寒いところで待ちぼうけ

パラレル:午前時のシンデレラ

女体化シリーズ
設定は同じですがそれぞれのお話は独立しています


今回の女体化はミロです。
ミロ(女)×氷河で性表現ありますので、苦手な方、18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。

◆ミロ女体化編 ③◆

 ホッとしたのだ。
 柔らかな曲線美を身に纏ったミロを最初に目にした瞬間は。

 今日のこのひとの前でなら、俺は『自分』を失わずにいられる、と。

 師の前ではきちんとした(と本人は思っている)弟子でいられるし、星矢達の前ではちょっと頼りになる(と本人は思っている)兄でいられる、と思う。
 なのに、ミロに耳元で名を呼ばれるだけでとても平静ではいられなくなる。触れられることを期待していたかのように敏感な反応を返してしまう自分の身体が疎ましくて仕方がない。
 一番虚勢を張っていたいこのひとの前で、自分自身でいられなくなることがわかりきっているから、だから、ミロに触れられるのがとても苦手だ。
 ミロはもしかしたら、自分に屈辱感を与えるためにこんな関係を、と思うことさえある。忘れるな、君は俺には適わないのだ、と、伏せた身体に覆いかぶさられ、揺さぶられるたびに言われているような、そんな気さえ。

 でも、今日は違う。
 ミロは相変わらず悪戯っぽい笑みを浮かべて、坊や、と構ってはきたが、それを軽く受け流すことができるほどに、氷河にとってその違いは大きかった。
 いつもとまるで違う頼りないミロの身体の感触に、情交の記憶が呼び起こされて動揺させられることはない。今夜ばかりは、氷河が自分自身でいられなくなる、あの淫靡な交わりを持つことはないのだと思えば、目の前で揺れるミロの乳房もあまり気にはならない。(ミロは失念していたようだが、彼らの頂く神がそもそもわりと薄着でそのあたりをふらふらしているのだ。いちいち動揺しない程度の免疫がなければやっていられない)

 ほら。
 俺はミロが言うほど坊やでもヒヨコでもない。ミロにもきっとそのことが少しは主張できたに違いない。

 ───と、ずいぶん気分がよかったのに。

 何もできずに大人しくいい子で寝るだろうと思われたミロは今、氷河の身体の下で横たわったまま、挑むような瞳で氷河を見上げて、シャツの合わせ目へ指を添わせて、釦を順に外そうとしている。
 器用に動く長い指先は、するすると、あっという間に一番下まで下りて行ってしまう。
 最後の釦は、どうせ「ほうら、坊やがひっかかった、本気にするとは」と、笑って外さないに違いないと思っていたのに、ミロは一瞬の躊躇いも見せずに全ての留め具を外し終えたシャツをはらりと左右に開いてみせる。
 羽織っているもので遮られていればそう意識せずにいられたが、さすがに何も隔てるものなくつきつけられると、まるで動じない、というわけにはいかなかった。
 だがそれをミロに気づかれないように、氷河はさり気なく浅く息を吐いてどうにか顔に出さないように努力をする。


 一体どうしてこんなことになってしまったのか。

 ミロの前で自然体となって肩の力を抜いたのが多分悪かった。
 つい、うとうとと。
 いや、微睡んだのは問題ではない。
 問題は寝言の方だ。
『マーマ』と。
 よりによって、一番聞かれたくない人物に、一番聞かれたくない一言を。
 夢を。
 見たのだ。
 ずいぶん久方ぶりに見た母の夢だ。
 氷河は幼子となって母の膝の上へ乗っていた。それだけではない。ミロもいた。氷河と同じ年の頃ほどに幼くなったミロが、一人、床の上で絵本をパラパラと捲っていた。
 あの子は俺と同じくらい小さいのに、と思うと母の膝に乗っている自分が急に気恥ずかしくなってきて、氷河はおずおずと温かな膝から下りた。
 マーマ、僕、あっちに行くね、と言い残し、同じ目線まで縮んだ可愛らしいくりくり巻き毛の男の子に、何を読んでるの、と近寄った。
 読んではいない、捲っているだけだ、と答えたミロに、どうして?僕が読んであげようか?と言ったものの、横から身を乗り出してのぞき込んでみれば、幼児に読めるように書かれているはずの平易な文字がどうしても読めない。
 せっかくミロにいいところを見せたかったのに、と悔しくて、マーマ、これ何て読むの、と振り返ったところで……ミロに起こされた。
 最悪だ。
 なんでそんな夢を見たのか、なんて、フロイトに頼るまでもない。
 恥ずかしくて直視できないほど氷河の願望丸出しの夢だ。
 追いつきたい、と氷河が強く願っているひとの瞳が同じ位置にあった。もしかしたら彼の方がほんの少し幼くすらあったかもしれない。
 そこで自分を成長させる方向ではなく、二人揃って幼児退行させてしまったあたり、自分の頭を殴りつけたいところなのだが、言い訳を聞いてもらえるなら、違う、そうじゃないんだ、と叫びたい。
 昼間、ミロの書棚の隅に古ぼけた絵本を見つけた時に過ぎったイメージ。
 ミロはそれをいつ、どのように読んだのだろうか、と自分のセピア色に変化した記憶と比較して掠めた疑問と、柔らかく変化した懐かしい「女のひと」の身体の感触。
 様々なものが断片的に混じり合って、それで、そんな夢を。
 実際の氷河は、人見知りが激しく、知らない子ども相手に「僕が読んであげようか」などと近寄っていけるような子どもではなかった。事実を捻じ曲げてまで、ミロの隣へ並びたかったというのに、結局、夢の中ですら格好いいところなんか見せることはできなくて、「マーマ」に助けを求めて振り返って……ああもう最悪だ。
 夢って奴はどうしてこう思い通りにならないのだろう。自分の脳が作り出しているのだ、最後までご都合主義で終わればいいものを。
 そんな、どうしようもなく居たたまれない氷河の夢をのぞき見たようにミロは「膝の上で絵本でも」と言ったのだ。

 瞬時に感情が沸騰して、一瞬後に急降下して、また沸騰して。あまりに急激に感情の制御を失ったものだから却っていつもよりクールな態度になったほどだ。
 ミロのわかりやすい挑発を、挑発だとわかっていてもとても退けるわけがなかった。
 現実の俺は夢の中の情けない自分とは違う。俺さえその気なら、今のミロを好きにすることなんか容易いのだから。
 女の身体相手に、男の、それも聖闘士の力を行使することは卑怯であり、いくらミロ相手にもやもやとした劣等感を抱いているからといって、こんな常ならぬ状況で日頃の鬱憤を晴らそうなどとは露ほどにも思っていなかった。
 が、ミロがそこまで煽るのなら話は別だ。
 元々負けん気は強い方だ。
 坊やにそんな勇気があるものかと侮っているに違いないミロを見返して、参った、本気じゃなかった、と言わせるまでは絶対に退くものか。

 ミロは、己の魅力を誇示するように形のいい乳房を惜しげもなく曝け出して、氷河を誘っている。
「どうした、坊や。女の裸は見るのも初めてか?」
「……別に」
 悔しいことにほんの少し声が上ずった。ごまかすように氷河も自分のシャツをたくし上げ、それをバサリと放り捨てた。
 満足気に口元を綻ばせたミロの指先が氷河の腰を撫で、筋肉の流れに沿って腹を撫で、つ、と胸の上まで辿り着く。ミロの親指の腹が氷河の胸の突起に触れた。
 抱かせてやる、なんて言ったくせにこれではいつもと変わりない。
 氷河はミロの手首を掴んでその動きを止めた。思いのほかそれが細かったことに僅かに動揺したが、それをがむしゃらに床の上へと押し付けた。
 ほとんど無抵抗でその拘束を許したミロはもう指先ひとつ自分の意志どおりに動かせないはずだ。なのにずいぶん楽しそうな光を宿す瞳が、で?と氷河を見上げていた。

 どうしてなんだ、ミロ。
 なぜ、いつもと変わらない笑みを浮かべていられる?
 プライドの高いひとだ。
 年下の、それもずっと格下の俺なんかにこんな風に身体を自由になんかされたくはないだろうに。

 結局、その堂々たる態度に怯んでいるのは氷河の方だ。抱き方など(まして女の身体の扱い方など)知るはずもない。ミロはこの後どうしていただろうか、と脳内で、挑発した当の本人に頼る始末だ。

 ミロの自由を奪ったきり、その先へ進めないでいる氷河へ、仕方ないな、と助け船を出すようにミロがいつもより幾分柔らかく肉厚なように思える唇を薄く開く。開いた割れ目の奥で赤い舌が、こい、と氷河を誘っていた。

 わ、わかっている……!

 最初はまずキスからだ。
 誘導されて初めてそのことに気づいたくせに、わかりきったことを指摘されたようでカッと熱くなった身体が勝手に動く。
 氷河は勢いよく腰を折って、ミロの上に覆いかぶさった。氷河の方から唇を重ねるのは、思えば初めてのことだ。いつも気づけば奪われている。
 初めて自分の意志でかわしたキスはずいぶんぎこちなかった。
 唇を合わせて、それから。
 それから───?
 ミロの舌がからかうように氷河の唇の輪郭をなぞる。

 と、ぐるりと氷河の視界が回転した。
「自由にできる」はずのミロの身体は、手首の拘束を許したまま、氷河の身体の上へ乗り上げ、逆に氷河を床の上へと押し付けていた。
 上から圧し掛かられるように深まる口づけはいつものミロのそれだ。ぷはっと息継ぎで逃げ、氷河は抗議の声をあげる。
「……ッちょっ……!?」
 ミロは氷河の身体の上で首を振って、長い巻き毛を後ろへ流すと、ハハッと笑った。
「油断したな、氷河。抱かせてやるとは言ったが主導権を握らせてやるとは言ってない。女から舌を入れてはいけないという法もないことだしな」

 油断したというのは全くその通りで、女にあっさりと押し倒された格好となった氷河は憮然として、掴んでいたミロの手首を離した。(むきになってさらに力で押し返すような格好悪い真似はさすがにできなかった)
 ミロは氷河の上に圧し掛かったまま、自由になった両手で氷河の肌を撫でる。
「主導権を奪いたいなら俺を感じさせてみろ」
 氷河の唇の上にミロの吐息がかかる。ほら、早く、とそれはからかうように触れて離れてを繰り返す。
 捕まえてやる、と唇で追いかければ、それは紙一枚の空間を残して去り、また、すぐに戻っては氷河の唇を掠めるように舐める。
 完全に遊ばれていて頭にくる。
 絶対に捕まえてやる、と氷河はミロの後頭部を押さえて退路を断つと、今度こそしっかりと唇を重ねた。無我夢中でミロの唇を強く吸い、合わせ目を割って舌を捻じ込む。
 捕まえられて逃げるか怯むかすれば可愛いものを、ミロときたらすぐに氷河の舌を押し返すように舌を絡め、逆に氷河の口腔を犯し返す。そこから後は主導権の奪い合いだ。キスをしているのかされているのかよくわからないまま、濡れた舌が絡まり合う。

 はあっという濡れた吐息を残して離れた時にはどちらも微かに息が上がっていた。
 氷河はゆっくりと身体を起こした。おっと、と少々バランスを崩したミロが支えを求めて氷河の首へ両手を回す。ミロが濡れた唇をペロリと舐めて低く笑った。
「少しはやるな」
「……少し?」
「少しだ。一度のキスくらいで調子に乗るな」
 じゃあ、参ったって言うまで何度だってしてやる。
 氷河はミロの滑らかな背を、描かれた曲線に添って撫でた。今度は後頭部を押さえつけるまでもなくミロは首を傾けて己の方から唇を開く。やっぱりそれは大人しく与えられる口づけを待っていたりなどしない。食むように互いに重ね合わせる唇のあわいでミロは酷く楽しげだ。氷河には何も感じる余裕もないというのに。
「なんだか君と戦った時を思い出す」
 氷河の身体がまたカッと熱くなる。
 君のキスは下手だと言われたようなものだ。
 あの時の俺はまるでミロに敵わなかったのだから。
 くそっ。
 噛み付くように口づけを深めようとすれば、返り討ちにあって息を乱すはめになった。
「余分な力が入りすぎだ」
 ミロの唇が氷河の頬へ回り、そのまま耳朶へ辿り着いた唇がそれを何度も甘噛みする。
「必死で悪かったな」
 氷河もお返しとばかりにミロの耳朶を唇に含む。
「俺に必死なのは嬉しいが、それでは『初心者です』って名札つけて歩いているようなものだ」
 ミロの舌が氷河の鎖骨をぞろりと舐める。
「誰もがあなたみたいに経験豊富ってわけじゃない」
 氷河はミロの首筋に啄むような口づけを繰り返す。そうされることに慣れていないせいか、(それとも拙いせいか)ミロはそれを擽ったがって笑う。
「『経験豊富』?俺の過去を見て来たかのように言うんだな。君は俺の何を知っている?」
 ミロの手のひらが氷河の肌を撫で、胸の先端を指先に挟む。長い人差し指と中指の間で既に熟れた蕾をきゅっと摘み上げられてじんじんと氷河の背が疼く。
「だって……あなたはいつだって余裕だ」
 氷河も同じようにミロの肌の上に手のひらを這わせ、だが、少し躊躇って脇腹のあたりを何度か往復するに留める。
 が、ミロの手が氷河の手のひらに重ねられて、己の豊かな膨らみへと誘導をした。指先が柔らかな肌に沈み、固く尖った蕾が手のひらの下に触れる。背を疼かせていた熱が一気にその勢いを増して氷河の雄を昂ぶらせる。
「余裕、か。……君はまだまだ坊やだな」
『坊や』を返上したくて必死だというのに、呆れたようにしみじみと『坊や』のレッテルを貼り直されて気ばかりが焦り、ミロの肌の上を滑る手のひらに込められた力が時折加減を失う。それをまた、重ねられたミロの手が、そうじゃない、と言いたげに誘導し、適切な愛撫へと軌道修正していくのにまた気持ちが焦る。
 ミロの口元は相変わらず氷河を試すような笑みを浮かべてはいたが、腕の中で次第にその身体が熱を帯び始める。手のひらに触れるどくどくと脈打つ鼓動は、成人男性の(女性の?)それにしてはずいぶん早い。
「……ミロ、もしかして少し緊張している?」
 は、と笑いを帯びた吐息がミロの唇から漏れた。
「惜しいな。緊張じゃあない」
「じゃあ……か、感じた、とか」
 くっとミロの喉が引き攣れた音を漏らした。
 笑われたのだ。
 聞くのではなかった、と瞬時に氷河は後悔した。主導権を握らせてやる、などと言われたものだからミロがどう感じているのか気になって気になって仕方がなく、つい舞い上がったのだ。
 ミロはすぐに笑いを引っ込めて、気まずさのために拗ねかけた氷河の唇をちゅ、と吸った。
「答えを聞いて済ませるのは三流だ。坊やでいたくないのなら甘えるんじゃない。第一、言葉ほど当てにならないものはないだろう?体温、視線の動き、鼓動、息の乱れ……本人が意図できない部分の反応を五感全部を駆使して読むことだな」
 ミロの口から聞くと、なんだか戦い方を指南されているようだ。(それとも、実際にそのつもりだろうか?)
 初めて対峙した時の高揚が甦る。格上の相手に怯む心を隠して、まるで見えぬ動きについて行くために必死に五感を研ぎ澄ませた、あの。

 氷河はおずおずと、ミロによって乳房へと誘導された指先に力を込めた。
 微かにミロの眉根が歪む。
 痛いのか、と慌てて力を抜いて、ミロの表情を確認して───違う、感じたのは痛みじゃない。多分。多分、だけど。
 もう一度、氷河は指先に力を込める。既にピンと張っている頂を指の腹で押すと、ミロの瞼が引き攣れたようにピクリと動いた。
 ミロの指先が氷河の背を軽く引っ掻く。やめろ、という抗議なのか、続けろ、という誘導なのか。
「講義」を終えたミロは、そこまでを親切に説明してくれる気はないようだ。
 どころか、君はそこが好きだったな、と耳元で囁いて、氷河の胸の頂を巧みな指先が何度も弾くという反撃にあう羽目になった。そうされれば頭の芯を淫らな熱が灼いて、ミロの反応を読むどころではなくなってしまう。
 一瞬も気が抜けない攻防だ。
 互いにどう出るか探り合い、押して、引いて。
 まるで戦いの中における駆け引きだ。
 口元に絶対的強者の微笑を湛えたミロを、自分の持てる限られた力の中でどう攻略するか。対峙した時に感じた高揚は今は甘い疼きを伴って氷河を昂らせる。


 氷河の首へ巻きついていたミロの手が、氷河の背中を辿って下りたかと思うと、引き締まった臀部をするりと撫でた。
 ひょうが、と音を結んだ掠れた吐息に混じる欲情の響きに、ドッと氷河の心臓が跳ねあがる。
 ミロの言うとおり、ハスキーな低音に微かに混じるビブラートは、単に『感じた』と言われるより、はるかに多くのものを語っていた。
 ミロの腕が後ろから前に回り、氷河の固く張り詰めた雄を撫でる。動揺で息を乱していた氷河は思わず、うっと声を漏らした。
「くく、坊やもやっぱり男だ。女の身体には興奮すると見える」
 男だ、と言われることに異論はないが、ミロのその言葉には何か引っかかるものがあった。
 女のひとの身体は確かにほんのりいい匂いがして、柔らかくて触り心地もよくて、何より生物の理として、雄の遺伝子は自然とそれを求めるようにできている。
 が、今感じている欲情は「女の身体」に対してなのか、と言われると……。

 ミロが、舐めてやろうか、と赤い舌を見せつけるようにちらつかせている。返事も聞かずに頭を沈めようとするミロの肩を、氷河は慌てて掴んで止めた。ミロの指に触れられただけで既に限界気味だというのに、口に含まれでもしたらあっという間に吐精してしまいそうだ。
 一体どこまでこの遊戯を続ければいいのだろう。
 ミロにそこまでだ、と言わせて、焦った顔が見たかっただけだったのに。
 なのに、のっぴきならない状況に追い詰められているのは結局いつもの通り氷河の方だ。

 口淫を制止されたミロは、代わりに手のひらで氷河の雄を包んで追い詰める動きで氷河を嬲る。
「……ッ……」
 氷河はミロの手首を強く掴んでそれを制止せねばならなかった。本当にもう限界だ。
 ミロも氷河の堪えているものの強さに気づいているのだろう。瞳の奥で、挑発する悪戯な光が煌いている。
「どうした?」
 意地悪だ。
 氷河が戸惑いと躊躇いに足踏みしていることを承知で、ミロはそう聞くのだ。
 自分の息づかいがやけに大きく耳に響く。
 ミロの真意はどこにある?
 どこまでミロは続けるつもりだ?
 次の一手をどう打つのか、息づかいで探り合う緊張は高まる一方だ。
 ミロの全てをこんなにも強く意識したのはあの日以来だ。蠍の心臓を刻まれる瞬間に、彼の守護星を15も刻み返さねばならなかった、あの。
 氷河の脳裡に過ぎった光景を読んだかのように、ミロがふっと笑って、今なお氷河の脇腹に咲いたままの真紅の爪痕へ、もう一度それを刻むかのように人差し指を押し当てる。
「こないのならこっちからいくぞ」
「……え……」
 迷いに揺れていたぶんだけ氷河の反応は遅れた。
 本当に?と聞き返す間もなく、ミロはするりと下衣から足を抜き、氷河の腰を跨ぐように膝立ちとなった。
 極上の餌を前におあずけを食らって、延々と「待て」させられて、透明な雫を零す氷河の雄に手を添えると、ミロは焦らすようにニヤリと笑った。
「さあ、どうする?女を抱いてみたいか?」
 ミロがあてがわせている切っ先は既に熱くぬかるむ蜜壷に触れている。雄の先端に纏わりつく濡れた熱。ミロが濡れている、それだけでもう頭の中は真っ白だ。
 こんな状況で後戻りできる男などいるはずがない。
 僅かばかり残っていた理性は狂おしいほどの切望感に苛まれて霧散し、氷河は堪らずこくりと頷いた。そして、頷いた瞬間に、そうではないことに気づいて慌てて首を横に振った。
「……ミロを。『女』じゃなくて」
 意図して言った言葉ではない。そんな余裕が「初心者」の少年にあるはずがない。感じていた強い違和感が無意識に氷河にそう言わせていた。
 微かに歪められる眉に。
 余裕の形に口角を上げている唇から時折漏れる吐息に。
 指の下でじわりと汗を滲ませる肌に。
 読め、と教えられて必死で読んだミロの反応はごくごく僅か。それでもまるきりゼロではない。
 一方的に与えられるだけだと思っていた甘い疼き、それがミロの中でも起こっていること。
 それは、ぐるぐると渦巻く己の意地やプライドに向き合うのに精いっぱいだった少年が見る、初めてのミロの姿だった。
 あの、いつも余裕の風情を崩さないミロが。
 自分の(拙い)愛撫でほんの僅かでも感じているのだと思えば、どうしようもなく昂る。
 氷河の言葉をミロは目を細めて聞き、愛おしげに額にひとつキスを落とした。
「合格だ、氷河。君になら許す」
 言うや、ミロは屹立した氷河の雄の上へゆっくりと腰を沈めた。
「……ふぁっ……ぁあっ……!」
 熱くぬめる襞がきつく氷河の雄を呑みこんで行く。
 合格だ、というのは、何かを試されていたのだ、と気づくと同時に、背を突き抜けるような強い疼きが身体の中を走り、もう何が何だかわからなくなった。気が遠くなりそうなほどの甘美な締め付けを堪えるために、氷河はミロへ強く縋った。
「バカ、焦るな……く……っ」
「ちが……ふっ……ぁうっ……」
 半分ほど呑み込んだところで、痛いほどの圧迫感が氷河を拒み、それ以上の侵入を阻む。笑みの形に口角が上がってはいたが、ははっと漏らしたミロの笑い声は苦い味に満ちていた。
 氷河の背を抱いていたミロの指先が、加減を失って氷河の肌を鋭く切り裂く。だが、その些細な痛みよりずっと多くのものを堪えているように、ミロが深く刻んだ眉間の皺にじわりと玉の汗が光る。
 ミロにそんな表情をさせたことがどうにも堪らなくなって、思わず氷河はミロの唇をキスで塞いだ。
 いいこだ、と氷河の髪を撫でるミロの指が胸に痛い。
 ミロ……
 ミロ……
 ミロ……!
 どんな言葉がふさわしいのかわからない。ただ、ミロの名だけが頭の中で鳴り響く。
「経験豊富」でいつも「余裕」のミロが。
 あっさりと踏み越えたように見える一線は、もっとずっと高い壁だったのではないのか。ひらりと鮮やかな身のこなしの彼だからそれを感じさせなかっただけで。
 泣きたいほど胸が苦しいというのに、ミロの方は「その気になれば覚えがいいじゃないか」と氷河のキスを誉めさえする。だが、その声が、微かにいつもの抑揚を失っているように思え、締め付けられる胸に、また、ミロ、と氷河は彼の名を呼ぶ。


 深い口づけを繰り返しているうちに、長いミロの四肢が絡みつくように氷河を捉え、汗ばんだ身体がまた熱を上げて上気し始めていく。は、というやけに鼓膜を甘く震わせたミロの吐息を合図に、ぬるりと氷河の雄は根元までミロの中に飲み込まれた。
「……う……ぁ……っ」
 きつかった圧迫感は溢れる蜜に強い快楽へと変わる。
 信じられないほどの気持ちよさに、氷河は相当な努力をして吐精を堪えなければならなかった。
 は、は、と浅い息で断続的に訪れる波を逃し、氷河はかろうじて目を開いてミロを見た。
 ミロは長い指で汗で濡れた髪を無造作にかき上げて氷河を見下ろしていた。満足気に笑う表情はいつもの氷河を翻弄する時のそれだ。切れ長の瞳の奥で自由に遊ぶ光が煌いていて、それでいて、どこか酷薄な厳しさと不可侵の威厳がその光を深いブルーに収束させている。
 汗ばむ肌は見る者の目を惹く艶めかしさで誘い、だが、何ものも容易く触れてはならぬとばかりに、矜持と誇りを纏って他を圧する。
 なんて綺麗なひとだ、と素直に心が震えた。
 単に見た目の美醜ではない。
 この、気圧されるほどの美しさを支えているのは、生きてきた道筋に対しての自信やプライド。
 些細なことで突っ張るのをやめられない自分が「プライド」と呼ぶものとはまるで違う、本物の誇りと強さが彼を(あるいは彼女を)形作っている。

 ミロが氷河の雄を丸く締め付けながら、腰を上下に揺する。汗が小さな玉となって散り、氷河の火照った肌の上を滴り落ちる。
「……ん……ぁ……やっ……もう……ッ」
「…………くっ……まだ、堪えろ……っ」
 堪えろ、というのなら動くのをやめてほしいのに、ミロの動きは激しくなるばかりだ。
 凛々しいミロの眉が何かを堪えるように歪められているが、今はそこに刻まれているのは苦痛ではない証に、痛々しさはなく、ただ、壮絶な色香が氷河を強く煽っていた。
 耐え難い疼きが四肢を駆け抜け、激しく猛る熱が身体の中心を灼く。
「ミロ……ッ」
 自由奔放に氷河の腰の上で跳ねる身体を押さえ込むように掻き抱いて、氷河は限界まで昂った精を堪えきれずに解放させた。
「……あ……は……っ」
 感じたことのない強い愉悦に漏れる声が抑えきれない。
 小刻みに長く震えた後に弛緩した氷河の身体をミロが受け止めて、瞼に、頬に、唇に、とたくさんのキスを落とす。

 ちゅ、と余韻を残して離れていく音が、愛している、と刻んだ気がして、氷河は思わず閉じていた目を見開いた。
 ん?とこちらを見返したミロの顏には見慣れた精悍な雄々しさが満ち溢れていて……
「戻ったのか……」
「今しがたな。気づかなかったのか?」
 言われてみれば、氷河を抱きとめた腕はすっかりと逞しい男のそれだ。
 がっかりしたような。安堵したような。複雑な気分ではあったが、だが、本来のミロはこちらなのだと思えば、やはり安堵の方が大きかった。
 ふーっと息をついて、氷河はハッと下を見下ろした。
 ついさっきまでミロの中に収められていた氷河の雄は、収めるべき場所を失ったせいか、吐精で力を失ったせいか、きちんと(?)ミロと二つ身に分かれていた。
 氷河の放った白濁はまだ己の雄に不快に纏わりついていて───
 白濁といいながら、何故かそれは薄らとピンク色に染まっていた。
 怪訝にまじまじと見つめ、相当に時間が経ってようやく氷河はその理由に思い当たり、慌ててミロの顏を見た。
 ニヤリとミロが笑う。
「極上の処女を抱いた気分はどうだ?」
「……っ!?」
 事もなげに言って見せたミロに、頭の中は大混乱だ。
 結局主導権など何一つ握らせてもらえなかった。「抱いた」と言えるほど自分がしたことは何一つなく。
 片やミロはほんの僅かの怯みも見せぬ堂々たる態度だったが、だが、これはつまり。つまり───

 氷河はミロに神妙に向き直った。
「ミロ、俺はあなたが好きだ」
 言わねばならぬ、と思った。
 この誇り高い人にそんな風に触れることを許されたからには。
 羞恥だとか、勝ち負けだとか、そんなくだらないことに囚われている自分を捨てて、本当の意味で「男」となる必要がある、と。
 突然の氷河のきっぱりとした宣言にミロはくすりと笑って、知っているとも、と答え、それからふと動きを止めると、やがてくつくつと肩を小刻みに震わせはじめた。
「も……もし、もしかして、君は……」
 声が笑いに震えて音とならない。
「……抱いた責任を取って結婚、とか言いだすつもりか……?」
「結婚ができるかどうかは知らないが責任は取る」
 至極大真面目に答えた氷河の肩口に、ついにミロは顏を伏せて盛大に笑い声を上げ始めた。
「……何がおかしい」
 好きだと言えと煩いくせに言ったら言ったで笑うとはどういうことだ、と氷河は憮然とする。
 悪い、とミロは一瞬顏を上げて、それからまた肩口に顏を伏せて身体を震わせた。
「……それ以上笑うなら全部撤回した上で二度と会いには来ない」
 さすがに気を悪くして、尖った声を出せば、どうにかこうにか笑いを引っ込めてミロは顏を上げた。(まだ涙目だが)
「すまん。バカにしたわけじゃない。それから責任も取らなくていい。君が責任を(と言ってミロはまた少し声を震わせた)取るべき身体はもうどこにもない。な?」
 氷河の手を取ってミロは己の下肢の間へそれを誘導した。
 あるのはただ、氷河と同じ雄の象徴だ。
 それが熱く昂ぶっていることに氷河の頬がカッと熱くなる。
「……別にそういうことを言ったわけじゃない。そんな……自分の意志で動いていたあなたを侮辱するような真似はしない」
 動揺を隠すためにそっぽを向いた氷河の頬に、ミロの怪訝な視線が突き刺さる。
「じゃ、どういう意味だ……?」
 身体の問題ではないのだ。
 ミロの誇りにあんな風に触れるのを許される人間が自分ひとりであってほしい、ほかの誰にもミロのあんな表情を見せたくない、という独占欲を表現する言葉をほかに知らなかっただけだ。
 何でもない、と氷河は答えた。
 何でもなくはないだろう、とミロが氷河の火照った耳朶を唇に含む。なし崩しに押し倒されて、ミロ、と抗議の声を上げればそれを封じるように軽く歯があてられた。
「責任を取るというなら今すぐつきあえ。中途半端に煽られたままで不完全燃焼だ」
 女性の身体の仕組みなどよくわからない。
 結局、ミロの方はどの程度快楽を享受できたのだろう、と聞くに聞けなかった事実をあっさりと暴露されて、力が漲ったままのミロの雄に既に予想はしていたとはいえ、気まずさといたたまれなさで氷河の心はやや折れた。
 が、それを振り払うように氷河はキッと顏を上げた。
 今日の自分はいつもと違う。
 氷河の身体を逞しい体躯の下に押しとどめているミロの肩を押して、氷河はその下から這い出た。
 そして、ミロの躯を仰向けに転がすとそれを組み敷くように跨る。
 ミロはというと、それらの動き全て力で封じることはできたであろうに、何が始まるのかと興味津々の瞳で成り行きを見守っていた。
「続き」
「は?」
「ミロ、『感じさせたら主導権を握らせてやる』って言った。男に戻るまでに、とは言わなかった。だったら、俺があなたを、だ、抱いてもいいはず……だ……」
 自信なさげに語尾が消えたのはこの際ご愛嬌だ。
 ほんのちょっとミロに情けをかけてもらったくらいで簡単に「男」になれたら世話はない。ミロの前で格好悪いところを見せたくないのなら、まずは逃げるのをやめなければ。

 ミロは不思議とずいぶん静かだった。ニヤリとも笑わない。
「……坊やが本当に俺を抱きたい、と思えるのか?もう『女』ではないぞ」
 結局まだ『坊や』なわけだ。
 卒業させてくれるはずじゃなかったのか。───「させてくれる」なんてミロの慈悲を待っているようでは到底無理か。
 悔しくて、氷河はことさらきっぱりと宣言して見せる。
「さっき言った。『ミロを』抱きたい」
 本当のところは自分でもミロをどうしたいのかわかっていない。だから、これは勢いに押されたはったりでしかない。
 ただ───もう一度、身体の内側を真紅に灼くような、ミロの、あの余裕のない表情が見てみたい、と思った。
 ミロの瞳がまじまじと氷河の瞳を見返している。
 吸い込まれそうな蒼の前では、やっぱり少し気圧されて勝手に体が粟立つ。真意を測るような視線の前では何も隠せそうにない。ミロには氷河が張った虚勢も、その下に隠した本音もいつだって筒抜けだ。

 やがて、ミロがフッと笑った。
「……参ったな。これだから坊やには驚かされる。……だが、」
 ミロの瞳が猫のように眇められ、あ、と思った時はくるりと身体を反転させられてまたも大きな体躯に組み敷かれていた。
「百年早い」
「ミ、……んっ……」
 深く合わされた唇に息を奪われ、くらくらと眩暈がするほどの疼きが背を這い上がり、吐精したはずの下肢の間にまたも熱が集まる。
 あっという間に氷河を翻弄してしまうミロの本気のキスの前では、対等に熱を与え合ったと思ったあの時間は幻想でしかなかったのだとわかる。全てはミロの巧みな誘導で、文字どおり男に「してもらった」だけだ。

 でも───今のところは、だ。

 この先、永遠にこのままの俺でいるものか。

 氷河の気持ちを読んだようにミロが言う。
「百年早い、が、坊やが俺よりいい男になったら考えてやってもいい」
「……百年もかけるつもりはない」
「簡単には追いつかせてはやらんぞ」
「絶対にすぐに追い越す……!」
「それは楽しみだ。俺も手加減はせんぞ」
 ミロは酷く嬉しそうに笑った。
 それを見て、氷河も笑う。

 追い越せる気は到底しない。
 それでも、いつか隣に並べたら。

 その時にはもう一度、好きだと言えそうな気がした。

(fin)
(2014氷河誕/ミロの日 2014.1.23~3.7UP)