寒いところで待ちぼうけ

ネタ


お話と言えるほど体裁は整っていないネタ集のようなもの
(基本的には雑記です)

◆遊園地 de カノ氷◆


カノンと氷河が遊園地デートするお話(になるはずだったものの断片)


 ひゅう、と吹いた風はどこからか潮の香りを運んできた。
 海を渡ってきたのだろう、その風は柔らかく春をくるんで男の長い髪をそよがせるくせにまだほんのりと冬の冷たさを残していた。
 カノンは肩にかけるだけとしていた、明るいオリーブグリーンのコートをしっかりと羽織り直した。特段に寒さは苦手ではないが、カノンの身体が冷えていれば冷えているぶんだけ少年はきっと気にするだろう。
 カノンが見つめた先にある、鮮やかな原色の飾りで装飾されている入場ゲートには次々に人の波が吸い込まれていっている。
 通りに沿ってゲートの見える位置に設えられたベンチの一つに、長い足を持て余し気味に組んで座ったカノンの耳には、ゲートをくぐって行く人々の楽しそうな声が届く。
 かつてはカノンを苛立たせるに過ぎなかったその喧噪が、今では心を温かく緩ませるのだから不思議だ。
 入場ゲートの両脇に一体ずつ立っている、白いウサギの着ぐるみが先ほどからチラチラと、約束をすっぽかされたのだろうか、とカノンの方を見て心配そうに首を傾げている。
 実際には着ぐるみの目は無機質な塩化ビニールでできていて、「心配そうに見ている」と言えるほどそこに感情がのぞくことはないのだが、それでも、仕草から、長いこと微動だにせずに一人座っているカノンを気にしているのが窺える。
 カノンにしてみれば、そう長くを待った感覚はないが、世間的にはそろそろ「振られたのだ」と諦めをつけて立ち上がる頃合いなのかもしれない。
 あまり振られた経験がないため(と、いうか、そもそも、こんな風に誰かと待ち合わせをしたこと自体が多くない)、どのあたりが引き際なのか一向に読めぬ。
 だいいち、行こう、と誘ったのは少年の方なのだ。
 だから少年が約束の時間に姿を現さない、というのは、きっとそうできない事情が何かできたに違いなく、そしてその事情がどういう類のものか容易に推測できてしまうがゆえにカノンは身動きができないでいるのだ。
 少年が現れる前から既に嫌な予感しかしない。
 どだい無理な話だったのだ、聖域のお膝元で保護者の目をかいくぐって二人きりでデートなどとは───


 移動遊園地?と問い返したカノンの声は、やや素っ頓狂に跳ね上がっていたかもしれない。
 別に眉を顰めて問い返さねばならぬような不穏な単語だったわけでも意味を尋ねねばならぬような難解な異国の言葉だったわけでもない。
 古めかしいパルテノン神殿の下、幼子でもない、互いに聖衣を纏った戦士同士の会話に上るにはあまりに意外過ぎた、だけで。
 カノンの声に滲んだ、お世辞にも大歓迎とは言い難いニュアンスを敏感に感じ取ったのか、途端に少年はカッと耳を赤くした。
「……っ、別に、俺がすごく行きたいってわけじゃない。ただ、近くに来ていると聞いて、見ておいてもいいかと思っただけで、どうせならカノンと行きたいなって思ったけど、いや、変な意味じゃない、あなたと会う機会はあまりないし、でも、もしよかったらの話で、気乗りしないなら別に、」
 子どもじゃないのだし、とだんだんと口早になって俯いていく頭に、なんでまたそんな子どもの遊び場に行きたがる、と一蹴しかけていた思考は突然に方向転換を決めた。「カノンと行きたい」などと言われてしまっては、行き先が冥府だろうが、とても気まずい宝瓶宮だろうが、戦士には場違いなあったかファミリーてんこもりの遊園地だろうが、願いを叶えずにはいられないではないか。
「いや、気乗りしないわけではない。行ったことはないが面白そうだな」
 話を合わせてくれただけではないのか、と疑心暗鬼になって上目遣いとなった少年が可笑しくて、カノンは本当だ、と笑いを堪えながら神妙に頷いてみせた。
 本音を言えば遊園地を「面白そう」などと思ったことは一ミリもなく、それどころか興味すら持ったことがなかったのだが、ただ、まだまだ子どもの領域から抜け出たばかりの少年にはそういう類の娯楽を楽しむ権利が当然にあると思ったし、戦場を離れた少年がどんな表情を見せるのかに心惹かれたのは本当だ。
 だから、「面白そうだ」という言葉は幾ばくかは真に迫っていたのだろう。
 意を探るようにじっとカノンを見つめていた少年はややして疑念の色を消して、それならよかった、と安堵したように笑った。照れたように笑う少年に、つられてカノンも甘やかな笑みを浮かべる。
「だが珍しいな。ここらあたりであまり見かけたことはないが」
「そうなのか?イースターが近いから、それで、四旬節を祝う期間のうちは、麓の村に留まっているって話だった」
「イースター?それは……俺たちは立場的にいいのか?」
 異教の聖人が復活したことを祝う祭りだが、と眉間に皺寄せたカノンに、少年がうーん、と首を傾げる。
「でも、行ってみてはいかがですかって話題に出したのは沙織さんだ」
「女神が?」
 カノンと同じように「異教の祭りなのに?」と困惑を見せた傍付きの者に対して、クリスマスには今もサンタクロース(ただし、既に正体は辰巳だと知れている)が来ますし、お盆には祖父の墓参りにも行きますし、幼い頃は神社に七五三参りもしましたわ、わたくし、と笑ったのだと言う。
 多分、その瞳には少々悪戯っぽいものが光っていたに違いない。
 女神の大いなる慈愛の心に平伏し、劇的改心を遂げたカノンだが、ゆるゆると流れる平和の時、この、少女の姿をした神が、存外に茶目っ気のあるじゃじゃ馬だということに遅ればせながら気づいた。(己の戦士たちを置き去りに単身海底へ乗り込んできた時に気づくべきだったようだが。)
 あれこれと思いついては聖闘士達を自由気ままに振り回している彼女だが、戦士達を労わる心だけは本物なのだ。
 もしかしたら。
 己の戦士たちの羽根休めになる、と考えたなら、異教の復活祭を祝うための娯楽をわざわざ麓の村へ呼び寄せたのかもしれない。あのお方ならありうる。
 戦士たちの多くが、既に「遊園地」に目を輝かせるような年頃ではないのだが、真っ先に話題に出したという、少女自身が、まだまだそうした賑やかな気慰みを好む年頃であるのだろう。
 カノンはともかく、少年の方は、こうしてまんまと興味を惹かれているのだ、女神の粋な(?)計らいは一部には成功したのだと言えるだろう。
 しかし、だからといってちゃっかりデートと決め込むにはまだまだ早い。
「……『センセイ』を誘わなくていいのか?」
 女神の後押しを受けたからと言って、物事はそう簡単にはいかないのだ。大らかな神よりもしかしたらよほど次なる関所の方が厳しいやもしれぬ。
 本人はわたしは「保護者」ではないから弟子の行動にいちいち干渉はしない、と言ってみせているが、その割にはちょっと過保護かつ過干渉ではないのかというくらい、弟子の行く先行く先に出没することは聖域中に知れている。(そしてまたそれを弟子が煩がるでなく、むしろ喜んでいるものだから誰も突っ込めない、と来ている。)
 少年は、うーんと考え込んで、それから少し自信なさげにチラリとカノンを見上げた。
「我が師はそんな子どもっぽい場所へは行きたがらないと思う……」
「保護者」を排除しつつも、「カミュの立場」を守らんとする返答は少年にしてはなかなか及第点だが、惜しいかな、「カノンの立場」は抜け落ちているようだ。
 カミュより八つも年長のカノンはたった今しがた、「そんな子どもっぽい場所」へ誘われたわけで───
 生まれついての素直な性質のせいなのか、会話が苦手なのか、少年の言葉はしばしばこういう配慮に欠ける。少年の邪気のない「師カミュ至上主義」に何度カノンは苦笑を浮かべたか知れない。
 ああそうだったな。
 お前の師は齢十三にして立派に弟子を育てていたが、俺のその年齢の頃といえば世界征服などと今では幼児向け番組でしか登場しないような赤面物の台詞を吐いて盛大に道を逸れている真っ最中だった。「子どもっぽい場所」に誘うにはカミュよりよほど相応しかろうとも。
 もちろんそれをそのまま声に出すほどカノンは思慮が浅くはないが、脳裡に自虐的な言葉が浮かんでしまうことまでは止めようがない。
 だが、カノンが卑屈になっているのかと言えばそれも少し違う。
 多分、そうやって、何度も何度もカノンは道を踏み外した過去を思い出しては「愚かなる自分」を確認しているのだ。己が愚かで卑小な存在であることを忘れずにいたいから、カノンは自分の罪を意識せざるをえない少年に惹かれているのかもしれない。
(何気なくそう漏らしたらミロは「とんだマゾヒストもあったものだ。そんなに痛みが欲しいなら、何も坊やじゃなくていいだろう」と、ニヤリと笑って真紅の爪を掲げて見せたものだが。)
 ともかく、カノンは、そうだな、の「そ」の形に口を開いたまま、「師を誘うには子どもっぽい場所」へ、師よりもさらにいい歳をした男が誘われた滑稽さを指摘してみせるがいいか、何も気づかぬ鈍い男のままでいてみせようか、と思考を巡らせた。だが、カノンが答えを出すより早く、少年は「それに俺はあなたがいいんだ。さっきもそう言ったはずだけど」とやや早口で告げて視線を逸らした。
 ───これだから参る。
 カノンに己の卑小さを思い出させる少年の「思慮の足らない」物言いは、だからこそ嘘偽りのない本音だと知れ、同じ口でこうして「あなたがいい」などと言われてしまっては───
 うっかりとだらしのない笑みを零してしまわないように、カノンは必要以上に渋面となって、そうか、と少年の頭を撫でるに留めておいた。
 本心では、飼い主に「散歩に行くか?」と聞かれた犬のごとく盛大に尻尾を振って少年を押し倒して頬をぺろぺろ舐め回しているのだが(比喩だからな、比喩)、犬ではないカノンは、自分が犬でない証に、ごくごく理性的な顏をして、一応の大人の分別を示してみせたのだった。
 カノンが撫でたところへ両手をやって、子ども扱いされた悔しさと気恥ずかしさを隠そうとして、怒ったように、とにかく約束したから、と少年が頬を紅潮させた、それがちょうど先週のことで───


 さて、俺はどうしたものだろう。
 何刻待っても一向に現れぬ待ち人に、流石にカノンもそろそろ決断を迫られていた。
 どうせなら、二人連れだって聖域を出て来ればこんなまどろっこしい待ち合わせなどせずとも話が早かったのだろうが、なんとなく「聖域を出るまで別行動」という秘密めいた諒解が二人の間に流れていたのだ。
 天に誓ってやましい関係ではないのだが(今のところは)、それでも「あの」保護者を差し置いて堂々と行動を共にするのはやはり憚られるというもの。
 氷河が拠点としているのは宝瓶宮で……そしてカノンがいるのは双児宮だ。
 偶然会った相手と気軽に連れ立って、と装うには、あまりに宮どうしの位置が離れすぎていた。
(もっとも、二人の間に少なからず縁があることは皆知っていたから、共に歩いている姿を見られたとしても、宮の位置が離れているという理由だけで不審がる人間などいなかったはずだ。にも関わらず、それを避けたのは、できるだけ保護者を刺激したくない、という配慮にほかならない。とどのつまりは、結局どこか「やましい」のである。)

 宮の位置のことを考えたせいで、そういえば、とカノンは不意に気づいた。
 共に聖域を抜けるのは無理でも、氷河が無事に聖域を抜けたのを見届けてから、カノンがその後を追えばよかったのではなかろうか。
 なぜこんな単純なことに気づかなかったのだろう、と己が滑稽でカノンは一人苦笑した。
 どうやら俺は「うんと年下の、まだ手すら握っていない相手と遊園地でデート」という状況に相当に浮き足立っているらしい。
 驚くべきことだが。
 恋愛の真似事をするのに相手に不自由したことはない。
 満たされたことは一度もないが(真に求めていたものは別のところにあったせいだ、と今ならわかる)、それでも、ちょっとサガの真似をして柔らかく微笑みさえすれば簡単に享楽を共にする相手は見つかった。
 次々に相手を替え、不道徳に遊び耽っているようでいて、だが、今思えば心のどこかで、面倒ごとを起こすのはまずい、という「聖闘士」としての自制が働いていたのだろうか。自分が深入りしたことはもちろん、相手にも深入りさせるような愚を犯したことも一度もない。
 だから、人と交わるのは(少なくともサガよりは)器用な性質なのだと思っていた。
 その己が。
 少年相手にうまい待ち合わせ方法ひとつ思いつかないとは。
 神をも誑かした男の中に、そういう初心な一面が残っていたとは全く驚くほかない。

 苦く笑いながら俯いていたカノンの視線に、突然に、じゃり、と小石を踏んだ爪先が目に入った。
「待たせたな」
 ひとめで上質なものだとわかる渋い色合いのレザーのジョッパーブーツに、嫌味なほどに長い足を包む細身のジーンズ、ブーツに合わせたのだろう、ハードなレザーのブルゾンを羽織る肩に零れる豪奢な金色の巻き毛……巻き毛?
「……待っていない」
 男の爪先から頭のてっぺんまで視線を巡らせて、瞬時にそう断じたカノンに、嘘をつけ、とこちらは愉快げに笑ってミロはどっかりと隣へ腰かけ、それから同情するようにカノンの肩を抱いた。
「冷えている。さては長いこと待ったのだろう。お前にそういう健気な一面があったとは意外だったな」
 ニヤ、と歪めた口元は委細承知の上での笑いだろう。
 先ほどまで、自分自身、己の意外な一面を驚いていたカノンも、それを人に(しかもよりによってミロに)指摘されては素直に認めがたいというもの。
 何のことだ、とカノンは無表情にミロを見返してみせた。
「ふ、よせ。お前がいくら巧みに隠しても、坊やが同じだけ器用に隠し事ができるとでも思うのか?朝からこれ以上なく挙動不審でちょっとした見ものだった」
 思い出しておかしくなったのだろう、ミロは肩を揺らしてくつくつと笑う。
 カノンは、端正な顔を軽く歪めて、呆れたように息を吐いた。
「それでまた虐めたのだろう。カミュならともかく、何故お前までが出張ってくる。氷河を玩具にするのはよせ」
「心外な!俺はカミュに呼ばれただけだ。氷河の様子がおかしい、何か悩み事でも抱えているのではないかってな。あんまり奴が気を揉むものだから一緒に坊やの後をつけて来ればお前がいた、というわけだ」
 な?とミロが笑って視線を流した先へ顔を傾ければ、果たしてそこに、すみません、と小さくなった少年の姿と、気まずげに、そして、複雑に頬を引き攣らせているカミュの姿があった。
「それで?坊やとデートか?内緒にしているとは感心しないな、カノン」
 何気なくカノンの肩に手を置いているように見えるミロだが、カノンの態度次第ではそのまま首の骨を折られそうな空気は常に纏わせていてそれが実に薄ら寒い。
「デート、というわけでもないし、内緒にしていたわけでもない」
「だ、そうだ、カミュ」
 カミュの方へミロが首を傾ければ、カミュはミロに窘めるような視線を寄越した後、カノンの方へ近寄ってきた。
「……すまない。まさかあなたとの待ち合わせだとは思わなかったものだから。困った事態が起きているのならば、師として把握しておく必要がある、と、そう思ったのだが」
 困った事態は起きていなかった。
 たった今、ここに四人揃うまでは。
 カミュは、すまない、と言いながらも、どこか冷やりとする目でカノンを一瞥し、氷河はおろおろと、先生が悪いわけではなくて、ミロが強引に、とカミュを擁護している。
 主犯にされて、ミロは、そもそも君がはっきり言わないのがいけないんだ、と言い返しているが、言おうが言わまいがどうせついてきただろ、あなたは。だから嫌だったんだ!と少年は不満げだ。
 よさないか、ミロ、とその間にカミュが割って入る。
「心配するような事態ではなさそうだ。邪魔をするつもりはない、ミロ、わたし達は戻ろう」
「先生は邪魔などでは、」
「正直に言え、カミュ。却って心配になった、と。邪魔じゃないそうだ、ご一緒させてもらえばいいじゃないか」
「いや、あなたは邪魔だから!」
「三人でデートの方が変だぞ、俺がいれば少なくともダブルデートくらいには見える」
「だからどうしてあなたとダブルデートなんてしなきゃいけないんだよ!デートは普通二人だろ!」
「…………これはデートなのか、氷河」
「あっ……いえ、先生、そうではなくて、」
「違うんだな?それを聞いて俺も安心した」
「いや、そういうわけでもなくて……って、なんであなたが安心するんだよ!俺が誰とデートしようが関係ないじゃないか!」
「関係あるから言ってるんだ。わからないのか?鈍いな、坊や」
「……結局デートなんだな……」
「あ、あ、違います、先生、今のは言葉の綾で、」
「じゃあ俺とデートしよう、氷河」
「だからどうしてそこで『じゃあ』になるんだ、俺が誘ったのはカノンだよ!」
「わたしは誘われてない……」
「あっそうではなくて、先生、」
「デートなのか、デートじゃないのか、はっきりしろ」
「あなたは少し黙っていてくれないかな!」
 喧々諤々。
 待ち人は、来るには来たが、大方の予想通り一筋縄ではいかない保護者をくっつけて来た。(二人も、とは思わなかったが、まあ想定の範囲内だ。)
 可笑しくなってカノンは一人、は、と笑い出した。
 三者の視線がカノンに集中する中、カノンはひとしきり笑って、それから、さて、とベンチから立ち上がった。
 悪ふざけが過ぎると説教する気だろうが俺には効かんぞ、と好戦的に唇の端を上げているミロと、呆れて帰ってしまうのだろうか、と不安げな表情を見せている氷河と、邪魔をしたのは申し訳なかったが諦めてくれたなら結構、と薄く笑っているカミュと。(理解を示す師のようでいて何気にミロより性質が悪い)
 三人に順番に視線を巡らせて、カノンは、じゃあ行こうか、と言った。
 えっと声を揃えた三人に、「女神のご厚意だ、足を向けないわけにはいかないから皆こうして来たのだろう?」とカノンはしらじらしく首を傾げてみせた。
「いくら女神のご意向でも、いい歳をした大人が一人で来るには躊躇われる。だから氷河を借りようとしたのだが、皆、同じことを考えていたようだな。せっかくこうして揃ったのだ、皆で行けばよい。女神もお喜びになるだろう」
 そう言って、入場ゲートへ向かって首を傾けたカノンに、黄金聖闘士二人は少し気圧されたように黙り込んだ。
 無法な横槍を入れているようでいて、自分たちが異分子である、という自覚はあるようだ。
 カノンに邪険にされこそすれ、まさか一緒に行こう、と言われるとは思わなかったのだろう。放っておけば何が何でもついてきそうな気配を漂わせていたくせに、せっかくのカノンの申し出にも二人は微動だにしない。
 構わず入場ゲートへ向かって歩き出したカノンを、いち早く我に返った氷河が追って、女神の名を出されては戻るわけにもいかなくなった青年二人もその後へと続いた。
「……食えない奴め」
 四人でゲートをくぐる瞬間、ミロがそう呟いたのがカノンの耳に届いた。

**

 って感じの、心なしカノ氷メインと言えなくもない、保護者つきデートになる予定のネタでした。
 カノ氷アンソロ様向けに書こうとしていて、どうも違うカプが複数混じりそうな予感がしたのでボツになりました。
 こんなふうに、デートに妨害が入ったら、ミロだと、うまく相手を出し抜いてちゃんと二人っきりになるんだろな。
 カミュだと出鼻を挫かれた時点で、別の機会に仕切り直し。
 カノンは流れに逆らわずにそのまま四人で出かけちゃった/(^0^)\
 カノ氷単体デートにすれば良かったんだろうけど、狂言回しがいなきゃ話がうまく回りそうになかったので、それでミロにこの立ち位置でご登場願ったら、自分の中の脳内ミロの彼氏力高すぎて、これ、この後ほっといたらミロ氷になってもおかしくない危険を感じて強制終了、という。カ、カノンがんばれ!
 でも、ミロ、本気で好きになった相手が別の人間とデートするとか言ったら、多分、こんなふうにぎゃあぎゃあと茶々入れたりはしないだろうなって思う。
 本気モードの時のミロは、黙って内側に情熱を秘め、そしてある日、鮮やかに奪う。まさにそれは真紅の衝撃。す、素敵。
 だからこの話のミロは、氷河のことはちょっと可愛いなー面白いヤツだなー程度、のお兄さん的可愛がりかたかな。まだ本気モードじゃない。
 カミュ先生はどんな時でも、若干、愛の行き過ぎた師匠、でブレることはなし(笑)
 氷河が真正面から受け止めて応えればカミュ氷になるし、氷河が別の方向向いていても、隙あらばカミュ氷になるし(笑)
 センセイの存在感ありすぎて、どんな話でもカミュ氷前提になるんだもの/(^0^)\

 この後は結局、これは本当にデートなのか怪しい構図が延々と続くのです。(四人とも遊園地初体験なんだもの)
 コーヒーカップとかメリーゴーランドを前に、「同じ座標でぐるぐる回って何が楽しいのだろうか」と考え込むカミュ先生とか、「ずいぶん遅い乗り物だな」とちょっと小ばかにしつつジェットコースターに乗り込んだミロが、下りる時には「……自分の意志で前に進めない乗り物は嫌いだ」と口数が少なくなったりだとか、きゃっきゃと兄弟のように喧嘩しあうミロ氷を微笑ましく見つめつつ、氷河について語り合うカノンとカミュとか、俺には噛みつくのに師弟が仲良くしているのはずいぶん優しい顔でみているのだな、とミロに言うカノンとか……うーん、全然カノ氷じゃない……。自分の本能のままに書き進めていくうちに下手したら氷河受じゃないカプも混ざりそうな危険すら感じたよ。あわわ。でもこの四人の関係がとてもすき。

 結局、カノンと氷河がこの後直接会話することはまるでなく、最後の最後まで同じ乗り物にも乗らないの。
 というか、完全にカノンが若者三人の引率者になっちゃって、自分は一度も乗り物に乗らない。でも財布だけは出す(笑)
 28歳だから!28歳、だからー!
 そこは20歳と14歳にお金ださせたりはしないんだな。
 楽しそうな3人を引率して、まあ今日のところはこれでいいか、と。
 28歳の恋愛はがっついていないのです。いや、駄犬に見えていても本質は獰猛なものを持ってるからがっつくこともあるよ。でも、相手は14歳だもん。いきなり本気出してビビらしちゃ大人として駄目でしょう。
 うんと年下の14歳をどう扱っていいか、考えあぐねている間に、まだまだ青いところの残る20歳が、きゃんきゃん咬みついてくるんだけど。カノンはそれを咬みつくのにまかせて、でも、首根っこ咬みつかれたまま、これは振りほどいていいのだろうか、とちょっと苦笑して困ってる感じ。(力技で強引にひっぺがすことだってできるけど、そうすると20歳が怪我するぞ、とか、咬みつかれたまま考え込んでいるの)
 あれ、気づいたらいつのまにかまた犬に例えている/(^0^)\
 すみません、脳内カノンがどうも犬すぎて。

 でもでもでも、もちろん、最後はちゃんと観覧車でチュッで締める予定でした。ベ、ベタだけど!

 結局、カノンは見ているだけで何も乗ってないってことで、氷河が、せめて何かひとつ乗ろう、って言うのです。
 すっかり日は暮れて、遊具はキラキラと派手な電飾をつけて、くるくる、くるくる回って瞬いている。
 でも少しずつ人が減り始めていて、電飾だけが瞬く園内はどこか寂しげ。
 閉園時間はもう間近。
 昼間、カノンと氷河が近づくのをさんざん阻止したカミュとミロも、さすがに咎めたのか、まあ、ひとつくらいならお前も乗るがいい(カノンのお金なのに笑)、って顏をしている。
 どれにする?と聞く氷河に、カノンはじゃあアレを、と指差す。
「観覧車?たいして面白くなさそうだけど」
 速く動く方がいいんじゃ?と目を輝かしている少年に、乗らない方がずっと速く動ける聖闘士のくせにか、と苦笑しつつ、一番「子ども」っぽくなさそうだからそれでいいんだ、とカノンは言う。
 よくわかっていない少年は、そ、そうか、大人だからな、カノンは、ともっともらしくわかったように頷いて、そして、二人はようやく初めて同じ乗り物に乗る。
 ゴンドラの扉が閉まれば、賑やかに奏でられていた陽気な音楽も少し遠のく。
 星のように夜空を染めている電球の明かりで少年の頬が色づいている。
 二人きりの空間。
 氷河は、今日は変なことになってすみません、と恐縮しつつ、でも、やっとカノンと落ち着いて話せて照れながらも嬉しそう。
 いや、賑やかで楽しかったじゃないか、とカノンも笑う。
 楽しかったけどなんか予定とちょっと違う、と言う氷河は少し拗ねた表情で。
 窓の外へ視線をやれば、保護者二人が睨みを利かせるように二人の乗ったゴンドラを見上げている。
 見ろ、二人が見える、とカノンは窓の外を指差す。
 え?と身を乗り出しかけた氷河の顎へ手をかけて、カノンは不意打ちで唇を重ねる。
 ガタガタっと慌ててベンチから立ち上がって何事か叫んでいる保護者二人を見下ろしてふっと笑うカノン。
 当初は「デート」の予定だったのだ。
 さんざんひっかき回された一日、このくらいの意趣返し、許されていいだろう、とカノンが堪えきれない含み笑いを漏らしながらふと氷河を見れば、彼は真っ赤になって俯いて───どうやら真剣に怒っている。
「…あー…その、なんだ、すまん、勝手なことをして」
 なんとなく、こうしたキスが許される程度には好かれているような気がしたのだが、(状況的にもそれを期待されているようにも思えたのだが)俺の読み違いだったか、と居たたまれない28歳。
 キスをして怒られたのは初めてだ。
 人生初の読み違い。を14歳相手にやらかしてしまった。
 すまん、冗談のつもりだった、忘れてくれ、とことさら軽い空気に変えて逃げるカノンに14歳は真っ赤になって怒る。
「冗談ならなお悪い」
 あなたはせんせいやミロのことばかり気にして、俺のことはどうでもいいんだ。
 聞き取れないほど小さな声がうつむいたブロンドの陰から発せられる。
 ああ、とようやくカノンは少年の怒りの理由がわかる。
 氷河の言うとおり、唇が触れた瞬間のカノンの視線は下で待つ二人へ向けられていた。
 きっと慌てるぞ、と不敵に唇の端すら上げて。
 目の前の氷河をまるで見ていない、あれが「はじめてのキス」だとは確かに───
 ああ、やらかしてしまった。
 キス一つで簡単に機嫌を取ったり、宥めたり、主導権を主張したり、別れの言葉を封じたりしてきた男は、つい、14歳にとってそれがどんな意味を持つのか忘れてしまっていたのだ。
 決してどうでもいいわけではない。大切にしたいと思っているから、保護者がついてくるならば、その保護者ごと受け止めるべし、と特に不服を申し立てることもなかったのだが。
 ここぞという時に、自堕落に生きていた時の価値観のままに身体が動いてしまった。
 ああ、やはり俺は本当に愚か者だ。愚かであることを忘れたくないから少年に惹かれている、とはいえ、しかし傷つけたのでは意味がない。
 気まずい沈黙。
 逃げ場のない、居たたまれない空間。
 両手指の数を少し越えるだけしかゴンドラのないさして大きくない観覧車。あっという間に地面は近づいて。
 係員が地球上でもっとも気まずい空間の扉を開く。
 少年が天井の位置を気にしながら逃げるように立ち上がる。
 狭いゴンドラが不安定にぐらぐらと揺れた瞬間、待て、と咄嗟にカノンは半分扉の向こうへ出掛かった少年の腕を引いた。(よい子は真似しちゃいけません)
 驚いてバランスを崩しゴンドラの床へ倒れるように座り込んだ少年の退路を断つようにカノンは自ら腕を伸ばしてゴンドラの扉を閉める。
 困った表情を見せた係員に「もう一周だ」と目線で告げると、待機列がないことを確認して係員は頷いて鍵を閉める。
 揺れるゴンドラは再び宵闇の空へ。
 尻餅をついたままの少年は、「……下り損ねたじゃないか」とまだ頬に怒りを滲ませている。
 気まずい空間第二ラウンド。
 引き止めたものの挽回の術など思い浮かぶはずもない。はじめては一度きり。やり直せばいいというものでもない。
 ほかに方法が思い浮かばず、カノンは尻餅をついた氷河に手を差し出して、すまなかった、ともう一度頭を下げた。
「別に、もういい」
 氷河は冷たい床に座り込んだままカノンの手を取ろうとしない。プライドがあるから、みっともなく長く怒ることもできないっていうのに、逃げることすら許されなくて、居たたまれないのは氷河だって同じ。
 仕方なく、カノンは自分の方がゴンドラの床へと下りて少年の隣へ座り込んだ。
 ただでさえ狭い空間、標準サイズとは言い難い立派な体躯を収めるには狭すぎる床はぐらぐらと揺れ、氷河の息づかいでカノンの髪がそよぐほどに二人の体は密着する。
「……っ!何であなたまで、」
「こうすれば外は見えない。外からも見えない」
 それはそうだけど、と、今度は少年の赤い頬に別の感情が乗る。
 身じろぎをして、手のひらも肩も膝もどこもかしこもカノンに触れていることに初めて気づいたかのように激しく動揺をして、動揺をごまかすかのようにカノンから顔を背けて、氷河は意味もなく窓ガラスについた傷を数える。
「……『センセイ』は大切か、氷河?」
「………………当たり前だ」
「そして、ミロのことも結構好きだろう」
「なっ……別に好きじゃない!……尊敬は、している。あんなだけど、本当はとてもすごいひとだから」
 好きなんだな、とカノンは少し肩を揺らして笑う。
「二人ともいい男だ。俺よりよほど。だから、」
 カノンが言いよどむと、窓硝子をじっと見つめていた氷河の首が怪訝そうにくるりとこちらに傾く。傾いて、すぐ間近にカノンの瞳があることにまた動揺して。
「……少し、牽制をしたくなったのかもしれん」
 頼むから奪ってくれるな、と。
 今、唯一手に入れたいものを。
 ええとそれは、と薄い色の睫毛が何度も瞬いて、カノンの言葉の意味を考えている。
 そして、じわじわと、首筋に、頬に、耳に、と熱が上って、最後には真っ赤になって言葉を失う。
 まだこれから本題に切りこむつもりが、14歳にはたったこれだけでもういっぱいいっぱい。
 氷河、と呼んで頬に手を当てたら、驚くほど過剰にビクッとされて、ああ、なるほど、まだ、このレベルなのか、と。
 迂闊に触れていいはずがなかった、と実感して、カノンは、するりと頬を撫でただけで手を下ろす。
 そう、こうやって少しずつ、ゆっくり。
 まずは気持ちを言葉にして、それから───
 と、ようやく14歳のペースを掴んだ気になった、というのに、当の14歳はカノンが離れて、えっとなんだか拍子抜けした表情。
 ということは今のは、踏み込んでいいタイミングだったのか。
 一向に距離感が読めぬ。
 本気で向き合うのは存外に難しいものだな、と苦笑するカノン。
 と、開くゴンドラの扉。
 えーと、と困った顔の係員。
 ああ、もう地上なのか、と外へ視線をやって、それから氷河を振り返って、そしてカノンは係員に「もう一周」と仕草で頼む。
 呆れ顔で、でも、扉を閉めてくれる係員。
 なんで、と目線でカノンに問う氷河に、カノンは氷河の頬を指の背で撫でる。
「そんなに赤い顔をさせたままで『センセイ』の元に返したら俺が殺される」
 えっ、赤い?と慌てて、手の甲でごしごしと頬を擦る氷河。(ゴミじゃないのでそんなことじゃ取れない)
「………………と、いうのは建前で本当は俺がもう少しこうしていたい」
 何気ない告白に、そ、そうか、と氷河はますます真っ赤。
 ゴンドラの床の上へ置いた手のひらの、指先同士が少しだけ触れている。あと少し伸ばせば指が絡む。氷河もそれを意識しているのか、不自然なほどに動かない。
 ゴンドラがてっぺんへ到達しないうちに、ふっとあたりの明度が下がる。
 おや、と二人で視線を窓の外へ向けると、また、ふっふっと連続して明かりが消えていく。
 ああ、閉園時間なのだ。
 ひとつ、またひとつと動きを止めた遊具の明かりが消えていく。
 さっきよりずっと薄暗くなったゴンドラの中。もう少年の赤い頬も見えない。
 触れた指先をカノンは軽く掴む。固く強張って微かに震えている少年の指先。
 でも、今度は確信がある。
 きっと唇を重ねても少年は怒らない。
 カノンはそっと身を屈める。
 鼻先が触れ合うほどに近づいて、そして少し動きを止める。少年の睫毛が緊張で揺れている。
 傷つけやしないかと。
 カノンにとってもはじめてだ、たかがキスにこんなに緊張するのは。
 そしてようやく重なる唇。
 とても長いような、短いような時間。
 重ねた時と同じようにそっと離れ、二人は指先を触れ合わせたまま黙って夜空を見つめる。

 何度目かの地上はもうすぐ。



 ………って感じのはっぴーえんど?
 下りた後が怖いけど!
 そして、このあと少なくとも2年は距離感わからないままカノンは自主的「お預け」状態なんだけど!
 今、あるらしいじゃないですか、ソフレ。添い寝フレンド?とかいうわけのわからない新ジャンル????あれ状態で、すやすや無防備に隣で眠られて、もうカノンどうしていいやらわからない。
 でも、岩牢に入って、そして海界へ行ったことで消えた空白の少年期を、カノンも氷河と一緒に一から追体験すればいいんじゃないかな。

 ちなみに、カミュとミロがどうして二人に何周もするのを許しちゃっているのかと言いますと。
 7歳から黄金聖闘士、の、俗人離れした二人なので。
 遊園地は初めてですっていう設定なので。
 知らないのです、観覧車が通常は一周きりの乗り物だっていうことを!
 回転木馬もコーヒーカップも、たいていの乗り物はその場でぐるぐる回るじゃないですか。
 なるほど、遊園地というのは省スペースで回転運動を楽しむ場所なのだな、と20歳の黄金聖闘士は薄ら理解する。
 で、早くあの二人を離さねば、って超絶苛々しながらも、のろのろ回る観覧車が止まる瞬間を大人しく待ってるの。
 観覧車、止まらないからー!
 行ったことはなくても、それなりに俗世間に詳しかったカノン、大勝利、というお話なのでした。

(fin) 
(2015.3.18UP)