サンサーラ本編Ⅱ-02からの分岐パラレル
シリアス成分を引いたらこうなった
◆子カミュの反抗期◆
ミロのせいだ。
やけに氷河が気になる。
今まで平気だった、おやすみのキスが全くだめだ。
氷河がカミュの額にキスを落とし、カミュが氷河の頬にキスを返す。
ただそれだけだ。
ただの挨拶だ。
なのに、氷河が額に押し当てる唇の熱さや、カミュが触れる氷河の頬の柔らかさを感じると、それだけで全身が火照る。
一度意識し始めると、もう近づいただけでだめだった。
だいたい、おやすみのキスってなんで寝る前にすることになっているんだ。寝る前って言ったら、風呂上りだ。
いい匂いがするし、肌はほんのり桜色だし、あちこち濡れてるし、何だかわからないけど、とにかく全てがだめだ。
毎日寝る前にそんなことをするもんだから、その後は氷河のことばっかり考えてしまって全然眠れない。
ここのところずっと寝不足だ。
あいつが、変なこと言うからだ。
好きだけど……今までだって好きだったけど……でも、こんなにドキドキなんてしなかった。
どうしたらいいんだ、これ……。
どうしてくれるんだ、ミロ……。
**
「邪武、ちょっといいか?」
「どうした、氷河」
いつものように、養成場でカミュの訓練を見守っていた氷河が、邪武の手が空いた瞬間を見計らって近づいてきた。
「カミュのことなんだが……」
「うん?」
「最近、訓練はどんな感じだろうか」
「……?別に……めざましく進歩してるよ。知ってるだろう?」
「いや、技術的なことじゃなく……えー…、指導者達には素直か?人間関係はうまくいっているみたいか?」
「はあ?カミュほど礼儀正しい子どもがほかにいるか?ちゃんとしているが……それが何か?」
邪武に見返され、氷河は視線を逸らして答える。
「そうか……実は、最近、カミュが変なんだ」
「変ってどんなふうに」
「うーん……なんか、俺、嫌われたのかもしれない」
「はあ!?」
他の何があってもそれだけはない、と確信できてしまうほどに、誰から見てもカミュは氷河に心酔していた。
氷河を見上げるその瞳には憧れとか尊敬とか庇護欲とか(憧れと庇護欲が同時に存在する感情というのもすごいが、でも間違いなくそんな感じだ)とにかくあらんかぎりの親愛の情があった。
「なんでそう思うんだ」
「なんとなく、避けられている気がするんだ。訓練中はさすがにちゃんとしているんだが、それ以外の時はどことなく冷たい気がする」
弟子が冷たい、といってちょっとしょんぼりしている氷河がおかしくて、邪武はその背をバシッと叩いた。
「天下の黄金聖闘士がそんなことで凹むな。カミュはもう10歳だ。いつまでも先生に甘えてばっかりじゃないだろ。普通だ」
「普通なのか?ほかの子たちもそんな感じか?」
「まあ、そんな感じかな。……お、ちょうどいいヤツがきたぞ」
邪武が顎で指し示した先を見ると、紫龍が弟子たちを伴ってやってくるところだった。
紫龍の弟子たちが闘技場に入って行くのを見送って、早速三人で額を突き合わせて話に戻る。
「カミュが?」
「ああ。邪武は普通だと言うんだが……外ではきちんとしているんだが、俺と二人になると特によそよそしくてな……。俺、指導を何か間違ったのかな」
な、コイツばかだろ、という目で紫龍に肩をすくめて見せる邪武に、紫龍も笑みを漏らした。
「氷河……それは多分、反抗期だ」
「反抗期……?」
「ああ、うちの弟子たちもここの訓練生たちも、みんな必ず通る道だ。カミュは最近、実力がどんどんついてきているだろう。それと共に自立心が芽生え始めたんじゃないだろうか」
自立心……そうなのだろうか。
カミュは出会った時から、既に、相当に自立心の強い子どもだったように思うが、今またさらに……?
「ならばカミュがその反抗期だったとして、俺はどうしたらいいんだ」
「相手が正しいことを言っているとわかっていても無性に苛々する年頃だからなあ……お前にだって覚えがあるだろう。理屈じゃなく師匠に反発したくなったことはないか?」
覚えは……な、ない。
記憶にある限り氷河が『カミュ』に苛々したことなどない。というか紫龍はあるのか?老師に苛々。
「まあ、だからと言って、いたずらに抑えつけるのはよくない。カミュが理不尽なことを言ってもよく話を聞いてやって、気持ちに寄り添ってやることが大事だ」
カミュが理不尽なこと……あんまり言わないんだが、そういう場合はどうしたらいいんだろうか。
氷河が紫龍のアドバイスを消化しきれないうちに、邪武が隣から口を出す。
「先生はどんなときもちゃんとお前の味方だぞってわからせてやるのが大事なんだ。スキンシップなんかもいいぞ」
スキンシップ……おはようやおやすみのキスやハグ以外にさらに?
「スキンシップってお前達はどんなことをしているんだ」
「そうだなあ。俺は、訓練生の宿舎に顔を出して、みんなと一緒に風呂に入ったりしたなあ」
「うむ。裸の付き合いというやつだな。俺もよく弟子たちに背中を流してもらったりしている。衣服を取り去ることで、心の壁もなくなるせいか、一緒に湯につかっていると、普段話せないようなことも話せたりするんだ」
「そういうもんなのか」
そういえば、シベリアではよく三人で風呂に入ったな、と思い出す。単に、立て続けに入らないとあっという間に湯が冷めるから燃料費の節約のためにそうしているのだとばかり思っていたが、あれは、そういう意味合いもあったのか。
「あと、一緒に寝る、とかな」
「……一緒に……?」
「そうそう。最初はさ、先生うざいよ、急になに!って照れて嫌がるんだ。なのに、俺の修行時代の話とかしてやると夢中で続きを聞きたがったりしてな。可愛いもんだよ」
「なかなか……難しい年頃なんだな」
心底、困り果てた、という顔をしてため息をつく氷河に二人は笑ってかわるがわる額を小突いた。
「あんまり悩むな。普通でいろ、普通で」
**
心配するな、普通でいいとは言われていても、やはり気になるものだ。
今日は午後は、理論の座学である。
いつものように講義をするつもりでカミュの隣に腰掛けると、ほんの僅かに身を反らされた。
凹む。
これは凹む。
カミュの顏を窺おうとすると、怒ったように視線を逸らす。
……やっぱり、俺は相当に嫌われているらしい。
説明する声に力が入らない。
カミュはきちんと説明は聞いている。
ポイントを押さえた質問も返ってくる。
訓練に影響はない。だから、問い詰めるのもおかしい気がして、氷河だけ気落ちしたままだ。
だいたい、なんと言って問い詰めればいいというのか。「わたしのこと嫌いなのか?」なんて聞けるか?はい、なんて言われたらもう再起不能だ。
よし。
やるぞ。
このままじゃ気になって仕方がない。
紫龍だって言っていた。心の壁を取り払って、と。
夕飯後、長いこと声を出すのを躊躇っていた氷河は、本を読むカミュの背に意を決して声をかけた。
「カミュ……えー……たまには一緒に風呂にはいるか?」
カミュは本を取り落しそうなほどに動揺した。
背を向けている時でよかった。正面から見られたら、一瞬で顏が真っ赤になったのを師に見られたことだろう。
しかし、さらに追い打ちの一言を氷河は放った。
「風呂が嫌なら……い、一緒に寝るとか?」
な、なにを言い出すんだこのひとは!?
カミュは上ずった声が漏れそうになるのを必死で抑えて、どうにか取り繕う。
「急にどうしたんですか、先生」
「なんだその、あれだ……し、紫龍が!そう、紫龍のとこはたまに一緒に入ってるという話を聞いて……邪武も訓練生達と一緒に寝ると言うし……そういえばうちはしたことないなと思って……えー……まあ、それで…」
よそはよそ、うちはうちです、先生!!
何考えてるのか知りませんけど、慣れないことしようとしないでください!!!
カミュは心の中だけで悲鳴をあげて、振り向かないまま答える。
「……俺なら別に」
今度は氷河が心の中で悲鳴をあげる。
別にってなんだ、別にって!
別に一緒に入ってもいいですよ、なのか、別に一緒に入りたくはありません、なのか!!!
沈黙が落ちる。
先生、何とか言ってください、大人なんだから!
俺はどうしたらいいんですか!
ど、どうしたらいいんだ!
紫龍にもっと詳しく誘い方を聞いておけばよかった!
俺にはもう深追いして聞く勇気はない!!
本来、大人である氷河がなんとかすべき沈黙だったが、カミュは早々に自分でなんとかする方を選んだ。
「じゃ、俺は風呂に行ってきます」
そうして、氷河を見ない様にして、足早に浴室の方へ去って行く。
残った氷河はさらに心で悲鳴をあげる。
ちょっと待て、それは、先に行ってるから後から来てくださいという意味なのか、それとも、一人で入りたいから来るなという意味なのか!?風呂はいいから寝室で待っとけばいいのか!?『照れて嫌がって』るだけで強引にことを進めてもいいものなのか!?
紫龍、おい紫龍!!どうしたらいいんだ!?頼む、助けてくれ!!!
(fin)