予告どおりのカノ氷です。
途中、コンプライアンスに問題ありまくりですが、当然ながら全くのフィクションですので。
リアルでは倫理的にアウトなことが多発しても大丈夫な方のみお進みください。
カノ氷R18です。18歳未満の方は閲覧ご遠慮ください。
氷河に甘々なわたしがギリギリ許せる程度のわりと無理矢理??というか、いつもより愛が控えめというか遠回りというか。暴力的な描写はないと思いますが愛があってしあわせ、みたいな感じでもないです。
あと、なんかカノンのおやじくささがすごくなってしまった笑笑笑
むしろUP前に読み返して積極的に足した笑笑笑
まあ高校生から見たら28歳?(氷河16歳とするとカノン30歳?)なんて間違いなくおじさんもいいところだし、という寛容さでお読みください。カノ氷の良さはこの年の差背徳感です!!
オメガバ以外の設定では、多分、書けないし書かないであろうものを、今回は徹底して自分のコンプラ意識下げて楽しんで書いております。
とても長いですが続きからどうぞ。
不思議なもので、学校にはどこにも怪談話、というものが必ず存在する。
それこそ創設1年目の、歴史も何もない、現代風の開放的な校舎であっても、だ。
無人の職員室に鳴る内線電話、夜になると一段増える階段、開かずのトイレ、深夜0時になると何かが見える理科室の鏡、真冬なのにいつも濡れた足跡が残るプールサイド………生徒たちがきゃあきゃあ騒ぐエピソードはどれもどこかで聞いたようなものばかりで真実性に欠け、大の大人を怖がらせるには足らないのだが、それでも、誰もいない深夜の真っ暗闇の校内を懐中電灯ひとつで巡視するのはあまり気持ちが良いとはいえない。懐中電灯で異常がないことを確認しながらいつもの巡視を終え校務員室へ戻る角を曲がった時、だから、幽霊のようにその扉の前へ佇む少年を発見してカノンは、「ついに俺も遭遇したか」と思わずギクリとした。
誰だ、と、懐中電灯を向けた、まるい明かりの中に、カノンがよく知るブロンドの少年の顔が浮かび上がり、ああなんだ、と肩すかしを食らうと当時に、ぞわり、と違う意味で背に冷たいものが走った。
───彼は今日、学校に来なかったのだ。
正確に言えば、今こうして学校の敷地内にいる以上学校には来たことにはなるが、少なくとも、昼間、どの授業の時間にも姿を現さなかった。その、はずだ。
無断欠席の上に携帯電話の電源も切れており、自宅アパートにも姿がなかったらしく、兄は、警察に届け出るかどうかの判断を迷っていて、だが、複数の生徒が、「え?そこの駅で姿を見たけど」「制服で反対方向の電車に乗ったのを見た」と証言したため、事件性はなく、ただのサボタージュであろうということになって翌日まで待ってみることになったのだ。
数学と化学は今日一日自習になったと聞いたから、とはいえ、担任と水泳部顧問の教師は、心配して心当たりを探して回ったのだろう。(見つかった、という連絡は校舎を閉めるまで結局一度も入らなかった。もしかしたら、今もまだ探しているかもしれない)
その彼が、こんな夜更けに制服姿のまま学校にいる、というのは、どう考えても異常事態である。
カノンは、手負いの獣に近づくかのごとく、懐中電灯を足元へ向けて、おそるおそる彼との距離を詰めた。
「驚いたな、こんな時間に。俺の心臓を止める気か。……今日、サボったんだって?どうせサボるなら俺のところに来れば口裏合わせくらいしてやるのに。無断欠課で騒ぎになるのは本意ではないだろう?」
なるべく深刻さを滲ませぬよう、軽い調子で少年に近づき、だが、距離が縮まるにつれて、少年の様子がおかしいことに気づいて、カノンの表情は険しく歪んだ。
少年はカノンの言葉には何も反応せずに俯いて、荒い息を吐いて苦しそうに腹のあたりを押さえている。
廊下は暗く、その上、長い前髪に隠れて表情は見えないが、ゆらゆらと揺れる懐中電灯の明かりに時折浮かぶ頬がかすかに光っている。
泣いているのか。
それに。
それに、これは───
発情、して……?
「……ッ」
気づいた瞬間にはもう、ぶわ、と、身構える間もなく強いオメガのフェロモンに包まれて、ぐぅっ、とカノンの喉から獣のような唸り声が漏れた。
「……っ、くそ、……どう……した、氷河、お前、いったい、なにがあった」
慌てて数歩下がり、彼の身体に触れぬ程度に距離を保って、もはや軽い調子で、などと装う余裕も削がれて、彼同様に荒い息でそう問えば、濡れて、淫らに蕩けた瞳が、どろりとカノンを見た。
「……カノン、遅い……俺……」
言うなッと、カノンの怒声が無人の校舎に響き渡る。
発情しているオメガの誘いはアルファには絶対で抗えはしない。だが、簡単に獣に成り果ててしまいたくもなく、苛々とカノンの声は乱暴になる。
「……っ、チ、抑制剤をなぜ飲まない!何かされたのか、相手はどこのどいつだ!」
サボって街に出て、そこで悪い輩に引っかかってこんなことになったのか、と、そう思ったのだ、カノンは。
だが、氷河は、よくせいざい……?と舌足らずに問い返し、はは、と涙まじりの笑いを零した。
「……捨てた、飲まなかった、今日……」
なに、とカノンは目を見開く。
あれほどヒートを恐れていたのに、自分の意志でこの状態を招いたというのか。
「もうどうでもいいんだ何もかも……」
校務員室の扉に背をつけたまま、ずるずると床へ崩れていく氷河は、情欲だけが灯る焦点の合わぬ瞳を空にさまよわせている。
何があったか知らないが、抑制剤を飲まずにうろうろするなど無謀にも程がある。
普段の氷河をよく知るカノンだからこそ、まだどうにか制御しようと(ほとんど無駄な)努力をしてみせているが、こんな状態で街角にでも立っていたら、どんな目に遭うか。
自暴自棄に念がいっている。
いつからこの状態なのか知らないが、ここまで無事に(それとも無事ではないのか?もう)たどり着けたことが奇跡だ。
「……カノン、いいだろ……」
いや、全然よくない。
カノンの都合も立場もおかまいなしの問答無用の抗いがたい発情に再び巻き込まれてさすがに腹も立っているし、彼をそこまで自暴自棄にさせているものは何だ、と、気にかかって、全く、まっっっっっったく、よくない。
だというのに、膝でにじり寄られて、引き寄せるように首に両腕を絡められて、耳元で、かのん早く、俺もう濡れている、と熱い吐息を零されては───
「……っ、この、バカが……っ」
どこでそんな誘い文句覚えてきた、と悪態をつきながら、カノンは彼の胸ぐらを掴むと校務員室の扉を勢いよく開けたのだった。
「……っ、ん、……んぅっ…」
少年の喉が苦し気に鳴って、カノンの猛りを咥えた唇から飲み込み切れない唾液が、とろりと顎を伝う。
カノンを半分も含み切れない狭い口腔では極みに至るほどの快感を得ることが難しく、カノンは己の腰を突き出すと同時に、彼の後ろ髪を掴んで押さえつけ、もっとだ、と苛々と揺すり立てた。
ぐ、ぅっ、と、声だけは辛そうなのだが、そうした荒い行為にすら、オメガの身体は快楽を拾ってしまうらしく、氷河の雄芯はカノンよりよほど張りつめて上向き、透明な雫をたらたらと零し続けていて、うっすらと汗の滲む彼の身体は、時折、恍惚とした様子でぶるりと震えている。
「……っ、ぅ…………ッ」
口を塞がれているため、カノンの理性を簡単に奪う淫らな求めは、くぐもった喘ぎにしかならない。代わりに、いっぱいに水を湛えた焦点の合わぬ瞳が、カノンを見上げて、切迫した何かを必死に訴えている。
だが、カノンは、それにはお構いなしで彼の口腔を犯し続ける。
加虐趣味などなく、そして、アルファとオメガの発情の特性上、彼の求めはカノンの欲求でもあるにも関わらず、応えてやらぬのは、せめて思惑通りに俺の身体を使わせてやるものか、というカノンなりの抵抗である。
相手の意志を確認せずに性交を強制するのは許されるものではないが、困ったことに、精神的にも肉体的にもリスクを負うのはこの場合、強制した方のオメガである。
苦痛すらも愉悦に変えてしまうとはいえ、こんな形でヒートを利用するのは彼にとって酷く危険な行為でしかない。オメガのその特性を利用して、歪んだ加虐趣味を満たしたいと狙う輩など山ほどいるのだから。
甘い顔をして、ただ、快楽だけを与えてやったのでは、ドラッグと同じで癖になる。二度とこんな真似をしようなどと思わぬよう、思い知らせてやらねばならなかった。
とはいえ、カノンにもこれは酷い苦行である。
通常なら、昂った自身を慰撫するのは口だろうと手だろうと、それなりの充足をもたらすものだ。代替行為であっても、射精に至れば、そこそこに熱も収まる。
だが、オメガのヒートに引きずられての発情は。
代替行為には何の意味もなかった。
否、猛りを萎えさせぬ程度には快楽は拾えるが、一度知った、彼のきつく締め付ける若い媚肉を貪りたい、口などではなく、彼の腹に己の全てを注ぎたい、という渇望は強くなるばかりで消えることはなく、半端に昂り続ける雄の欲望がカノンを苛んで、くそ、早くぶち込みたい、と、カノンは何度も胸の内で悪態をつく羽目になった。
氷河はずっと泣いていた。
悦がって泣いているのでも、欲しがって泣いているのでもなく、どこか心ここにあらず、何か別のものを堪えて泣いているように見えた。
証拠に、カノンに必死に媚びて猛りを舐めしゃぶる氷河の、汗でびっしょり濡れて張り付いた髪を梳くようにやさしく指を差し入れれば(やさしくなどしてやらぬと決めていても、あまりに必死なのがいじらしく、つい、そうしてしまったのだ)、酷く痛いことをされた、みたいに顔を歪めて唇を戦慄かせ、喉奥からは引き攣れたような嗚咽がもれた。
まったく、なんということだろう。
肉体的にも精神的にも、まるで拷問だ。
『おかしくなりたい』氷河より、よほどカノンの方が先におかしくなりそうだ。
「……おい、出すぞ」
全くもどかしい口淫でいつもよりずっと長くかかったが、ようやく訪れた何度目かの極みの予兆はそれでもカノンを昂らせて、は、と吐く息が荒くなる。
氷河は堪えられなくなったのか、カノンに与えられるのを待たずに、自らの指を秘所へ埋めて、くちゅくちゅと淫らな水音をさせながら腰を揺らめかせた。
「だめだ。俺だけだ」
彼の腕を掴んで指を抜かせれば、半ば絶望的な顔となって、氷河の身体はがくがくと震えた。
まだ一度も触ってやっていない彼の秘所はかわいそうに、甘露でぬらぬらと光って、大腿を伝うほど濡れそぼっている。
本当にもう限界に近いのだろう。
自分で姿勢を保つこともできなくなった氷河の頭を両手でつかんで、荒い突きで彼の口腔を犯しながら、ぐ、と中心に込み上げた熱いものを、カノンは、氷河の髪を掴んだまま吐きださせた。
苦し気に顔を歪めた氷河の喉が上下し、飲み込みきれなかった白いものが、唾液とともに唇の端から零れる。
カノンが、放出の余韻も収まらずにまだ猛っている己の雄を引き抜けば、支えを失った氷河の身体はぐにゃりと床へと崩れた。
ようやく呼吸の自由を得られて激しく咳き込み、ぜ、ぜ、と喘鳴の漏れる唇を拳で拭いながら、だがしかし、それでもなお、氷河は、かのん、と縋るように見上げる。
「いいかげん顎が外れるぞ」
暗に、次もまだ挿れてやるつもりなどないのだ、と告げれば、氷河は、どうして、と全身を戦慄かせた。
言ったもののカノンももうこれ以上のお預けは限界である。
収まらない熱は全身の感覚を鋭敏にさせて、氷河の零す吐息にも、長い睫毛を伝って落ちる雫にも煽られるばかりで余裕はもう微塵もない。
くそ、と、声に出して吐きだして、カノンは気怠く、爛れた愉悦に誘われる身体に鞭打ち、部屋の隅の簡易キッチンまで歩いて、蛇口をひねりコップに水を受けてそれを口元に運ぶ。熱を冷ます効果が期待できるほど冷たくはなかったが、相当に喉が渇いていたのだろう、あっという間にコップは空となった。
カノンは、もう一度水で満たしたコップを持って氷河の下へ戻りかけ、戻りしなにふと思いついて、机の抽斗から薬剤の小瓶を取り出して、中からひとつカプセルを取り出した。
カプセル皮膜で包まれた顆粒状の薬と水を突き出すようにしながら、カノンは、だらしなく床へ崩れた氷河の前へ膝をついた。
「抑制剤だ、飲め」
「……え……」
飲むんだ、と、強く命じれば、氷河は、いやだ、と顔を背けて拒絶した。
「そんなもの、もう必要ない。俺……俺は、このままでいい」
だめだ、と、カノンは氷河の腰を抱き寄せて、力の抜けた身体を背後から抱きかかえる。
密着したことで濃くなったオメガの香りがカノンの雄としての本能を暴力的なまでに揺さぶり、くらくらと視界が回る。
だめだ、これ以上堪えては発狂する、と、屈服の白旗を揚げ、だが、そのことはおくびにも出さずに、カノンは、ふ、と笑って耳元へ囁く。
「大人しく飲むなら褒美はやる」
ここに、と、今日初めて、ぬるつく熱い窄まりの縁を指でなぞり、欲しいだろう、と言って、つぷりと指先をほんの少し含ませた。
「……っ、あ、ふア、あ、」
すぐに抜いた指先を濡らしたものを氷河の眼前に見せつけるように掲げ、どうだ?と問うと、激しい葛藤で瞳が揺れて、氷河は身体を震わせた。
「いや……いや、だ……飲ま……ない……」
「強情だな。俺は別に楽しませてくれるならまたこっちでもいい」
そう言って彼の首を傾けさせて唇を舐め、舌で舌を愛撫する。
カノンが掴んだ顎の付け根はじんわりと熱を帯びていて、その程度の戯れにもひどくつらそうだ。やだ、かのん、あれはもういやだ、と首を振りながら、だがしかし、氷河はカノンが差し出したカプセルをも拒絶する。
「どっちにするか早く決めろ。今すぐだ」
苛立つ声は、カノンに、選択を迫るほどの余裕がないことの現れだ。
氷河の方はもっと余裕なく切迫する欲求と戦っているため気づいていないが。
カノンは、もう一度彼の濡れた隘路に指を埋めた。ぬぷ、と抵抗なく深く沈んでゆく骨ばった中指に、氷河は、あああーっと甘い声を上げて背をしならせた。
だがしかし、彼がその快感を確かに快感だと認知する間もなく、カノンは根元まで含ませかかった指を引き抜く。全てが抜ける前に、指の腹で熱くうねる襞を軽く押せば、声も上げずに氷河の身体がびくびくと跳ねた。
急速に与えられ、そして去った甘い疼きを反芻するかのように氷河の瞳がとろんと蕩けて、半ば開いた唇からは荒い呼吸と共に唾液が零れ落ちる。
飲む気になったか、というカノンの問いに、氷河は首肯こそしないものの、もう、いやだ、とも言わずに、すっかりと身をカノンに委ね、陥落寸前だ。
カノンは、力の抜けた彼の手を取って、ずっしりと存在を主張するカノンの中心を握らせた。熱さに驚いたように氷河の肩は跳ね、そして、あ、と物欲しげな吐息が漏れて、ごくりと喉が鳴る。
「ここに」
カノンは氷河の腹へ手のひらを当て、薄い下生えから、つつ、と臍の下あたりをゆっくりと撫でた。
「これが欲しくないのか?」
薄い皮膚の下で、ひくひくと筋肉が痙攣し、うう、うう、と感に堪えないといった風情の喘ぎが氷河の唇からひっきりなしに零れる。
崖っぷちを指一本でしがみつくかのような頼りない攻防だが、なかなかどうして強情だ。
ふ、とカノンは息をついて、もう待てん、口にしよう、と呟いた。
途端に氷河は、ひ、と短い悲鳴を上げて、慌てて振り返り、のむ、のむから、とカノンへしがみついた。
お願い、と見上げる瞳は、長く抵抗したわりに屈服した悔しさは微塵もなく、もたらされる快楽への期待で既に甘く潤んで蕩けている。
はやく奥まで挿れて、と急かして開かれる唇へ、カノンはカプセルを押し込む。
抑制剤など、そうそう都合よく何度も予備を置いているはずがない。カプセルの中身は、カノンの二日酔い時御用達のただの鎮痛薬だ。
特に策があったわけではない。そこまで頭が回るほどの冷静さはもうカノンにもなかった。多感で思い込みの激しい思春期の少年には、『抑制剤を飲んだ』という事実を作ってやれば飲んだのと同じ効果が得られるかもしれない、という、根拠のない思いつきだ。
気休めにもならない茶番だが、何もせずにヒートが収まるのをただ待つよりは幾分マシというものだろう。
カノンが傾けてやったコップの縁から流れ込む水をこくこくと飲み干して、氷河が、のんだ、と媚びる視線をカノンへ向ける。
焦れて、擦り寄る身体をあやすように伏せさせて、カノンは彼の尻肉を掴んだ。
大きく足を開かせて、痛いほど昂った己を秘壺へと押し当てれば、それだけで、氷河は、ああーっと悲鳴のような高い声をあげて、びゅくびゅくと床へ白濁を散らせた。
挿入もしないのに、期待だけで極まってしまったのだ。
前にもカノンの声だけで達していたが、オメガのヒートはそれほどに激しいのか、氷河がよほど感じやすいのか、あるいはその両方か。
極んだばかりできつく痙攣している隘路を、痛いほど張りつめて凶器のごとく猛った雄でぐちゅぐちゅと抉じ開けカノンは深く貫く。
「あーッ、ア、ああっ、ンんーっンっ」
達したばかりだというのに、またビクビクと氷河の身体が震え、激しすぎる愉悦に耐え切れずに気を失ったか、氷河の喘ぎが不意に途切れ、身体がぐにゃりと崩れた。
意識のない身体は犯しづらい。(物理的な支えが足らない、という意味で、だ。このころにはもう倫理観などとはすっぱりと絶縁して済んでいた)
起きろ、と、髪を掴むと、ふああぁ、と、意識を失う前の喘ぎの続きをそのまま漏らして、氷河は、それ、いい、もっと、とさらに強請った。
己自身も油断すればぶっ飛んでいきそうな意識をどうにか留まらせ、熱く締め付ける濡れた肉を穿ち、カノンは、興奮しきった獣のような唸りを漏らした。
カノンの激しい突き上げに氷河は目を覚ましては甘く泣き、だがすぐに気をやって好き勝手に揺さぶられるだけの器となりはて、そしてまた気がついては、髪を振り乱して泣く。
肉を打つ音と淫猥な水音、合間に響くは甘い嗚咽。
ただただ肉体の希求する本能に従うだけの、獣同然の交わりには何の意味もない。だが──みろ、と。
苦し気に時折発せられるその音は、真実、彼を呼ぶものか、そう聞こえるだけの意味のない喘ぎか。淫靡に乱れた空間でさえも、やけに痛く響く音は、カノンの唇が彼の背に触れるたびに、ぽろぽろと、零れ落ちては消えた。
*
「気は済んだか」
少年さえ求めるならまたすぐに応えられそうなほど、カノンの雄はまだじんわりと熱を燻らせていた。カノンがそうである、ということは、氷河の中からも、あの、狂おしいほどの劣情は完全に去ったわけではなさそうだが、氷河は電池の切れた機械人形のように、何も纏わぬ裸身を床に投げ出してぴくりとも動かない。
偽の抑制剤のプラセボ効果が勝ったか、瞬きすらできないほど身体を酷使したせいか、それとも身体より先に心が壊れたか。
青い瞳は、まるで、命の通わぬガラス玉のように、天井をただ映し続けている。
生きているのだろうな、と、ふと心配になって、氷河、と呼べば、どうにか聴覚は働いていたか、玻璃の青がゆっくりと声の主を探して動き、カノンの上で焦点を結んだかと思うと、微かに失望の色を滲ませた。
ほんの数刻前まで、抜かないで、もっと、としがみついていたのは何だったのか、と苦笑しながら、カノンは脱ぎ捨てていた己の作業着を引き寄せて、少年の身体を包んでやりながら、頭を撫でた。
「……なぜこんなことをした」
深入りはしないと決めている関係、カノンの側にはそれを訊く理由はなかったが、だからと言ってこのまま帰せるわけがない。今日のところはカノンのところへ来たが、誰彼構わず誘惑して彼がやっかいごとに巻き込まれでもしたらと思うと腑が冷える。分別のある大人として(今しがたまで己自身が分別をなくしていたことを横へ置いておける程度には、カノンはこの事態を割り切っている)、最低限の小言くらいはくれてやらねばならなかった。
カノンの問いに、乾き始めていた青い瞳にみるみるうちに薄らと水の膜が張った。
長い睫毛に堰き止められるように湛えられていたその雫は、瞬きとともに氷河の頬へ一筋流れ落ちる。
「……………おれ…………俺……振られた……遊びだった、迷惑だって……俺とはそういうんじゃないって……ミロはあのとき何も感じなかったって……」
ちょっと待ってくれ、とカノンは唸る。
ノーガードで食らうにはなかなかの衝撃だった。
訊いておいてノーガードというのもおかしな話だが、カノンが想像していたのは、せいぜい、オメガの身で担任教師を好きになってしまったがどうしよう、程度の話である。思っていたのと違う方向から来た衝撃に、整理が追いつかない。
「お前、まさかミロに、あなたは俺の運命なのでつがいになってもらえませんか、と訊いたのか」
「………はっきりそう言ったわけじゃない……確かめたくて、俺……」
だが、そういう趣旨で迫ったのだな。
あれほど言い含めてやったのに、この強情ものめ、と眩暈がする。
「だいたい遊びとはどういうことだ。ミロと寝たことがあるみたいに聞こえるのは俺の気のせいか?それとも本当に寝たのか、お前は、その、担任教師と」
それがもっとも驚きだ。
カノンが知る限り彼は、気軽に教え子に手を出すタイプには全く見えない。否、真剣交際ですら、それが教え子というだけで、交際に発展することはないだろう、と、確信できてしまう程度には人物は確かだ。なのに、遊び?遊び、だって?
これがデスマスクというなら、遊ぶならほかでやれ、と、少々緩めの規範意識を嘆くところだし、シャカであれば、真剣交際だからと言って全てが許されるわけではないのでは、と、独自の哲学論理を展開して我が道を行く彼に手を焼いたかもしれないが(兄が、だ。いずれにしてもカノンは傍観者だ)、ミロはなんというか──真っ当だ。真っ当過ぎて、生徒と爛れた関係を結んだ、という事実が、まるで彼と結びつかない。
カノンの混乱に応えるように、氷河が涙まじりに訴える。
「一度だけだ……俺が、ヒートで……」
そうして、カノンは、氷河の口から一部始終を聞いたのだ。バーでの出会いから、冷たく拒絶されるまでの全てを。
言葉をひとつひとつ探しながら、拙く、時には思い出して涙を零す氷河のつむじを見下ろして、カノンはなんと答えたものかと思案を巡らせた。
拒絶するにしても、教え子相手に『遊びだった』などとはおよそ彼らしくない台詞だと思ったが、氷河がこんなに思い詰めていては、そう言って突き放すしかなかった彼の苦しい胸の内が透けて見えて、こちらまで胸が痛い。
運命を感じたか、という問いに、何も感じなかった、と答えた彼の真意はどこにあっただろう。本当でも嘘でも、あまりに痛いやりとりを、だが、少年期の、時に残酷な真っ直ぐさは、迫ってしまったのだ、大人になるのを待てずに性急に。
「……俺、忘れなきゃいけないと思って……だから……でも、駄目だ……好きなんだ……」
カノンの作業着にうずもれて膝を抱えるように小さくなって、言葉を震わせている少年に、カノンはため息をついてみせる。
「どんな大事件で俺を巻き込んだのかと思えば……たかだか失恋とは大げさな。だいいち、本当に彼を好きなのか?俺には、単に、お前が『運命のつがい』に拘っているだけに見えるがな。お前は自分の第二性に過剰に囚われ過ぎている。だから振られたんだ」
「……っ、お、俺とミロのことを何も知らないくせに」
「何も知らない外野の方が、案外よく見えるもんだ」
「うそだ……だって俺は、運命だって知る前から、ミロのことは好きだった」
「ならばなぜ行動しなかった。もしそのときにミロにそう告げていたら結果は違っていたかもしれないぞ」
「それは……そのときはまだはっきりとはわからなかったから……」
「そらみたことか。好きだった、と確信持って言えたわけではないのだろう。『よくわからない』、その程度だったんだ、お前のミロへの気持ちというのは。その程度で否応なしに関係を結ぶ羽目になって、お前は、だから、遡って自分の気持ちを書き換えて、好きだったからタイミングが少し早まっただけだと、己を騙したんだ。オメガ性であることをお前自身が卑屈に思っているから、だから、」
「違う!!!あなたに、俺のいったい何がわかるんだ!」
抱えていた膝から跳ね上げた氷河の顔は涙でびしょびしょに濡れて、強く噛みしめでもしたのか唇からは血が滲んでいる。
わかるわけがない。
自分が繊細な少年の傷口に塩を塗っていること以外は。
だが、ミロはお前を大切に思っているからわざと冷たくしたのだろうと、彼の内面を解説でもしろとでも?
ばかな、そんな慰めが何になる。
苦しみも未練も増すばかりか、氷河をきっぱり拒絶した彼の苦しい選択をも無駄にしてしまう、浅はかで愚かな行為だ。
「ちゃんと、すきだった。ほんとうだ。でも、言えるわけがないだろ。相手は先生だし、俺はオメガだ。相手にしてもらえないってわかってた、最初から。でも……他の男に触られて……嫌だったんだ。ミロがいいって思った。だから、俺……遡って気持ちを書き換えたわけじゃない、ミロとは、俺がしたくてした……ヒートが来たからじゃない」
ミロの方は違ったみたいだけど、と言って氷河は顔を歪め、声を押し殺して、ひくひくと音のない嗚咽を漏らした。
あれだけ泣いて、まだなお涙を堪えようとして全身を震わせられては、さすがにこれ以上傷口を広げる真似は難しい。
カノンは、はあ、とため息をつくと、膝を抱えた氷河を、その形のままで引き寄せて胸へ抱いた。
「もういい。お前の言い分はわかった。だからと言ってこんな自棄を起こすには十分な理由だとも俺には思えんがな。危ない目に遭うところだった。あの状態のお前が立っているのを見たときは正直胆が冷えた」
まあ、結局俺が無茶させてりゃ世話ないが、と、苦笑すると、ひくひくと音なく零れていた嗚咽は、ひっという引き攣れた、空気を切り裂く音とともに、はっきりと泣き声に変わった。
「酷い目に遭ったってよかった……違う……酷くしてくれる人を探していた。いっそ、俺が危ない目に遭えばもしかしたらミロがまた助けに来てくれるかもって……そう、思って……でも、俺……俺……、できなかった、どうしても……他の人に触れられるの想像したら吐き気がして……でも、こんなことやめようと思ったときにはもう身体がどうにもならなくなっていて……だから……でも、カノン……ごめん、俺、」
あなたにとてもひどいことをしてしまった、と、カノンの背へしがみつくように氷河が腕を回した。
本心ではミロを求めながら、ほかに頼る先もなく、縋る思いでカノンの元へやってきた少年の心中は察すればあまりに心が痛いが、だが、ああ、これなら大丈夫だ、とカノンは安堵もしていた。
自暴自棄に陥っているように見えても、本当に踏み越えてはならない一線を少年は意識的にか無意識的にか引いている。傷ついたときにどこへ逃げ込めば安全か、そして、自分が何をしたのか理解をしているなら、彼にはまだ救いがある。
「俺もお前にひどくしたからその件はあいこだ。……だが、まあ、俺でよかった」
吐くほど嫌われていなくてよかったよ、とカノンは苦笑する。ミロに助けを求めたのでは泥沼に後戻り、かといって他人では何が起きていたかわからない。巻き込んだのがカノンだけなら、なんとかわいい自棄だろう。不遇を拗ねて取り返しのつかぬ過ちで大勢を不幸にし、己の人生の十年以上もの月日を棒に振ったカノンにしてみれば、こんな健気な立ち直り方があるのか、と感動すら覚える。
よく俺のところまで堪えたな、えらかった、と、今日はじめての優しい声音でカノンがそう言うと、氷河は、ぼろぼろと涙を流していたかと思うと、身を二つに折って、わあわあと声を上げて子どものように泣き始めた。
ずるずると崩れ落ちる身体もそのままに、床に四つ這いになって、ああ、ああ、と引き攣れた泣き声をあげる少年を見下ろし、カノンは、ただ、黙っていた。
カノンではどうしてやりようもなかった。
残酷だが、人生には、時に、どうにもならないことを飲み込まなければならないことも起こる。
慰めの言葉も、これ以上のやさしい抱擁も、彼の立ち直りを邪魔するだけだった。
涙が枯れ果てるまで泣いて泣いて、とことんまで感情を放出させて、そして、またもう一度自分で立ち上がるしかない。
途中、過呼吸を起こした際には背を抱いて落ち着かせてやって、やっぱり身体が収まらないと言えばあやすように甘く揺さぶってやり、涙が零れたら好きに泣かせて、長い夜をカノンはただ氷河の傍にいた。
多分、いつまでも泣いていたかっただろう。
泣いているうちは、彼のことを想っていられるが、次に泣き止んだ時には、もう、立ち上がらなければならないことは薄々わかっていて、だから、校務員室の、安っぽいカーテン向こうで空が白み始めても、氷河はなかなか動こうとしなかった。
はっきりと、夜の気配が消えてようやく、氷河はゆっくりと身体を起こして、のろのろと、あちこちに散らばっていた己の服を黙って一枚ずつ纏い始めた。
校舎の、どこか遠くの方で誰かがもうやってきた気配がしているが、カノンは、早くしろ、と急き立てることもなく、彼の動きを見守り、そして、つなぎの作業着を己も纏い直した。
カノンがそうであるのと同じに、少し動くのも気怠く、億劫なのだろう。緩慢とした動きで、氷河は転がったデイパックまで歩いて行って、ファスナーを下ろすと、小さな白い紙袋を取り出した。
──抑制剤、だった。
捨てたというのは嘘だったのだ。
だが、一度は捨てようとしたのか、紙包みはぐちゃぐちゃに皺が寄ってあちこちが破れてしまっている。
アルミシートに自身で書いた日付を律儀に確認しながら、言葉なく、カプセルを取り出して口に入れた少年にカノンは水を差しだしてやる。
「いい子だ」
心からそう言って、カノンは、彼のまるい金色の頭に手のひらを乗せた。
「また自棄を起こしたくなったら次は迷わず俺のところに来い」
でも……、と、まだ淫靡な空気残る空間に居たたまれなさそうに身を縮ませた氷河の頭をカノンはわしゃわしゃとかき回す。
「勘違いするな。そう何度もはこんなものにつきあえるか。……酒か、煙草。もっと手軽に自分をぶっ壊せる方法を教えてやろう」
氷河は目を丸くして、スイマーならやめておけと言ったくせに、と言った。
スイマーであることを辞める気がないのなら心配することは何もないな、とカノンは肩をすくめて笑う。
「『次』なんか、もうない、と思う。俺、もう、誰のことも好きにならない」
こんなに苦しい思いをするならごめんだ、と、普段の涼やかな美貌が見る影ないほど泣き腫らした顔を背けた少年に、カノンは、そうか、と頬を緩ませる。
俺に兄はいない、二度とこの学校のことを思い出すことはない、絶対にだ、と、あの時はそれが唯一無二、永遠に変わることのない思いだと信じていたが、巡り巡って、再び兄と暮らし(まあ全く家には帰っていないが)、形は違えど学校にも戻ってきてしまった。
一度ひとを愛することを知った人間が、どれほど傷ついたとて、二度と誰も愛せなくなることなどないとカノンは知っている。
俯いて、ふらふらとした頼りない足運びで遠ざかる背を、カノンは眩し気に目を細めて見送るのだった。
**
「……住んでいるのか、ここに」
ノックの音がしたことに気づいてはいたが、カノンが入れとも入るなとも返事もせぬうちに勝手に扉を開けた数学教師は、部屋にぐるりと視線を巡らせるなりそう言った。
何のためのノックだ、と苦笑しながら、少々気の短い同僚に、まあ入れ、と今さらな台詞を吐きながら、カノンは立ち上がった。
校務員室は雑多なもので溢れている。
工具箱や修理途中の教材、剪定鋏に梯子、電球のストック、火ばさみに空気入れ、生徒たちが毎週置いて行く漫画雑誌にゲーム機……その上、カノンが頻繁に寝泊まりするものだから布団にインスタント麺に洗面用具に、と、混沌極まりない。
「住民登録は別のところにあるぞ」
彼の問いには一応そう答えて、カノンは作業服やらタオルやらを乾かすために使っていた椅子を引っ張ってきてミロの前へ差し出した。
黙ってカノンの動きを追っていたミロは入り口のところに立ったまま、いや、いい、と止めたてするように片手を上げる。長居をするつもりはない、という意思表示だろう。
応諾を待たずに扉を開けたところといい、カノンとのんびりと世間話をしたいわけではなさそうだ。
ならば話は早い。
「この世の終わり、みたいに泣いていたぞ。立ち直るには相当かかる」
探り合いなしのいきなりの本題は、先制パンチとしてはそれなりに効果はあったのだろう。
みるみるうちに女生徒たちをきゃあきゃあと騒がせている整った顔が剣呑に強張り、海の色をした瞳がきろりとカノンを睨みつけた。
「なぜ氷河はお前のところに」
カノンは意図的に主語を省いたのだ。
だから、彼には、何の話だ、ととぼけることはできたはずだ。
そうしなかったのは、それに思い至らないほど頭に血が上っているか、端から逃げるつもりなく正面から切り込むつもりがあったか、だ。
「氷河の抑制剤を手に入れてやっているのは俺だからな。知らないわけじゃあるまい。未成年者は保護者のサインなしには処方されない。氷河にはそれをしてくれる保護者はない」
「だから、なぜ、お前がその保護者がわりをしている。保護者がないなら代わりは担任か校長か……関係のないお前がそれを務めるのは筋が違う」
苛立つ声には隠しきれない嫉妬が混じっている。
それほどたいせつなものなら、なぜ手放す、と、カノンの方にも苛立ちが起こる。
「関係ならあるさ。俺は氷河の初めての男だからな。誰かさんに振られて傷心の氷河を抱いて上書きまでさせてやる、アフターケアも万全の、」
頬に食らった激しい衝撃で、皆まで言うことはできなかった。
覚悟していた以上の重い衝撃で後ろへ数歩よろめきながら、切れた唇を拭い、カノンは、はっ、と乾いた笑いを発した。
「俺を殴るくらいならなぜ突き放した。感情で人を殴れる程度の倫理観で、まさか、教師と生徒だからだ、などとぬるいことは言うまいな」
「………お前には関係ない」
「ならばなぜここへ来た。無関係の俺に八つ当たりをしにきたとでも?」
「ここへ来たのは、」
そう言って、ミロは目を伏せてしばし逡巡した。
氷河より幾分深みのある青がまるで返す波のようにゆらゆらと揺らめいている。
どこかで音楽の授業でもしているのか、風に乗って生徒の歌声が流れてくる。『たとえば君が傷ついて』と始まるそのメロディのタイトルは何だっただろうか。
そう思わず考え込んでしまうほどに、沈黙は長く続いた。
やがて、ミロは顔を上げ、カノンを真っ直ぐに見た。
迷いも未練も断ち切ったかのような表情に、なぜかカノンの方が怯んで、もういい、それ以上何も言うな、と意味もなく降伏したくなる。
「氷河のことを頼む」
ミロの口から発せられた、あまりに予想外の言葉に、なに、とカノンの瞳は大きく開かれた。
「オメガ性であることで、多分、この先も何かと苦労するだろう。彼が困っていたら力になってやってくれ」
カノンの戸惑いを置き去りに勝手に話を進めようとするミロを、ちょっと待て、とカノンは慌てて遮った。
「お前が力になってやればいいだろう。俺はただの校務員だ。氷河を導いてやるのは担任教師であるお前だろう」
担任を飛び越して保護者面するカノンを筋が違う、と怒っていたのは彼のはずだ。
なぜそれが、数分でこうも真逆の展開になる。
理解に苦しむカノンに頓着することなく、ミロは、剣呑に強張っていた表情を少しだけ緩めた。
何かを削ぎ落したかのような表情に、思わずカノンはギクリとする。
嫌な予感がする。
聞いてはならない、その先は。
だが、カノンが止めるより早く、ミロはさらりとそれを言葉にした。
「俺はもう彼の担任ではない」
「……ッ、!?…い、や、は、はあ!?はああ!?」
「この学校を離れることにした。……………俺は、傍にいない方が彼のためだろう」
ちょっと待て、待ってくれ、とくらくらする頭に片手をやって、カノンは盛大に唸った。
「何も辞めることはないだろう!!」
「お前だってかつてあっさりと辞表を出したと聞いているが」
「俺とお前じゃまるで事情が違う!氷河なら大丈夫だ!立ち直るのに時間がかかると言ったのはお前に罪悪感を抱かせたいだけの俺の嘘だ!彼はちゃんと立ち直りかけている!健気に努力しているものを、こんな形で去っては水の泡だ!これ以上さらに泣かせる気か!」
「一時的にはそうかもしれない。だが、俺に執着してもいいことにはならない」
ああ、本当に聞くのではなかった。
あんな瞳をした男の、この重い覚悟を、カノンになど受け止められるはずがない。
「なぜだ……氷河はお前を好いている。お前にその気があるのなら、卒業まであとたった1年ちょっとだ。それだけ待てばもう障壁など、」
「カミュだ」
全く無関係の単語でカノンを遮ったミロに、は?とカノンは眉根を寄せる。
「氷河の運命の相手は、カミュなんだ。………俺では、ない」
ぐああ、と、カノンの喉から、絞殺されたアヒルのような声が絞り出される。
そういうことか、とすべての出来事がすっかりと腑に落ち、だが、それでもしかし、なぜだ、と叫ばずにはいられない。
「運命、運命、と……氷河もお前も阿呆だ!!とんだ阿呆のロマンチストだ!そんなものに振り回されるな!運命の絆など、愛の力で乗り越えてしまえ!!」
そう喚き散らすと、ミロは初めて、くくっ、と可笑しそうに笑った。鋭い瞳が印象的だが、笑えば思いのほかやさしげな表情となることに気づいて、思わずカノンはドキリとする。
「愛の力、だなどと、お前の方こそよっぽどロマンチストだ、カノン。………俺は、氷河のヒートを経験して思い知った。アルファとオメガの関係は理屈じゃない。生体に刻まれた遺伝子の指令には愛の力だって逆らえん。伴侶情報を無理に書き換えようとしても、どこかで捻じれはくる。数学教師としては、最適解ではないとわかっていて、それを選択することはできないもんだ。性分だから仕方がない」
最後はすこし冗談めいて肩をすくめて、ミロは唇の端を皮肉げに歪めた。
ミロの潔さについていけない。
否、彼が簡単にその結論を出したわけではないことは、こうしてカノンに氷河のことを頼みに来たことで痛いほどわかる。
それでもなお、別れを選んだ男の氷河へのやさしさと、その誇り高さに、ただただ驚くばかりだ。
「…………俺は………お前を呼んで泣いている氷河を犯すような、最低の男だぞ……」
この誇り高く素晴らしい男の、それほどたいせつなものを預かるにはあまりにふさわしくない。
とてもではないが、そんな、重い役目は。
茫然とそう言ったカノンに、ミロは、フッと笑う。
「氷河がお前を頼ったのなら、お前は自分で言うほど最低じゃないさ。俺の生徒はそんなにバカじゃない」
俺は氷河を信頼している、お前じゃなく、な。
そう言って、ミロは、後は頼んだ、と去っていった。
涼やかな風のような、去り際の笑みを残して。
「………………いや、これは惚れるだろう」
罪な男だ。
氷河があれほど泣くはずだ。
彼の笑みには、運命だって捻じ伏せられるほどの魅力が十分にあった。百戦錬磨のカノンをも動じさせるほどなのだから、ひとを好きになったことがなかった氷河では、ひとたまりもなかっただろう。
「運命……運命、か……」
赤髪の化学教師の姿が思い起こされる。
そう言えば彼もまた、氷河のことでここを訪れたことがあったか。
氷河といい、ミロといい……ここは駆け込み寺か何かか。
窓の外からは、ちょうどサビへ差し掛かった歌声がまだ響いている。
悲しみや苦しみが
いつの日か喜びに変わるだろう
こんな苦しい別れが、いつか喜びに変わることなどあるのだろうか。
───ある、のだろう。
今は、そう信じてやるしかない。
***
以上、お休みに入った翌日に勢いで書き上げていたオメガバ2レンチャンでした。
氷河が(性的に)虐められて泣くのは大変大好物なのに、モブは苦手だし。愛がないのも苦手だし。なので、これはとても書きやすくて楽しかった記憶がうっすらあります。
でもやっぱり、ミロ氷的にはつらい。
ミロ氷のR18、入れるかどうか迷っていたんですよね。どのくらい真剣に迷っていたかというと、ミロ氷ターンにさしかかってすぐに約1年中断したことで、お察しいただきたいのですが。
いや、R18入れると、ミロ、学校を辞めて去っちゃう気がしてて……でも、どうしてもミロ氷R18書きたい煩悩が勝ってしまって入れたところ、案の定このようなことに。
一旦書き始めたらわたしにも展開は完全にコントロールすることはできなくて、結果、自分の読みたいものと書いてるものが乖離する謎の現象が起きるんですよね……自給自足とはいったい。
この後、ミロ氷分岐のプチおまけもあるんですけど、既にとんでもない文字数になっているのでまた後日です。
読んでいただいてありがとうございました!