸っていたカノンの方へ身を捩った。
「別に……ただ、何も変わらんな、と思っただけだ」
 自分自身のプライドも、矜持も、意外なほど何も失っていない。身体のあちらこちらは痛いが、でも、ただそれだけだ。
 もっと、自分が自分でなくなるような、世界が180度変わってしまうような、そんな気がしていたが、拍子抜けするほどいつもと同じ自分がいた。

 俺自身の誇りは傷ついてはいない。

 確認するように、口の中で言葉にしてみて、その感覚が間違ってはいないことを確かめる。



 ミロはカノンの上に圧し掛かるように、ソファからどさりと身を転がした。
 カノンは、遠慮なく頭の上に振ってきた身体を受け止めて、腕の中に抱きながらまだ火照りの残る肌をゆっくりと撫で擦る。
 じゃれるようにカノンの白金の髪を弄ぶミロの額に口づけを落としながら、カノンは言った。
「どうだ、『殺す』か?」
 ミロの指が止まる。
 疑問の形をとりながら、答えなどわかっているかのような自信にあふれた(だって、普通は聞かない)その言葉に、一矢報いてやりたくなり、ミロはしばらく言葉を探していたが、不意に口元にいたずらっぽい笑みを浮かべてカノンを見た。
「さあ?なんせ初めてだったんでな、下手かどうかは比べてみんことにはわからんな」
 比べる?と不審に眉を寄せたカノンに、ミロはますますニヤニヤと笑った。
「なあ、坊やに俺を抱かせてやったらどうなるかな」
「……何だって?」
「坊やは誰かを抱いたこと、あると思うか?なんせ、まだ『コドモ』だ。男にしてやったら……手に入るかもな。今まで思いつきもしなかったが、お前が固定観念を打ち崩してくれたおかげで、新しい道が開けたぞ。なあ、どう思う、カノン?」

 ……お前という奴は……
 確かに俺はお前のそういう奔放なところに惹かれてもいるが、だからと言って……

 カノンの眉間の皺に、ミロはニヤニヤ笑いからクスクス笑いへとそれを変化させ、身体を起こした。呆れて物が言えない、といったふうに首を振るカノンの肩を押して床に倒し、その上へ跨る。
 カノンの顏の横に両手をついて、おかしくて仕方ない、というように笑いながらミロはカノンと額を合わせた。
「どうする?カノン。お前はまだ俺を完全に手に入れたわけじゃないぞ」
 挑発しているのか、からかっているのか、それとも情事後の気恥ずかしさをごまかしているのか。
 なんとなく、一番後者のような気がするのは願望か。

 ミロは笑いを含んだ唇で、額から首へ、鎖骨、胸……とカノンの肌を辿って下りる。
 また例の爪痕を辿ってるのか、と思った時には遅かった。
 右の脇腹に、焼けつくような激痛が襲う。
 何ごとだと目を見開くと、ちょうどカノンの上に跨ったミロが、唇に滲んだ血を親指の腹で拭い、それをペロリと舐めたところだった。
「アンタレス」
 ミロはニヤリと笑って、紅く伸びた爪をカノンにつきつける。
「……お、まえと言うヤツは……痛かったぞ!」
「当たり前だ。アンタレスとは耐え難い激痛のことだ」
「だからって咬む奴があるか!」
 まさか情事の余韻が甘く残る状況で咬まれるなどと思ってもいなかったから、まるきり無防備な状態で歯を立てられて、さすがに声が尖った。
 ミロは少しも気にした風はなく、自分の残した歯形から滲む血を舐めとった。
「すぐ消えそうだな」
 残念そうな声色で言われて、ギョッとしていると案の定、ミロはカノンの顏をのぞき込み、消えてもまたつけてやろう、お前のここは、徴をつけてくれと言わんばかりにちょうどよく空いているんだと笑った。

 どうやら俺はミロを抱くたびに咬まれる運命にあるらしい。だが、欠けた一つの星は───新しく、何度も刻まれるために、欠けていたのだと思えば、激痛の記憶はほんの僅か甘く変化するような気がした。


「つくづく聖闘士とは難儀な存在だ。想像するしか楽しみのなかった古人が作ったこじつけの星の軌跡に振り回されている」
 ミロに聞かせるというより、自嘲するように呟いたカノンの言葉をミロが聞きとがめる。
「いいのか。カノン。そんな言い方して」
「……なにがだ」
 カノンの上に落ちるミロの影が、笑って揺れている。
「本当はお前だって知っているくせに」
「何が言いたい」
「双子座の兄星カストルと、弟星ポルックス。光が強いのはどっちだ」

 ああ……。

 カノンは静かに目を閉じた。
 ミロの言葉が柔らかく降ってくる。



「一等星は弟星の方だ。カノン、お前はサガの影じゃない。お前が光だ」



 光になりたいわけではない。
 サガがその光を失わないなら、俺は永遠に影でいい。

 だいたい、あれはこじつけの。


 それでも、その言葉は、乾ききった土に水が染みこむように、ゆっくりとカノンの中に浸透してひび割れた心の隙間を潤していく。

 お前の言葉は、いつも俺の弱いところに入り込む。
 それだからこそ、お前は俺の輝ける星。


 ゆっくりと目を開くと、ミロは自分が何を言ったか、もう興味を失ったような顔で、あー動いたから腹減ったな、と情けない顔をしていて、カノンは声をたてて笑った。

(fin)
(2012.5.13~6.16UP)