1000hitキリリク。お題は「カミュがやきもちやきそうなほどの幸せミロ氷」でした。
◆ホワイトクリスマス◆
「貴鬼、次はオリハルコンをとってもらえますか」
「はい、ムウ様」
世間はクリスマスだというのに、白羊宮ではムウが聖衣の修復作業に勤しんでいた。聖戦で多くの聖衣が傷ついた。いくら作業しても追いつかない。だが、せめて今日くらい、午後だけでも貴鬼のために休みにしたい、と、その分ピッチをあげて作業をしているのだ。
暖かなギリシャとはいえ、さすがにクリスマスの時期はそれなりに冷え込む。
作業をする手が冷たく、細かい作業が難しいな、と思っていたところに、背後に気配を感じてムウは振り向いた。
「カミュ……」
よりによって、この寒い時に氷の聖闘士である。何をされたわけでもないのだが、顔を見ただけで背中が寒い気がする。
「あなたがここまで下りてくるなんて珍し……くはないですね。わりとしょっちゅうあなたここまで下りてきますね。また、氷河の出迎えですか?それならまだ来ていませんが……。着いたらすぐにテレパシー送ってあげますから、安心して自宮の守護に就いていてください。ここは今、修復作業をしないといけない聖衣で散らかっていますので、あなたをおもてなしできる時間も空間もなく、心苦しいですし」
言葉は非常に丁寧だが、つまり邪魔だから帰れという意味である。
だが、そんなことが通用するカミュではない。
「ああ、気にするな。万が一、何か起こったら、わたしも一緒に白羊宮を守護してやろう。それなら問題なかろう。上で食い止めようが下で食い止めようが同じことだろう」
「……」
「?なんだ?……ああ、お茶の心配などは無用だぞ」
「……貴鬼、お茶を入れて差し上げてください」
過去の経験から、これは無駄だ、と早々に悟ったムウは、仕方なく、一旦、聖衣の修復作業は中断することにした。
「それで?氷河が今日来ることになっているんですか?」
「いや……それがな……来るのは明日だと言っていたんだが……」
「まさか、明日までここで待つつもりですか」
「そうではない。そうではなくて……今しがた、氷河の小宇宙を微かに感じたような気がしたんだ」
……確実にあなたの気のせいでしょう。
待ちわびるあまり、ついに幻を感じるようになってしまったとしか思えませんが。
「それで、気になったので下りてきたのだが……天蠍宮が不在でな」
それを聞いて、ムウはハッとした。
そういえば、少し前にミロが白羊宮を抜けて外へ出て行った。聖衣姿ではなかった。任務ではない。しかも、スキップしそうな勢いの上機嫌だった。
「嫌な予感がするので、テレパシーでちょっとミロを呼んでみてくれないだろうか」
……わたしもものすごく嫌な予感がします。
でも、だからって、わたしを電話代わりに使うのはやめてください……!!
これだから聖域に常駐するのいやなんですよ……!
横ではカミュがじっとムウを見つめている。断られるという可能性ははなから頭にないようだ。
これはだめだ。
カミュより、まだ話が通じそうなミロの方を呼ぶことにする。
(ミロ?ミロ?あなた今どこにいるんです?もしかして、そこには氷河も一緒ですか?)
(なんだムウ。デートの邪魔するな)
(……いるんですね、そこに……。と、とにかく、すぐ戻ってきてください!カミュがここで待ってます!)
(もうバレたのか。今いいとこだから帰れないと言っといてくれ)
(いやですよそんなこと!!自分で言ってください!このままじゃカミュはあなた達が帰ってくるまできっとここを動きませんよ……!こんなとこに居すわられたら困るんですから!修復しないといけない聖衣が山ほど……)
(じゃあ、白羊宮はカミュに守護してもらえ。お前は天蠍宮か宝瓶宮に一式持って行って作業すればいい)
(そういう問題じゃありません!!とにかく!早く氷河を……え?……ちょっと待ってください。カミュが何か……。ミロ……カミュが『外泊なんかしたら命はないものと思え』と言ってます……!お願いですから……!)
(外泊か……そいつはわからんな。今日が何の日かわかってるんだろうな?盛り上がり具合によっては普通そういう流れになるだろう。)
(ちょ、ちょっと!あなたがデートしようが盛り上がろうがわたしの知ったこっちゃありませんけど、やるならバレないように、うまいことやってくださいよ!バレたからには諦めて、今日のところは……もしもし?もしもし?もしもし!?)
……切られた……。
恐ろしくてカミュを振り返ることができない。
こっそり貴鬼に目配せする。
とりあえず、暖房を最強メモリに……!
**
「ミロ?どうかしたのか?」
急に氷河に背を向けてブツブツやりはじめたミロを不審そうに氷河が見上げてくる。
「ん?いや、なんでもない。ムウが天蠍宮を使わせてくれって相談だった」
「??天蠍宮を……?」
「大丈夫。もう電源(?)切った。さあ行こう」
ミロが笑って、氷河に手を差し伸べる。
「て、手なんかつながないからな!何考えてるんだ、恥ずかしいヤツ!」
「手はつなぐだろう。デートなんだから」
「デートじゃない!!」
今日は二人は聖域を抜け、アテネ市内に出てきている。
実は氷河が『内緒でカミュのためにクリスマスプレゼントを選びたいからつきあって欲しい』とミロに頼んで、それでこうして二人で買い物に来ているのである。
アテネ市内の待ち合わせ場所で待っていた氷河は、聖域から抜けてきたミロに声をかけられても、一瞬、ミロだと気づかなかった。
脱色加工したジーンズにタイトなレザージャケットを合わせて、髪をゆるくひとつにまとめたミロの姿が、いつもの聖衣姿との落差が大きかったせいだ。聖衣姿の、圧倒的な威厳は鳴りを潜め、大人っぽいスタイルの中に、どこかいたずらっ子がそのまま大きくなったような少年らしさも垣間見える。その顔は聖域の中で見る、どの表情とも違い、柔らかくほどけている。
思わず、しばらくの間じっと見惚れ、「そういう格好似合うね」と漏らすと、「君もかわいいぞ」と返ってきた。
氷河は今日はジーンズに、フードにラビットファーのついた白いブルゾンを着ている。
子どもっぽすぎたかな……カミュがこういう格好好きなんだよな……でもせめて色は黒にすればよかった、そしたら少しは大人っぽく見えたかもしれないのに、と今更ながらに後悔する。
さっきから、色んな人が振り返ってミロを見ている気がする。並んで歩くとなると、釣り合いが取れていない自分が恥ずかしい気がして、なるべく離れて歩きたいのに、ミロは手を差し出したまま、氷河が手を取るのをじっと待っている。
「手はつながないって。ホラ、先歩いて。あなた背高いから見失わないと思うから」
「あのなあ……こんなに混んでいたらあっという間にはぐれて終わりじゃないか。それじゃデートの意味がないだろう」
「だから、デートとかそんなんじゃないって!……人が見たらどう思うか……」
「バカだな。誰も見てやしないよ、他人のことなんか。クリスマスイブだぞ」
確かに街にあふれかえっているのは幸せそうなカップルや家族ばかりだ。それでもまだ手を後ろに隠している氷河に、ミロは大きく一歩だけで近寄ると、その腰に腕を回した。
「!?」
「手をつなぐのがいやなら、こっちでもいいんだぞ」
「その二択はおかしいだろ、確実に!!」
「ホラ、君が大声出すから『人が見る』ぞ。さあ、どっちだ。手をつなぐ方がいいか腰を抱く方がいいか。選べ、氷河」
「どっちも選ばない」
「わかった、手だな」
「!!!選んでないっ」
結局、強引に手首を掴まれてしまった氷河は、ふてくされたように俯き、ミロはそんな氷河を半ば引きずるようにして歩いた。
甘い恋人同士、という雰囲気というより、どこから見ても、連行されていく不良少年、という風情である。
それでも、数軒、店をひやかして歩くうちに、氷河の関心がよそへうつったのか、どうでもよくなったのか、その状態に文句を言わなくなり、ミロが少し力を緩めて、手首から手のひらにつなぎなおしても、振りほどこうとはしなかった。
最初から大人しくそうすればいいのに、お約束の手順を踏まないといけないらしい。困った坊やだ。
街にはクリスマスソングが流れ、店頭や街路樹は色とりどりのオーナメントで飾り付けられている。
ここからほんのわずかしか離れていない聖域で、命をかけて世界を護っている者がいることには誰も気づいていない。
ミロはこうして、街に出るのが好きだった。自分が護っている世界で交わされる会話や笑顔を見て歩く。ひとつでもたくさんの笑顔を見ると、心が温かく、力が漲ってくるのを感じる。今日は街にはとりわけ多くの幸せがあふれている。あれらの笑い声のためなら、何度だって命を張れる、と思いながら氷河の手を引いて歩いていく。
氷河は、何度も立ち止まり、「こんなのとかどうかなあ」「あ、この色先生に似合いそう」などと、街にあふれる色々なものを見て歩く。
大勢の中を歩いていると、何人かが振り向いて氷河を見る。「見た?今の子。男かな、女かな」「綺麗な子だな」という声が聞こえ、ミロを満足させる。
いいだろう。俺のだ。
そういう時は、お気に入りのおもちゃを見せて歩く子どものように、氷河の肩を抱き、髪にキスをして、ことさらに所有権を主張する。なんだ、連れがいるんだ、とがっかりする視線を感じるのもまた楽しい。
「?ミロ、なに笑ってるんだ?」
「いや別に?君はかわいいなあと思っていただけだ」
「……かわいいって褒め言葉じゃないからな、言っとくけど」
「なぜだ。普通は喜ぶぞ」
「じゃ、喜ぶような『普通の』相手に言ってやればいい。俺には言うな」
そう言って、氷河は頬を少し赤らめて視線をそらす。こころなしふくれっ面をして、でも、結ばれた手のひらは離れていかない。むしろ、ほんの少し力を増して、ぎゅっと握られる。
なんだ、もしかして嫉妬か。
ミロも氷河から視線を背けて笑った。
どうしたらいいんだ、このかわいい物体を。
カミュ、よくこんなのと6年も一緒にいて平気だったな。……ああ、平気じゃなかったんだっけ。
そういえば、ムウが死にそうな声を出していたな、とちらりと思い出してさらに笑う。
結局、半日ほどかかって、氷河はカミュへのプレゼントを決めた。赤い表紙の革の手帳だ。
「先生喜ぶかな……」
「カミュは君からもらえばどんなものだって喜ぶよ。あいつ、予定や計画たてるの好きだし、細かい性格してるから重宝するだろう」
ミロが言うと、安心したように氷河は笑った。
目的は達したはずなのに、その後もなんとなく二人で街を歩き、一緒に食事をとり、さらに人ごみを歩く。
いつの間にか、あたりはすっかり暗く、イルミネーションが光っている。
シンタグマ広場に何万もの電飾を施された大きなクリスマスツリーがそびえ立っている。電飾がチカチカと明滅するのに合わせて、それを見上げる二人の表情も、赤や青の光に照らされる。
氷河はそっと隣に立つミロを盗み見る。
自然体なのに本当に何をしても様になっているひとだな、と思う。
今日だって、混雑する大通りを、事もなげにすいすいと歩いていた。氷河ひとりだったら、人の海に飲み込まれて、いつまでたっても目的地にはたどり着けなかっただろう。混んでいなくても、よく躓いたりぶつかったりする氷河だったが、今日はそのどちらもまだだ。ミロに、多分そうとは気づかないほど自然にフォローされていたに違いない。少し悔しい。
だけど、今、子どものように瞳を輝かせてツリーに見入っているミロは、年上なのになんだかかわいい、と一瞬思い、氷河は少しドギマギした。空気は冷たいのに、顔が熱く火照る。ついでにずっとつないでいる手も。
しばらく街に流れるクリスマスソングを聞きながらツリーを眺めていた。
「俺、こういう賑やかなクリスマス、はじめてだ」
「そうなのか」
「うん。だって、シベリアにはこんなに人はいない」
「シベリアに比べりゃどこだって賑やかだ。……疲れたか」
「ちょっと。人が多すぎて……」
「……帰るか」
「……うん」
街の喧騒を離れ、二人で聖域までの道を戻る。
街から離れるに従い、少しずつ、人の波が少なくなり、明かりも減っていく。
ミロは指先をからめるように手をつなぎなおした。氷河は一瞬何か言いたそうな顔をしたが、結局黙って同じようにからめかえしてきた。
人ごみから離れるとさらに空気が刺すように冷たく、互いの熱を感じている指先が余計に意識される。相手の熱を奪うかのように、指先だけでなく、手のひら全体もしっかりと絡ませ合う。
二人が歩く道は、ついには、人っ子一人いなくなり、明かりさえもない暗い道へと変わった。
「……静かだな」
「うん……でも、俺はこっちの方が落ち着く」
「俺は派手にピカピカしてるのも好きだけどな」
「あなたはそうだろうな。だけど、こっちだって綺麗だ。……ホラ」
氷河が指差す先には満点の星空。
歩きながら、星座の名前をひとつひとつあげる。
見上げた夜空から、白いものがふわりと舞い降りてきた。
「あ……雪……?」
どうりで寒いはずだ。ギリシャでは珍しい雪が、ふわふわと落ちてくる。
氷河は嬉しそうだ。
「明日、積もるといい。雪のないクリスマスなんてクリスマスじゃないと思ってたところだ」
「俺はいやだけどな。寒いばっかりだ」
そういって、白い息を吐くミロを見て、氷河は立ち止まった。
「?どうした」
「……ちょっと待って」
氷河はつないだ手を離すと、斜めにかけた自分のかばんを探り、赤と緑でラッピングされた包みを取り出す。
ミロの目を見ないように、恥ずかしそうに、早口で氷河は言った。
「あの……今日、付き合ってもらったし……後で渡すつもりだったけど、クリスマスプレゼント。……今あけるといい」
ミロは氷河に促されるままに、その場で包みを開けた。
中から出てきたのは、ブルーグレイを基調に様々な彩度のグレイのストライプで彩られたマフラーだった。
「あの……あなた寒がりだし……いいかなと思って……へ、へんかな」
ミロは笑ってマフラーをくるりと巻いた。
「うん。これはいい。あったかい」
氷河も少し恥ずかしそうに笑う。
「よかった。……あなたの髪の色に合うかな、と思ったんだ」
カミュのために半日かけて街中を歩いたように、自分のためにも色々迷ったのだろうか。
ミロもポケットから小さな包みを取り出し、氷河に投げる。
不意をつかれ、氷河は落とす寸前で慌てて片手でキャッチした。
「?俺に?」
「そう」
氷河もその場で包みを開ける。
「……これ……」
「さっき、見てただろう」
氷河の手にあるのはシルバーのウォレットチェーンだ。チェーンの途中に小さなロザリオが組み込まれている。
あんなにたくさんの店を見て歩いたのに、どうして、自分が一番興味を惹かれたものがわかったのか、ずっと手をつないでいたはずなのに、いつの間に買ったのか、氷河にはまるで魔法を見ているようだ。
驚いて、でも、少し恥ずかしくて、だから、ごまかすように憎まれ口をきく。
「あなたってほんと油断ならない……」
「誉めてもらって光栄だな」
「誉めてない!……だけどいいのかな。今日は俺がつきあってもらったのにこれじゃあ逆だ」
「俺も楽しかったから気にするな。でも、そうだな、つきあってやった礼は体で払ってもらおうかな」
「!!」
途端に真っ赤になって氷河はそっぽを向く。
「そういうこと言わなきゃ、ほんとにいいひとなのに!」
ミロは笑って氷河に近寄ると、明後日の方を向いて朱に染まった頬にキスをした。
「ちょっ……!」
「冗談だよ。いちいち反応するからだ。……ほら」
と、もう一度、手を差し出す。拗ねた氷河はその手を取るか迷っている。
「早く。寒い。俺が寒がりだって知ってるんだろう?」
寒い寒いと震えて見せるミロに、氷河はその手を伸ばす。
冷たい指先が触れた瞬間、ミロはその手を掴んで氷河を胸に引き寄せると、後ろ髪を引いて上を向かせ、唇を塞いだ。
氷河は一瞬、驚いて目を見開いたが、ミロが後頭部を大きな手のひらで掬うように抱きこむと、目を閉じ、おずおずとその身を委ねてきた。
抱いた体が温かく、触れ合う唇は熱い。
その熱を求めて何度も何度も唇を重ねる。唇を優しくゆるゆると食み、舌を挿しいれ、氷河の幼さの残る舌を絡め取る。
氷河は背を駆け上がってくる甘く痺れるような疼きに耐えるようにミロの背中にすがるように手をまわす。
立っていられないほどの疼きを感じ始めた頃、ひときわ強く吸い上げられ、チュッという濡れた響きを残して、その熱は突然に去って行った。
氷河は乱れた息のまま、とろんとした顔でミロを見上げる。
ミロはそんな氷河を見て、次に夜空を見上げる。ひらひらと舞う雪を確認するように手のひらで受ける。
「うーん……ムウには悪いが……」
??
「ついうっかり『盛り上がって』しまったな……氷河、雪、積もってほしいか?」
「?うん」
「じゃ、君も同罪だ。どうせ、ここまで怒らせたついでだからな。よし!帰るのはやめたぞ、氷河!」
そういって、くるりと踵を返して氷河の腕をつかんで歩き出す。
「え?なんだ?ムウを怒らせたのか?ミロ?ちょ……ちょっとどこ行く……」
氷河はわけがわからず引きずられていく。
ミロは振り返っていたずらっぽく笑った。
「明日は一面銀世界だぞ、きっと。ホワイトクリスマスだな」
(fin)
(キリリク1000記念 2011.12.24up)