シベリア修行時代、少年期のアイザック×氷河
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◆秘密をひとつ◆
カミュがまた聖域に呼ばれて出かけて行った。年々、その頻度は増え、シベリアを不在がちとなっている。
アイザックも氷河も、一人前にはほど遠いが、カミュがいなければ何もできない子どもでもない。
師が不在であっても、日頃のメニューどおりに訓練をこなし、相談しあいながら食事の支度をし、二人だけの生活も手慣れたものだ。
むしろ、厳しい師の目がないのをいいことに、禁じられている区域まで好奇心たっぷりに訓練の足を伸ばしたり、心ゆくまで夜更かししたりと少々羽目を外す機会にもなっていた。
だが、夜になり、しん、と小屋を取り巻く暗闇と静寂がその勢力を増すと、やはり保護者のいない少年二人、どこか不安と寂しさで心細くなるものだ。そんな時は、心なしか寒さまで普段以上に堪える。
それで、二人きりの時は、なんとなくいつも以上に近い距離で過ごすのが常だ。
就寝前のひと時、暖炉前のソファへ寝そべって本を読んでいたアイザックに、氷河が俺も読もうっと、と言いながら近寄ってきた。
読もうっと、と言う割に氷河は手ぶらだ。肘掛けを枕に(もちろん日頃はこんなだらしない姿勢で本を読むことなど許されていない)本を目の高さへ抱え上げているアイザックの腕を持ち上げて、腕の輪の中へと自分の頭をくぐらせる。
アイザックの肩を枕にして、自分もアイザックと同じ文字を追おうという魂胆だ。自分で本を支える必要はないし、そうやって身体を触れ合わせていれば、師のいない心細さはぽかぽかと暖まった体温に心地よい微睡へと変わる。
氷河に促されるままにソファの半分を譲ってやったアイザックの鼻腔を石鹸の香りが擽った。物資の少ない僻地、ほかに選択肢はないとはいえ、安っぽい香料ばかりが鼻につくそれは、自分が使う時には辟易するくせに、氷河のハニーブロンドから香ると何故か心拍数が上がる。
「……氷河。また髪の毛ちゃんと乾かしてない」
「だって面倒だ」
「あのな。お前が面倒がるのは勝手だが、枕にされる俺の身にもなってみろ。ああもう……濡れたぞ、どうしてくれる」
「ちょっとだけだろ。……次」
「は?」
「もう読んだ。ページめくってくれ」
「お前な……」
カミュ先生の前じゃもう少しマシなくせに、ちょっと俺に甘えすぎだろ、とぶつぶつ言うアイザックは、言葉ほどはそれを不満に思ってはいない。むしろ、その『特別』は成長しゆく少年の中に育ち始めている密やかな感情をどことなく刺激する。
師がいれば、いくら氷河がくっついて来ても気にならない。なのに、二人しかいないときは、氷河に触れている肌が灼けついたように熱く、どくどくと脈打つ鼓動にいやでも心臓の位置を意識させられる。
あまり高い音で鳴ると氷河に聞こえやしないかと気になるのだが、氷河の方はアイザックの気も知らず暖を求めて身体をすり寄せてきさえする。氷河の吐息が首元にかかり、唇が時折肌へ触れる。
もはやアイザックの目は文字を追っていない。眼球だけは機械的に動いているものの内容がまるで頭に入ってこない。
氷河の腕がアイザックの腰へと回された。
「っ……ひょ、ひょうが……っ!」
それ以上密着されると色々まずい、とアイザックは慌てて彼の弟弟子を呼んだ。
が。
返事がない。
チラリと視線を下に流してみれば、長い睫毛は閉じられて、くうくうと寝息を立てていた。
……寝たのか……。
無意識に布団代わりにアイザックを抱いたのだろう。
わかってしまえば、自分の独り相撲が急激に恥ずかしくなって、アイザックは手にしていた本の背で己の額をコツ、と叩いた。
氷河は男だ。意識する方がどうかしている。
例え、女っ気のない生活で、美少女と言っても通る容貌を腕に抱いているのだとしても。
簡単に熱を上げてしまう思春期の入り口にいる少年期の性をもてあまして、アイザックは少し身じろぎをした。
「……氷河……風邪をひくぞ」
軽く肩を揺すってやっても目覚める気配はない。───と、言うのは実のところ自分自身への言い訳に過ぎなかった。実際には、アイザックは氷河が目を覚まさないように細心の注意を払ってそっと肩を叩いただけだ。
俺は起こしたけど氷河が起きなかった。
だから───このまま氷河を腕に抱いたまま俺も寝てしまってもそれは不可抗力だ。
誰がのぞくわけでもない、自分の心の中の動きにまで言い訳をせねばならぬほど、その想いは禁忌という気がした。
まさかこんなところで寝ることになるとは思っていなかったから、掛け物を何も用意していない。暖炉の火があるとはいえ、少し寒いかもしれない。
アイザックは本を床へと落とし、氷河の身体を包むように自分の腕を回す。自分と同じように鍛え抜かれた筋肉質な身体が、ずいぶんと柔らかい気がしてまた少しアイザックの熱が上がった。
**
「……ん……」
氷河の身体がもぞもぞと動いた気配でアイザックも目覚めた。今夜は絶対に眠れそうにない、と思っていたのに、すうすうという規則的な寝息を耳にしているうちにどうやらいつの間にかアイザックの方も眠りに落ちていたようだ。
「起きたか?」
「……ん……いた、いたたた……」
起き上がろうと姿勢を変えかけて、氷河は再びアイザックの腕の中へと戻る。
狭いソファで抱き合うように眠ったせいで節々が痛いのだ。氷河も痛いだろうが、枕及び掛け布団の役目も務めたアイザックはさらに痛い。
「……?何でこんなとこで……?」
「お前が言うか?俺を枕にさっさと寝始めたのは誰だ。腕が痺れて痛いぞ、どうしてくれる」
「俺も痛いからあいこだろ?」
いやいやそれは違うだろ、と突っ込みつつ、アイザックはんん、と軽く伸びをした。氷河も同じように伸びをしたところで、目が合って、二人はふふっと笑い合う。
ソファで寝たなんて知ったらカミュ先生はきっと怒るぞ、というささやかな秘密を共有した笑いだ。
師の不在の時にはこうして小さな秘密が二人の間で一つずつ折り重なってゆくのだ。
「腹減ったな」
そろそろ起きるか、と勢いをつけてアイザックが身体を起こせば、くん、と小さく後ろへ身体が引かれた。
何かに引っかけたのかと振り返れば、同じように身を起こした氷河が指先でアイザックのシャツの裾を摘んでいた。俯いているがブロンドからのぞいている耳が何故か赤い。
「?どうかしたのか」
「い、いや、なんでもない……」
言って、氷河はさらに視線を逸らして俯いた。シャツを掴んだ指先がさんざん躊躇った末に離れていく。
「気になるじゃないか。言えよ」
「う、うん……」
しかし、氷河は口の中で不明瞭な発音を繰り返すばかりではっきりしない。
どうしたんだ、とアイザックは怪訝に首を傾げ、そしてそれを視界に止めて、ああ、と合点をした。
氷河がパジャマ代わりにしているスウェットのズボンの前が、その下の質量にピンと引っ張られたように膨らんで張っていた。
生理現象だ。朝だから。
なるほど、立ち上がれないわけだ。
あまりそんな話をする暇もないから日頃どうしているのかは知らない。あけすけに語るようなものでもないと思うから、改めて話題に出したことなど一度もない。部屋数もない狭い小屋で、アイザック自身、その秘密の営みを知られないようにするのには苦労をしている。だから、男同士とはいえ、他人のそんな状態を目の当たりにするのは初めてのことで、少年にはさすがに気恥ずかしいものがあった。
ただ……それとは別の部分で、氷河も『男』だったんだな、と軽い衝撃を覚えていた。
女だと思ったことはない。ないからこそ複雑に己の感情を屈折させ続けているわけだが、ただ、何となく、氷河はそういう『性的なこと』とはこの先もまるで無縁のままでいるような気がしていた。
実際に、アイザック、とすり寄る身体は、単に子どもが親に甘える時のそれで。
自分と同じ年だから別におかしくはないのだが、それでも、なんだか不思議で、そして、見てはいけないものを見てしまったような、気恥ずかしさと後ろめたさで心が落ち着かなく揺れた。
アイザックはさりげなく、それを視界から外す。
「……風呂、行ってくれば?」
「え?ふ、風呂?」
せっかく、気を利かせてそう言ってやったにも関わらず、氷河の方は、風呂なら昨日入ったけど、と怪訝そうに聞き返す。
「だから。それ。つらいなら、自分で何とかしてくれば、ってこと」
言わせんな、とアイザックの耳も赤くなる。
さすがにここまで言えばわかるか、それとももっと直截的なことを言わねばこの鈍感は気づかないか、とアイザックが迷っていると、『ソレ』が何を指しているのか、しばらく考えていた氷河の表情に何故かますます疑問符が増やされた。
「何とかって……?どうやって?」
「……え!?」
いやいやいやいや。え!?え!?
今氷河はなんて?
聞き間違いだろうと、アイザックは深呼吸をしながら氷河へ向き直る。
「ちょっと確認しておきたいんだが」
「うん」
「お前、ソレ、初めてじゃないんだよな?」
途端にカアッと氷河の頬が赤くなった。
よし。初めてではない、と。
少なくとも何のてらいもなく会話に上らせるような現象ではないことも知っている、と。
「今までどうしてたんだ?」
「どうって……放って置いたら、し、しばらくしたら治るし」
『治る』?
「あと、時々……」
そう言って、氷河はまた顏を赤くして言い淀む。
「『時々』、なんだよ?」
本当は予想がついているが、ちょっと虐めてみたい気分になって、わざとわからないふりをしてみせる。
『やり方を知らない』はずの氷河は一体どんな方法で自分を慰めているのか、実際に興味もあった。脳裏には既に、密かに息を乱している弟弟子の姿が描かれていて、アイザックの下肢もじわりと疼く。
氷河はゆでだこのように真っ赤になって、知っているくせに、と唇を尖らせた。いつもなら、そんな表情をされたら簡単に折れてやるところだが、今は別だ。かえって、何が何でもその口からちょっと卑猥な言葉を言わせてみたい、という加虐心が刺激されただけだった。
「言いかけてやめるのはなしだろ。男同士だ。恥ずかしがることないだろ。言ってみろよ」
せいぜい『頼りがいのある兄』の顔をしてみせながらそういうと、氷河はしぶしぶと、じゃあ、耳を貸してくれ、と上目遣いとなった。
二人きりだ。ほかに誰も聞いてないのになぜ小声になる必要が、などと突っ込んではいけない。突っ込んだが最後、氷河の秘め事は永遠に聞けずじまいだ。
大きな声では憚られる話であることも確かだ、とアイザックは氷河の方へ身体を傾けてやる。
「あのさ、」
氷河の吐息が耳に掛かって、ドキリと心臓が跳ねる。
「俺さ、」
耳元でぼそぼそと話す声に下肢に集まりかけた熱がさらに上昇する。
「時々さ、」
さっさと告白して離れてくれないとこっちがやばい。
「……知らない間に……も、……漏れちゃう……んだ…………」
だんだんと言いにくそうに消えゆく語尾をようよう拾って、アイザックはしばし時を止めた。
てんで予想外の答えが来た。
やり方を知らないってまさか本当に?これっぽっちも?
弄っていたらちょっと気持ちよくなったことがある、とか、触っているうちになんか出た、とかそのレベルの告白を期待していたのだが。
先生には絶対言うなよ、と小声の呟きが足されているが、ちょっと待て。
えーと、これはもしかして、俺がちゃんと説明してやるべきだったりするのか?……するんだろうな。 知っていて知らんふりしたとなると、後でややこしくなりそうだ。
「氷河、お前、自分の身体のこと、わかってるよな?」
「馬鹿にするな。ちゃんと知ってる!」
いやいや、『ちゃんと知ってる』奴のセリフじゃなかった、今のは。全く知らないわけでもなさそうなのだが。
アイザックは思わず寄った眉間の皺を指先で揉みほぐす。
「ちょっと整理しようか……」
結論。
氷河は生物学及び医学上の知識はあった。しかし、俗な方向での知識は少々足らなかった。
まあ、書いてなかったもんな。
下着を濡らさないために定期的にアレをアレしなさい、なんて日頃読んでいる学術書にはどこにも。さらりと触れてある書もあったが、世の中にはそういう行為が存在する、という書き方でしかなかった。
そして、人体の構成について講義したカミュもそこまでの言及はしなかった。まだ早い、と思ったのか、教えずともわかる、と思ったのか。テレビも何もなく外界から情報の隔絶されたこの空間でどうやって『自ずとわかる』ことになるのか見当もつかないが、でも、アイザックは現に既に理解していたのだから、師の落ち度だけとは言えないだろう。
ほんの少し、過去に読んだ娯楽本の表現のあれやこれを結びつける勘の良ささえあればわかりそうなものなのだが……氷河はそれでわからなかったんだから仕方がない。
氷河は、というと、アイザックの説明で、目からウロコが落ちました、という顏でひとしきり感心している。
「それで先生もアイザックも朝パンツを洗ってないんだな……」
今し方脳裏をよぎったいけない想像とはずいぶん違ったが、どうしよう、と悩んだ末に、隠れて洗っている氷河の姿を想像したら、それはそれであまりに可愛いやらおかしいやらで笑い出しそうだった。
だが、アイザックはそれを顔に出さないだけの男の情けは持っている。じゃ、アイザックおにいさんの性教育終わり~とおどけたように肩をすくめて、それじゃあ、と何ごともなかったかのように立ち上がろうとした。
が、氷河の手がアイザックの手首を掴んでそれを止める。
「まだ聞いていない」
「何を」
「自分で出さなきゃいけないってことはわかった。でも、出し方を聞いてない」
「………………わかるだろ、それくらい!?」
敢えて避けて通ったというのに、やっぱりそこまで説明しなきゃ駄目なのか!?と思わず声が裏返る。
氷河が気恥ずかしさから意趣返しに冗談を言ったのかと思いきや、その瞳はごくごく真剣だ。たすけて、と縋るようでもある。
「……さ、触れば?」
「触れば出せるのか?」
「……出せるまで触ってみれば?」
こんな時、世俗と隔絶された世界と言うのは不便だ。テレビでも雑誌でも何でもいい、誰かコイツに手ほどきしてやってくれ!でないと、
「……なあ……アイザックのするとこ見せて欲しい……」
ほら、言うと思った。
いつもそうだ。アイザック、ドアの向こうになんか聞こえたからついてきて。アイザック、ポテトの皮がうまくむけない。アイザック、これなんて読むんだ?アイザック、アイザック、アイザック……
日頃は競い合って、一歩も引けを取るまいとした強気な姿勢でいるくせに、どうかすると、こんな風にアイザックを頼ることに躊躇いを見せない。
その相反する感情が氷河の中に矛盾なく同居していることがまるで理解できないでいるのだが、自分の方も氷河が対等な競い相手であることを強く望み、だが、彼を庇護することに喜びも感じる、という矛盾を抱えているのだから、人の心と言うのは難しい。
アイザックは氷河に背を向ける。
「いやだ。そういうのは人に見せるようなもんじゃない」
氷河に見せられるわけがない。何しろその行為の時に頭の中にいるのは目の前にある柔らかなハニーブロンドだ。後ろめたい、後ろめたい、と思いながらやめられないでいる禁忌の想像を見透かされそうで怖い。
だが、頑固な氷河は引き下がらない。
「じゃあ口で説明でもいい」
「やだよ!そっちの方が恥ずかしいだろ!どうしてもっていうならカミュ先生にでも聞けば!」
思わず声が乱暴になったのは、断れない、と知っていたせいかもしれない。
返ってきた沈黙に、あ、やばい、と慌てて振り向けば、果たして、青い瞳はもう潤んでいるのだった。
こうなるとアイザックは弱い。
泣くなよ、バカ、と額を小突けば、瞳を潤ませたまま氷河の頬が軽く膨らまされた。
「アイザックはずるい。自分だけ知っているのに俺には教えてくれない」
「そんなこと言ったって……」
「いいよ、もう。先生に聞くから」
ああもう完全に拗ねてしまった。聖域から帰ったカミュに氷河は「先生、アイザックが、」と訴えるのだろう。アイザックが意地悪する、という訴えだけならいい。だが、その先に、カミュが氷河にそれを教える、ということが待っているのかもしれない、と思うと、心がざわついて面白くはなかった。
アイザックはひとつ息をつく。
「わかった。俺のは見せてやらない……けど、お前のは手伝ってやる。それでいいだろう?」
「自分のを見せないってずるくないか?」
これ以上の譲歩を俺に求めようとするなよ!
思わず目を剥きかけたアイザックに氷河は慌てて、それでいいです、と頷くのだった。
**
まだずっと幼い頃は一緒に風呂にも入ったものだが。
近頃は身体が大きくなってきて、同時に湯船へつかることが難しいため氷河の身体をまじまじと見る機会はあまりない。
大人へと変化していく途中であれど、もう子どもというにはどこからどうみても無理がある引き締まった体つきだ。なのに、頭の中がてんで初心でそのアンバランスさがおかしい。
などと、冷静に分析する余裕があったのは初めのうちだけ。
氷河ってこんなに白かったっけ?
東国の血のせいで、肌の白さはアイザックほどではなかったはずなのだが。健康的な褐色に雪焼けした四肢に対比するせいか、剥き出しの腹や内腿がびっくりするくらい白くてアイザックは目をうろうろさせる。
あんまり見んな、とさすがに恥ずかしそうに手をやる局部は半ば勃ち上がったままで。
来いよ、とアイザックは氷河の身体を引き寄せる。
背後から抱き締めるように手を回して、氷河の手の上へ己の手を重ねた。自分がどんな顔をして氷河に触れているのかは絶対に見られたくない、と思った。
「握って」
「こう?」
「そう。痛くない程度」
おずおずと自分の昂りを包む氷河の手に己の手を重ねたまま、アイザックはそれをゆっくりと上下に揺すってみせた。
「……あっ……」
「気持ちいい……だろ?」
「う、うん、なんか……変なのキた……」
「変なのって言うなよ」
思わず笑うと、氷河は憮然とした表情になった。
「変だから変って言ったんだ。気持ちよくなるのが普通なのか?」
「何回かすればわかる」
初めて感じる感覚に快楽を快楽と認識しきれない氷河を誘導するように、アイザックはゆっくりと何度も上下に揺さぶる。
「……あっ……はっ……」
氷河の息があがって、体を少しずつアイザックに預けてきはじめる。その吐息に混じる微かな喘ぎにアイザックの中心にも急速に血が集まってきた。
氷河のものを扱いてやりながら、固く充血した己の中心に意識がいく。余裕ぶって先輩面してみせているものの、アイザックとて自分の性衝動を抑えられるほどその行為に慣れているわけではない。
やばい、やっぱり断ればよかった。どうしたらいいんだ。
鼻先で揺れるブロンドをかき分けて柔らかそうなうなじに吸いついてみたくてたまらない。
唇だって合わせてみたいし、滑らかな肌を弄ってもみたい。
なんとなくそれは逸脱だという気がするから必死で理性が己を抑えているけれど、しかし、何よりも───
くそっ俺も自分のを何とかしたい!
『人に見せるようなもんじゃない』とクールに言った手前、今更それは、という葛藤があるのだが、この生殺し状態はつらい。
少年の葛藤は、だが、(わりとすぐに)目先の欲望に流された。
アイザックは右手は氷河を誘導してやりながら、左手で器用に自分の昂ぶりを下衣から引き出した。
何度か手のひらを上下させると、堪らなくなってさらに動きは激しくなる。
自分の感覚に翻弄され、ハッハッと荒い息を吐いていた氷河もその動きには気づいたようだ。
「……ア、アイザック……?」
「ついで。俺も」
こういうものは恥ずかしがった方が負けだ。堂々とそう答えれば、氷河はまた再びアイザックの手のひらに包まれた自分の手の中で鬱血した昂りへと意識を戻す。
倒錯的な状況に、互いに吐く荒い息が不規則に乱れ、興奮をいや増す。
一人でするより、それは信じられないほどの熱で体の芯を灼いて、思考も感覚も全てを痺れさせ、全てを鋭敏にさせてゆく。
「……あ、アイザック……な、なんか、俺、おかしい、ちょ……はな、放して……」
氷河の身体がガクガクと震えはじめた。アイザックの手の動きも極みへ向けて高まる。放して、と言われてももう止まれない。
「あっ……やぁっ?あ、あ、あああーっ」
最後は大きくのけ反って、氷河は精を散らした。
アイザックも、どくどくと白濁した液体を手のひらへと吐く。
はあっはあっという疾走した後のような激しい息づかいで、力を失ってずるずると滑り落ちる身体を、お互いに預け合う。
しばらくの間、無言で互いを支え合って息を整えていたが、やがて、氷河が茫然としたように言った。
「出た……」
その言い方がおかしくて思わずアイザックは笑う。
「やり方、わかったろ?」
「……うーん。難しい」
どこがだよ、と思わず突っ込みかけたアイザックに、のろのろと氷河が振り返る。
「気持ちいいなあ出そうだなあって思ってそっちに集中したら自分で手を動かすのは無理だと思う」
微かに眉根が歪められている。至って大真面目なようだ。
「……そのうちそれも慣れる」
「そのうち……」
不安げに口の中で呟く氷河に、もうアイザックの答えは決まっていたと言ってもいい。アイザックが氷河を突き放したことなど一度もないのだから。
「………慣れるまでは手伝ってやってもいい」
その答えは多分自分の首を締めた。
こんなことを続けていたら、自分の感情を宥めるのが難しくなりそうだ。まだ、それにはっきりと名もつけていないというのに。
それでも、うん、と青い瞳に安堵が滲んだのを見てしまえば、全てがどうでもよくなってしまう。
「アイザック」
「ん?」
肉体的な気怠さと、すぐにいつも通りの顔に戻れない気恥ずかしさから、なんとなくお互いに背中を預けたままぼんやりとしていたアイザックに、後ろから声がかけられる。
「あのさ……」
「うん」
「……………カ、カミュ先生もこういうことするのかな。い、いつしてるんだろ」
ズキ、と心臓が音を立てて痛んだ。
なぜ痛んだのかはわからない。氷河は素朴な疑問を口にしただけで、特別おかしな疑問でもないように思えるのに。
「俺が知るか。バーカ」
頭を後ろに振って、氷河のそれへ軽くぶつける。氷河は痛いともやめろとも言わずに、うん、とだけ言った。
「氷河」
「う、うん」
「今日のこと……」
「うん」
「先生には言うなよ」
「……………言えるわけがない」
答えた氷河の声が聞いたことがないほど大人びた憂いを含んでいて、やはりどうしようもなく、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
「なんで?」と無邪気に聞き返してくれれば安心できたのに。
言うなよ、と自分で口止めしたくせに、いっそ、戻って来た師にうっかり口を滑らせてくれたくれた方がまだいい、と思った。
師の留守中にはいつも、ささやかで他愛もない、二人だけの秘密が折り重なってゆくのだが。
新しくできた秘密は二人それぞれを少しずつ大人にさせ、そしてそれは───ずいぶんと苦かった。
(fin)