藤田貴美さん「キャプテンレッド」のパロディによる海賊もの
ミロ氷でカノザク
ハッピーエンドのその後で。書かずにはいられなかったおまけ編です。
ミロ氷性表現あります。18歳未満の方、苦手な方、閲覧をご遠慮ください。
◆Navy Story extra◆
今夜は月がやけに大きくて明るい。
まるく天を切り取ったその光のおかげで、ランタンの灯の少ない船首でも、暗い海に波頭が白く連なっているのが見える。
帆をはためかせている風は穏やかで、火照った頬には気持ちいい。
「落ちますよ」
そう声をかけて、舷に腰かけて酔いを醒ましていた氷河に近寄ったのはムウだ。
一番最後にスコルピオ号に戻って来た彼は、「ミロ!あなたの悪い癖だ!あんなふうに騒ぎを起こさずとも連れて来る方法はいくらでもあったでしょうに。このわたしに尻拭いをさせた代償は、」と声を尖らせながらタラップを上がってきたが、甲板に下り立ってそこにカノンとアイザックがいることを発見して卒倒寸前、という表情で天を仰いだ。
「カノン、あなたまで!……ええ、ええ、わかっていましたとも。つまり、誰も攫ってこなかったわたしが愚かであなたたちが正しい。今からでも攫いに戻りましょうか?時間あります?」
そう口では言っていたが、ムウは二人を追い出す素振りは微塵もみせなかった。
むしろ、「歓迎しますよ。何しろここでは常識人はわたしだけだ。まともな話し相手ができればわたしも嬉しいですからね」と、ちくりと嫌味を言いながらではあったが、アイザックと氷河が船で暮らすための準備をてきぱきと進めてくれたのは彼だった。
「皆がはしゃいでしまって……少しあなたに飲ませすぎたようですね」
「いや、俺が勝手に飲んだ」
甲板で、夜が更けるまで賑やかに行われていた、二人が戻ったことを祝する宴がひけたのはつい今しがただ。
一人、二人と、人が減っていく甲板をふらふらと横切って、ほろ酔いの氷河は夜風に当たっていたのだ。
調子っぱずれのアコーディオンを伴奏に水夫たちは歌い踊り、仕入れたばかりの高級酒をあおり、ご馳走を前に大騒ぎだった。
誰かが、アイザックの成人がまだなんじゃねえか、などと言い出して、そうだそうだ、氷河だけじゃあ不公平だぜ、と囃し立てる声に、カノンがそれもそうだな、と乗っかって立ち上がったのはすごく意外だったが。(人間の肝臓があれを処理しきれるのかとハラハラするほど彼は最初からハイペースで酒をあおっていたから、もしかしたら、表情からはわからなかっただけで実は相当に酔っていたのかもしれない)
相手は俺では不足か?と煽るカノンと、酔っ払いめ、と呆れていたアイザックの一戦は、だが、まあ……憎らしいことにカノンが一本取って終わった。
快復して間もないアイザックを相手に、カノンの容赦のなさと言ったらなかった。
アイザックの完全なる死角、失われた眼球側へ回り込んで背後から繰り出された剣を、「汚ない!大人げない!普通、そういうことするか!?」と息を切らしながらアイザックは喚いていたが、でも、弱点を躊躇いなく突かれたにしてはなんだかすごく嬉しそうだった。
水夫たちは「航海長、そりゃひでえ」とみんなして本気のブーイングだったが、カノンはどこ吹く風、「と、言うわけでお前の成年はお預けだ」とアイザックに言ってのけたものだから、ブーイングの嵐はますます激しくなった。
最後には、「命の恩人に背後から斬りかかるどこぞの大人げない航海長よりは君はずっと大人だ」とミロが認めて収拾をつけ、カノンは肩を竦めてまた酒をあおりはじめ、水夫たちはその後もアイザックを囲んで大いに盛り上がっていた。
「……みんなの名前を、俺、覚えないと」
「そうですね。そうしてやってくれますか。皆、あなたのことを好いています。いなくなってとても寂しがっていた」
別の世界に住む悪党たちのことなんか、と、頑なに名を覚えようとはしなかった。そのせいで、酷く苦い思いを味わうことになってしまったことは今でも後悔している。
「またすぐに次の戦いが?」
「ええ、多分そうなるでしょう」
「……そうか」
足手まといにはならないようにするよ、と、少し緊張した面持ちで夜の海を見つめた氷河を、頼りにしていますよ、あなたが働いてくれればわたしが楽ができる、とムウが少しおどけたように笑った。
「二人で何の話だ?」
背後から響いた声にドキリとして、危うく氷河は舷から滑り落ちるところだった。
振り返れば、いつの間に近寄っていたのか、ミロが背後に立っていた。
スコルピオ号に戻るなり、これは肩が凝ってかなわんな、と言って軍服を脱いだ彼は、今はいつもの軽装だ。
「戦闘要員としてこき使われるのはもうごめんだと、彼に愚痴をこぼしていただけですよ」
「そう言うな。たまには剣を握らねば鈍るぞ、ムウ」
「鈍るほど休ませてくれてから言って欲しいものですね」
呆れ気味に肩をすくめたムウは、人使いの荒い船長殿は何を言い出すかわかったものではない、わたしは今のうちに休みますよ、と言いながら去っていった。
二人きりになって急に心臓の音が高くなり、氷河はそれを悟られないようにそっと息を吐く。
「ずいぶん楽しそうだったな。あんなふうに笑う君は初めて見た」
そうだろうか。
そうだった、かもしれない。
「……無理やり連れ去られて来てどうやって笑えと言うんだ」
違いない、とミロは苦笑しながら、舷に手をかけて軽やかに己の身体を引き上げ、氷河の隣へ腰かけた。
「ああ、今日はいい月だ」
満月に近い天の輝きは、海の上へまっすぐな光の帯を落としている。天と地をつなぐ梯子のようなやさしい光の帯は幻想的で、氷河も、うん、きれいだ、と頷いた。
いつの間にか甲板からは人けが消えている。
ひたひたと波が船体を打つ水音が響くのを耳にしながら、氷河は俯いて言葉を探す。
捕虜の時の船室とはさすがに別の、氷河用の居場所は医務室近くにムウが用意をしてくれた。
なのに、俺ももう休もうかな、たったその一言が、胸のあたりにぎゅっとしがみついて音となろうとしない。
触れてもいないミロの体温が伝わる気がして、身体の片側だけが熱い。
氷河、と呼ぶ声に混じる熱にドッと心臓が跳ねて、だがそれを気づかれないように、視線は海面の白い光へ定めたまま、うん、と答える。
くす、と吐息で笑った気配がしたかと思うと、ミロの手が氷河の髪を引くようにして後頭部を捕まえた。あ、と怯む隙も与えずに彼の方へ顔を傾けられ、唇に温かなものが触れる。
反射で目を閉じて、閉じれば平衡感覚がおかしくなってぐらりと身体が揺れ、慌てて目の前のミロの身体にしがみつくように腕を回す。
半ば強引に口づけて、離れるつもりもないくせに、そっと唇を押し当てただけでミロは動かない。
どうにも堪らなくなってしまって、氷河の方からおそるおそる唇を開けば、ぬる、と濡れた舌が合わせ目からさし入れられた。
濡れた響きを伴う自分とは違う熱に、頭がぼうっとしてしまう。心臓がおかしいほど鳴って息ができない。
ミロの手のひらが、どくどくと脈打つ氷河の胸へと当てられる。
「怖気づいているな、坊や」
見透かしたかのように、ふ、と余裕の笑みで笑うミロが憎らしい。
煽られたら、後には退けない性質だ。
「まさか」
例え、取り繕いようもなく暴れる鼓動が彼の手のひらに伝わっていたとしても、彼に子どもだと思われたくはない。
煽り返すように、ミロを見上げてその瞳をじっと見つめる氷河に、海の色をした瞳が細められる。
「……参るな、君には」
氷河の背を抱きよせて、耳元でそう言った男の吐息はひどく熱かった。
キィ、と軋み音を響かせて船長室の扉が閉まった途端に、口づけは遠慮なく深められる。
舌を吸われ、上あごを、唇を舐められるたびに、背のあたりがむずむずと疼くような、経験したことのない感覚に苛まれて、膝が少し震える。
ミロに指摘されたとおり、怖気づいていないか、と言えば嘘になる。
本当は、ミロの胸を押して、また明日、としたいところだが、一方で、梳くように氷河の髪にさし入れたミロの指が頭を撫でる動きは心地よくて、もっと触れていたい、とも思う。
は、と熱い吐息を零して唇が離れ、ゆっくりと目を開けば、海の色をした瞳がいとおしげに細められていて、かあ、と氷河の頬が熱くなる。
「……変な気分だ。今朝までは、もう会うことはないと思っていたのに」
「諦めるとは君らしくない。俺は君を諦めた日はなかった」
「そんなことを言われても……海賊とは一緒にはいられないだろ」
それを天秤にかけるのは酷く苦しかったが、それでも、どうしても最後まで譲れなかった。
相変わらず頑なだな、だがそれでこそ君だ、と笑ったミロが、氷河の腰に両腕を回すや否や、ふわ、と身体が浮く。
抱いたままベッドへ向かおうとする意図を察して、氷河は、ちょ、ちょっと、と焦ってミロの肩を突っ張るように押した。
覚悟できずに逃げ出すと思われているなら心外だった。
「じ、自分で歩く、から……っ」
じたじたと腕の中で暴れる氷河をくすりとミロが笑う。
「歩けなくなるのだからこれでいい」
どういう意味だ、と問い返す間も与えられずに、ミロの唇が氷河の耳朶を食んだ。
柔らかな肉を舌が弄ぶ、ちゅ、という水音が鼓膜を震わせて、ふあ、と思わず情けない声が漏れ、突っ張っていた四肢から力が抜ける。
耳朶を唇に含まれたまま、ほらな、と囁くように笑われ、その、ビブラートのかかる低音が、氷河の耳をますますじぃんと熱くさせる。
女の格好をさせられていたあの時は、不意打ちのことでびっくりして腰が砕けたのかと思っていたが、これはだめだ。やけに腰に来る低音を甘く耳元で紡がれたら、予告されていたって姿勢を保っているのが難しい。
密着したせいで男の香りに包まれてしまったのがまたいけない。汗と潮の入り交じった男の香りは氷河の中の雄の衝動を刺激して、中心がずくずくと疼いてしまう。氷河の腰を抱いているミロに、それが伝わってしまわないかと恥ずかしくて仕方がない。
ベッドへ下ろされたときには、ようやくミロと離れられた、と、ほっと息をついたほどだ。
だが、すぐにベッドへ片足を乗せたミロの影が落ちて、身構える間もなく、また耳を唇に含まれて、ああっ、と氷河は喉を反らして喘いだ。
ちゅるちゅると柔い肉を嬲る音だけでやっぱり腰が砕けそうで、立っているわけではないのに、思わず支えを探してミロの背に強くすがりつく。
甘噛みをするように、かぷり、とミロの歯が耳朶を挟んで、氷河は思わずビクリと全身を戦慄かせた。
「……あ、あぁ…っ」
かぷかぷと何度も甘噛みしては氷河の反応を楽しんでいるかのように悪戯を繰り返すミロの肩を、氷河は抗議の意で押したが、抵抗にしては弱い主張は彼を煽っただけに過ぎず、逆にいっそう嬲られて、氷河は何度も身悶える。
ようやくミロが少し身を起こしてくれたときには、喘ぎすぎて、くらくらと視界が回っていた。
虐めすぎたか、と苦笑して、ミロの指の腹が氷河の目尻に溜まっていた雫を拭う。
氷河の背を抱き起こして、ミロが氷河の腕からシャツを抜いた。
靴はいつの間に脱がされていたのかわからなかった。
肌をさらけ出して、再びベッドに沈んだ氷河を見下ろしながら己のシャツの釦を片手で外していたミロは、袖を抜きながら、一瞬、躊躇するように、動きを止めた。
それに気づいて氷河は片肘をついてほんの少し身を起こし、そっとミロのシャツを掴んで引いた。
「俺、大丈夫だから」
仕草だけでなく、言葉でもそう添えて、ぐっと袖を引けば、ミロの隆起した筋肉の上をするりと白いシャツは滑り落ちた。
左腕に刻まれた真紅の蠍。
血の記憶とともにしまわれていた、忌まわしさの象徴だったもの。
あまりの恐怖に己を失ってしまったこともあったが、今は──
氷河は手を伸ばして、おそるおそるミロの腕に描かれた蠍に触れた。
英雄オリオンを殺した真紅の毒針は、ぐるりとミロの腕を覆って、獲物を探すかのように尾部を擡げている。
だが、引き締まった筋肉の上へ刻まれた彼の守護星は、今やもう恐怖の象徴ではない。
「……俺には、蠍はあなただけだ」
美しいと畏怖すら覚える鮮烈な赤が、全部、上書きしていった。
「ミロ……」
強請るように首を傾ければ、応えてミロが噛みつくようにキスをする。
「あまり煽ってくれるな。加減ができなくなる」
は、と少しだけ息を乱したミロがいとおしくなって氷河はその頭を抱きしめる。
二人でもつれるようにベッドへ倒れ、互いの肌のあちこちにキスし合う。
ミロの唇が氷河のうなじを、鎖骨を通って、下へと下りてゆく。
ちゅ、と戯れに胸の先を吸われて、思わず腰が浮く。
身体の中心にぎゅっと血が集まる感覚がして、そうなるともう駄目だった。ミロのくるくると自由奔放に巻いた髪が肌に触れる、その刺激すらに全身が疼いてどうしようもない。
吸われた刺激でぷくりと膨れた胸の先端を、砂糖菓子を溶かすみたいに執拗に舐められて、氷河の唇からは甘い吐息が次々に零れる。
さんざん舐めしゃぶられて赤く充血して敏感になった蕾を、カリ、と甘噛みされれば、全身が、それを期待していた、みたいに悦びで激しく戦慄いた。
「噛まれるのが好きだな、君は」
唇に蕾を含んだままチラと目線を上にあげたミロと目が合って、氷河は恥ずかしくなって片腕で顔を覆って首を振った。
そんなわけがない。
簡単に感じてしまうのは、多分、それは、ミロだからだ、と氷河は思う。
甘くやさしいだけではなく、猛毒のように刺激的。
緩急をつける愛撫は、氷河が強く惹きつけられた、彼、そのものだった。
ミロの腕が氷河の下肢に伸びて、既に下穿きの中ですっかりと固くなっている雄をするりと撫でる。
「……っ、だ、だめだ、俺、」
触る前からはちきれんばかりに育った雄は、だらしなく透明の蜜を垂らして氷河の下穿きを濡らしている。
湿った下穿きの上からミロの手のひらで撫で擦られただけで、どうにかなってしまいそうなほど興奮していた。
かわいいな、君は本当に、と氷河の耳元で囁いたミロの声も熱く掠れている。
ミロの指が腰骨からするすると肌の上を滑って氷河の下穿きを下げれば、ぶる、と勢いよく若い雄が空気へと晒された。
透明な雫がつ、と糸を引くように腹に落ちる。
ミロの大きな手のひらが雄全体を包み込むと、あまりの気持ちよさに、あー、と螺子が緩んだみたいな、惚けた声が氷河の口から零れ出た。
「……あ、あ、んぁ…ミロ…、」
ゆっくりと扱かれて、氷河の雄がどくどくと脈打つ。
ミロが触れたそこかしこで生まれた甘い疼きが、切迫感を伴って、一気に彼の手の中に収束していく。
「ミロ、俺、」
首を振って氷河は腰を引いて逃げを打った。
痛いわけでも苦しいわけでもない。ただ、このままではあまりにも早く果ててしまいそうだった。
ミロが少し力を緩めて、まるくつるりとした敏感な先端をぬるぬると親指の腹で弄ぶ。それがまた気持ちよくて、うう、と氷河は呻いて、ミロの肩を抗議に叩く。
「逃げるのか?ここまで来て」
「だ…って、いやだ。すぐ出る、そんなにされたら」
かわいいことを気にするのだな、と肩を揺らして笑っていたミロの身体が不意に氷河の視界から消え、下肢の間に沈んだ。
え、と、その姿を追って身体を起こそうとした瞬間に、張りつめた氷河の雄がぬるりと濡れた粘膜に包まれて、氷河は背をしならせて悲鳴を上げた。
「アーッ、あ、ふぁぁ、ああ、」
ぬかるんで熱いミロの口の中が、あまりにも刺激が強すぎて、声が形にならない。
こんなの知らない、いやだ、はなして、と氷河は激しく首を振る。
「……や、ぁ、……っ、ミ、んぁ、」
氷河を咥えて上下するミロの瞳が微かな弧を描いている。
ひどい、わざとだ、俺がいきそうだと言ったから。
そうとわかれば、絶対に思い通りになるものか、と思うのに、恐ろしく器用に蠢くミロの舌が氷河のくびれをぐるりと擦って、氷河の膝はがくがくと震えた。
男の口の中でぐっと質量を増した氷河の雄はもう爆発寸前で、込み上げる射精感を堪えるのがすごく苦しくて、思わず、ミロの髪を掴んで強く引いてしまう。
「あ、出…、イ、く……ロ、や、」
離して、と言うのは間に合わなかった。間に合ったとしても激しく乱れた呼吸が音とするのを妨げていてミロに伝わったかは怪しいが。(伝わったとして彼が氷河の願いを聞き届けてくれたかはなお怪しい)
ぐうっと一気に込み上げた熱いものは何の予告も躊躇いもなく込み上げた勢いそのままに、氷河を意地悪く追い詰める彼の口の中へと弾けた。
「……っ、は、」
身体に電流を流されたみたいに全身がびりびりと甘く痺れていて、何も考えられない。は、は、と欲情した獣のような自分の呼吸の音だけが響いている。
ミロが、ゆっくりと身体を起こす。
息を荒くしたまま、氷河が視線を下げれば、唇の端を上げたミロが手のひらに白い蜜をとろりと吐きだした。
あまりの光景を正視できなくて、氷河は両腕で顔を覆う。
「ご、ごめ、おれ、」
ひどいのはミロの方だと思うのに、何に対して謝っているのか自分でもよくわかっていない。
だが、ひどく居たたまれなくて、消えてしまいたい心地がした。
「何を謝っている」
くすりと笑ったミロが氷河の内腿にキスをする。
まだ甘く滞留して、去りきっていない熱をその場に留めておくように、腹や腰骨にも触れる唇は、戯れるように、くたりと芯を失った氷河の雄にも再び触れた。
「……っ」
吐きだして、若干の余裕が生まれたとはいえ、だが直截の刺激に若い性はやはり弱い。
解放されて急速に全身を巡った血はたった一巡りしただけでまた中心に向かって集まってくる。
氷河の雄に、蔦が絡まるように浮いた血管をなぞるようにミロの舌がちろちろと往復している。それ、いやだ、と力なく拒みながら、それとは矛盾して、薄い皮膚の下では血潮が脈打ち、またぞろ淫らな熱を氷河の内側へ育てていく。
雄のくびれを撫ぜていたミロの指は、つつ、と筋をなぞり下りて、やがてそれは薄い体毛をかき分けて双丘の狭間へとぬるりと潜んだ。
狭い隘路の入り口に唾液と白濁で濡れた指がつぷりと埋められた瞬間、あっ、と氷河の腰が跳ね、跳ねたかと思うと再びミロの口腔に氷河の雄はぱくりと食われた。
「~~~っ!」
音なく、空気の振動だけで叫んで、氷河は、両手でシーツを握りしめる。
くち、くち、と濡れた指が隘路を押し広げ、一方では、濡れた唇があやすようにやわやわと前を扱く。
前の刺激が強すぎて腰を引けば、男の指を深く咥え込み、慌てて逃げれば、ぬるぬると巻きつく舌に甘く責め立てられる。陸に打ち上げられた魚のように氷河の身体はびくびくと跳ねっぱなしだ。
「……や、やぁ、ミロ、……あ、は、ああっ」
初めての感覚に、どうしていいかわからない。
自分ですら触れたことのない場所を、あの長い指が触れているのかと思えばそれだけで堪らない気持ちになるのに、くちゅ、と響くいやらしい音に自分がとても興奮してしまっていて、それがダイレクトにミロの唇に伝わっているのだと思えば、羞恥で気がおかしくなりそうだった。
「……あ、…くっ、」
ぬち、と圧迫感を伴って指が増やされる。
こね回すようにかき混ぜられて、切ない疼きが腹と尻の間を半端に行ったり来たりするのがひどくつらい。ゆるゆると長い時間続く甘い責め苦があまりにも耐え難い。
痛みの方がいっそ簡単だ。唇を噛んで腹に力を入れていればたいてい堪えられる。
なのに、これは堪えられない。
なにを堪えられないのかわからないのがまた怖い。
いやだ、ミロ、やだぁ、と甘えるように、氷河は己を苛む男へと縋りつく。
やがて、ミロの指が、ぐり、と氷河の腹側にある膨らみを強くこすり上げた。
ひぁ、と背をしならせて氷河は喘ぐ。
「や、なに、ミロ……っ、それ、や、はぅ、ん」
むき出しの神経を撫でられたような強い射精感に勝手に跳ねた足がミロの肩に当たり、すっかりと固く育った雄がちゅぽ、と彼の口から飛び出る。
親指の腹で濡れた唇を拭い、そんなに暴れるな、と言って、ミロが、氷河の身体を、彼の逞しく鍛え抜かれた体躯の下に閉じ込める。
ミロが、氷河の頬にかかっていた髪の毛を指ですくって後ろへ流した。重いものをすくったみたいな感触に、氷河はそれで、自分がまるで海に落ちた後みたいに全身びっしょりと汗をかいていたことに初めて気づく。
もう、なにもかもが限界だった。
ぬちぬちと腹の内側を擦りながら、氷河の腹や胸へ唇を寄せて、柔く吸い上げるミロの髪を引いて、氷河は必死に首を振った。
これ以上されたら、もう、人間としての形を保っていられないんじゃないかと思うくらい、身体中がぐずぐずに溶けていてどうしようもなかった。
「……ミロ、お願い…から、もう、…れて、俺、」
本当にそうして欲しいのかどうかは、わからなかった。
経験したことのない身、考えたところでわかるはずもない。だが、そうしなければ、この甘い拷問は終わらないことは知っている。
「煽るな、と、」
言っただろう、と、ミロの喉がこくりと動く。
自分と同じ劣情を催しているとありありとわかる男の瞳が眇められ、ゆっくりと濡れた指が引き抜かれる。
限界まで追い詰められていた射精感から解放されて、氷河は、ほーっと息を吐き、だらりと四肢を投げ出す。だが、息つく暇もなく、ミロの体躯が氷河の太腿を割り開き、まだ濡れてひくつく秘所に熱い塊が押し当てられた。
「っ!待っ………ア、アーッ」
熱さも質量も何もかもが指とは違う剛直が隘路を抉じ開けるように穿たれたというのに、ばかになった氷河の身体はそれを苦痛ではなく、ぶわ、と全身が総毛立つほどの快楽として受け止め、四肢ががくがくと震えた。
このために長い時間をかけて身体を開かれていたのだ、と、今さら理解したが、だからと言って、耐え難いのは結局同じだ。
氷河に含ませた自身を馴染ませるように浅いところをゆっくりと抜き挿ししているミロの、太く開いたかさの部分が泣き所を掠めるたびに気が触れてしまいそうな疼きが駆けあがって、あ、ああーと開かれっぱなしの唇から自分のものと思えない嬌声が上がる。
「ふあ、い、ん…、んっ、ア、」
氷河の上へミロの体躯がぴったりと合わさるように重ねられ、氷河の屹立は、彼が律動するたびに、その引き締まった腹の筋肉に擦られて、透明な雫をいくつも零す。
極みそうになるのを堪えるために腹に力を入れたいのに、締め付けられて反発するみたいに質量を増すミロの昂りに突き上げられてそれもままならない。
揺さぶられた拍子に、たらり、と、熱くぬるつく雫が腹の上から脇へと流れ落ちた。
先走りとは違う大量の生暖かい感覚に、いつの間にか自分が再び極みに達していたことを氷河は知った。
だんだんと昇りつめていく極みの感覚とは全く違っていた。
吐精したことにも気づかないほど、高いところに押し上げられたきり降りて来られない自分の身体が怖い。
あ、あ、と揺さぶられながら、氷河の眦からいくつも雫が零れる。
喘ぎはほとんど嗚咽で、なのに、腹を満たす熱い熱に全身が蕩けてしまいそうな多幸感が胸を疼かせている。
「み、ろ、ん、みろ、みろ、あ、」
「……っ、く、」
鼻の上へ軽く皺を寄せたミロの額に浮かんだ雫が、時折、ポタ、と氷河の上に散る。
険しく歪む余裕のない表情に胸がきゅうと鳴り、一層濃くなった男の匂いに当てられて、穿たれている内奥がずくずくと疼く。
酷くいやらしいことをしているはずなのに、性衝動とは全く異なる、甘く温かでやさしい気持ちが胸をきゅうきゅうと鳴らして堪らない。
ミロの手のひらが氷河の髪をやさしく撫で、荒い息を零す合間に、耳元で、もう少しがんばれるか、と問うた。
がんばれるか、と言われたら全然がんばれそうにはない。
ミロの熱い楔を受け入れた腹は酷く疼いて苦しくて、何度白濁を吐きだしたかわからない雄は腹の上でくたりとしているくせに、まだとろとろと白い蜜を零し続けていて、腰から下が自分の身体ではないかのように感覚がおかしい。とうに限界は越えている。
なのに、乞うようにうなじにすり、と鼻先をうずめた男の苦し気な表情に甘く胸は疼いてしまい、気づけば、氷河は、ふるふると頷いていた。
いいこだ、と目を細めたミロは、いとおしげに氷河に何度も口づける。ほめられると嬉しくなって氷河も、覚えたてのやり方で、同じ口づけを返す。
やがて、ミロが、氷河の太腿を大きく割り開かせて、入れるぞ、と言った。
何を、と意味がわからずに目を瞬かせた氷河は、次の瞬間に、まるで食い破られたかのような熱い衝撃を腹に受けて息を飲んだ。
「ア、アアーーーッ」
あの甘苦しい責め苦は、彼の全部ではなかったのだ、まだ、ということを理解したのは、ぱちゅ、と肉が肉を打つ音が初めて響いてからだった。
「や、深っ、みろ、ア、やぁっ、それ、アー」
みちみちと限界まで男が押し広げた隘路に、下生えが触れるほど何度も深く突き入れられて、あまりの官能に氷河の意識がフッと白く飛ぶ。だが、すぐに泣き所を擦る怒張が強制的に意識を呼び戻して、強烈で断続的に襲い来る極みの刺激に涙まじりの悲鳴が氷河の唇から迸る。
「ンアッ、アー、ふぁっ、ア、ア」
涙がぼろぼろと零れ、たすけて、みろ、おちる、おちるからぁ、と回らなくなった舌が勝手に助けを呼ぶ。
どこに、か、などわからない。意識が深いところに滑り落ちて戻って来られなくなるような怖さがあって、死とはこうやって訪れるのだ、という場違いな恐怖で汗が噴き出る。
酔っ払いの譫言のような意味をなさぬ言葉に応えるように、氷河の指をミロの指が絡めとる。必死にしがみついて、みろ、と呼ぶ唇に、大丈夫だ、とあやすようにミロの唇が重ねられる。
意識を失うこともできない猛毒のような疼きと、触れた唇のあわいで紡がれる、ひょうが、という、いくらか切迫を伴った甘い声。
くらくらと眩暈がして、もう何も考えることができず、ただ、氷河は、みろ、みろ、と何度も繰り返し、彼の名を呼び続けた。
*
凪の日であっても、完全に無風であることは稀だ。
たいてい海の上では微かなりと風が吹いていて、それが帆船を進ませる力となっているのだが、どうやら今日は、半年に一度あるかどうかの、その完全に無風の日、であるらしい。
帆もたたんで、ゆら、ゆら、と漂っているだけの、夜明け前のスコルピオ号はとても静かだった。
総舵輪を前に、手持無沙汰となってカノンは、ふう、と息をつく。
天を覆う群青色の空には、星がまだいくつか瞬いている。
まさか今日もまた、ここからこの景色を眺めることになるとは露ほども思わなかった、と、二日酔い気味の頭を振って、カノンはもう一度、ふう、と息をついた。
パタン、と扉の開閉音がして、足音が操舵室へ近づいてくる。
「今日はだめだな。風がない」
操舵室の入り口に両腕をついたミロは、カノンではなく、前方へ視線をやりながらそう言った。
気怠さを隠そうともせず、ふあ、と欠伸をしながら、キャビン前の通路の手すりに身体を預けるミロは、だが、どこか上機嫌だ。
そうだな、と頷いて、カノンも通路へと顔を出す。
二人で並び立つように通路の手すりにもたれ、明けていく夜を黙って見つめる。
天気はよさそうだけどな、と言ったきり、ミロも何も言わず藍色の海を眺めている。
「………航海長室と船長室を隔てる壁はそう厚くない」
長い沈黙を最初に破る言葉がよりによってそれか、という気もしないではなかったが、いろいろと胸の内でよぎっていた言葉のうち、それが一番、口に出して抵抗がなかったのだから致し方ない。
「野暮を言うつもりはないが、少しは人の耳も気にしてくれるとありがたいが。……昨夜はアイザックが荒れて困った」
壁越しでも薄らと伝わる声と気配。
そうと意図して傍耳を立てておかねば気になるほどでもなかったが、一度気づいてしまえば、全部聞こえぬことが返って動揺を誘うらしく、落ち着かぬ様子で部屋中を歩き回って意味のない昔話をし続けたアイザックは、最後は彼らしくなく支離滅裂にカノンに当たり散らして、カノンは彼を宥めすかすのに非常に難儀をした。
こんなことなら、放っておけばよかった。
氷河と同じ並びの船室にムウが用意した寝床に引き上げようとするアイザックに、酔った水夫たちが長々と絡んでいるのを放っておけず、お前はこっちだ、と思わず腕を引いてしまったのが全ての敗因だ。船長室と航海長室の位置関係を考えれば、それがどういう結果をもたらすかすぐにわかりそうなものなのに、正常な判断能力を失うほど、カノン自身が酔っていた証拠でもある。
ミロはカノンにちらりと視線を投げると、は、と肩を揺らして笑った。
「お前が聞こえぬようにしてやればいいだけだろう」
「………途中からは一応努力はした」
結果、怒らせてしまって、背を向けて不貞寝している少年を扱いあぐねて、操舵室に理由を見つけて逃げ込んだにも関わらず、風にまでそっぽを向かれて、操舵室にも用なしとなって途方に暮れていたわけだが。
カノンの困った様子が心底おかしいのか、ミロは手すりに額をつけるようにして、肩を震わせている。
カノンは、は、と諦めに息を吐く。
どうせこの男にはいつまでも頭は上がらないのだ。今さら、何を笑われたところで痛くもかゆくもない。
笑われついでにもうひとつ、と、カノンは少し声を落として切り出した。
「俺の、あー……、その、下船願いのことだが、」
怪我をさせてしまった責任を取る、などという殊勝さがあったわけではない。
ただ、少年がカノンに真っ直ぐにぶつけた言葉のひとつひとつが、離れてなおカノンの柔い部分にじくじくとした甘いような苦いような疼きをもたらしつづけていて、それが、のどに刺さった小骨のようにずっと気になっていた。
このまま向き合わずに済ますことはどうもできそうにないな、そう腹を決めかけていたとき、グラード領への寄港が決まった。
さすがに迷いなく、というわけにはいかなかったが、いくらかの葛藤の末、スコルピオ号に乗船した初日に書いたきり誰にも見せることなくずっと抽斗に入れていたその願い出を、カノンは階級章とともにミロへと押しつけたのだ。
昨日今日書いたものではないとすぐにわかる、色褪せて、拠れてしまった下船願いを、ミロはチラと流し見るなり、お前の決めたことだ、好きにしろ、とだけ言って、ふいと背を向けてしまったから、カノンは黙ってそれを船長室へと置いてきた。
だが、おかしな、そして、かなり気恥ずかしく格好悪い流れで再び舞い戻ってきたスコルピオ号の航海長室の扉を開いたそこへは、階級章だけが戻されていた。
だから、己が万一、再び道を誤るような愚を犯したときに、巻き添えにしないためにとしたためた切り札のあの願い出は、まだこの男が持っているはずだった。
切り札とは、最後の別れの際に使えば格好がつくが、それを持っていたことを知られてしまった上で、再び同じ時を過ごすというのはこの上なく気まずいもので、自分の予想の斜め上いく潔さと大胆さで行く先を勝手に決めてしまった少年のことが今さらながら恨めしい。
だが、笑われる覚悟だったにも関わらず、ミロは、すっと笑いをひっこめて真剣な表情となって、「陛下だな」とカノンの言葉を遮るように言った。
「……なに」
「氷河とアイザックを攫えとお前に命じたのは陛下だったのだろう」
なぜそれを、という言葉はかろうじて飲み込んだが、既に確信があったのか、ミロは、く、と引き攣れた笑いを口の端に浮かべた。
「やはりな。俺には事情を知らせるな、とも言われたか」
はっきりそうと言いはしなかった。
だが、あなたにしか頼めないのです、委細は問わず引き受けてもらえますか、カノン、と言ったあの気高いひとは、多分、己の義に反するとみれば陛下の下命でも迷いなく断つこの男の気性をよくわかっていた。
カノンを海軍に、と言った陛下の目の前で、「このような男を信用して海軍に招き入れるなど、たとえ陛下が許しても、このミロが決して許しはしません」と剣を抜いて御前を血で染めたのは、忘れようにも忘れられない、鮮烈な出会いだった。
「……いや、俺の独断だ。陛下はお前を信頼している。勝手な真似をしてすまなかった」
柄にもなく殊勝すぎたのか、ミロは、誰も信頼されていないなどと思っていない、慰めなどいらん、と肩をすくめた。
「陛下にそのような気を遣わせてしまうとは、俺もまだ甘い、ということだな」
「いや、そんなことは」
お前もそう言ったくせに今さらなんだ、と、ミロは可笑し気に手すりを掴んで笑った。
……本当に、今日はよほど機嫌がいいらしい。
陛下の海軍を率い、鬼神のごとき働きで都では畏怖すら抱かれる提督が、少年ひとりにこうも感情を左右されている様に、彼にも年相応の青年らしいところがあったのか、と酷く不思議な心地がした。
一人、二人と起きてきた交代の水夫たちがデッキで持ち場に就き始めている。
それを横目で見やりながら、ミロは、ふあ、とまたひとつ欠伸をした。
「俺はもうひと眠りだ。後は任せたぞ、カノン」
そう言ってミロは拳でカノンの肩を叩いて、短い通路を戻って船長室へと消えた。
下船願いがどうなったかは、結局、有耶無耶だ。
だが、叩かれた肩は、嘘のない男に言葉なく託されたものでピリピリと重い。
お前に万が一など起こらぬ、余計なものはいらん、と信頼しているかのようなその重みがまだ変わらずにあること、それで、カノンにはもう十分だった。
群青色で覆われていた空は、水平線のあたりから、昇る陽に染まってうっすらとオレンジとピンクの混じった、東雲の空へと変わり始めている。
夜明け前、陽が昇る直前のこの時間が、海は一番美しいとカノンは思う。
ひとりで眺めるには惜しいほどだ。
海はまだ星の光を映した名残をとどめるほど暗く、だが、何か新しいことが始まる清々しい予感をゆらゆらと揺れる波がやさしく抱いている。
拭えない血で汚れた自分の拳をも浄化してくれるような、と思うのはさすがに図々しいだろうか。
俺の命の価値は、今、いかほどだろう。
助けられてばかり、未だ何ひとつ返せていない。返せぬうちに抱えていくものがどんどん増えて……だが、増えていく重みは煩わしさではなくほんのりとカノンを温かくさせる。
生きるのは、思ったより骨の折れる作業の連続だ。矛盾を抱え、葛藤と戦い、時に、取り返しのつかぬ過ちを犯しては、赦される痛みに身を捩る。
それでも、ほんのりと積もる温かなものは、カノンに、強く、生まれた喜びを知らしめ続ける。
ギ、と錆びた蝶番の軋む音が背に響く。振り返って、カノンは、ふ、と笑った。
「ちょうどよかった、お前に見せたいと思っていた」
ごくごく自然に口を衝いて出た言葉に、まだ不貞腐れた形に歪んでいたアイザックの頬は、毒気を抜かれたかのように、はあ、と緩んだ。
カノンの隣に並び立って同じように手すりに両腕をもたれさせながら、アイザックは、まあ、確かにきれいだけど、さ、と呟いた。
しつこく怒りを持続させないところは、素直でさっぱりした気質の彼らしい。
「……カノン、昨日のことだが、俺は、」
少年期の性急さが答えを急いで紡ぐ言葉を遮るように、カノンは少年の細い顎に指をかけて上向かせ、そっと唇を重ねる。
子どもが子どもにするような、触れるだけの口づけに、アイザックの碧の瞳が瞬きを止めて見開かれる。
「………いまさら、かよ」
「今だからだ。互いに理性もない状態で手が出せるか」
あったのか、あんたに、理性、と憎まれ口を叩く頬が赤くて、どうにもカノンの頬が緩む。
「あってよかった、壊さずに済んだ」
壊してしまってもう取り返せないたくさんのものへじくじく痛む想いを寄せながらそう言えば、アイザックが、いや、あんた、何する気だった!?と少々青ざめたので、カノンは、はは、と笑った。
水平線からさあっと強い光が射して、太陽が姿を現した。
新しい一日は、今、始まったばかりだ。
(fin)