寒いところで待ちぼうけ

Ω:氷シリーズ

派生アニメΩ(2012.4~2014.3放映)の世界における貴鬼×氷河
光牙と謎の男が出会う直前のお話。
当初は天秤聖衣としていたところを放映の流れから水瓶聖衣に微修正。
性表現あります。18歳未満の方、閲覧をご遠慮ください。

◆止まり木の二人 後編◆

「……んぅっ…ん…ん…」
 肉を打つ音の合間に、くぐもった声が時折混じる。
 膝をつき、腰を高く掲げられた姿勢で後ろから犯されるのは、氷河は苦手だ。
 あまりに獣じみた格好を厭うているのではない。
 その、獣のような交わりにこそ大きな愉悦を拾ってしまう己の躰の浅ましさを自覚させられることを厭うているのだ。
 だが、今日ばかりは別だった。
 どうしようもなく漏れる声を殺すために顔をシーツへうずめるのには好都合で。
 青年が動くたびに、まるでそのために創られたのではないかと錯覚すら覚えるほど、彼の反った部分が、氷河の中の快感の泉を過たずピタリと擦りあげる。
 熱い塊が肉を押し広げてその部分をぐりぐりと刺激するたびに、氷河の高ぶりからも蜜が零れる。まだ、腰をつかんで揺する青年は汗すらかいていないというのに、氷河は背に駆け上がる甘い疼きを堪えられそうにない。
 ひどく緩慢な青年の動きがもどかしく、もっと深く咥えこもうと自ら腰を揺らして───

 ああ……いや…だ…こんなのは……

 氷河の声が聞こえたわけではないだろうに、貴鬼の動きが止まる。
 いやだ、とたった今思ったばかりだというのに、絶頂へと疾走しかけていた愉悦を突然に止められて、あ、と切なく氷河の背が震えた。簡単には解放を許されなかったことにすら、慣らされた躰は勝手にじわりと快感を拾ってしまう。
 とろとろとだらしなく涙をこぼしていた己の昂ぶりにますますいやらしい血潮が集まった感覚に氷河は羞恥で唇を戦慄かせた。

「やっぱりこっちがいい」
 玩具でも選ぶかのような声で貴鬼はそう言い、氷河の中へ己を咥えこませたまま、足をつかんでくるりと仰向けの姿勢へと裏返した。絶頂を求めて締め付けが増していた肉壁を、太く張り出した部分がぐるりと擦りあげて、氷河は白い喉をのけぞらせて高く啼く。
 思いのほか大きく響いた声に、氷河は慄いた手の甲を慌てて口元へとあてた。
「好きなんだ、氷河の感じてる顔。もっと見せて」
 そんなことを言われて、はいそうですかと見せられる氷河ではない。抗議の眼差しで一瞥したあとは、ぷいと横を向いて貴鬼の視線から逃れる。
 だが、そんな取り澄ました顔も、腰をつかんで緩く楔を抜き差しする動きに、あっという間に艶めかしく移ろってゆく。

 日に焼け残った白い膝裏は、青年の緩やかな律動に従順に従って一定の間隔で跳ね上げられる。シーツの海に散らばった金の髪は乱れて、汗で白い肌に貼りつき、氷河は吐息と共に甘い声が漏れるのを耐えるために自分の指を口枷として必死に噛んだ。
「駄目だよ、氷河、あなた加減を知らないんだもの。また怪我しちゃうよ」
 膝を抱えていた貴鬼の手が伸びてきて、その指を柔らかく掴んで拘束する。
「……っ……ん……ふぁっ……」
 止める手段を失って、噛みしめられた唇の間から、すぐに湿った声が漏れ始め、氷河は己の声から逃げるように強く頭を振って身悶えた。
 貴鬼は両手を拘束したまま、狭い隘路を熱い楔で何度もゆっくりと穿つ。
 この姿勢はこの姿勢で、結合は楽になっても、今度は、二人の腹の間で氷河自身が擦られて、その直接的な刺激に、あっという間に二人の腹がぬるぬると濡れてしまう。
「ああ……いいね……氷河のすごく硬くなってる」
 耳を犯す声すら、もはや氷河を高めるための道具でしかない。
 声を堪えてふるふると震える淡い色の睫毛が、一瞬、甘さを失って苦しげに歪められた。
 貴鬼は視線をチラリと下へやった。
 陶磁のように滑らかな白い肌に忌々しく広がる闇の刻印が、氷河の高まる熱に力を得たように、どくどくと蠢いている。二人だけの甘やかな秘密の時間を無遠慮に蹂躙されているようで貴鬼の頭の芯がカッと怒りで煮えた。
 思わず攻撃的に跳ね上がった己の熱で、氷河の身体からそれを追い出して見せるとばかりに、貴鬼は突然に抽挿を深めた。
「駄目だよ、俺だけ感じてて、氷河……」
「……っあああっ…だ、だめ…だ、貴鬼、そんなにしたら……っ…やぁっ」
 急に激しさを増して容赦なく攻め立てる青年を止めるつもりで開いた口から、一緒に漏れてしまった切羽詰まった喘ぎに、自分で竦んで、氷河は慌てて手を口へやろうとした。が、指先までしっかり絡めて体重をかけている貴鬼の手がそれを阻んで、結果として、突き上げる動きのままに、次々に甘く淫らな声が零れた。
「声出しちゃ駄目だって言ってるのに……氷河」
 隣の部屋の方角へチラリと視線を流す貴鬼に、氷河はピクリと戦慄く。氷河の唇が、何かを求めるように喘ぎの合間に薄く開いたり閉じたりしていて、赤く色づく舌が貴鬼を誘う。
「…ふ……貴鬼…ふ…さいでてくれ…声、が…」
「どうしようかな」
 いつも彼を抱くときはほんの少し意地悪になる青年が、今日はいつもに増して酷く彼を翻弄する。ふ、と笑う貴鬼から伝わる振動が、二人を繋いだところへ震えて届き、それだけでもう背を電流が駆け上ったかのような疼きが走った。
 今日はまだ一度も頂を見ていない躰は些細なことにもどうしようもなく快楽を拾ってしまう。
 本当は、いかせてほしい、ということをこそ懇願したいのだ。
 だが、それを言うと、もっと恥ずかしい言葉を言わされる羽目になることを知っている。

「声、押さえられないならやめちゃってもいいけど」
 氷河が見せる葛藤を楽しむかのように、青年は笑って腰を引く。奥所を穿つ動きだけでなく、引き抜くときにも彼の身体が快感に打ち震えることを知っているのだ。
 案の定、きゅうと中を締め付けながら、あ、と縋るように青年の体躯で割り開かれた氷河の膝が締まった。

 いいように翻弄されるだけされて、自らが漏らす声が気になって気になって、極むこともかなわない。中途半端な高まりはもはや快楽なのか苦痛なのかわからないほど氷河を責め苛む。このまま甘い煉獄が続けば、意地悪な青年に強いられるまでもなく、自ら淫らな求めを口走ってしまいそうだった。

 だが、氷河の懸念は予想もしていない形で断たれた。貴鬼はどこからか白布を取り出して、氷河の目の前でそれを振った。
「望みどおり『ふさいでて』あげる」
 しゅるり。
 意味など問い返す暇もなかった。
 手を使わずとも物を動かせる力のある青年が難なく氷河の口元を覆うようにそれを巻きつけていた。
 口枷を───
 淫らな声を抑えることのできない箍の外れた唇を咎めるように。
 ひどく味気ない方法で口枷をされたのだ、と気づいて、カッと氷河の全身が熱くなる。もっと甘い手段で塞がれるのを期待(そう、期待だ)していたというのに。これでは、あまりに即物的すぎて淫らに過ぎる。
 浅ましい言葉を吐く心配はこれでなくなったわけだが、だが、己が今どんな格好をしているのか、想像しただけで気が遠くなりそうなほどの羞恥に氷河は躰を震わせた。

「ほら、これで集中できる」
 氷河の耳元で囁く青年の口元には、意地悪な笑みが浮かんでいる。
 ね?と笑って耳を甘噛みし、再び、青年の昂ぶりが深々とぬめる襞をかき分けて貫くと、くぐもった悲鳴を漏らして氷河の背が弓なりにしなった。
「───ッ~~~ッ!」

 声を完全に奪われてしまえば、絶え間なく響く衣擦れや、ギシギシと犯す動きに合わせて軋むベッドの音に混じって、くちゅくちゅという、淫猥な水音が却ってはっきりと耳に届いて、氷河を高めていく。 その上、奪われたはずの声は、口枷の中でしつこく解放の道を求めて、甘い色で鼻へと抜ける。
 ここへ至っても、突き上げる動きは緩やかで、高めるだけ高めておいて決定的な刺激は未だ得られない。
 見下ろす瞳が弧を描いていて、故意にそうされているのだとわかるのだが、解放を願おうにも、彼の遊戯を咎めようにも、声は奪われている。両手も未だ貴鬼の指が絡んだまま彼の重みでシーツの上へ縫い留められたままだ。
 意志を伝える術がないままに、頭の中へ狂ったように淫らな懇願が渦巻いた。
 氷河は髪を振って涙を滲ませ、貴鬼の腰を引き寄せるように足を絡めた。
 貴鬼の口元が満足げに綻ぶ。
 そんな風に、氷河の方から貴鬼を求めるように追い込むのが彼は好きなのだ。

「欲しい?」
 短く尋ねる貴鬼の声にもどうしようもない切羽詰まった響きが滲んでいるのだが氷河には気づかない。
 ほしい。はやく。奥まで。もっと。いかせてくれ。
 過去にこういう時に言わされた言葉たちに比べれば、と、氷河はガクガクと震えながら何度も頷く。途端に、割り開かれていた腿を肩へと抱え上げられ、真上から体重を掛けて深々と突き挿された。
「───っ!」
 求めておきながら、いざもたらされると快楽と言うよりは苦痛の悲鳴が氷河の喉を鳴らす。
 だが、二度、三度と深く突き入れられると、その苦痛はすぐに、胸につくほど高く掲げ上げられた二つの足の付け根へ感じる軋みだけとなり、それすらも、奥所からうまれる甘い疼きに霞んでしまう。
「ン!───ン!───ッ……」
 緩やかな刺激に過敏になっていた躰へもたらされた急激な深い結合は鋭い快感を生んで、氷河の瞼の裏へ白い星が飛ぶ。
 青年の張り出した部分が、そこを擦り上げるたびに、腰が砕けそうな強い感覚が湧き起こり二人の腹の間で擦れている氷河の昂ぶりがぐっと嵩を増し、放出へ先駆けて透明な蜜をひっきりなしに零す。
 激しい抽挿の動きに、貴鬼が結わえていた白布が解け始めていた。
 呼吸が楽になったことよりも、鼻に抜けるくぐもった喘ぎが不意に明瞭な音を結んだことに驚いて、薄青の瞳が焦点を失ったまま開かれる。
 再びそれを施される前に、と慌てて、貴鬼、と咎め立てしようとすれば、名を呼びきらないでいるうちに熱い唇で声を奪われた。
 極みを求める激しい動きに呼応するような深い口づけに再び息苦しさが押し寄せてきたが、だが、ようやく待ち望んでいた甘い口枷を与えられて、多幸感のままに氷河の意識は白く霞んでいった。

**

 頬にチリチリと太陽の熱を感じて、氷河はそれから逃げるように躰を反転させようとした。
 が、僅かの動きにも軋む肉の悲鳴でそれは敵わなかった。
 少しく無理な姿勢で何度も交わったせいだ、とその原因をぼんやりと突き止めると、途端に頬をさらに熱が上った。

 目を開いてみれば、『原因』の背中がすぐ眼前にあって氷河は僅かにたじろぐ。

 窓際へ寄せられたベッドの上へ貴鬼が起き上がって座り込んでいた。片膝を立てた上へ、自分の顎を乗せた肘を置いて、氷河が目が覚めたのにも気づかず、窓の外を眺めている。
 何を考えているのか、その横顔はずいぶん険しい。
 氷河の前では決して見せることのないきつい表情が彼の精悍さを際立たせていて、氷河の心臓がわずかに軋んだ。
 子どもの頃から長くつきあって、互いを知り尽くしていると思えるほど同じ時を過ごしてきたのに、こんな風に時折、貴鬼は氷河の知らない表情を見せる。
 そのたびに氷河は新鮮な驚きと、幾ばくかの寂しさを覚えてきた。
 もう一度、氷河ぁ見て見て、おいらの初めて修復した聖衣だよ、と飛び跳ねていた少年に会いたい、と思うような、そんな寂寥感だ。
 その少年は目の前にいるというのに。
 ほかの誰に対しても感じることはない、彼に対してだけ感じる、不思議な感覚だ。


 髪を結わえていた紐をどうしたのか、小さくピンピンと暴れ回っている貴鬼の栗色の毛がふわりと背中へ広がっている。
 髪の毛に隠れた背中へついた逞しい筋肉から続く、固く引き締まった臀部の左右へ薄赤く、それぞれ四本の筋がついていて、覚醒半ばの惚けた頭で氷河はなんだろう、と不審に目を凝らした。
 だが次の瞬間、その正体に気づいて氷河は羞恥と居たたまれなさで気を失いそうになった。

 爪痕、なのだった。
 もっと、と妄りがましく強請った、己の。

 信じられない、と己を罵り、だが一方で昨夜の官能の時を刻んだ躰の内奥にまた、チロチロと火が熾きかけ、氷河は慌ててそれを打ち消すように身を起こした。

 貴鬼の方を見ない様にしながら、ベッドの縁へ移動し、床へと足をつける。
 貴鬼が振り向いた気配で氷河は増々赤くなりながら、「せ、世話になったな。もう発つから」と足を踏み出した。
 出そうと、した。
 一歩目で既に、氷河の膝と腰は大した目方もない彼の重みを支えきれず、カクンとバランスを失って床へと崩れ落ちた。
「……っ」
「起きるなり何やってんの、氷河」
 肩越しにクスクスと笑う声が振ってきて、おそるおそる振り向いてみれば、先ほどの険しい顏とは一転、幼い頃そのままの無邪気な顔があって、一瞬だけ羞恥は忘れて笑顔へ見入った。
「だ、誰のせいだと…」
 思っているんだ、と怒鳴ろうとした声はすぐに途切れた。
 内腿をとろりと粘液が伝い下りたからだ。
 声を失って真っ赤になる氷河も、ああ、と合点して笑う貴鬼の方もまだ一糸纏わぬ姿のままだ。夜の闇では平気だったこの姿も、日の光の元では耐え難い。

 あまりのことに一歩も動けなくなってしまった氷河へ、笑いながら貴鬼が手を差し伸べた。
「ごめんね。ちゃんとしといてあげようと思ったんだけど、あなたとてもよく眠っていたから起こすと悪いと思って。後で綺麗にしてあげるから許して?」
「じ、自分でするからいい」
「ハイハイ、自分で、ね」
 ずいぶん軽く氷河の言葉を受け流して、貴鬼は氷河の身体を再びベッドの上へと引き上げた。

 すぐにピタリと腰を抱いて、貴鬼は氷河の唇に口づけを落とす。
 どんどん深く、愛撫のようになってゆく口づけに、氷河は、息を乱して貴鬼の身体を押し戻した。
「ま、待て。今、何時なんだ?」
 窓から差し込む日の光は既に相当高い位置にあるように見えるのに、いつまでもこんな恰好でいることに氷河は気後れをする。
 何しろここには───。

「羅喜はどうした。いくら何でももう起きてるだろう。その、は、入って来られたら……」
 言いながら、シーツを肩まで引っ張り上げようとする氷河に貴鬼は何でもない声で言う。
「羅喜ならいない」
「いない?いないって……え?もう出かけたのか?どこへ?」
「もう、じゃなくて、そもそも昨日からいない。───俺が、こんな時期にあの子を一人残してここを離れるわけないでしょ」

 いくら結界を施していても、アリエスの聖衣の眠るこの地は危険すぎる。

「あなたを探しに出る時に、羅喜は紫龍のところに預けて出たんです。あそこは今、盲点だし」

 天秤座の聖衣はもうあの地へは存在しない。
 水の遺跡も破壊された。
 己のいないジャミールと、紫龍のいる五老峰と。悩んだ末に、貴鬼は五老峰を選択してから発った。
 氷河をちゃんと掴まえられる保証はなかったから。貴鬼は赤の居城の内部にまで追っていく覚悟でいたのだ。


 師と弟子とが、遠く分かたれている理由が自分にあると知って、氷河は黙り込んだ。

 しばし、沈黙が落ちる。


「貴鬼」
「はい」
「二度とこんなふうに俺を追ってきてはいけない」
「……わたしの力をずいぶん信頼してないようで」
「違う。逆だ。お前を───お前の力を信頼している。貴鬼、俺はお前に守られたいわけじゃない。お前と一緒に……誰かを守りたい。だからだ」

 氷河から示された思わぬ信頼の強さに、一瞬、貴鬼が言葉に詰まった。

 おいらを、背中を預けてもいい相手として認めてくれるの、氷河。

 まるで、師の温かな手が、よくやりましたね、貴鬼、と頭を撫でた時のような喜びが思わず溢れそうになる。

 違う、ムウ様。
 まだなんだ。

 おいらの闘いは、まだ、これから。

 ご褒美には───まだ早い。


「肝に……銘じておきましょう」
 答える声が揺れなかったのは僥倖だった。
 わかればいい、と頷いた氷河の身体を強く抱くことで、貴鬼は僅かに湿った睫毛を隠した。


 しばしの抱擁にぬくもりを感じて互いに心地よく身を置いていると、貴鬼の腕の中で、氷河がハッと顏を上げた。

「……っ!ていうかお前っ……!」
「なんです?」
「羅喜がいないんだったら、昨日のアレはなんだったんだよっ!こ、声を……っ」
「わたしは羅喜がいるとは一言も言ってませんよ。あなたが勝手に勘違いしたんでしょう?」
 勘違いするように仕向けたくせに!と肩を震わせる氷河に、貴鬼はいたずらっぽく、えへっと舌を出した。
「いいじゃん。氷河、ずいぶん感じてたんだし。ああいうの、好きなんだ?氷河があんまりすごいから俺もつい調子に乗っちゃった。ごめんね?」
 こういう時だけ、巧みに『年下』の顏で甘えてみせる貴鬼に、氷河は真っ赤になって、背を向けるしかない。 小憎らしくしれっとうそぶいていたかと思うと、ごめんね?と小犬のように鼻先を摺り寄せて来られてしまっては───怒れない。

「そういうわけだから、今日はどんな大きな声で乱れても平気だよ。ね?」
 もう一回、と耳元で囁く青年を、頬は朱く染めながらも、氷河はきっぱりと拒む。
「駄目だ、貴鬼。発てなくなると困る。俺は今日のうちに発ちたい。『ペガサス』を───新しいペガサスを見てみたい」

 貴鬼が氷河の金髪へ顔をうずもれさせる。

「あなたはそう言うって思ってた。……教えるんじゃなかった」
 拗ねているくせに、強引にことに及んで引き留めたりはしない青年を、氷河は身体を反転させて振り向いて抱き締めてやる。胸へ抱くにはずいぶん逞しく成長したものだが、時折見せる表情には幼き日の面影が残っていて、やはりそれがどことなく不思議だ。

「もう少しだけ、こうしてていいでしょ?どうせまだ歩けないもんね?」
「わかっているならいちいち言うな」
「うん、ごめん。……ねえ……少し眠ってもいい……?俺も……あなたの傍でなければ……」
 眠れない、という声は既に微睡の中。

 すう、という穏やかな寝息に、氷河の方も貴鬼の身体を抱いたまま、再びうつらうつらし始める。

 黄金の戦士の背中を追う二人は、束の間の安息の時を分かち合って、再び起つその日までただ、眠る。眠る。眠る……。


(fin)
(2012.10.28~10.30UP)